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レベッカ・マーティン / Rebecca Martin

Last-modified: 2017-03-31 (金) 14:25:19
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レベッカ・マーティンはアメリカで活動するジャズ系のシンガー・ソングライター。メランコリックな歌声に、浮遊感のあるメロディとスペースを生かした作曲が特徴。90年代からキャリアをスタートさせ、00年代にはジャズとフォークを交差させた『Middlehope』、『The Growing Season』などを発表。10年代以降は編成を縮小し、より内省的な表現を追求している。グレッチェン・パーラト、ベッカ・スティーヴンスとの女性シンガー3人のユニット"ティレリー"や、シンガー・ソングライター、ジェシ・ハリスとのユニット"ワンス・ブルー"での活動でも知られている。

 
編集履歴
 

バイオグラフィー

生い立ち

1964年4月24日、メイン州ラムフォードに生まれる。母はミュージシャン兼看護師、父は開業医だった。両親とも自治体に住む人々の権利を守るために活動するコミュニティ・アクティビストだった(2009,The Daily Freeman)。8歳の時ニューヨークでブロードウェイ・ミュージカル『アニー』を観たことで歌手に興味を持つ。

好きな音楽家・作品

ワンス・ブルー時代

1990年頃にニューヨークに移住。ニューパルツ大学に入学したものの、大学を辞めてMTVのマネージメント・オフィス(the film department at MTV)で働きはじめる。同時期にロウアー・イースト・サイドのレストランなどで歌い、シンガーとしてのキャリアをスタートさせる。
1992年11月、友人の紹介でギタリスト/シンガー・ソングライターのジェシー・ハリスと出会い、その後2人でワンス・ブルーを結成する。翌年1993年4月、カート・ローゼンウィンケル、ベン・ストリート、ジム・ブラック(後にケニー・ウォルセンに交代)が加わりバンド編成になる。その後 カフェ・シンエ、CBGB、ボトム・ライン、フェズなどでライブを行う。 CBGBでの演奏がレコード会社EMIの社長の目に止まり、同レーベルと契約。1995年にデビューアルバム『Once Blue』を発表する。

 

続けて1996年の暮れから1997年の1月にかけてワンス・ブルーのセカンドアルバムの録音を行うが、1997年にEMIが閉鎖されたため、そのアルバムの制作はラフ・ミックスの段階で中止された(その作品は2003年に日本で1作目『Once Blue』が再発売された際、ボーナストラックとして日の目を見る )。1998年ワンス・ブルーは解散する。

ソロ・キャリアの展開

1998年からソロ・キャリアをスタートさせ、ギターと作曲を本格的に始める(作曲は今までジェシ・ハリスとの共作だった)。
ワンス・ブルーの延長線上的な作品『Thoroughfare』を1999年に、浮遊感の高い演奏・ミキシングが特徴的なスタンダード集『Middlehope 』を2001年に、アルバム全編がオリジナルで占められた『People Behave Like Ballads』を2004年にリリースする。

 

2005年にはポール・モチアン・トリオ+1のブロードウェイ・ナンバー集『Or the Paradox of Continuity』に参加。そこでの共演がきっかけで2006年にモチアンのカーネギー・ホールとヴィレッジ・ヴァンガードでの演奏に加わる。

 

2008年、 カート・ローゼンウィンケルをバンドメンバー兼プロデューサーに迎えて4枚目の作品『The Growing Season』をリリース。ベーシストのラリー・グレナディア、ドラマーのブライアン・ブレイドも加わり、マーティンにとってこれまでのキャリアの総決算的な作品になった。その後2009年にアルバム・メンバーにピアニストのピート・レンデが加わった編成でヴィレッジ・ヴァンガードの公演を行う。 シンガー・ソングライターとしては過去30年で唯一の出演だった。
その後2010年にヴォーカル、サックス、ベーストという異色の編成のスタンダード集 『When I Was Long Ago』 をリリース。2013年にはエンジニア/ミキシング担当者のピート・レンデの部屋でベースのグレナディア、ヴォーカル、ギターのマーティンのみで録音した 『Twain 』をリリースする。

 

一方、同時代のシンガー同士のコラボレーションとして2010年にはグレッチェン・パーラト、ベッカ・スティーヴンスと"ティレリー"を結成。2016年にセルフタイトル・アルバム『Tillery』をリリースする。

 

パートナーのラリー・グレナディアとは1996年に結婚。 2人の子供がいる。
2002年にはニューヨークの ハドソン川を北上したところにある街ニューバーグからさらに北の街キングストンに居を移す。キングストンでは両親と同じくコミュニティ・アクティビストの活動に従事し、街の安全活動や文化遺産/自然環境の保護に取り組んでいたこともある。

作品

リーダー作

1998 - Thoroughfare
2000 - Middlehope
2004 - People Behave Like Ballads
2008 - The Growing Season
2010 - When I Was Long Ago
2013 - Twain

コラボレーション

ワンス・ブルー (w.ジェシ・ハリス)
1995 - Once Blue
ティレリー(w.レベッカ・マーティン、ベッカ・スティーヴンス)
2016 - Tillery

発言

音楽観

歌の役割(2009.5, CD Journal)


私の弟が衛生兵として従軍して、イラクで重症を負った。(『The Growing Season』の"After Midnight"は)その時の経験が下敷きになっている。かと言って、個人的な歌にするつもりはなかったの。聞いた人にそれこそ"考える余地"を残して、この曲がかきたてるだろう哀しみの念に、思いをめぐらせてもらえればいい。歌の役割って、そういうものじゃないかしら。

影響源

ジョニ・ミッチェルについて(2009.05, Jazz Life)


ジョニに刺激されていない人は、ほとんどいないと思う。私も子供の頃から聴いていたけれど、20歳を過ぎてから、彼女の歌を更に真剣に聴くようになった。ジョニは私が目指す人であり、私にとってピュアでかつトータルな意味でのインスピレーションそのもの。最近、彼女が発表した作品(『シャイン』)も最高!私が彼女と比べられることはないでしょうけれど、もしその違いは何かと尋ねられたとしたら、ジョニは大小説家のような気がするし、一方の私は短編小説家だと答えるでしょうね。私は短編物が性に合っていると思うから。

他のミュージシャンに対して

同世代の仲間について( 2009.05, Jazz Life)


(カート・ローゼンウィンケル、ケニー・ウォルセン、ベン・ストリート、ジェシ・ハリスたちの)オープンでクリエイティヴな姿勢、特に彼らのオリジナリティあるハーモニー・センスに刺激された。そんな流れのなかでこの人(ラリー・グレナディア)と出会い結婚して、私の表現方法における可能性がより広がったと思う。

評価

  • ティレリーのメンバーであるグレッチェン・パーラトはマーティンと出会ったことで作曲を始めたという。「彼女はソングライターとして素晴らしい先人であり、メンターであり、そして私の姉のような存在」

出典

雑誌

(2009.5) Jazz Life ベースとヴォーカルのアンサンブル 浅石雅道
(2009.5) CD Journal 成熟の時を迎えた音楽観 真保みゆき

ウェブサイト

(1996) Rebecca Martin : Once Blue Linernotes

(2004) JazzReview: Crossing Musical Boundaries

(2009) The Daily Freeman: Victory Gardens project catches on in Kingston
(2013) The New York Times: A Voice That Leaps Between Genres

(2016) The New Yorker: A JAZZ SINGER FIGHTS NIAGARA BOTTLING