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ジョシュア・レッドマン / Joshua Redman

Last-modified: 2016-11-30 (水) 19:01:22

素晴らしいジャズ・ミュージックというのは、決して冗長にならない。あからさまな言い方をせず、微妙な口ぶりで物を言ってきた。チャーリー・パーカーですら、そうだったと思う。(CD Journal 6.2000)

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編集履歴
 

バイオグラフィー

デビューまで

本名ジョシュア・シェドロフ。1969年2月1日にカリフォルニア州バークレーに生まれる。父親はサックス奏者のデューイ・レッドマン、母親はダンサー、図書館員のルネ・シェドロフ。父親はジョシュアが生まれるまでにはニューヨークに移り、不定期で西海岸で行うコンサートの時に会うだけだった(初めて父のギグを観たのは、4歳の時のキース・ジャレット・アメリカン・カルテットの演奏だった)。母子家庭になったため母親は仕事を辞め、生活保護を受けながら育てていた。ジョシュアは当時を次のように回想している。「暮らしは決して楽ではなかったけど、つらいと思ったことは一度もなかった。母はいつも芸術に触れさせてくれたし、大きな愛情で包んでくれた。仲の悪い両親を持つより、一人の偉大な母を持つほうが、何十倍も幸せだよ」(Elasticライナーノート)。レッドマンというファミリーネームは長じて父親のギグに参加するようになったときに、生い立ちを説明するのが面倒なため変えたという。
5歳の時、ワールド・ミュージック・センターのインドネシアとインド音楽のクラスに入り、インディアン・ドラムを始める。次いで10歳までにはリコーダー、ギター、ピアノ、クラリネットの演奏を覚える。10歳の時、テナーサックスを演奏し始める。
バークレー公立高校に入学し、ジャズの教育プログラムに入る(ベニー・グリーン、クレイグ・ハンディなども輩出)。ビッグバンドのコンテストではソリストとして何度も賞を取り、高校の仲間と結成したカルテットでプロ演奏活動をしていた。しかしこの頃はポピュラーミュージックに熱心で練習はほとんどしなかったという。
1986年、主席として高校を卒業し、ボストンのハーバード大学に早期入学。自分の心を整理するために1年間休学し、1987年改めてハーバード大学に医科大学予科生として入学。学校のジャズバンドで演奏していたものの、プロ活動は控えていた。夏休みには近くのバークリー音楽大学やニューイングランド音楽院のジャムセッションに通ったという(バークリーでは夏季休暇中、サマースクールプログラムを受講したことがあるらしい)。1990年にはデューイ・レッドマンのバンドでヴィレッジ・ヴァンガードに出演している。
1991年、最優等生としてハーバード大学を卒業。イェール大学ロースクールに入学し公民権法とソーシャルワークを学び始める。しかし再び自分の心を整理するためにもう1年休学し、同年6月ニューヨークにシェアホーム仲間とともに移り住む。当初は音楽活動をする予定はなかったが、ブルックリンやマンハッタンのジャズクラブに出入りしている内にセッションに明け暮れるようになる。11月後半、セロニアス・モンク・コンペティションで優勝し、ワーナー・ブラザーズと契約を結び、本格的にプロミュージシャンとしての活動を決心する。

好きな音楽家・作品

90年代

モンク・コンペティション優勝後、当初は同年代の仲間よりも先達とのギグを中心に行っていた。1992〜93年には父親デューイ・レッドマンのツアーに同行する。また、チャーリー・ヘイデン、ジャック・ディジョネット、ポール・モチアン・エレクトリック・ビバップ・バンド、エルヴィン・ジョーンズなどのギグにも参加する。
1993年秋、ブラッド・メルドー、クリスチャン・マクブライド、ブライアン・ブレイドとのカルテットでツアーを行い、『Mood Swing』を録音。2年ほどの活動ののち、ピアノはメルドーからピーター・マーティン、ベースはマクブライドからクリストファー・トーマスに変わり、さらに2作品をリリースする。
1998年秋、アーロン・ゴールドバーグ、リューベン・ロジャース、グレゴリー・ハッチンソンとのカルテットを結成。2001年末まで活動したのち、ジョシュアが別プロジェクトに取り組んだため一旦は活動停止したが、解散したわけではなく10年代になると再び定期的にこのカルテットで演奏するようになる。

