『それでは皆さん、本日は”特別な”巡りを行いましょう』
『は~いっ!』
わざとらしく元気に返事する取り巻きが、竹下らしき人物の指示に従い、彼女に付いて部屋を出て行く。俺達のいる場所の左側から扉の開く音が聞こえ、彼女達がぞろぞろと俺達の前を通り過ぎていった。
俺は立ち上がり、彼女達が廊下の奥のほうへ歩き去っていくのを確認する。……角を曲がっていった。
「……紅葉」
俺は紅葉の目を見て、次に何をするかを確かめる。
「……ああ」
同じことを考えていたようだ。俺は腰のホルスターからMark23を取り出し、安全装置を解除、スライドを引いて準備を完了させる。紅葉も、クロスベルトに取り付けたCQCホルスターからグロック18を取り出し、一緒にぶら下げていたストックを装着した。俺と同じくスライドを引いて、いつでも行ける状態になった。
俺達は早速、彼女達がいた部屋へと向かう。扉は閉まっているが、万一に備えツーマンセルで行動を開始する。俺は後ろをカバーし、紅葉は銃を構えたままドアノブに手を掛ける。
「良いか」
「OK」
紅葉はゆっくりとドアノブを回し、扉を少し開ける。その際に銃を先に突き出し、続いて身体を開いた扉の隙間からするりと入る。ベルトの交差部…股間部に取り付けた短刀を左手で抜き、銃のグリップと一緒に掴んで、周囲を警戒する。これは、いつかプレイした潜入アクションゲームの主人公と同じ持ち方だ。参考にしているのかどうかは分からないが。
「クリア」
「クリア」
紅葉は部屋を見回し、安全を確認した。俺も後方に人がいないことを確認し、紅葉へ安全を伝える。
俺達は武器をしまい、扉を閉めた後、彩が閉じ込められているシャボン玉の前へ近づいた。
「生で見ると全く動いてなかったんだな、こいつ」
彩は脚を抱えて眠ってはいるが、長い髪は無重力のシャボン玉の中にも関わらず、全く揺らめくことなく、完全に固まっている。
「時間が止まってるな」
「え?」
そんな事もできるのか。
「どおりで、あんだけ騒がれても起きないわけだよな」
「時間なんて止められr」
「S.Fでは以下略」
「ああ、そうだよな」
略されたが、言いたい事はよく分かった。
「しっかし、何で胡桃の娘なんかを拉致ったんだ」
「見た感じ、竹下もシャボン玉系のS.Fを操ってた。確かに崇拝用の偶像(アイドル)のために、人間を対象に仕立てるなら、あんな札幌の保護地域まで行って彩を捕まえるなんて事はしないだろうな。誰でも良いなら、そこらへんの子供を捕まえてシャボン玉の中に入れればいいわけだし」
その通りだ。崇拝対象を持ってくるのなら、わざわざ彩を選んだ理由が分からない。特別な何かがあるっていうなら、話は別だろうが。
「確か……」
俺は資料を検索した。警察側から提供された現場の写真を探し、彩の失踪した場所の写真を表示させた。
4月の後半とはいえ、札幌の有明から滝野の辺りは、結構雪が残っていたりする。今年の冬はかなり寒かったし、まだ気温もそこまで上がらないため、山岳部では雪が残っていたりするものだ。失踪当時は快晴ではあったが、周辺の雪が融けて路面は常に濡れていることが多い。胡桃の家へ続く山道の前は舗装しているので、濡れた路面からやってきた車両がそこに停車し、再び走り去った跡がはっきりと見られている。
「彩を狙っていたんだろうか」
「それでも偶然の可能性は捨てきれないよ」
「まあなぁ……」
俺は彩が入っているシャボン玉に手を伸ばした。
「待て!」
「いっ」
咄嗟に手を離した。俺は紅葉のほうを向くと、真剣な眼差しで首をゆっくり横に振った。
「トラップだ」
「…マジか」
「触るとまずい」
二重のシャボン膜は、そう言う事だったのか。どんな罠なのかは分からないが、紅葉に従ったほうが良いだろう。
「あらぁ?お二人ともどうなさったのですかぁ?」
「!!」
俺達は後ろから聞こえた声に、俺達は素早く銃を引き抜き、振り向きざまに聞こえたほうへ銃口を向ける。そんな馬鹿な、扉の開いた音は聞こえなかった。
そこにいたのは、一番最初に俺と目が合ったメンバーの女性……あの時俺に向けて微笑んでいた彼女だった。
「くそ、こいつはさっきの…!」
目を付けられていたのか。俺は悪態をつくが彼女は一切動じず、俺達の様相や素性お構い無しに、勝手に喋りだす。
「あ~、なるほどぉ!お二人も天使の卵を暖めてくださるのですねぇ♪」
そう言って、彼女は先ほどの竹下同様、胸を曝け出してシャボン玉……天使の卵を作り出していく。
銃を構えたまま警戒を続ける紅葉は、俺のほうを見てアイサインを出す。
これは…、逃げるって事か!
