「たっ、助けて……!!」
ボクが図書館で課題の調べ物をしていると、珍しくルディが素直に助けを求めてきた。顔は青ざめ膝はガクガクと震えている。
ボクは驚くも、とりあえずルディを抱き寄せて背中を撫でてあげる。普段子供扱いするな、と主張するルディが返す余裕もないだなんて……。変な男……例えばルークにでも絡まれただろうか……それにしたって、ここまでの反応は珍しいが。
「シルフィ、いる?ちょっと面倒だから手伝って欲しいんだけど」
そう訝しんでいると、エリスもやってきた。……物凄く面倒臭そうな顔だ。
秋。獣族の発情期の季節。本来リニアとプルセナに求婚するはずの男達は、その狙いをルディとエリスに絞った。
ルディは2人にボスと慕われているし、エリスは2人を何度も殴り倒している。リニアとプルセナに求婚する男達が代理として決闘を申し込むのもおかしくはないだろう。加えて二人自身に求婚する面々も多いようだった。
幸い、ルディ達に勝てるような人はいないようだったけど。ただ、ルディにとっては大勢の男に迫られるというのは、恐怖に違いない。
「ちなみにシルフィも狙われてるみたいよ」
「えぇ……ボクみたいな貧乳狙って何になるんだか」
「シルフィは可愛いです。ルークの見る目がないだけです。あいつはただのおっぱいキチです」
ルディの気力が戻ったのかボクの腕の中でルディが拗ねた声を出した。
でも、かわいいだって、えへへへ。「かわいい」と褒めたのに嫉妬したのか、エリスがボクの腕から浮かれるルディを強奪した。
ちなみにルディは同室のゴリアーデ先輩に寮の外に出ないよう助言されたらしいのだが、勉強する機会を失うのを損だと感じて、折角の助言を無駄にしてしまったのだとか。
……あとで、ルディ連れてゴリアーデ先輩に謝りに行かなきゃいけない気がしてきた。
「でも、あいつらルディ好きなくせに、男の人が苦手って知らないのね」
「二人のおかげで大分マシになったから……こういう極端な例も今までなかったし。知ってるのもザノバとクリフくらいだと思う」
「んー、多分、ルークも気付いてるよ」
「「嘘!?」」
二人が驚愕の声を上げた。司書さんが「ゴホン」とわざとらしく咳き込む。
ルークは女たらしではあるけど、女たらしなだけに、そういう所には目敏い。エリスを諦めない一方で、他の女性のフォローも忘れない紳士ではあるのだ。ただ、ボクに対する扱いが妙に軽いので、ルディとエリスからは煙たがられてはいるけど……むしろ敵視されてると言っていい。哀れな。
「エリスの方は大丈夫だったの?」
「素手で倒せる程度の雑魚しかいなかったから。とはいえ、ジーナスに見つかって叱られたから逃げてきたけど」
「どれほど暴れてきたのさ……」
「あと、イゾルテが張り切ってたわね……『私より強い人は現れるでしょうか』って。そうそう現れない気もするんだけど」
あの人はアリエル王女の護衛をする傍ら、出会いも求めてるから、こういう機会に目を輝かせる姿は想像がつきやすい。余裕が戻ったのかルディが声を上げた。
「そういや、ギレーヌは大丈夫なの?」
エリスと同じく、実戦講義の特別講師となったギレーヌも獣族だ。リニアやプルセナと同じく発情期を迎えている彼女は家で休んでいる。
「おばあちゃんが面倒見るって言ってたけど?」
「エリナリーゼが……?ああ、そう、ギレーヌと同じパーティだったって話だものね……」
エリスはギレーヌに頼りにされてなくて、ちょっと拗ねてしまった。こういう時のエリスは可愛い。
「で、話を戻すとしてルーディアさん、この状況どうします?」
「シルフィエットさん、そう言われましても」
「全員私とシルフィでぶちのめしてやればいいじゃない」
ルディの分もやってあげるわよ?とエリスは自信満々だ。できればボクもそうしてあげたいのだけど。
「それやると、二人が大目玉食らうから、何とか平穏無事にすませたいんだけど」
ルディからしたらそうだよね。ボクも無駄に説教食らうのはなぁ……
「じゃ、引き篭もる?」
「嫌よ。なんであんな奴らのために私達が我慢しなきゃならないのよ」
エリスは腹立たしげに言う。正直そう思わないでもない部分はあるにはあるんだけど。
数秒考え込んだ間、ルディが何か閃いたのかブツクサと言い出した。
「……ねぇ、エリス。ジーナス教頭は大学内にいたんだよね?」
「ええ、東棟だったかしら」
「何か思いついたんだ?」
ボクの問いにルディは「上手くいくか分からないけど」とはにかんだ。
「ところでエリス、そろそろ離してもらっていい?」
「嫌よ」
「そんな殺生な」
「……ねぇ、ルディ、エリスって可愛い?」
「?何を突然当たり前のことを。エリスは可愛いし美人さんじゃないか」
あっ、ボク美人って言われてないんだけど!?
