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Last-modified: 2017-11-09 (木) 01:48:36

 ティルテュ母様は、まるで幼い子供のようだ。
 私が覚えている限り、最も古い記憶の中でも、変わらない。

 

 まるで、ずっとずっと、時が、心の歯車が、凍り付いてしまっているよう。

 

「ふんふんふふ〜ん♪」
「お絵描きですか、ティルテュ母様?」
「うん! 見て見て! おとーさんだよ!」
 無邪気に、子供のようにクレヨンで描いた絵を私に見せる母様。
 そこに描かれていたのは、おそらく母様と、小さな兄様と私、そして、もう1人。
「お父さん……? いえ、でも、レプトールお祖父様には……」
 青い髪と瞳の青年。
 母様の父親なら、お祖父様のはずなのに、描かれたその人物は、まったくの別人。
「ティルテュ! あんた、また下らないものを!」
「ひっ!」
「ヒルダおば様?」
 またしても不可解なこと。
 その絵を見た途端、普段は母様を放置しているおば様が、怒鳴り声をあげて絵を奪い取った。
「…………私の、お父様、なんですか?」
「……チッ」
 そして、ずっと疑問だったこと。
 私は、父親の顔も名前も知らない。
 その話題を口にすると、いつだっておば様たちが不機嫌になるから、聞かずにいたけれど。
「うん! フィンがアーサーとティニーのおとーさん!」
「…………フィンさん、が……?」
 今、目の前に、その答えがある。
 手を伸ばせば、すぐ届くところに。
「……どうするつもりだい、ティニー」
「……フィンさんに、会ってみます」
「会ってどうするんだい。あの男はフリージ家に入ることを拒んだんだ。
 恋人と子供と、まだお腹にいたあんたを、主君への忠義とやらと天秤にかけて、忠義を取ったんだよ」
 忠義を選んでフリージを拒んだ……。
 こう言うと、何だかフィンさんにキュアンさんを殺させようとしたみたいに聞こえるけど……。

 

「えっと……同人誌を描かなかった、ってことですか?」
「そうだよ。製作に携わらず、エピソードの提供だけで良い、とまで妥協したのに、それも拒否しやがった!」
 うーん……どうなんだろう……。
 正直、生粋のフリージ育ちである私には、感性が違いすぎて、何が嫌かも分からない問題だ。
 アーサー兄様にも分からないだろう。セティ×アーサーとかのアシスタントでも、頼めばしてくれるし。リバも可。
 流石に、アーサー総受けはちょっと嫌そうだったけど。それでもトーンは貼ってくれたけど。
「とにかく、1度、娘として会ってみます。
 フィンさんがそれも拒絶するのなら、諦めます」
「……会って、その後は?」
「話を、したいです」
 具体的に何を、と聞かれたら、分からない。でも、話してみたい。話だけでも、させてほしい。
 そう思って、フィンさんに連絡を取ろうとした、その時。

 

「フィンに……会えるの……?」

 

 その言葉を発したのが誰か、私には分からなかった。

 

「ヒルダ義姉様。フィンと会って、良いの?」
「…………なんだい……十何年かぶりにマトモに喋ったと思えば……」
「え……ティルテュ、母様……?」
 目に、確かな光を宿した、見たこともない、いや、今まで私に見せたことのない表情の、母様。

 

「行っちまいな。……ティニーはフリージに残ってもらうが、あんたは唯の無駄飯食らいだ。
 もしもあの男が、とっくに別れた昔の女を養ってくれるってんなら、くれてやるさ。うちの男どもには、私から言っとくよ」
「……ありがとう、ヒルダ義姉様」

 

 凍っていた歯車が、回り出す。