「あいにく、俺達には別に信じてるものがあるんだ」
そう言って、紅葉はフラッシュバンを取り出し、ピンを抜いて軽く投げる。それと同時に、俺達は反対方向のドアへ切り返して脱出した。直後、強烈な轟音と閃光が走り、「きゃぁっ」という悲鳴が聞こえたが、俺達は振り返らずに全速力で走りだした。
「雅和、仕事しろ!」
カメラの映像を見ていたなら、彼女が侵入してくるのは雅和と結奈が真っ先に気付くはずだ。
『すまない、しかし突然現れたんだ』
「何だって?」
紅葉が驚く。
『俺達もカメラ越しに監視していたが、彼女はいきなり出現したんだ』
『大量の小さなシャボン玉が、死角の排気口から突然出て来て、彼女の身体を作り上げていったんです。その間は3秒あるか無いかでした』
「そんな一瞬で?まあいい、とにかく入口から脱出する!」
紅葉はそう言って、続いて俺に「付いて来い!」と叫ぶ。
走る、走る、走る、走る。
廊下を真っすぐ走っていると、先ほどの竹下一味は散開していたのだろうか、単独でいた彼女達数人に見つかってしまった。意思疎通ができるのだろうか、彼女達は揃って俺達を追いかけてくる。
「階段だ!」
俺達はほぼ直角に廊下を曲がり、階段を急いで降りていく。階段を降りれば、すぐにエントランスホールのはずだ。脱出はそう難しくは無いはず。
階段を降り切ったら、真っ先にガラス張りの自動ドアへ直進する。
が。
「ダメだ、止まれ!」
紅葉が急に制止する。俺はおもいっきり踏ん張って立ち止まった。
「封鎖されてる…!」
俺は驚きを隠せなかった。自動ドアを含む、入口の壁面は大量の大きなシャボン玉で壁を作り上げ、俺達に立ちはだかっていた。
紅葉は近くにあったビニール傘をシャボン玉の壁に投げつけると、その傘はシャボン玉の一つに取り込まれたと思ったら、先端から形を失い、溶けていくようにシャボン玉化して、シャボンの壁に同化していった。
「さっきの罠も…」
「こういう類のやつかもしれない」
後ろから複数の足音が聞こえ、立ち止まった。
俺達は振り向き銃を構えると、6人ほどの女性達が俺達を取り囲んでいた。
「もぉ、びっくりしちゃったじゃないですかぁ」
驚かせるためのフラッシュバンなんだっつーの。
「はい、お待たせしました♪」
「どうぞ、召し上がってくださぁい♪」
そう言って、彼女達の二人は天使の卵を差し出し、じりじりと距離を詰めていく。
まずい、このままだと俺達もさっきの男のように……!
「雅和、発砲許可!!」
紅葉が叫ぶ。その声は珍しく切羽詰まっている形相で、余裕が無いことをアピールしていた。
雅和は状況が掴めたのか、間髪入れずに俺達へ指示を出した。
『よし、撃て!』
俺達は返答せず、そのまま躊躇わずに銃のトリガーを引いた。
紅葉はフルオートで数発ごとに間隔を置いて、前の卵を持つ一人の脚を狙って射撃した。俺はもう一人の卵持ちの女性の左腕を狙い、数発射撃する。
しかし、俺達はその次の光景に驚愕する。
俺が撃った女性の腕は、いとも簡単に吹き飛んでしまった。そんな馬鹿な。この口径の銃弾は、人の腕を吹き飛ばすような強力なものじゃないはずなのに。しかも出血すらしていない。どういうことだ。
彼女の左腕が吹き飛んだと、俺の脳が認識した直後、ごぽっと音を立てて、吹き飛んだ腕が沢山のシャボン玉になって飛散した。腕のあった付け根の部分も、ぷくぷくとシャボン玉が膨らみだしているのが見える。
紅葉の方はもっと奇怪な光景だった。
俺が撃った彼女と同様に、もう一人の女性の脚は簡単に吹き飛んでシャボン玉化してしまい、彼女の身体を支えるバランスが乱れ、 受け身することができず床に直撃してしまった。その衝撃で全身の半分がぐしゃっと潰れたかのように思ったら、その潰れた部分は一斉にシャボン玉へと変わり果て、脚部と一緒に飛散してしまったのだ。
しかも、その彼女達の表情……笑っている…?快楽と歓喜に満たされた、蕩けた笑みを浮かべたままなのだ。
「ひっ…!?」
俺は小さな悲鳴を上げた。こいつらは、最早人間じゃなくなっている……!
