Disc

Last-modified: 2012-01-18 (水) 07:46:45
 

よく晴れた、ある日曜日の午前中。
前々から欲しかったあのアルバムCDが、いよいよ発売された。
今をときめく男性ロックユニット、「True's」(トゥルーズ)の3rdアルバムだった。
それを求めて大通りを駈けて行くのは、歳にして14歳の、夢見がちな少女。
よくある普通の光景である。
少女は意気揚々と、いつものショップの自動ドアをくぐる。
半透明の擦りガラスが、低い音を立てて彼女に道を開けた。

「いらっしゃうませ!」
中から聞こえてくるのは、いつものアルバイトの店員さんの声だった。
20歳前後の、金髪のサラサラへアーという今風の髪型をキメていて、
左耳に小さなピアスを開けている。
スタイルも、そのまま芸能界で通用するような、いわゆる「イケメン」だった。
少女はここの常連で、この人ともすでに顔なじみ。
彼は少女の顔を見るなり、重々しい口調でこう言った。
「悪ぃ、True'sのニューアルバム、さっき売り切れちまった」
その言葉に、少女の顔から一瞬にして、あのニコニコ顔が消える。
次に来るのは決まって、両目に涙をうるうるさせて、肩をがっくりと落しながら
カウンターに向かってとぼとぼと歩み寄る事。
その顔はもはや、14歳とは思えないくらいの幼稚さだ。
しかし、もちろんこれ、店員のジョークなのである。
さっきとはうってかわって軽快に、ドッキリである事を明かした。
「ってじょーだんッスよ、他の人には売り切れ言っておいて、実は一枚取って置いたから。」
彼は笑いながら、カウンターの影にそっと隠しておいた最後の一枚を、
直接少女の手に手渡した。
さっきのが冗談だと知って、少女はむーっと膨れながらも、
やっぱり安堵した表情を浮かべながら、そのCDを受け取る。
そして、定価+消費税分を支払うと、そのままスキップしながら
店を出るのかと思いきや、店員の方に振り返ると、幼いんだか何だか
よくわからない年頃ならではの笑顔を見せて、店員にお礼を言った。
「ありがとう、お兄さん♪」
その言葉に、店員はなぜかにやけながら、
「次はどんなドッキリしかけてあげようかな、今から楽しみだ」
と茶目っ気たっぷりに言ってみせる。
「あー、ひどぉ~いっ!!」
またもや少女の顔が、フグのように膨れ上がる。
それを見た店員は、まるで一世一代のコントでも見た時のように大爆笑していた。
膨れ上がりの次は、涙目。
お決まりのパターン。
でも、そこは年上のお兄さん、ちゃんとフォローも入れつつ、
少女の頭にぽんっと手を置いた。
「ごめんごめん、つい可愛かったからな、その表情も。」

・・・昔の少女漫画のような展開が、現代になっても行われているとわ・・・(汗)

この一連のドタバタ(?)の後、少女は一目散に家に帰った。
もちろん、先ほど購入したCDを聴くためだ。
いつものCD屋から、彼女の自宅までは結構な距離がある。
その途中、どうしても通らなければならない場所が、一ヶ所だけあった。
雰囲気の悪い地下通路。
それほど長くはないが、いて気持ちの良い場所でない事も確かである。
どんなにうれしい事があろうと、ここを通る時だけは、
妙に不安になってしまったりするのだが、案の定・・・
「止まんな、「おとめちゃん」!」
少女がその声を聞いた瞬間、顔から一気に、健康的な肌色が抜けて行った。
馴れ馴れしくも「おとめちゃん」とあだなで呼んで来たその声の主にだけは、
どうしても会いたくなかったからである。
その場に硬直する少女。
すると、間髪いれずに、今度は別の声が。
「呼ばれたら返事すんだよ、テメエ!!」
・・・そう、少女はいじめにあっていたのである。

・・・侮辱の言葉。
・・・「ゴミ、ウザい、死ね」と連呼する同級生。
それに伴う、一人対大勢の集団暴行。
少女の悲鳴は、地下通路の中いっぱいにこだまし、それに腹を立てる同級生が、
更なる暴行を加えてくる。
地獄だった。

そして、どれくらいの時間が経っただろうか。
体中にあざと擦り傷ができた少女の体は、ついに動かなくなった。
少女の荷物はすべてぐしゃぐしゃにされていた。
あのCDも。
それでも、同級生達はその手を休めようとはしない。
彼らの背後から、大きな怒鳴り声が、壁を四方八方に反響しながら聞こえて来たのは、
それから間もなくの事だった。
静まり返る地下通路。
同級生の後ろにいたのは、CD屋のお兄さんだった。
少女のもうろうとした意識のなか、お兄さんの声だけが、
鮮明に聞こえてくるのは気のせいだろうか。
だが・・・。
聞こえて来たお兄さんの声は、少女にとっては信じられないものだった。
「・・・ま、いっか。死んじまったらゴミ箱にでもいれておけば。」

いじめグループの後ろ盾は、あのやさしい、CD屋のお兄さんだったのだ・・・。

それを知った少女の目から、止めど無く溢れ出てくる涙。
バラバラになって使い物にならなくなったCDの破片に、その一滴が零れ落ちる。
すると・・・。
破壊されたCDの破片から、白くてモヤモヤした何かが、うっすらと浮かび上がり、
それはやがて、人の形を取った。
CDジャケットに印刷されていたヴォーカルの男性にそっくりな、その姿。
それを見た他の人たちが、一斉に驚きと悲鳴の声を上げた。
彼らもまた、動けなくなる。
浮かび上がった男性は、しばらくなにもしようとはしなかった。
しかし、正気を取り戻して逃げ始めようとするヤツが現れ始めたその時、
暗かった地下通路が、一気に、目も当てられないほど眩しくなった。
と同時に、少女の視界が、再びぼやけ始め――
最後に、何かが聞こえた。
それは、少女の買ったCDのタイトル・・・。

"Lover's Justice"

「・・・丈・・・か・・・」
うっすらと聞こえてくる、ちぐはぐな声。
「し・・・しろ・・・」
ぼやけて見え始める、少女の周りの光景。
「おい、大丈夫か?」
そこにいたのは、いじめっ子でもなく、CD屋のお兄さんでもなく、警察官だった。

警察官の手を借り、少女はゆっくりと上体を起こす。
そして、その光景に、少女は言葉を失った。

さっきまで、狂ったように殴り続けていた同級生と、CD屋のお兄さんが、
血を流して倒れていたのだ。
割られたCDの破片が、彼らの喉の中央に、深く突き刺さっている。
断末魔の時の形相が、死後もそのまま、形作られているのがはっきりとわかる。
それを見た少女の顔が、ある一点を見詰めたまま、ピクリとも動かなくなった。
少女の両手に、くっきりと残っていた痕。
何かの破片を強く握ったような、切り傷だった。

騒ぎを聞きつけ、徐々に集まってくる野次馬達。
そこを通り抜けた少女の両脇には、神妙な面持ちの警察官が二人。
少女の顔は、背広のようなもので覆われている。
そして、傷だらけの両腕には、いつのまにか赤く染まった太陽に照らされて鈍く光る、
重々しい手錠がかけられていた――