SS5 女が関西弁な素直ヒート前編

Last-modified: 2013-08-14 (水) 21:24:02

耳に響くチャイムの音。最後の時限が終了した合図。
いつも通りの、何の変哲も無いHRを終えた俺は、窓の向こうに視線を送る。
自ら席を立つ必要はない。きっと今日もまた彼女が来るんだろう。

その思いを肯定するように、どたばたと勢いよく廊下を駆けていく足音が聞こえた。
よくもまぁ毎日飽きないもんだ。
俺はカバンを持つと、ドアに向けて軽く溜め息をつきながら歩いていく。
キキィという耳障りなブレーキを利かせながら、彼女は狙ったかのようにこちらの進路上に現れた。
女「男ぉぉぉぉ!!一緒に帰ろっ!?」
満面の笑みを浮かべながら、彼女は絶妙な角度に首を傾げ訪ねる。
俺に拒否権がないってのは、この習慣が始まって―――彼女が俺に告白してから、三日で分かった事だ。
男「付いて来たけりゃ好きにしろ」
気だるげにそれだけ言い放つと、俺は先に歩き出した。
女は嬉しそうに頷きながら、とたぱたと自分の真横に並び歩幅を合わせる。
いつも通りの笑顔、いつも通りの歩調、いつも通りの帰り道。
俺みたいな馬鹿な奴は、失うまでその価値に気づく事すら出来ない。

もう帰途の半ばを過ぎた辺りだろうか。
女は相変わらず、嫌みな程楽しそうな顔を見せながら、こちらに話しかけてくる。
男「なぁ。何がそんなに面白い?」
女「へ?だってウチ、男の事だぁぁぁぁぁぁぁい好きやもんっ!!!
  好きな人と一緒に居れて、嬉しくない訳ないやんっ!!」
まるで、日が西に沈むのと同じく当然なことと言わんばかりに女は答える。
真顔でこんな事を言い放つ辺りが、いかにもこいつらしい。
女「でも、男だって結構まんざらでもないやろぉぉぉぉ?
  こないな可愛い子を連れて歩いてるんやし!!」
にへっと茶目っ気たっぷりに彼女は笑うと、ぎゅっと空いていた片腕に抱きついてきた。
ふぅ、と俺は本日二度目の溜め息をつくと早足で先を急ぐ。
男「下らない事言ってると、置いてくぞ」
女「わわっ!?ちょっ、冗談やって!!堪忍なぁぁぁぁぁぁ~!?!?」
引っ張られバランスを崩しかけた体を立て直し、
女は置いてかれまいと小走りでまた隣に寄り添った。
そうこうしている内に、いつの間にか彼女の家の近くまで来ていたようだ。
女「な、男ぉぉぉぉ!!今日はウチん家来て遊ばへんっ!!?」
男「却下だ。俺はさっさと課題を終わらせたい。
  お前の家に行くとなかなか帰らせてくれないからな」
ふと彼女の家の前に目を向けると、見慣れない黒い車が止まっていた。
一目で高級車と分かるそれは、一般市民が集うこの住宅地にあってひたすら異端だった。
女もそれに気づいたのか、頭に疑問符を浮かべながら自宅、及びその車へ近づいていく。
するとそれを合図にしたかのように、運転席側のドアが開き、中からスーツ姿のいかつい男性が現れた。
眼光鋭く、威圧的に剃り込まれたボウズ頭が
こちらを睨みながら接近してくる様子に、俺はほんの僅か、息を飲む。
女は目に動揺と困惑の色を称えながら、その様子を見つめていた。
男性は女の目の前で止まると、ばっと腰を深く折り曲げて頭を下げる。
?「お帰りお待ちしておりました。お嬢」