「“ライトボディ”だ……」
「なんだそれ!?」
俺は紅葉に聞き返すが、俺に目もくれずダメージを与えた相手に銃口を向けたまま、周囲の女性達を威嚇し続ける。
しかし寸秒経たないうちに、飛散したシャボン玉が徐々に集まりだしてきた。それは元の女性の身体のもとへ戻っているみたいだ。
「な、なんだよ一体…?」
俺はぼやく。俺が撃った女性の腕に、飛散したシャボン玉が集まって、根元から次々とくっついていく。あらかた腕らしき形を取ったところで、シャボン玉がどんどん合体し、一つの大きな玉になっていった。後はゆっくりと元々あった腕の形を取っていき、すぅっと肌の色が戻ったところで、彼女の腕は完全に再生した。
……再生…だと!?
「こいつらは不死身だ。諦めるしかない」
紅葉はそう言って、俺のセカンドポーチからフラッシュバンを奪い、ピンを抜いて彼女達の前へ投げつける。バンッ!という強烈な轟音を合図に、俺達は錯乱する彼女達の間をすり抜け、先ほどから来た階段とは違う方向へと走り抜ける。
どこかの部屋の窓から脱出しようと画策するが、窓一面が先ほどのエントランス同様、シャボン玉の壁で塞がれてしまっている。
「おいおいおい、どういう事だよ!」
「俺が知るかよ!…あー仕方ない、屋上に行こう!」
屋上から回収してもらうわけか。もし2階3階も塞がれていた場合も考えると、レフィス達を呼んだほうが手間が省けるって事だな。
「レフィス、仕事だ!屋上へ向かう!」
『了解、もう出発してるわ。”増援も用意した”』
紅葉はレフィスへ連絡を取る。あいつは既にガレージを出発していたんだ。
「急いでくれ!」
俺は焦燥感一杯にレフィスへ伝える。
『安心なさい、あんた達が出てくる頃には到着できるわ』
「わかった、頼むぞ!」
通信を切ると、俺達は別の位置にある階段へと走る。現場へ向かう前に見た屋内配置図によれば、先ほど降りてきた階段は屋上へと繋がっておらず、中央階段へ行かなければならないのだ。その間に、散開している竹下一味に包囲されれば、脱出しようが無くなってしまう。強い光と音に弱いみたいだが、既に俺も紅葉もフラッシュバンを使ってしまった。囲まれれば後が無い。
彼女らに遭遇しない事を祈るばかりだ。
階段を見つけ、俺達はものすごい勢いで階段を駆けのぼる。
二段飛ばし…いや三段飛ばしか何かで、殆どジャンプして上っているかのようだ。1階から屋上階まで、どれだけの時間で到達できたのだろうか。殆ど1分もかかっていないだろう。凄いアドレナリンだ。
俺は屋上の鉄扉に手をかけ、ドアノブを回そうとする。が、やはり鍵がかかっていて開けることができない。
「くそっ、開かねぇ!」
「まかせろ!」
紅葉が俺を扉から放したと思ったら、いつのまにか少女の姿へと変わっていた。一瞬で性転換できるとはいえ、驚きの変化スピードだ。まさに、二つの身体を持っているって表現が合っている。
紅葉は扉自体に両手を合わせ、深く息を吸い込み、「ふんっ!」と力を込めると、さっきのフラッシュバン並の衝撃音が俺の耳を襲う。咄嗟に耳を塞いでいたら、紅葉が手をかけていた扉は大きくへこみ、前側へ吹き飛んでいた。床を転げ回る鈍い金属音が、尋常じゃない衝撃であったことを物語っている。
「この程度は序の口だ」
「…くわばらくわばら」
そんな可愛い声で言われても…とは言う奴は多いが、俺は正直恐れ入るものなのだ。大神の威厳が伝わってくる。
俺達は晴れて屋上へ到着した。が、レフィス達はまだ到着していないみたいだ。
「まだか…早く来てくれ…!」
俺は焦り呟く。
「慌てるな、ここで凌ぐしかない」
そうは言うが、紅葉自身も少し焦りを隠せていない。俺達は出てきた扉のほうを向いて、竹下一味が来ることを見越して銃を構えて警戒する。
そして、やはり彼女達は現れた。先ほどの6人が俺達と対面するように並ぶ。射撃した二人の女性の身体と服装は……完全に再生していた。
「もぉ、危ないですよぉ。人に当たったらどうするんですかぁ」
お前らは人じゃねぇから良いんだよ。
「めっ!ですよぉ」
と、俺と対面している彼女が人差し指を立てて笑顔で言うと、俺の手に持つMark23に異変が起きた。
スライドの当たりがぷくぷくと泡立ち始めた!
