ブリーフィング
日本から帰って来て早々悪いが緊急出撃任務だ。
現在、ミッドウェーより約1000km地点に複数の大型機と小型機の編隊が飛行しているのを哨戒中のAWACSが探知した。
方位からしてハワイかミッドウェーのどちらかを目指していると考えられる。
機種はTu-95爆撃機と思われ、国連常設軍及びその他各国軍のIFFと照合するも一致するものは確認されなかった。
その為、対象を所属不明機とし、所属を確認、強制着陸させよ。
なお、攻撃を企図する動きを確認した場合は交戦を許可する。
鋭い警報音が、基地の静寂を切り裂いた。
格納庫の扉が開き、ニューリーフ隊のSu-33が次々にタキシングを開始する。その後方を、すでにエンジンを轟かせたサーベラス隊のF-16Cが滑走路へ向かい、加速して夜空に舞い上がった。
「日本から帰ってすぐこれですよ!」
コックピット内でリッカが呻くように叫ぶ。
「愚痴っている暇があったら手を動かしなさい」
冷静な声で宮藤レイナ大尉が応じる。
「ニューリーフ隊、これより離陸する」
『管制塔了解。離陸後はAWACS“エーテルアイ”の指示を受けよ』
硬質な管制の声が無線に響き、次の瞬間、アフターバーナーの炎が滑走路を照らす。
四機のSu-33は次々と空へ舞い上がり、整然とした編隊を組んだ。
『こちら、空中管制機“エーテルアイ”。管制官、リーリエ・アージナヤ少尉です』
若いが落ち着いた声が各機に響く。
『所属不明機が方位三一五より接近中。至急接近し、所属を確認してください』
「サーベラス1、了解。各機、方位三一五にヘッドオン」
スーザンの声が鋭く、続いてニューリーフのリーダー、レイナも指示を下す。
「ニューリーフ1、了解。サーベラス隊に続く」
八機の戦闘機が大きく旋回し、西北の空へ進路を取った。
『すでにローラ隊が先行し、追跡中』
『所属不明機はTu-95、四機。そして護衛のMiG-29が十機との報告です』
「“ベア”と“ファルクラム”か……近くにそんな部隊は配備されていないはずだ」
ミカドの低い声。
「ロシアでしょうか?」ハンナが疑問を投げる。
「それはないでしょう」わかばが冷静に切り返す。
「ハワイもミッドウェーも今はうちの管理下ですが、領有権はアメリカのものです。ロシアがアメリカ相手に全面戦争を仕掛ける理由はありません」
「無駄話はあとだ。――タリホー、目標確認。“ベア”と“ファルクラム”、情報通りだ」
レイナの声が鋭く、視界の先に巨大なTu-95と、それを囲むMiG-29の編隊が映り込む。
「こちらローラ隊隊長、マオ・チーチェン大尉」
無線に、快活さを含んだ女性の声が入る。
「これより無線警告と所属確認を行う。――セレス航空軍より通告する。貴編隊は国連安保理決議に基づく飛行制限空域へ接近中。速やかに我々の誘導に従え」
スイレンが冷ややかに続ける。
「目標機に国籍標識、所属部隊を確認できるものはなし」
一瞬の沈黙――そして無線を震わせる荒々しい声。
「もう我慢できねえ! グレッグ隊、交戦する!!」
四機のMiG-29が一斉に反転、ローラ隊へ襲いかかった。
「敵機反転! 攻撃の意思を確認!」
マオの声に重なり、AWACSの声が即座に返る。
『エーテルアイ了解。全機、交戦を許可する』
「ローラ1、交戦!」
「ローラ2、交戦!」
「サーベラス1、交戦!」
次々とコールサインが無線に重なり、八機の味方機が牙を剥く。
その頃、爆撃機側では動揺が広がっていた。
「おい! 何をしている! お前たちの任務は我々の護衛だ!」
Tu-95のパイロットの叫びに、MiGの一人が嘲笑混じりに応じる。