――――母さん、今日も俺の周囲は何故こうも異常な事ばかりあるのでしょうか。

男「…お嬢?」
俺は胡散臭そうな視線をボウズ頭に向けた。
が、その男性は俺がこの場に存在していないかのように、女から目を離さない。
女「はぁ、ただいま…ってあんた誰やっちゅーねん!!!」
知るか、てか俺にツッコまないで下さい。痛いんですが?
?「お忘れですか。…無理もないですね。10年以上前の話ですから」
あぁ長い話になりそうだ、関係ない俺はそろそろ帰りたい。
が、そう軽く口を挟める雰囲気でもなさそうだ。
その男性は自らを脇と名乗り、簡潔にここに現れた理由を説明をした。

女の母親は昔、脇の住む一家(所謂ヤクザ)の頭の恋人だったこと。
だがその頭が一方的に女の母親を切り捨てたこと。
その頭は最近重い病気にかかり、余命幾ばくもないこと。
そして彼の血を引く跡継ぎが、彼女以外にいないことだ。
父親はとうに死んだものと聞かされていた女は、目を丸くして驚いていた。
しかし、こいつ本気で言ってるのか?ドラマの見過ぎじゃないか。
だが、脇の顔は真剣そのものだ。おまけに、ユーモアを理解出来そうな面じゃない。

脇「ですから、お嬢には俺の家に戻って頂きたいんです。跡継ぎとして」
女「―――嫌やっっっ!!なんでウチが、そんな母さん捨てた人ん所行かなあかんねん!!!
  それに男と離れるなんて、絶対ありえへん!!」
女は俺の後ろに回り込み、脇を警戒するような目つきで睨んだ。
つーか俺に話を振るなよ。

脇「そちらの男性は?」
初めて脇が俺と視線を合わせた。
男「ただの「ウチの彼氏や!!!」」
友達です、という台詞は無慈悲にも女の大声でかき消されてしまった。
それを聞いた脇の眉が微かに動く。あぁ全く。俺は面倒が嫌いなんだ。
脇「そうですか。では、お嬢の恋人である貴方は、この話をどう思いますか?」
女は期待に満ちた視線を俺に向けてくる。
けどそんなもん、訊かれなくても答えは決まってる。
男「それは彼女が決める事です。俺には関係ありません」
女「……っ…!」
息を飲んで、表情を強ばらせる女。
一体俺に何を期待してたんだ?俺は他人の人生を背負える程、偉くも強くもない。
脇「成る程。では、お嬢が自ら俺の家に出向いたなら、それを止める気はない、と」
男「えぇ、好きにして下さい」
そう俺はいつも通りの声で、投げやりに呟いた。

女「………男のバカぁぁぁぁぁ!!!」
ドン、という音がして、危うく俺は地面に崩れかけた。
女は俺を突き飛ばして、全力で家の中に逃げ込んでいく。
脇「それでは俺も今日はこれで下がらせて頂きます。失礼致します」
現れた時と同じく慇懃な礼を見せ、脇は車に乗りその場を後にする。
残された俺は、何か心に引っかかる物を感じながらも、帰宅した。
男「何なんだよ…」

その翌日。珍しく毎朝俺を起こしに来る女の姿が見えなかった。
昨日の事、まだ根に持っているんだろうか。でも俺は当然の対応をしただけだ。
俺とあいつはただの友達なんだから。
男「…って誰に言い訳してんだ俺は」
答えの出そうにない問いを中断させ、学校へと足を運んだ。

男「…女は休みか」
男友「おいおい。何だ夫婦喧嘩でもしちまったのか?俺は心配だぜ~」
男「本当なら、その面白がってそうな口調をどうにかしろ」
友の軽口を適当にたしなめると、俺の視線は無意識に女の席に向かっていた。
あの騒々しさに体が慣れてしまったのだろうか。なんとなく耳が寂しい。
おかげで授業にも身が入らず、無駄な時間を過ごしてしまった。
なんで俺があいつのせいでこんなに悩まなくちゃいけないんだ?

