イベント2017/壊塔戦　豊穣の塔【急】

• 不死鳥は、女王を心から尊敬し敬愛していた。
  これは、おそらく他の魔神もだったであろう。
  他の候補者たちが争いに明け暮れている間に図書館にて知識を蓄えていた時間は、女王と魔神たちの絆を深くしていった。
   
  正々堂々とあろうとする姿や、他の候補者と争おうとしないその在り方を快く思わない魔神もいたものの、徐々に感化されていったようである。
  やはり魔神にも「心」に似通ったものが存在するのだろうか。
  もしくは、本来心など持ち得ていなかった魔神たちを、あの女王の慈愛が変えたのだろうか。
   
  女王がまだ候補者の一人であった頃、ようやく王への道を目指すと心に決めたとき──
  不死鳥はその魅惑の歌声で、他の魔神たちも各々の力を以て、王の器を試した。
  結果として、彼女は見事その試練を乗り越えることになるのだが──
  もしもその場で折れていたならば、魔神たちは彼女を見放していたのか、そうでないのか……
   
  真偽のほどは、当事者が知るのみである。
   
• 「血を分けてほしい」
  そう伝えていれば、違う結果になっていたのだろうか。
  だが、女王はそうしなかった。
  魔神から自ら血を分け与えてくれる可能性など、微塵も考えていなかった。
  不死鳥がどう思っていたのか、今となっては知る由はない。
   
  女王が初めてフェニックスに手をかけたとき、他の魔神はその様子を目撃していた。
  こうなる前から、たびたび予兆はあったのだ。
  塔魔の死体を抱えて呆然と立ち尽くしている彼女に魔神が声をかけていれば、何かが変わっていたのだろうか。
   
  既に手遅れであることを察しながらも、一人の魔神が女王の行動を咎める。
   
  「マルティム*1、何を言っているのかしら」、と……
  いつものように凛とした美しい声でそう言いながら、女王は首を傾げた。
  その手に、不死鳥の生き血を注いだ器を抱えて。
   
  女王の瞳に映る美しき豊穣の世界で唯一、不死鳥だけが血塗れになり横たわっている。
  女王はその様子に一片の疑問も抱くことはない。
  生命を守る王となるために、候補者レースに勝ち残らねばならないという重責と──
  そして、息絶えた無数の生命たちを前にした悲しみが、彼女を狂気の淵へと突き落としたのだ。
   
• 驚きと、嘆きと、絶望と、奈落よりも深い後悔。
  全身を切り裂かれる痛みは飽和していった。
  まだ取り戻すことのできるうちに、手を伸ばさなかった罰なのだろう。
   
  魔神が報いを受けるとは、お笑い種だ。
  ヒトに情を移しすぎると碌な目に合わない。
   
  届かぬ悲痛な叫びは、やがて理不尽への憎悪に変貌していく。
  それでもなお、不死鳥は女王に従い続けていた。
   
  次に再生した時、在りし日の女王がそこにいるのではないかと信じて。
   
  フェニックスの体は再生を繰り返すごとに憎悪で穢れ、発された瘴気が塔を飲み込んでいく。
  穢れた血を取り込んだ塔魔たちの瘴気と相まって、塔は瞬く間に不浄のものへと変化した。
   
  それでも他の魔神たちは、女王に対する恭敬の心を捨て去ることができなかった。
  女王と共に過ごした刹那の記憶が、逆心に歯止めをかけるのだ。
   
• 気が遠くなるほどの再生を繰り返してきたフェニックスは、持てる力の全てを振り絞って拘束を解き、ついに女王へ牙を剥けた。
  不死鳥を止めんと、あれだけの仕打ちを受けていた魔神から王を守るため、反射的に動いた魔神が、一人。
  鋭い鎌によって引き裂かれた不死鳥は、驚きで見開かれた女王の目を穏やかな笑みをたたえ、霧のように散っていく。
   