「ひっ!」
俺は驚いて銃から手を離してしまった。しかし、銃はそのまま地面に落ちることなく、そのまま宙に浮かんでいた。泡立ちは止まることなく、今度は銃口から銃全体が膨らみだした。この光景は、さっきの男が女になった時のようで、薄黒の球体になるほどまで膨らみ切ったと思ったら、やはり色を失いシャボン玉に変化してしまった。
「畜生っ!」
その光景を見てか、紅葉は自分の銃をホルスターにしまい、短刀のみを構えて威嚇を続ける。
「この刀は泡にできんぞ。神の道具を壊すことは許されんからな」
紅葉の持つ短刀は、刀身が薄桃色をしており、それが普通の金属ではないことを証明している。”実体の無い金属”というもので、日本神話ではヒヒイロカネ、海外ではオリハルコンなどとも呼ばれる代物らしい。斬りつけても敵に物理的損傷は与えることができない代わりに、P.Eを流し込むことができるらしい。更にそのP.Eは増幅を続け、強烈なオーバーロード症状で気絶させる非殺傷武器なのだ。刀身の色が薄青の時は、物理的に攻撃が可能らしい。
「大丈夫ですよ~、怖くないですからね~」
別の女性が再び”天使の卵”を俺達に差し出す。
ここで俺達…終わりかよ…!?
「……来た」
「!」
俺は紅葉の一言で、後ろから来る風切り音に気付く。
それは急速に近づいてきて、背後の爆音のようなテールローターの音と強風に、俺達だけでなく彼女達もたじろぐ。
「やっと来たか!」
しかし、輸送ヘリの扉を開けた状態で身を乗り出した人物は、レフィスでもルミでもなかった。
「へ!?」
「まさか…!」
青空を思わせるようなエプロンショートドレスに、今の紅葉と同じぐらい長い、綺麗なブロンドの髪が暴風で乱れている。眼はブルートパーズのように澄んだ蒼で、何よりも目立つのは、背の純白の羽根。文字通りの”天使”が、ヘリに取り付けたM134ミニガンを照準器も覗かず”立ち上がったまま”構えていた。ありえん。
『紅葉さん、空さん、お待たせ致しました』
「…ミレーニア!!」
ヘッドセットから、俺達の焦燥とは裏腹に、余裕たっぷりの優しさ溢れる声が耳に入る。輝鳴大神ハイアーセルフの中で、色々な意味で最も飛び抜けているのがこいつ、ミレーニアだ。
自称変態やらチートの塊やら超快楽主義…、二つ名は沢山あるが、天使の外見は見た目だけという事なのは確かだ。ハイアーセルフというのは、元々物質次元に名前や身体を持っているわけではないので、俺達の生きる現世で活動するためには何らかのアバターが必要になる。その際にミレーニアが選んだのが、天使の様相をした17歳ぐらいの少女の外見だが、性格はあまりにも自由すぎて、どう説明すれば良いのか分からない。
ただ、とにかく俺達の間では頼れる母親みたいな立ち位置で、いつも優しく接してくれる。精神的にありがたいし、何度も助けられている。その側面だけを見れば、本当に女神やら天使のように見えるんだが。
ミレーニアが背部のスイッチを入れ、グリップを掴んでいるミニガンの砲身が回転する。
「……!伏せろ!!」
紅葉が俺の頭を掴み、思いっきり地面へ近づけさせる。俺は成すがままで、急な頭の動きに若干の吐き気を催したが、直後ヴヴヴ……というモーターのような音と共に、後ろから地面をえぐるような、コンクリートの破砕音が鳴り響いた。
