Nakao/東ヨーロッパ中部

Last-modified: 2012-03-16 (金) 14:48:37

§4 東ヨーロッパ中部

 

①ルーマニア Rumania
 ルーマニアは東ヨーロッパで唯一のラテン民族の国であり、ルーマニア語は最も古典ラテン語に近い言語であるといわれている。しかし民族舞踊においては、むしろ周辺のスラブ人との類似のほうが目立っているようである。ルーマニアは、地理的に見て次の5つの地方に分けられる。首都ブクレシュティ周辺のムンテニア(「山岳地帯」の意、ワラキアWalachia とも呼ばれる)、南西部のオルテニア(オルト川 Oltul 西岸地方)、南東部のドブロジア、東部のモルドバ、そして北西部のトランシルバニアである。このほか、現在モルドバ共和国となっている地域はベッサラビア Bessarabia と呼ばれ、ルーマニア人の多く住む地域である。また、北東部にはウクライナにまたがるブコビナ Bucovina 地方があり、ここにも多くのルーマニア人が居住している。舞踊では、ムンテニアとオルテニアは似たような踊りを持っており、ホラ Hora やスルバ Sirba、ブルウ Briu などが知られている。ドブロジアにはブルガリアのドブルジャ地方との類似が見られ、パプシェレレなどはここの踊りである。モルドバではスタンプを多用するアブラミアンカやアルカヌルが知られている。モルドバに限らず、ルーマニア全体の特徴としてスタンプが多いということは言えるだろう。ベッサラビアやブコビナの踊りにはウクライナとの類似も見られるようである。なお、トランシルバニアについては独自の項を立てたので、そちらを参照のこと。
 補足:ルーマニア語の綴りについてひとつ注意点を挙げておく。ルーマニア語の定冠詞は単語の後ろに語尾としてつけられる。すると、Hora → Hora, Briu → Briul のように変化する。誤植と思われやすいが、そうではないので念のため補足しておく。

 

②トランシルバニア Transylvania
 トランシルバニアは現在はルーマニア領だが、かつてハンガリーとルーマニアの間を何度も行き来した経緯があり、住民も両民族が入り交じった状態である。そのため民族舞踊にも両民族の混合要素が見られ、大変興味深い。ちなみにこの地方のことをルーマニアではトランシルバニア Transilvania またはアルデアル Ardeal と呼び、ハンガリーではエルデーイ Erdely と呼んでいる。ブリュール・デ・ラ・ファガラッシュなどは名前の通りルーマニア系の踊りだが、リズムの取り方にハンガリーの影響が感じられる。また、ダンスル・フェテロール・デ・ラ・クリハルマもハンガリー的なステップが多く見られる踊りである。ハンガリー系の踊りでは、ルーリンツレービ・ポントゾーなどのレゲーニェシュ(激しい男性舞踊)が多いが、チャルダッシュなどもしばしば見られ、踊りの保存度はむしろハンガリー本国よりも良いようである。

 

③ハンガリー Hungary
 ハンガリーは中央ヨーロッパの大国であり、中世にはヨーロッパ最強といわれたこともあった。民族的にはアジア系のマジャール人の国であり、そのことは姓を名より先に書く習慣や、今でも蒙古斑が見られることなどにも現れている。ハンガリーの民族舞踊は、カップルを組んでくるくると回転する有名なチャルダッシュ Csardas の他、新兵募集の踊りベルブンク Verbunk、激しい若者の踊りレゲーニェシュ Legenyes、女性の輪踊りカリカゾー Karikazo、平原の豚飼いの踊りカナス・タンツ Kanasz tanc、南部の跳躍の踊りウグローシュ Ugros、婚礼の踊りラコダルミ・タンツ Lakodalmi tanc などさまざまな種類がある。ハンガリー舞踊全体の特色としては、多くの踊りがロッシュー Lassu(「緩やかな」)とジョルシュ Gyors(「速い」)の2部構成になっていることや、ボカゾー Bokazo、ザロー・フィグラ Zaro Figura といった切れの良い終止形を持っていることが挙げられる。また、男性はしばしばチャパシュ Csapas と呼ばれる動作を行う。これは手で身体の一部や地面などをたたくもので、特にレゲーニェシュの中で激しく行われる。ハンガリーにはマジャール人の他にいわゆるジプシーも多く住んでおり、彼らの踊りもまた独特のものである。彼らの踊りはハンガリー語でツィガニタンツ Ciganytanc と呼ばれ、スナップを多用すること、上半身を前傾させることなどが大きな特徴である。
 なお、資料を完成させることのできなかったハンガリーの踊りとして以下のものを紹介しておく。ツィガニタンツ Ciganytanc は前述の通りジプシーの踊りで、踊っている間中スナップを続けるものである。ヤッシャギ・チャルダッシュ Jaszsagi csardas は首都ブダペシュトの東方に住む少数民族ヤジゲ族 Jaszsag の踊りである。クローズド・リド・ターンが特徴となっている。ソトマリ・ロッシュー・エーシュ・ジョルシュ・チャルダッシュ Szatmari lassu es gyors csardas はその名の通りソトマル地方のチャルダッシュで、ロッシュー(緩やかな)・パートとジョルシュ(速い)・パートにはっきりと分かれている。

 

④スロバキア Slovakia
 スロバキアはかつてのチェコスロバキアの東半分に当たる国家だが、長い間ハンガリーの支配下におかれていたため、その民族舞踊はむしろハンガリーに類似している。代表的な踊りにはチャルダーシュ Cardas、ベルブンク Verbunk、カリカーゾ Karikazo などがあり、どれもハンガリーのものときわめて類似している。ただ、レゲーニェシュに当たるものは見られないようである。
 なお、資料を完成させることのできなかったスロバキアの踊りとしては、ヨーカイ・フェニェゲトゥーシュ・タンツ Jokai fenyegetos tanc がある。これはフィンガー・ポルカの一種だが、CCW回転のポルカ・ターンが登場するのが大きな特徴である。

 

⑤チェコ Czecho
 チェコはハンガリーと並ぶ中央ヨーロッパの大国で、代表的なスラブ民族チェック人の国である。民族舞踊ではポルカの発祥地として有名でドードレブスカ・ポルカなどはその一つである。そのほか、ボヘミアン・ワルツとも言うべきソウセツカー Sousedska やハンガリーのチャルダッシュのように緩急をつけて踊られるシュパツィールカ Spacirka などの踊りが知られている。

 

© 1999 東京大学民族舞踊研究会