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Last-modified: 2019-06-26 (水) 22:35:44

キャス「…………はーぁーぁー……」
カレル「随分と大きな溜め息だね。何かあったのかい?」
キャス「うん……ちょっとだけ、この家に来る前のこと思い出しちゃってさ」
カレル「そうか……。話したくないことなら無理には聞かないが、誰かに話せば少しは楽になれる話かい?」
キャス「……ん……そうだね……聞いてもらってもいい?」
カレル「もちろん。キャスの為なら喜んで」
キャス(『姪っ子』って書いて『キャス』なんだろうけど、それでも嬉しくなっちゃう辺り、バカだなぁ、あたしも)

 

キャス「うん。それじゃあ、話すけどさ――」

 
 

あたし、前に好きっていうか、ちょっと気になる男の子、いたんだ。
今はもう、そんなこともあったなー、って感じなんだけど。
とにかくさ、気になる人がいて、そんで、そいつのこと大好きだって子たちも、大勢いた。
端で見てただけのあたしにも分かるくらい、それぞれアピールしようとして、お互いに邪魔し合って。
そうして、だーれもそいつに「好きだ」って伝えることもできずに、時間だけ過ぎてた。
あいつがとんでもなく鈍感だったとか、ほっといたら人助けとか何とかでホイホイ新しい子を惹き付けてたとか、理由はあるけど。
誰も何の進展もなくて、焦って抜け駆けしようとした子が集中攻撃されて、結局なんにも変わらなくて。
そうして、時間だけ、過ぎて行ってた。

 
 

キャス「――あの頃は……ううん、あの頃も、あたしは大した行動もせずに、流されてたけど……」
カレル「キャス……?」
キャス「……カレルさん……。あたし、もう……好きだって伝えられずに諦めるのは……やだよ……!」
カレル「…………年甲斐も無く、勘違いなら笑い話にもならない、自惚れたことを言わせてくれ」
キャス(……あ……。カレルさんの目、写真で見た、昔のみたいに鋭い……)
カレル「私は……俺は、ロクデナシだ。剣だけが取り柄で、古臭い人斬りの風習を盾に、働きもせず妹夫婦に寄生し、堕落した挙げ句、剣すら妹に敗れた、どうしようもない屑だ」
キャス「うん……聞いたよ……」
カレル「あの頃と今の違いなど……変わることができたと言っても……取り繕うことと剣を売り物にして稼ぐことを覚えただけに過ぎない。今も、俺は屑だ」
キャス「…………」
カレル「それでも…………私は、君と共に生きたいと願って、良いだろうか?」
キャス「………………カレルさんの、ばか……」
カレル「そうだね。私は大馬鹿者だ。今に至るまで、大切な女性の気持ちに気付かず、気付いても尚、自分からその人の手を取る勇気が無い」
キャス「……上手く言えないんだったら、行動で示すくらいの度胸、見せてよね」

 
 

俯いて、男の服の裾をぎゅっと掴んだ少女が、涙が溢れる程の満面の笑みを浮かべるのは、それからほんの少しだけ、後のこと。

 

剣聖が振るう刃は、護る相手への想いが強まった分、以前よりも更に、鋭さを増した。

 

男と少女は、僅かでもきっと、「あの頃の馬鹿だった自分」から、漸く、足を踏み出せた。

 

フィル「クライネ殿ぉー! クライネ殿ぉーっ!!」
クライネ「うわっ!?」
フィル「大変でござる! キャ、キャスが……!」
クライネ「ちょ、どうしたの!? まさか何かトラブルに――――」
フィル「キャスがメチャクチャ可愛いでござるっ!!!」
クライネ「よし帰れシスコン」
フィル「違うのでござる! そりゃキャスはもともと最高に可愛かったでござるが!」
クライネ「あーうん、はい」
フィル「何でござるかその生返事は!? キャスに魅力がないとでも!?」
クライネ「あんたら義姉妹、実は双子でしょ絶対!?」
フィル「ともかく! もともと可愛かったキャスが、最近はフワフワしてキラキラして脳髄に紫電一閃で心臓爆散なのでござる!」
クライネ「分かったような分からないような妄言吐いてないで落ち着きなさい!」

 

ワーワーギャーギャーオチツケッテイッテンデショ! ヌワー!

 

クライネ「要するに、あんたの伯父さんとくっついて以来、義妹の可愛さが増して、あんたは暴走した、と」
フィル「で、ござる。伯父上から貰ったという指輪を恥ずかしげに見せてくれた時の表情など、危うく道を踏み外して押し倒すところだったでござる」
クライネ「なに言ってんの!?」
フィル「このまま今のキャスを見続けては、いつあやまつか分からなかったので、とりあえずここまで全力疾走して来たでござる」
クライネ「何て無駄な体力発揮してんのよ……」

 
 

その後クライネは、一先ずフィルが落ち着くまで、義妹惚気を聞かされ続けた。

 

カタリナ「お人好しが過ぎますよ?」
クライネ「うっさい」

 
 

そして、いきなり家を飛び出したフィルがクライネのところに行ったことで、キャスから疑われた。

 

キャス「フィル姉ぇに……何した……!?」
クライネ「げ! ん! い! ん! は! あんたよーっ!!」