エラスティック・バンド〜サックストリオ

00年代前半に住まいを東海岸から西海岸の生まれ故郷バークレーに移している。

 

1999年にスモールズやスモークで定期的にギグをしていたサム・ヤヘル、ピーター・バーンスタイン、ブライアン・ブレイドのオルガントリオに、ジョシュア・レッドマンがバーンスタインの代役で演奏するようになる。十数回の共演を重ねた後、ジョシュアがこのトリオの音楽性を気に入り、レコーディングを提案する。やがてこのトリオはサム・ヤヘル主導のYaya³(ヤヤ・キューブド)からジョシュア主導のエラスティック・バンドに名前を変え、ファンクやジャムバンド系の音楽を追求していった。ヤヘルはオルガンだけでなくシンセサイザーやローズ・ピアノ、ジョシュアもサックス・エフェクター(ディレイ、リヴァーヴ、オクターバー、ピッチ・シフター、ルーパー等)やヤヘルの鍵盤楽器を使用した。ドラマーのブライアン・ブレイドはウェイン・ショーター・カルテットに参加するため途中で抜け、代わりに2002年10月にジェフ・バラードが参加する。ツアーではギタリストのジェフ・パーカーやマイク・モレノも加わることがあった。エラスティック・バンドは2006年まで活動し、ジョシュア名義で2枚、ヤヘル名義でYaya³含め2枚のアルバムを残した。

 

1999年頃、サンフランシスコの非営利団体「SF JAZZ(San Francisco Jazz Organization)」の春季アーティスティック・ディレクターを務めることになる。2004年からバンド活動を始め、ジョシュアは2004年のオーネット・コールマン、2005年のジョン・コルトレーンの楽曲を演奏するプロジェクトを主導、2007年まで在籍した。

 

00年代前半はエラスティック・バンドと平行してサックストリオでも活動している。サックストリオは2007年に再び東海岸、ニューヨークに戻った際にメイン・バンドになり現在まで3作品を録音している。そのうちの一枚は2人のベーシスト、2人のドラマーを一部の曲で同時に演奏させたダブル・トリオによるものだった。

10年代

2009年のモントルー・ジャズ・フェスティヴァルでジョシュア、アーロン・パークス、マット・ペンマン、エリック・ハーランドからなるバンド、ジェイムズ・ファームを結成。2作品を発表し現在に至る。

作品

リーダー作

1993 - Joshua Redman
1993 - Wish
1994 - Moodswing
1995 - Spirit of the Moment - Live at the Village Vanguard
1996 - Freedom in the Groove
1998 - Timeless Tales (for Changing Times)
2000 - Beyond
2001 - Passage of Time
2002 - Elastic
2005 - Momentum
2007 - Back East
2009 - Compass
2013 - Walking Shadows
2014 - Trios Live

コラボレーション

w.サム・ヤヘル、ブライアン・ブレイド
2002 -Yaya³
2007 -Truth And Beauty

 

ジェイムズ・ファーム
2011 -James Farm
2014 -City Folk

 

w.バッド・プラス
2015 -The Bad Plus Joshua Redman

発言

音楽観

カルテット編成について


カルテットは、現時点において、コンポーザー、インプロヴァイザーとして、僕にとってパーフェクトなバランスを持つことができる編成だと感じている。楽器の数が多いと、集合的にインプロヴァイズすることやバンド全体がスポンテイニアスでいることが難しくなるんだ。カルテットはそれぞれを過不足なく表現できるし、メンバーそれぞれが自由に動き回ることができる。(略)僕が今興味があるのは、バンドとして集合的にインプロヴィゼーションにおける自由度があるという環境だから、そのために僕はそれぞれに役割分担させる必要があったんだ。カルテットという自由度が高い編成では、それがより可能なんだ。
ジャズライフ2000年5月号

