Nakao/ブルガリア

Last-modified: 2015-01-02 (金) 16:29:39

§3 ブルガリア

 ブルガリアはバルカン半島の東部にあり、東は黒海に面している。ブルガリア人は東方からやってきたブルガール人がスラブ化したもので、中世には勢力を誇ったが、近世以降長い間オスマン帝国の支配下におかれた。現在ではバラとヨーグルトが特産品として知られる小さな農業国である。そのブルガリアの第3の特産品とも言うべきものが民族舞踊であり、現在でも全土で幅広く踊られている。その踊りの種類があまりにも膨大であるため、ここでは地域ごとにさらに7つに分けて説明している。ブルガリアの民族舞踊の全般的な特徴としては、そのほとんどがチェーン・ダンスであることと、バルトークによって「ブルガリアン・リズム」と名付けられた複合拍子(ラチェニッツァなど)が頻繁に現れることが挙げられる。

 

①ショップ Sop
 ショップ地方はブルガリアの中西部、首都ソフィアを中心とする一帯である。ここの踊りの特徴は、身体の動きが他の地方よりも素早くて激しいことである。リズムにはプラボ・ホロ Pravo horo(まっすぐなリズムの輪舞)と呼ばれる2/4拍子系のものの他に、7/16拍子のラチェニッツァ Racenica や11/16拍子のコパニッツァ Kopanica があるが、どれも非常に速いテンポで踊られる。そのほか、ヨーベ・マライ・モメのように18/16拍子という変わったリズムの踊りもある。また、隣接するセルビアやマケドニアの踊りに類似したものも見られ、例えばゴデチュキー・チャチャックはセルビア風の踊りである。ちなみに、この地方とその南隣のピリン地方は民謡の宝庫であり、特にその合唱は「ブルガリアン・ポリフォニー」として広く世界に知られている。

 

②ロドピ Rodopi
 ロドピはブルガリア南部の山岳地帯で、南はギリシアと国境を接している。すぐ西にはブルガリア領マケドニアとも呼ばれるピリン地方があり、踊りにもマケドニアとの類似が認められる。レスノト(7/8拍子)のリズムで踊られるドスパトスコ・ホロはここの踊りである。

 

③トラキア Trakija
 トラキアはブルガリア南東部の平原地帯である。ここの踊りの特徴はその重々しさにあり、特にトロポリを用いる男性舞踊(チェストトなど)はその典型と言える。リズムにはチェストトなどの2/4拍子のものからパイドゥシュコ Pajdusko(5/8拍子)、ラチェニッツァ、コパニッツァ(トラキアには特にコパニッツァが多い)、そして13/16拍子(クリボ・サドフスコ・ホロ)や15/16拍子(ブチミシュ)といったものまでさまざまなものが見られるが、いずれもやや遅めのテンポのものである。これらの中でトラキスカ・ラチェニッツァはやや異色の踊りで、腕を大きく動かし、男性はクラップやスラップを、女性は回転を行うものである。

 

④ストランジャ Strandza
 ストランジャはトラキアの南東部に当たり、トルコにまたがった地域である(トルコ側ではウストランジャ Istranca と呼ばれる)。ここの踊りはトラキアのものに似ているが、やや特異でもある。22/16拍子のクリボ・ストランジャンスコ・ホロはここの踊りである。

 

⑤ドブルジャ Dobrudza
 ドブルジャはブルガリア北東部の低地で、北部はルーマニア領ドブロジア Dobrogea となっている。ここの踊りは足を踏みならすものが多く、トロパンカやズボレンカなどがそれに当たる。また、バルネンスコ・ホロのように腕を大きく動かす踊りも見られる。そのほかブルガリアには珍しいカップル・ダンスもあり、これはラチェニッツァのリズムで踊られることが多いようである。

 

⑥セベル Sever
 セベルとは北を意味するブルガリア語で、文字通りブルガリアの北部を指す。ここの踊りは、ショップ、トラキア、ドブルジャの踊りをミックスしたような感じで、これといった特徴はない。ただ、ダイチョボと呼ばれる9/16拍子の踊りはこの地方独特のもので、ジーザイ・ナーネなどがこれに当たる。また、同じ9/16拍子でもリズムの取り方の異なるグランチャルスコ・ホロは、ドブルジャやルーマニアの影響も感じられるきわめてユニークな踊りである。

 

⑦ビディン Vidin
 ビディンはブルガリアの北西端に位置する町で、地方名ではない。ビディンの周辺の地方は、ブルガリア、ルーマニア、セルビアの3国の国境地帯となっており、踊りにも複合的な要素が見られる。ここにはブラック人(英語で Vlach、セルビア語で Vlah)と呼ばれるスラブ化されたラテン人が住んでおり、シラなどは彼らの踊りである。

 
© 1999 東京大学民族舞踊研究会