  女王の手で幾度となく切り刻まれ、燃え上がる炎の中から再生してきた不死鳥は、自らの命と引き換えに女王の心を取り戻し、今度こそ完全に「消滅」したのだ。
   
  狂気の淵より呼び戻された女王は、不死鳥が在った場所と穢れた塔の有様を見やり──
  そして、命じた。
  不死鳥を斬ったその魔神に、自らも斬るようにと、指輪の強制力で。
  まるで「不死鳥を斬った罰であるかのように」自らの消滅をも命じたのだ。
   
  その魔神が、何故反射的に動いたかを考えもせずに。
   
   
  生命を守る王としての責務。
  この塔に集めた無数の生命。
  王亡き後の塔が、どうなるか──
  それら全てを投げうって、女王は自ら死を望み逃避することを選ぶ。
  生ける生命のみを望み、死や滅びを見ようとしない──
  自らが望まぬものに目を瞑る本質は、最後まで変わることはなかった。
   
  中層に蠢く生ける屍と化した異形たちは、主の帰還を待ち続ける。
  その身が朽ち、干からび、塵と化すまで。
   
• ──豊穣の王──
   
  王とは──
   
  全ての生命を守り、等しく慈悲を与えるものである。
  それこそが、理想だった。
   
  私は、賢者の図書館で多くの知識を得た。
  その知識を以て、正しい名君となるために力の限りを尽くした。
  全ての者に生命の輝きを与え、塔の中で大切に育み、守ってきた。
   
  そうだ。
  王は、「すべての者」に等しく接しなければいけないはずだ。
  それなのに私は一つ、例外を生み出してしまった。
   
  フェニックス。
  私の大切な、愛しい愛しい魔神。気高く美しい、炎の翼の君よ。
   
  貴方が特別であったから、私はあなたを傷つけてしまった。
  魔神から力を奪う施設の知識も得て、その体を刻み、その翼を奪い、何もかもを奪って踏みにじった。
   
  私はいったい、何を望んでいたのか。
  敵意の無い、貴方の刃が触れて気付いたのだ。歪んだ命の行きつく先を。
  この塔の中層──あれは、何なのだ。
  なぜ、蘇り幸福に暮らしていたはずの生命たちが、異形となって徘徊しているのだ。
  分からない。
  私には何も、分からない。
   
  どこから、間違っていたというのだ。
  最初から間違っていたなどと、思いたくない。
  初めて魔神を召喚し、安堵している私を見て、貴方は笑っていた。
  賢者の図書館を見つけたとき、
  初めて塔魔の支配に成功したとき、
  私の覚悟を試す、魔神たちの試練に打ち勝ったとき──
  あの時、貴方は私と共に笑っていてくれていたはずなのだ。
   
  もう、思い出すことは出来そうにない。
  ひどく、頭が痛い。
  呼吸の仕方など、とうに忘れてしまったかのようだ。
  一思いに成せなかったことを詫びる声が遠くで聞こえる。
  死への恐怖が薄れてきたことだけが、幸いだ。
   
  フェニックスよ。
  どれだけ詫びようと、貴方の心が救われることなどないでしょう。
  私はそれだけのことをしました。
  もう、今すぐにでも消えてしまいたい──
  息の根が止まるのを待っている時間さえも、私を苦しめる。
  何もかも、上手くいっていると思っていた。
  全てが、裏目に出ていた。
  赤く煌めく翼を広げて悠々と飛び回る貴方の姿が、私は好きだった。
   
  ……ああ、そうか……
   
  王の責務など、建前だったのかもしれない。
  私は貴方の永遠に憧れ、嫉妬し……
  横に並ぶことのできない自らに絶望し、共に──たかった……

※神鳥カラドリウスの首に冥界の神アヌビスの書かれた黒い袋を提げている事、
フェニクスの原型が古代エジプトの神話に登場する聖なる鳥ベンヌと考えられている事、
またベンヌは天空と太陽の神ホルスのモデルとも言われている事から関連して、
「豊穣の王」とは再生と豊穣の女神イシス、もしくはそのモデルになったと考えられる。
（ホルスは、農耕神オシリスとイシスの息子）