影響源

Qあなたの演奏を聞いていると、テキサス・テナーが背景に感じられますが。
テキサス・テナーは、今僕が専念しているものの一つなんだ。その伝統にあるアーシーさやソウルフルな部分は多くのテナー・サックス・プレイヤーが通過してきた歴史がある。コルトレーンでさえ…テキサス・テナーをもろには吹いてないけど…リズム&ブルースと、彼の育ったブルース・クォリティがプレイから感じられるはずだ。スタンリー・タレンタインを含めてみんなテキサス・テナーだと思うよ。テキサス・テナーは大きくて温かいフィーリングで、僕にとっては今はそれが一番大切なことだ。
ジャズライフ1993年12月号 取材:編集部

 

影響を受けたサックス奏者
幼少期:ソニー・ロリンズ、ジョン・コルトレーン、デクスター・ゴードン、スタンリー・タレンタイン
10代前半?:ジョー・ヘンダーソン、オーネット・コールマン、キャノンボール・アダレイ、チャーリー・パーカー
10代後半?:ジーン・アモンズ、ベン・ウェブスター
20代前半:レスター・ヤング
20代後半:スタン・ゲッツ
ジャズライフ1999年3月 金澤隆志

 

大きな影響を受けたテナーサックス奏者はジョン・コルトレーンとソニー・ロリンズ。次にデューイ・レッドマン、レスター・ヤング、ベン・ウェブスター、デクスター・ゴードン、ジョー・ヘンダーソン、スタン・ゲッツ、ジーン・アモンズ、スタンリー・タレンタインの名を挙げている。
ザ・サックスVol.54 (三木俊雄)

 

スティーヴィー・ワンダーについて


スティーヴィーの作曲面での素晴らしさはハーモニーにあるんだ。深みがあって機知に富んでいて、ジャズにしやすい。ハーモニー的には彼の音楽は他のポップ・ミュージックに比べてより豊かで奥が深く、ガーシュウィンなどの古い作曲家とも肩を並べるものだと思うよ。
ジャズライフ1998年10月号 工藤由美

 

ジョニ・ミッチェルについて


ジョニの素晴らしいのはそのメロディ・センスとハーモニーにオープンなところだ。彼女の曲はどれもスペースが感じられて、しかも浮遊感があるんだ。それがジャズに完全に合うんだと思う。自分の想像力を働かせてインプロヴァイズする余地がいっぱい残されているということだよ。(ジャズライフ1998年10月号 工藤由美)

 
  • ポピュラーミュージックの中で最も影響を受けたものはビートルズ、プリンス、スティーヴィー・ワンダー。(ジャズライフ1998年10月号 工藤由美)
  • 永遠に愛聴するジャズ作品を3枚挙げるとしたらジョン・コルトレーン『至上の愛』、ソニー・ロリンズ『サキソフォン・コロッサス』、マイルス・デイヴィス『ネフェルティティ』
  • エレクトリック・バンド、スウィングとグルーヴの統合という点で影響を受けたもの
    ウェザー・リポート、マイルス・デイヴィス、ハービー・ハンコック・ヘッドハンターズ、チック・コリア・リターン・トゥ・フォーエヴァー、ブレッカー・ブラザーズ、エディ・ハリス、デヴィッド・サンボーン、スティーヴィー・ワンダー、メイシオ・パーカー、アース・ウィンド&ファイアー、プリンス(ジャズライフ2003年4月号 成田正)

他のミュージシャンに対して

デューイ・レッドマンについて


実際のところ、ぼくは親父から音楽的な影響は殆ど受けていない。彼はぼくが小さいころに、ニューヨークへ行ってしまったからね。家はカリフォルニアにあったから、年に数回会う程度だった。ぼくがテナーを始めたのだって、親父のこととは全く関係がないんだ。偶然始めた楽器がたまたまテナー・サックスだったということだよ。だから彼から直接教わった記憶も殆ど無いし、ましてや音楽のことで会話したことも余り無い。親父とは、ぼくがデビューしてからのほうがよっぽど多く会っている。ギグやレコーディングで共演するようになったからね。
『Wish』ライナーノート(小川隆夫)

 