帰りのHRを終えた瞬間、俺は逃げるように学校を後にした。

面白くもない帰り道を早足で通り抜け、自室のベッドに制服のまま、眼鏡を外して倒れ込む。
男「…なんでこんなにイラついてんだ」
今日はバイトが無くて良かった。こんなに無気力なままじゃ、ろくに動けそうにない。
その時、誰も居ない家に電話のベルが鳴り響いた。電話の相手は、予想外な事に昨日のボウズ頭の男、脇だった。
脇「もしもし、男さんですか?脇です」
男「何ですか?」
まずどうやって電話番号を知ったのか問い詰めたいんだが。
脇「いえ、その―――お嬢の行方をお知りでしたら、教えて頂きたいと思いましてね」
――――は?
一瞬、呼吸そのものが止まった。女の行方だって?
男「何を言っているんですか?」
脇「…いえ、余計な事でした。忘れて下さい」
冷淡にそれだけ述べると、一方的に電話を切る脇。あいつが?行方不明?
俺は考える前に、女の家に電話をかけた。出たのは女の母親だった。
男「すいません、女さん居ませんか?」
女母「それが、朝学校に行ったっきり…帰って来なくて」
男「…分かりました」
電話を切り、一旦呼吸を整える。人さらいか?はたまた家出?

後者なら女の性格からして、これは計画的な蒸発じゃない。
ひとまずは家出の線で探す。それで見つからなければ、誘拐も考えなければならないか。
俺の頭は無意識に、女を自ら探し出す方向に動いていた。
行方は、自宅から歩きで行ける範囲内だ。学校、図書館、公園、繁華街etc…
男「いずれにせよ、人手が必要になるな」
携帯を繰り、男友を呼び出す。更に学級委員長、兼女の友達でもある女友とも連絡をつける。
二人とも快く承諾してくれた。なんだかんだ言いながら、頼りになる奴らだ。
男友『でも、珍しいなぁ』
男「何がだ?」
男友『お前がんな必死になって探すなんてな。どんな心境の変化だ?
   …余計なお世話か。んじゃ、公園の方見てくるぜ~』
男「…」
確かに俺自身が、ただの友達な彼女をここまでして探してやる義理はない。
けれど、自分が今抱いている虚無感と苛立ちは、彼女に会えば消える気がした。
そう、あくまで自分の為なんだ、と俺は自分に言い聞かせながら、ヘルメットと単車のキーを取り、家の外に向かう。

さて、俺はどこから探そうか。場所は無数にある。
無理矢理にでも、女に携帯を持たせておけば良かった。
男「…最近、あいつなんて言ってた…」
思い出せる限りの女の情報を。例えばそう、昨日の昼飯時。

女『な、おっとこぉぉぉ!!!!次の日曜日、ウチとデートしよ!!』
男『人が少なくて金もかからず静かに過ごせてとても近い場所ならいいぞ』
女『むぐぅ……』
男『見つからないなら、諦めろ』
女『んな事あらへんっっっっ!!絶対見つけたるでぇぇぇぇぇ!!!!』
男『…まぁ頑張れよ』

まさか、とは思う。けど女は常に俺の予想を裏切ってきた奴だ。
ここいらで俺の出した条件に該当する場所は――――。

男「…裏山か」

愛車のキーを回し、エンジンをかけヘルメットを被る。
心地よい爆音と振動が体に染み渡り、目的地までの地図を頭の中で描き出した。
本当に女がそこにいるとするならば、一刻も早くそこに行かなくては。
夜の山には数え切れないほどの危険がある。女に何かあってからでは遅い。
もし今夜中に女が見つからなかったら、本格的に警察に頼むしかなくなる。
大事になるのは正直ゴメンだ。

男「――――手間のかかる奴」
そしてクラッチを繋げ、俺は裏山目指して出来る限りのスピードで発進していった。

そう、とても俺は急いでいた。
だからこの時、俺の後ろを黒い高級車がつけてきてるなんて、全く気づけなかった。
ただ、女の声が聞きたかった。女の笑顔が見たかった。
あいつは、俺が望まなくても微笑んで、話しかけてくれたから――――


長めのSS5 他へ戻る中編へ進む?