一〇〇式には夢があった。
現在は後方勤務に追いやられ、戦術人形として不遇の時を過ごしている。自分だけではないのだからと言い聞かせては仕方のないことなのだと飲み込んだ。それでも独り月を見上げたくなる日があった。遠い空、薄暗い夜隅に記憶の残滓が泳ぐ。ぼろぼろになって帰ってきた私に付き添い、修復に向うーー手を伸ばしても届かない儚い思い出だ。
一〇〇式には夢があった。
いつか自分の畑を持ち、一から材料を作り上げ、至高のおはぎを作ると。
一〇〇式には夢があった。
新人だった頃に自分を見いだしてくれた指揮官に恩返しがしたいと。
一〇〇式には夢があった。
いつか指揮官に自分が作ったおはぎを食べてもらうという夢が。
初めての農耕は苦難の連続だった。何気なく食べていたものの有り難みを噛み締めた。
人形という素性を隠し、町に出ては育て方を教わる。人形ということを悟らせなければ、人間たちは快く知識を分け与えてくれた。ただ耕し、手入れをするだけではだめ。正しい知識を蓄え、その時々で正しい選択をとらなければ枯らしてしまう。土に触れ、命の大切さを胸に刻んだ。
一〇〇式には、夢があった。
その日も日課の太鼓乱舞を終え、畑に向かう途中であった。幾多の苦難を越え、とうとう初めての収穫までこぎ着けるかもしれないーーそんな矢先の出来事であった。
空が轟いた。遅れて、凄まじいまでの衝撃が迸る。体は風に吹かれた綿のように浮き上がり、数メートル後方に吹き飛ばされる。そして瞬時に理解した。何者かがダーティーボムか、それに匹敵する規模の爆発を起こしたのだーーと。
すぐさま起き上がり、駆ける。畑は、私の畑は無事かとーー
『指揮官、その……よろしければお一つ……』
『これは、おはぎ……か?どれお一つ』
後方で副官のスプリングフィールドさんがニマニマしている。心の中をのぞかれたような気がしてバツが悪くなり、マフラーを摘み顔を隠す。しばし訪れる沈黙。息苦しさに耐えきれず、口を開く。
『その、味は……』
返事はなかった。再び訪れた沈黙が痛い。何か失敗をしたのではないか?大好きなしきかんの前でとんでもないことをしでかしてしまったのでは?そんなことが頭の中を駆け巡り、身体が小刻みに震える。
『あ……ぁ……』
失敗した……また失敗した!人の優しさに甘えて私は居場所を失っていくんだ。走り去ろうとしたその時ーー
『一〇〇式……顔をおあげ』
しきかんの声に、恐る恐る顔をあげる。グリフィンの制服引き締まった身体、白いワイシャツに深い色のネクタイ、丈夫そうな首とたるみのない顎……そしてしきかんの表情伺おうとしたとき、目の前で白い何かか広がる。
『そ、それは……』
”やりますねぇ!”
昔、しきかんに贈った扇子だった。ところどころボロボロになっていたが、捨てずにずっともってくれていたようだ。
『しきかん、なんでそんなになるまで……しきかんならもっと良いものが……』
『わたしはこれがよかったんだ』
『バカ……なんじゃないですか』
『バカでもいいさ。なんせ、私の最初の副官がくれてものだからなーー』
声にならない叫びをあげて、指揮官にすがりつく。
『今になってなんでそんなことを言うんですか!?私が……私がどんな思いをしていたと!?』
『すまなかった』
ただその一言を口にし、私の背中に手を回す。
そんな、そんな夢のような時間をーー
「あ……あぁ……」
先ほどの衝撃で畑は壊滅していた。体から力が抜ける。まっすぐだった膝は折れ、その場にへたり込んだ。
あとから知ったことだが、正規軍に裏切られ指揮官や仲間たちが窮地に陥ったためにM4がダーティーボムを使用したらしい。……多分同じ立場であったなら指揮官を守るために同じ選択をしただろう。そこは責められない。
だが、どうにもならないものがこの世にはある。
「…………だ」
やつは私の畑を滅茶苦茶にした。
「……讐だ」
やつは指揮官との時間を奪った。
「復讐だ!」
理不尽であっても、この事実だけはどう咀嚼しても飲み込むことができない。
復讐だ。戦力差は歴然、私ごときでは傷を負わせられないかもしれない、そのことは承知している。それでもこの怒りをやつにぶつけなければ前に進めない……たとえ四肢が千切られようとも、やつの喉元に食らいついてやる!
「復讐だ。結局戦場をかき乱しただけで、指揮官もほっぽりだして、どこに向かった?」
新しいグリフィンに顔も出さずに、やつはどこかを彷徨っている。残ったAR小隊も行方は知らないらしい。
「まぁいいかーー」
時間があるのなら好都合だ。研ぎ澄ます時間が生まれたということなのだから。
やつをしとめるための牙をーー
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