アシタカ/いつかの足跡

Last-modified: 2022-01-16 (日) 20:42:58

私の目の前で、ロキシーが死んだ。
その人は、私が憧れた小さくも力強く懸命だったロキシーではなかった。
私を救ってくれた本人は気づいてもいないような優しさに溢れたロキシーではなかった。
でも、見間違えようがないほどにロキシーだった。

「怖いを夢を見ただけ?なんだか懐かしいですねルディ、大丈夫ですから、先生に甘えていいんですよ?」
そういってロキシーに抱き締められ、心が解きほぐされていくほどに、私の腕の中で消えていったロキシーの体温を思い出す。
あのやりとりも、最後に渡された日記も、夢ではないのだ。
○月×日
食料庫の中で鼠の死体が発見されました。
アイシャは気づけなかったことをとても気にしていましたが確かに身重のルディの身体に変な病気でも行かないか心配です。
○月□日
アルス君にようやく父と呼んでもらえました。
なんだかルディの笑顔が失礼な気もしますが一歩前進できた気がします。
△月○日
ルディの考えた理論を論文にしてギルドに提出すると大騒ぎになって中々変えれませんでした、ルディの論文のようなものだから仕方ないのかもしれませんね。
最初は、そんな他愛もない事を綴っただけのロキシーの日記だった、それだけのものをわざわざあの状況で渡すはずがない。
私は読まなければいけない、この先何が起こり、ロキシーがあんな顔をするようになったのか。
□月○日
ずっと芳しく無かったルディの様子が明らかにおかしく、倒れこんだルディの足を見て戦慄した。
ルディは、魔石病に罹っていた、魔大陸でも滅多に起こらない感染症、シルフィにお前のせいだと見たこともないような目で睨まれてしまった。
発覚してからは日記どころではなかったがもう時間がない、私はクリフさんの協力を得て、シルフィとクリフさんと共に唯一の治療法を盗みにミリスへ向かわなければいけない。
○月▽日
クリフさんが死んだ。エリナリーゼさんに何て言えば…
△月□日
なんで、こんなのおかしいなんでルディが私達の魔法じゃなんで

……もうずっとグチャグチャに書かれた日記の中からそんな内容を読み取る、そっか、私はロキシーが来なければ死んでいたんだ、お腹の子も産めずに。
ここから先はかなり時間が飛んでいる、書かずに放置していた事を淡々と書き並べていた。
私が死んだあと、エリナリーゼさんは何処かへと消え、ザノバはジュリを引き取ってしまったらしい、初めて会った頃のような目で見られた、かぁ……ザノバのそんな目、思い出したくないなぁ
そのあとシルフィと酷い喧嘩をして、それ以降完全に孤立したロキシーは酒に逃げてしまったらしい。
ただ
「なんで母さん達は私からルディまで奪うんだ」
その一言がどれだけロキシーが追い詰められていたかを嫌というほど教えてくれた。
私は、そこから先を読む勇気を出せなかった。
明日、明日読もう、これ以上夜更かししてもお腹の子によくない、明日落ち着いてから続きを読むんだ。

そのあと、エリオットが私の家を尋ねたらしく、シルフィとロキシーは何度も殺されかけたようだ。
仲違いを続けるわけにもいかないと二人は言葉を飲み込み、シルフィは全員でアスラ王国まで逃げようという話になった。
でもロキシーは行かなかった、エリオットを騙して釘付けにして、時間を稼ぐと言い出したらしい。
▽月×日
シルフィがクーデターの主犯として殺された、あの男が父さんを殺した。
アルスとクリスはそれだけを告げると家の中に残っていたルディの遺品を全て持ってどこかへ消えてしまった、もうどうでもいい。
二人を追いかけてきたエリオットに問い詰められ殺そうとしたら片腕を斬り落とされた。

シルフィが、死んだ。
ロキシーの話を聞いて覚悟していた、それでも、シルフィは死んでしまったらしい。
エリオットが殺したとしか思えない文面で、私の不快感は限界を越えた。
日記の続きを読むことができず、それでもこのままいるわけにもいかず、私はただ頭を抱えていた。