ミレーニアがミニガンで、竹下一味を掃射しているのだ!ただでさえ人間に向けたらミンチにされてしまいかねない、凶悪な空対地機関銃なのに、それを平気で人間(いや、奴らはシャボン玉人間か)に実弾入りで向ける……普通の奴は到底できない根性だ。
モーター音と破砕音が停止して、ヘリの音が静かになったような錯覚を感じた。
俺と紅葉は後ろを向いて、竹下達がどうなったのかを確認する。ミレーニアが掃射した箇所は、コンクリートの床は蜂の巣どころか、骨組みまでも見えるぐらいに粉々になっていて、その場の宙に無数のシャボン玉が浮かんでいた。彼女達の姿が見えないということは、想像通り粉々に吹き飛ばされてシャボン玉化してしまったのだろう。
「すげぇ……」
この2年間、色々なミッションをやってきたが、実際にミニガンを撃ち込んでいる所を見たのは初めてだ。ただ、対ネオカルトでこんな事をしたのも、やっぱりミレーニアが初めてなのかもしれない。
そう考えていると、案の定飛び散ったシャボン玉がそれぞれ集まりだし、再び彼女達の身体が再生し始めた。
『なるほど。レフィスさん』
『了解ッ』
ミレーニアがレフィスに合図を送ると、ヘリは俺達の真下へと移動してきた。直後、ロープタイプの梯子を降ろされ、ルミが上から顔を出した。
『急いでくださいっ!』
ルミにそう言われ、俺は先に梯子を登る。紅葉も次いで梯子を登っていくが、その時に俺が彼女達のほうを見ると、既に殆どの再生が完了しており、俺達を逃がさんばかりに接近してきた。
「くそっ、来るんじゃねぇ!」
「待って下さい~っ」
彼女達はそう言うと、両手を前へ突き出してにっこりと微笑んだ。すると、俺と紅葉の居る場所の間の、梯子のロープ部分がごぽっと音を立てシャボン玉化し、千切れてしまった!
俺は咄嗟に千切れた梯子の先を掴み、何とかピンチを免れたが、紅葉が彼女達の目の前に落とされてしまった!
「あっ!!」
紅葉は何とか受け身を取ったが、彼女達にのしかかられ、身動きが取れなくなる。
「大丈夫、大丈夫、怖くないですよぉ♪」
そう言って、彼女達は紅葉の口へ無理矢理シャボン玉を押し込もうとする。
「ぐぉぉぉぉぉ……神を舐めるなぁっ!!」
最早少女が発する言葉ではないが、もがく紅葉はそう言って、自らのP.Eを物理エネルギーへ変えて放出する。まるでロケット弾が着弾したかのような爆発音と衝撃波で、ヘリが急に傾き、紅葉の居る場所から離れてしまった。竹下一味は強い衝撃により、再びシャボン玉になって飛散してしまうが、そう長くは持たないだろう。
「レフィスさん、その場で高度を少し下げてください」
「やってみるわ」
俺はルミとミレーニアに引き上げられ収容された。恐らく、次はフェンス越しから飛び込んでくる紅葉を受け止めるのだろう。それは俺でも何となく分かった。しかし無謀すぎる。プロペラに直撃したら、いくら神でもバラバラになってしまう。チェーンソーじゃないんだから。
「紅葉さん、頑張ってください!」
ミレーニアが呼びかけるや否や、紅葉は既に助走を付けて走り込んでいた。15メートルほどの助走の後、大きくジャンプし、フェンスに足をつけ二段目のジャンプを決める。
「でぃゃぁぁぁぁぁッ!!」
気合いの入った叫びと共に、紅葉が跳躍している。が、距離が足りない…落ちる!