「うるせえ! 護衛ばかりで飽き飽きしてたんだ! いくぞ、戦争だぁああ!!」
『敵護衛機全機、ローラ隊に殺到……!?』
エーテルアイの声が一瞬揺らぐ。
「護衛を放棄したのか?」
レイナが呟き、スーザンが即座に冷静に返す。
「ローラ隊だけでは数が足りないでしょうね……だが幸い、こちらと合わせれば同数。合流して一気に叩きます!」
「ぐっ……! 数では勝っているようだけど……連携がなっていないわね!」
ローラ1のマオが舌打ち混じりに声を上げる。
「ローラ1! チェック・シックス!」
スイレンの鋭い警告に、マオは瞬時に操縦桿を引き、Su-27を宙に舞わせた。
機体が大きく頭を跳ね上げ、まるで空中で止まったかのように見える――コブラ機動。
追ってきたMiG-29は慣性に引きずられ、前方へ飛び抜けた。
「なにっ!?」
敵パイロットが驚愕する間もなく、マオは機体を元に戻し、背後へ回り込む。
「――腕もダメダメね!」
照準マーカーが敵機を捉え、赤い表示に切り替わった瞬間、ミサイルが放たれる。
炸裂する炎と煙。MiG-29が空に弧を描いて崩れ落ちた。
「ブラウン1がやられた!? 隊長が!?」
無線越しに絶叫が走る。だが次の声は歓喜に満ちていた。
「やったぜ! 今から俺が隊長だ!!」
そのあまりに無秩序な言葉に、わかばが冷ややかに吐き捨てた。
「……連中、仲間意識すらないのか」
「ニューリーフ1よりサーベラス1」レイナが声を張る。
「敵戦闘機は我々が引き受ける。サーベラスは爆撃機を頼む」
「大丈夫なの?」スーザンが一瞬だけ疑念を挟む。
「彼らの練度は低い。これくらいならニューリーフとローラで充分落とせる」
揺るぎないレイナの声に、スーザンも決断する。
「了解。エーテルアイ、サーベラス隊は敵爆撃機迎撃に向かう」
『エーテルアイ了解』
即座に返答があり、サーベラス隊は一斉に機首を反転。轟音を残してTu-95の編隊へ突進していった。
「ニューリーフ隊、太陽を背に突入。一斉射!」
「ウィルコ!」
四機のSu-33が上昇し、太陽光を背負った瞬間、一斉に降下。ミサイルの雨が放たれ、空を切り裂く白煙が交差した。
「グレッグ3が落ちた!?」
「ロックオン!? どこから――ぐわっ!!」
次々と爆ぜる炎。瞬く間に四機が大空から消えた。
「残り五機!」わかばの声が冷静に響く。
「クソッ、クソッ!!」敵の無線は罵声で埋め尽くされ、秩序はすでに消えていた。
「よーし、あと一息!」リッカが高揚を隠さず叫ぶ。
「各機、畳み掛けるぞ!」レイナの指示でニューリーフ隊は一斉に散開。互いにクロスしながら敵機の背後を取る。
「誰でもいい! 援護してくれ!!」
「できるわけないだろ! 俺のケツにもついてんだよ!!」
敵同士で罵り合う声が絶望のように響く。
「ニューリーフ2、FOX2!」
わかばのSu-33から放たれたミサイルが一直線に飛び、MiG-29を捕らえた。
「ミサイル!! ミサイルだ――うわああっ!!」
爆炎に呑み込まれる影。残る敵はわずか。
「あと一機!」リッカが最後の獲物を追い詰める。
しかし、ロックオン警告音と同時に、横合いから別の白煙が突き抜けた。
ドンッ――。敵機が炎に包まれ、空から落ちていく。
『ローラ2、ナイスキル!』
エーテルアイの報告が誇らしげに響いた。
「ちょっと、私の獲物なのに!」リッカが悔しそうに声を上げる。
「えへへ、私達にも分けてくださいよ」スイレンが冗談めかして笑う。
間を置かず、AWACSの声が戦場を締めくくった。
『サーベラス隊も敵爆撃機を全機撃墜。――ミッションコンプリート。全機RTB』
デブリーフィング