みんな僕らのことをまったく別のタイプのミュージシャンとして見たがるね。たとえばデューイ・レッドマンはジャズの過激派でフリー・ジャズのパイオニア、それに対して、僕は保守派の伝統主義者のヤング・ライオンというように。父は間違いなくパイオニアの一人であり、ジャズに革命をもたらしたムーヴメントのメンバーの一員だった。でも、父が今までに築いてきた音楽や僕のプレイを、そういう一面だけで捉えてほしくはないと思っている。僕は自分のことを伝統主義者だとは思っていないし、父だって単なるアヴァンギャルド奏者ではない。実際、父の音楽に耳を傾けると、それまで先達が積み重ね作り上げてきた歴史の重みを感じるよ。
ジャズライフ2000年6月号(工藤由美)

 

Qこのアルバム(『Compass』)を聴いて、お父様を思い出しました。イメージが重なる部分があって、血は争えないものだ、と。
そうかもしれない。曲を書いているときに父のことを意識したわけではないけど、確かにサウンドが似てきた。それだけではなく、僕が目指す音楽やパーソナリティも。音楽家としての自分のアイデンティティが明確になればなるほど、何故か父のサウンドに似てくる。不思議だよ。
ジャズライフ2009年6月号(工藤由美)

 

セロニアス・モンクについて


僕にとってモンクの曲はユニバーサルなんだ。いや、すべてのジャズ・ミュージシャンにとってそうだと思うね。メロディもハーモニーもストロングですばらしい上に、構造が究極的に良い。しかも、オフ・ビートの楽しさに満ちていて、そこにミュージシャンが自分のパーソナリティを投影することができる。実に、すごい作曲家だ。
ジャズライフ2014年7月号(中川ヨウ)

評価

楽器

テナー・サックス
時期サックスマウスピースリード出典
『Joshua Redman』〜『Moodswing』セルマー・マーク此癖オールドモデル1934年)ハードラバー、オットーリンク9(70年代)ヘムケ3.5ジャズライフ94年11月号
『Spirit of the Moment』〜『Freedom in the Groove』セルマー・バランスアクション(バランスアクション、48,000番台、40年代製)不明不明98年10月?
『Timeless Tales』期〜アメリカン・セルマー・マークハードラバー、オットーリンク(10→7)バンドレンジャズライフ98年10月、00年5月、01年5月号
アルト・サックス
『Spirit of the Moment』期セルマー(シガー・カッター20年代)ハードラバー、ピーチラー不明ジャズライフ96年7月号
『Timeless Tales』期セルマー(バランスアクション、33,000番台)ハードラバー、メイヤーかセルマーバンドレンJAVAジャズライフ98年10月、00年5月号
ソプラノ・サックス
『Moodswing』期、『Freedom in the Groove』以降セルマーハードラバー、不明不明ジャズライフ96年7月、00年5月号
『Spirit of the Moment』期ヤマハ不明不明ジャズライフ96年7月号
『Timeless Tales』期フランス・セルマー(マーク6、210,000番台)ハードラバー、バリバンドレンジャズライフ98年10月、00年5月号
 

リードの選び方


まず箱から全て取り出し、水につける。その中から吹き心地の良いものを選び、リードを格付け。気に入ったリードはまず1,2日吹いて様子を見て、選んだものをローテーションする。
ジャズライフ2009年6月号(西之原薫)

脚注

[1]『Joshua Redman』ライナーノート(マット・ピアソン)
[2]『Wish』ライナーノート(小川隆夫)

ウェブサイト
[1]Jerry Jazz Musician: Saxophonist Joshua Redman on John Coltrane(2001)
[2]The Walker's: Joshua Redman(2005)
[3]Tomajazz: JOSHUA REDMAN: WAY OUT... EAST.(2007)
[4]JazzTimes: Joshua Redman Playing Through the Changes(2007)
[5]Martin Uherek: My interview with Joshua Redman(2013)
[6]ChunkyGlasses: INTERVIEW: JOSHUA REDMAN(2014)
[7]Detroit Free Press: Saxophonist on the issues that face jazz musicians(2014)
[8]MLive: Joshua Redman interview(2014)
[9]Elsewhere: JOSHUA REDMAN INTERVIEWED Beatles, Bach and beyond(2014)
[10]Off The Tracks: All That Jazz and Everything Else: Joshua Redman is Coming(2014)
[11]Rhein Neckar Zeitung: Joshua Redman Interview(2015)