「綺麗でしたわ、銚子の『臥龍の藤』」
「隣に愛する人がいてこそ、ひとしおの美しさでしたな」
「…いつのまにウチの駄豚は、そんな歯の浮くようなセリフを覚えたのでしょうか」
ぎゅー、と、山田君の頬を抓りあげながらも、ほんのり頬が赤いセレスさん。
あのポーカーフェイスがここまで分かりやすくなるなんて、人も変われば変わるものだ。
あまりの微笑ましさに、霧切さんもため息をつく。
「…惚気は余所でやってくれないかしら」
「はは…まあ、藤の花言葉も『恋に酔う』だし、今の二人にはピッタリだったかもね」
久々に来客用のカップを出して、紅茶を淹れてリビングに戻る。
机の上には所狭しと写真やパンフレットが広げられていた。
二人で休暇を合わせ、先月末に旅行に行ってきた、そのお土産だそうだ。
山田君とセレスさんは高校以来の恋仲で、時々こうして暇を持て余しては二人揃って遊びに来る。
遠目に見ればご主人様と召使のような関係だけど、二人とも満更じゃないらしい。
「そういうお二人は、…藤を見るにはまだお早いようですわね、霧切さん」
「…大きなお世話よ」
「え? 何、どういうこと?」
不機嫌そうに顔を背け、カップをひったくる霧切さん。
話についていけずに解説を求めると、三人がほぼ同時に顔を見合わせた。
「……はぁ」
「…同情いたしますわ」
「ギャルゲー主人公もビックリの鈍感っぷりですぞ、苗木誠殿…」
冷や汗を拭いながら、山田君に箱を手渡される。
「お土産のほととぎす饅頭ですぞ。紅茶のお供にでも」
「わ、ありがとう」
「…何故、藤の名所のお土産にホトトギス…?」
「藤にホトトギス、そういう組み合わせなんだよ。到来する季節も同じ頃だしね」
「…博識ね。どうして知識はいらないくらい余ってるのに、知恵は回らないのかしら」
心外である。
首を傾げていたから分かりやすく説明したつもりが、ジト目で睨みあげられてしまう。
時々彼女はこうして唐突に怒っては、その理由すらも説明してくれないので、僕はただ粛々身をすくませるばかりである。
「ま、まあ、日本のホトトギスは、藤よりも俳句で有名ですからな」
見かねた山田君から助け舟。
「そ、そうだね。鳴かぬなら、ってやつでしょ。僕は『鳴くまで待つ』派なんだけど」
「私は『鳴かせてみせる』派ですわ。まあ、山田君は早々に鳴いてくれましたが…うふふ」
「…実際は『殺してしまえ』の勢いでした…ええ、はい」
当時を思い出したのか、山田君の顔が青くなる。
「…私のホトトギスは、いつになったら鳴いてくれるのかしらね」
ぽつり、霧切さんが漏らした。
「え? 霧切さん、ホトトギスなんて飼ってないでしょ」
「…鳴くのは当分先のようですな」
「待つ身は辛いですわね、霧切さん」
「いいえ…結局は『鳴かせてみせる』技術も『殺してしまう』勇気もない、私自身の問題でもあるのよ…」
はぁ、と、三人分のため息が重くのしかかる。
見えない針の筵と化してしまった家の中で、家主の僕はワケも分からず紅茶を啜るのだった。