****************
「えへへへ~♪ルディ、上手く行ったね、褒めて褒めて」
「うん、シルフィのおかげで今日はうまく行ったよ。……エリスもありがとうね。助かったよ」
「……ふん」
あっ、エリスったら照れ隠ししてる。
ボク達3人は寮ではなく、宿屋の一室を借り切って宴会をしていた。寮だと領長さんに迷惑がかかるからだ。
決闘の申込みに辟易したボク達はルディの提案により、ジーナス教頭に許可を取りエリスの特別講義をすることに決めた。
名目上はボクとルディを助手にして「剣士がいかに魔術師と連携を取るか実演する」というもの。実演相手は有志から募集して、最大五人一組で申し込むこと、という条件をつけた。
決闘騒ぎが収まらないなら、いっそこっちから有利な条件で仕掛けてしまえばいい……という考えだ。ちなみに、戦うのはボクとエリスだけでいいよ、とは言ったけどルディは「情けないけど二人が一緒なら多分怖くないから」と参戦した。
そうして、ボク達は冒険者時代の服を着込んで久々にパーティを組んだ。結果は31戦31勝無敗。ルディとボクは無詠唱魔術を封印してこれだ。性欲や雑念に目が眩んだ男達が即席のパーティを組んだところでかなう訳がない。人数の多さがかえって自分達の首を締める結果にしかならなかった。
ただ、途中から鍛錬目的の学生達の方がやってきたのは焦った。個人的な技量で言えば求婚目的の人達の方がよっぽど強かったけど、事前に話し合いを密にしてきた分、正直何度か追い詰められてしまった。特に外部から腕試しにやってきたニナさん……最後まで魔術師の仲間を信用していたら、人数差も手伝って勝負は危うかった。
あと、ルディ目当てで襲来した魔王も恐ろしかった。ルディの魔術があと一秒遅かったら間違いなくボク達は力負けしていただろう。
まあ、何はともあれ、今日の試みは盛況のまま大成功に終わったのだ。
「それにしてもエリス、本当に強くなったよねぇ……ボク動きについていくの大変だったよ」
エリスは人に教えれば教えるほど本人が強くなるってイゾルテさんから聞いてはいたけど、本当に動きが洗練されていた。ギレーヌは自分の言葉で説明することで、どのように自分が動いているかより正しく理解していってると言っていたっけ。エリスはまだ先を求めて暇さえあれば素振りしてるけど。
「それ言うならシルフィもだよ、後ろから見たけど位置の取り方とか意識の誘導とかやたら巧くなかった?」
ふふん、ルディに褒められちゃった。お婆ちゃんに色々パーティでの動きを教えてもらった甲斐があったなぁ。
「ルディだって、凄かったじゃない。私とシルフィだけで戦うんだ、って思ってたのに、全然そんなことなかった」
一番の強みである無詠唱魔術を封印するなら、もしかするとルディは役立たずになるかもしれない……そう思っていたボク達の予想を遥かに越えて、ルディの魔術は的確に相手を妨害し撃破していた。勉強の成果が如実に出ていた。
それから気が緩みに緩んで、ボク達はその日の戦いをあーでもないこーでもないと、褒めちぎり合った。
二本目の酒瓶に空になろうかと言う所でエリスが酔いの赤みとも違う赤い頬でボクに合図を送ってきた。
思わず尻込みした。アリエル様が「ヘタレを押すには酔ってる時」なんて言ってたけど、ボク達のやろうとしてることは卑しすぎる行為だった。
でも、エリスは羞恥心を我慢して、抜け駆けもしたくないし置き去りにされたくもない、と言ったのだ。ボクもその言葉に殉ずるべきだった。
ボクはエリスと自分にこっそり解毒魔術をかけた。
「あれ、二人ともどうしたの?」
「ねぇ、ルディ、その卑怯なんだけどさ、ボク達抱き合う以上の……もっと。もっといやらしいことをルディとしたいんだ。服脱がしてもいい?」
言いながらボクはルディのお腹に手を回した。エリスは真っ赤になりながらもルディの肩を抱いてる。
「あ?え?え?え?……なんで?え?酔ってる?」
「ううん、本気。今日の決闘騒ぎに当てられたってのもあるんだけど、機会をずっと伺ってたんだボク達二人で」
「あれ、酔い醒めてる?あ、解毒、いつの間に、ちょっ、待って。私もげ」
エリスが唇を塞いで、解毒魔術を封じた。抜け駆けとは思わない。一緒にするって事で、エリスはいっぱいいっぱいなのだから。
「ごめん。ルディ頭回るから、すぐに逃げちゃうでしょ?ボク達を傷付けてもいいからさ。本心を言ってほしいな」
傷付けてるのはボク達じゃないか、って理性が僕を殴った。卑怯者、裏切者、罵声が頭の中で飛び交う。
エリスも同じだろう。真っ赤になりながら、これで本当にいいのか?という迷いが瞳に浮かんでる。
良くないかもしれない。でも、ルディを逃したくなかった。離れることになっても、向き合って欲しかった。
「いつから?」
「出会った時から」