そう俺が思った矢先、突然こぽんという音と共に、紅葉の身体がシャボン玉に包まれた。ルミのS.Fだ。重力を失う紅葉はそのまま縦に一回転して推進し続け、ヘリに入り込む直前でその泡ははじけた。いきなり重さを取り戻した紅葉の身体を、そのままミレーニアが抱きつくように、ダイレクトキャッチに成功した。
「よし、脱出するわよ!」
レフィスは機体を急旋回させ、竹下一味の下を急いで離れる。
「お疲れさまでした。よく頑張りましたね」
そう言って、ミレーニアは俺達を労い、抱きしめている紅葉の頭を優しく撫でる。安堵する紅葉にそれが心地良いのだろうか、少女らしい素振りで嬉しさを見せる。こう見てると、二人はまるで親子みたいと言われるのも、なかなか納得がいく。身長は若干違うために、紅葉がミレーニアの娘のように見える。何故か見ててこそばゆい。
「いつ帰ってきたんだ?」
俺はミニガンを横に向けて、ヘリの扉を閉めながらミレーニアに訊く。確か東京へ行っていたんじゃなかったか。
「丁度こちらのミッションが終わって、札幌支部で清算していた時にレフィスさんとルミに会ったんです。ガレージで出撃する直前だったので、連絡が遅れてしまいましたが」
「そうか。ああでもマジで助かった。あんなのとは相手したくねぇよ」
「この先、幾らでも相手することになりますよ」
ミレーニアがそう言って微笑む。身体がいくらあっても足りないと言いたくなるな。
「そういえば、あのシャボン玉人間に弾を撃ち込んだ時、紅葉が”ライトボディ”だとか言ってたけど、それって何なんだ?」
「それは」
「スピリチュアル界隈で”光のレベルの身体”って言われててな、オーラよりも高密度なエネルギー体って言われてるんだ」
紅葉は「ありがとう」と言ってミレーニアから離れ、俺に説明を始める。
「本来の意味では、ライトボディの覚醒化っていうプロセスを経て、物質的な肉体の変化によって、光をも肉体維持のエネルギーへ変換できるとも言われてる。詳しく話すと長くなるけど、それによって物質と精神的要素が融合するかのように両立できるようになるんだ」
「へぇ。でも奴らの身体は」
今度はミレーニアから講釈が入る。
「私が東京へ行ってきた目的は、人間の身体の構造を作り替えられ、人外へと成り果ててしまったカルト宗教の調査でした。新種のネオカルトの可能性が高く、現地のSTARSの方々と調べた結果、彼らはどんなにダメージを与えても瞬時に回復し、死ぬことが無いのです。一応そのカルトは潰しましたが、とても気がかりな現象でしたね」
俺は、紅葉が言っていたことを思い出した。
「だからあの時”不死身”だって……」
「人間である制約が取り去られ、生と死の概念が無くなってしまった人達です。それを定義する言葉が無いので、私達の間で『ライトボディ化』と定義することにしました」
「ブリーフィング前に俺達で話してたことだから、伝えるのが遅れちゃったな」
ってことは、紅葉、ルミ、ミレーニアを含めた大神(と愉快な仲間達)の間でしか知らないことじゃねぇかよ。
「あそこで胡桃からコールが来なかったら、空達にも伝えてたよ。さすがにブリーフィングで見当違いの事は言えないだろ?」
「ま、まあそうなんだがな」
俺達は窓越しにコンベンションセンターを上空から眺める。結構離れているはずなのだが、壁面にへばりついている無数のシャボン玉がここからでも確認できる。
「本当にシャボン玉に覆われてやがる……」
「どうやら今回の竹下直子は、ルミに並ぶ程奇怪な”シャボン玉の魔法使い”みたいですね」
ミレーニアがルミの二つ名を取り上げる。
「えぇ?私でも流石にあんなハードな事はしませんよ」
ルミは少し笑って否定するが、不可能ではないような表現をするということは、ルミもやろうと思えば、人をシャボン玉に変えてしまうことだって出来るって事なんだろうか。
「胡桃さんから教えてもらった、身体の余分な老廃物をシャボン玉にして排泄させるプレイは面白かったので、ちょっと遊んでますけど」
俺からすれば、それも十分奇怪だと思う。
「これで竹下一味は、センターのA棟を完全に占拠したわけね」
レフィスがヘリを操縦しながら、俺達へ向けて状況を説明する。
「取り残された人間はおよそ20名。主に館内職員で、状況が一切掴めないわ。このまま手を出すのも困難だし、彩を救助するのも難しい。一度雅和達と合流しましょう。無線によると、公安のほうも機動隊を用意してくれたわ」
「了解」
「はい、お願いします」
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- GJです。竹下プロには久々に恐怖させられました。雑魚も強い竹下プロのボスの恐ろしさも楽しみにしています。 -- 2010-04-26 (月) 10:49:29