「ルディアお嬢様、失礼します。」
「リーリャさん…母さんはいいんですか?」
「お嬢様、奥様は貴女の母君です。今の貴女よりも自分を優先しろなどというはずがありません。」
「え?」
気づくと、抱き締められていた。
シーローンの結界から解放された時のように、優しく抱き締めてくれていた。
私はずっと泣いていたらしい、それを見て、母さんの介護との間で揺れていたリーリャさんを母さんが叩いたらしい。
二人とも私のお母さんだ、このまま私が死んでしまえばこの二人にも何かが起きるのかも知れない。
何より、私もアルスとクリス、ジュリのお母さんなんだ、あの日記を読んで最悪の結果を避けられるなら、私は逃げちゃいけない。
そこから先の日記の内容は読めたものじゃなかった。
完全に一人になったロキシーは魔石になった私と私の家を守るかのようにそこに張り付き、
ヒトガミとかいう意味のわからない奴に教えられた通りに狂ったような支離滅裂な研究を続けていた、その研究が実を結べば、私と会えると聞いて。
そして、ロキシーは私を見つけたらしい。
私の家の近くで何かをして回ったあと、馬車に乗り込み町の外に出ようとするところを見かけ、必死で追いかけて、邪魔をする人間を全て殺して、そして気づいた。
それは私ではなく、クリスだった。
クリスはエリオットを殺すために剣士に強いザノバを頼ったようだ、数年ぶりに遠くから見かけたクリスを私と見間違え、発狂しながら近づくロキシーを止めようとしたジンジャーさんとザノバ、そして、ジュリとアイシャを、焼き殺したらしい。
そこから先かなりの期間、日記には何も書かれていなかったようで、紙の新しさがかなり違う、もうこれで区切りで良いだろう、これ以上この続きを読みたくない、私は逃げるようにリビングへと向かった。
×月○日
許せない許せない許せない全て奴のせいだ奴さえいなければ奴が全てを台無しにした私の家族を返せ今すぐなんでこんなおかしいふざけるな

もう……日記は日記ではなくなっていた。
日記には、この一連の流れを裏で操っていた人間に、夢の中で全てを明かされたと書いてあった、
エリオットを殺したアルスの夢の中にも現れたらしく、まちがいではないようだ。
アルスの夢の中では、
そいつがエリオットは私を捨てたわけではなくただ私を守れるよう強くなろうとしていただけだと、今のままでは私を守れないから旅に出ろとエリオットを焚き付けたのだと告げたらしい。
そのあと、シルフィを陥れたアスラ王国の人間に無茶な復讐を繰り返すアルスを守ろうと戦い続けていたらしい。
最後に、すまなかった、全て俺のせいだ、エリオットはそう言ってアルスの剣を受け入れた。
そう書かれていた。
ロキシーの夢の中でも似たように私達を破滅させようと裏で手を回していたと笑いながら告げたらしい。
ロキシーとアルスはとうの昔に私の知る二人ではなくなっていた。
二人はナナホシの使っていた研究室を漁りありとあらゆる手段を使ってヒトガミとやらのいる場所へと行こうとしていた、二人の頭にはもう復讐しかなかった。
二人は世界中の遺跡や王立図書館などを襲撃し、集められる限りの情報を集めていた、手段なんて何一つ選んではいなかった。
そして、二人がどうあがいてもヒトガミのいる場所に辿り着けないと悟った時、ナナホシの研究資料が目に留まったと書いてある。
ナナホシ曰く、この世界の魔術は作り出すものとその手順さえ設定できるのでどんなものだろうと再現出来るらしい。
だからナナホシは魔力の欠片も無い身体でも異世界転移の魔方陣を作れると結論付けていたようで、二人はそれを読み、一つの答えを出した。
そう、ロキシーがして見せた、過去転移という答えを。
それから二人の関係は著しく悪化していった。
ロキシーの日記には私が想像もできないようなアルスへの罵倒が書き連ねられていた。
過去転移をするには余りにも魔力が足りず、魔石化した私を使うという話が持ち上がったからだ、
そこから先、二人は上辺だけの協力体制を取って魔力の確保手段を探していた。
でも、なにも見つからなかった、先にアルスの寿命が来たらしく、アルスを埋めた後で後悔が押し寄せて来たとぐしゃぐしゃになった日記には書き記されていた。
そして、結局ロキシーは私の魔石を使ってここに来た、最後にロキシーだけでも私が抱き締められて良かったと思う。
なんの解決にもなっていない自己満足だけど、それでも、どうしようもなくなっていた私を救ってくれたロキシーに最期だけでも寄り添えて良かったと、ただそう思う事にした。

「……はじめまして、なんで生きてるんだい?」
直感的に分かった、こいつがヒトガミだ。
ヒトガミの要求は単純だった、日記に書かれた通りになりたくなければオルステッドを殺せ。
私に選択肢なんて無かった。
でも、絶対にやりとげなきゃいけない、ロキシーのあの顔は、泣きすぎて表情すら抜け落ちたのに苦痛だけは刻み付けられたような顔だった。
きっと、みんなそんな顔で死んでいった。
だから、こいつのいいなりになってでも、私はあの日記を誰かの見た悪夢で終わらせなきゃいけない。
ララはあと一週間もすれば産まれるはずだ、それまでに、オルステッドとの戦いに備えよう。

転載元https://bbs.animanch.com/board/294132/