「………私は10歳の誕生日から////」
「それじゃ、私、二人を洗脳したみたいじゃないか……」
ルディが浮かない顔で俯いてしまった。
やっぱり、ルディを傷付けてしまったのだろうか。エリスと二人で見合ってしまった。
でも。
「ボクもエリスもルディに救われたんだ。そういう関係になりたい、ルディに見合うだけの人になりたいって努力もしてきた。その努力してきたものを洗脳だっていうなら、いくらでも洗脳されてあげる」
「……私の方が釣り合わないよ」
「どうして?ルディは凄いじゃない」
エリスが何を馬鹿なことを言ってるんだろうという顔でルディを覗き込んだ。
「だってさ、私卑怯者じゃないか。
子供の頃、二人にいやらしいことばかりしてたじゃん。変な目で見て変な場所を触って。
そんなことばかりしてたから罰が当たったのに、ちょっと酷い目にあったからって、男の人が苦手になってさ。ズルいじゃないか、そんなの」
いやらしいこと、されただろうか。確かにたまにルディは気持ち悪い目で見てきたことがあった。エリスはおっぱいをよく揉まれてた。
じゃ、仕返ししなきゃね、と冗談を言ってほぐそうかとも思ったけど、言ったらルディは償いの為だけにボク達を受け入れてしまう気がした。
「ボクは気持ち悪い顔は沢山見たけどさ、ルディに守られることはあっても、酷い目にあわされたことも一度もないよ?」
「私は触られる度に叩いてきたじゃない」
ルディはどうしたらいいか分からないか迷ってる様子だった。
「わ、私に騙されてるだけかもしれないよ?もっと他にいい人いるかもしれないし」
「例えば誰よ?」
「………クリフとか」
「彼はおばあちゃんのものです」
「あ、え、ルイジェ……んうっ!?」
ボクは腹立たしくなって往生際が悪いルディの唇を奪った。
ルディは抵抗しなかった。身体も強張ってないと思う……。
「ルディ、ボク達がどうとかじゃないよね。ルディの気持ちを教えて」
「私達にこういうことされて嬉しいの?嫌なの?どっちよ?」
エリスの問いにルディは黙って真剣に考え出した
「………うれ、しいと……多分、お、もう///」
ルディが真っ赤になってようやく出した答えにボク達はルディをベッドに押し倒した。
翌朝ルディは二人同時に愛せるか、不安だ、と、こんなことまでしておいて言うべきじゃないかもしれないけど、と言い出して、確かに不安になった。後先を全く考えてなかったかもしれない……。
「ルディが私の方を見なくなったら全力で振り向かせるわ」
そう言い切ったエリスを見て、ボクはエリスともにいて良かったと、この友人でもありライバルでもある彼女に感謝した。
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?????視点
男は魔法大学にフラリと立ち寄った。知己の女性の孫娘がアリエルの元につき、アスラ王国を出奔してしまったために、様子を見てきて欲しいと言われたのだ。件の孫娘はミリス教徒らしく潔癖な所があり、ダリウスのような悪漢とは相性が悪かった。
男も幸いラノア王国に、用があったため快諾し、娘を遠目から見て、元気そうに男達を倒している姿を見て役目を終えた。
さて、『剣の聖地』にでも寄り道しようかと踵を返そうとした所で、3人の娘が授業という名目で多くの男達を打ち倒す様を目撃してしまった。
3人とも類稀なる実力者であった。
一人は剣神流の剣士であったが、時折無意識か水神流や北神流の技が混じる事があった。
残る二人は魔法戦士と魔術師だった。兵法という点では北神流に通ずる所も多い。
どの娘にも目を瞠るものがあり、その上三人は突如乱入した魔王を、連携にて見事打ち勝ってしまった。
翌日、男は三人が前日と同じく授業という名目で挑戦を受けていたのを見て、自らもそれに申し出た。本来であれば無意味な戦いなどするべきではないが、剣士として悪い癖が出てしまったのだ。
少女達は初めて敗北を喫した。男はその戦いが求婚回避の目的で行われているとは知らなかったため、少女達が青い顔をしながら「あなたの妻にならなくてはいけないのか」と聞いてきて焦ってしまった。
そして、今度は紳士として悪い癖が出た。うら若き娘の暗い表情に責任を感じて、3日に渡って鍛錬をつけてやることにしたのだ。
少女達は一度たりとも男に勝つことはできなかった。だが、一人は『頭』が良く、一人は『眼』が広く、一人は『才』に溢れた剣士であった。故に、このたったの3日が少女達のこれからの飛躍に役立つだろうと、男は確信していた。
男はガル・ファリオンにいい土産話ができたと笑い、シャーリアを後にした。
数年の後、3人の乙女はアスラ王国にて男と戦い、その成長を男に見せつけ、男は敵ながら強くなった彼女達の姿に感動にも似た思いを抱くことになる。