まず全機が無事に帰還したことを喜びたいと思う。
次にだが、現在治安情報部が今回撃墜した所属不明機の発進地点の特定を進めている。
今回の敵部隊は連携に乏しく、無線解析でも功を焦るような発言が多かったため正規軍ではなという意見もある。
念のため詳細を国連常設軍及び各国軍に確認をとっているが、いまだに回答は得られていない。
まあ、仕方がない面もあるだろう。我々が国連より離脱する要因となった例の件以降、国連常設軍では混乱が続いている。
噂によると一部部隊が離反したという話もある。
日本からの帰国と今回の出撃と休む暇もなかったが、詳細が明らかになるまでは何が起こるかわからない。
充分に休息し、次の出撃に備えてくれ。
以上だ。解散。
夕日に照らされた格納庫の壁に、ひとりの少女が背を預けていた。
淡い橙色の光が彼女の横顔を染め、そこに宿る疲労の影を際立たせる。
宮藤レイナ大尉――セレス航空軍第33戦闘飛行隊〈ニューリーフ〉の隊長である。
戦闘を終え、エンジン音の消えた基地は、どこか非現実の静けさに包まれていた。
そんな空気を破るように、ひゅっと何かが飛んでくる。反射的に手を伸ばすと、冷たいペットボトルが掌に収まった。
「ナイスキャッチ」
軽い調子の声とともに姿を現したのは、第221戦闘飛行隊〈ローラ〉の隊長、マオ・チーチェン大尉だった。
彼女は自分の分のペットボトルを片手に持ちながら、屈託なく笑っている。
「それ、私のおごり。いやぁ、今日は助かったよ」
「……それが任務でしたので」
レイナは肩をすくめ、視線を再び夕陽に向けた。
「そういえば」マオが隣に並び、少し声を落とす。
「久々の日本はどうだった?」
「別に。生まれた国が日本なだけで、駐留してた東京に特に思い入れはありません」
短く吐き出すように答えると、少し間を置いて続けた。
「……実家は横須賀ですし」
しばしの沈黙。夕陽が二人の影を伸ばす。
マオはボトルを一口飲み、そして柔らかく笑った。
「そっか。でも――生まれた場所がどこであれ、帰る場所を忘れない人間は強いものだよ。レイナ、あんたはきっとそういう人間だ」
「……実家は、もうありません」
レイナの声は、夕焼けに溶けて小さく響いた。
「肉親は前の戦争で皆……」
マオは一瞬、言葉を失い、手の中のボトルを握りしめる。
「……ごめんね」
「いえ、大丈夫です」
レイナはわずかに首を振り、表情を崩さない。
「私の帰る場所は、ここ――セレスですから」
その言葉に込められた静かな決意に、マオは何も言い足せず、ただ隣で同じ空を仰いだ。
格納庫の向こうに広がる夕焼けは、戦火に焼けた空と重なるようで、どこか切なさを帯びている。
しばしの沈黙の後、マオがふと視線を移した。
ニューリーフの隊舎へ向かう通路で、若いパイロットの姿が見える。海鶴わかば少尉。新しく加わったレイナの二番機だ。
仲間のリッカ・アイズ中尉やハンナ・ユスティノフ中尉に軽口を叩かれ、整備班の面々まで巻き込んで笑いの渦になっている。
マオが口元を和ませ、わざと話題を切り替えた。
「そういえば……新入りのわかば、だっけ? いい腕してるじゃない」
「いえ、まだまだですよ」
レイナは淡々と答える。
「油断したら、すぐに戦死します」
だが、その瞳が仲間たちの笑い声を追うとき、言葉とは裏腹に揺れるものがあった。
失うことへの恐れか、それとも、かつて失った者たちへの記憶か。
マオには、夕陽の赤に照らされたレイナの横顔から、そのどちらともつかない感情が確かに見えていた。
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