第二章 疾走―対峙
エレブ中学から兄弟家までは、歩いて三十分程度の距離にある。
公立の中学校なので、元来、学区内の生徒ならばそれくらいの時間で着く
ような位置に設置されているのだ。
歩いて三十分ならば、走れば当然それよりも早く辿り着くことができるだろう。
ロイは走る。交差点を横切り、いくつかの角を曲がり、兄弟家へと。
途中、上空を舞っている飛竜の他にも、何体もの火竜や氷竜を見かけ、
その度にそれらを避けて迂回して駆ける。
(――確かに、人を襲ったり、町を壊したりするような雰囲気じゃないな)
セシリアが言っていたように、竜たちは大群で暴れまわっているといった感じではない。
数こそは多いものの、その動きは整然としており、道路のあちこちを首を
振って見渡すその姿は、まるで統制を取って町内をパトロールしているような
印象をロイは受けた。
(・・・あり得ない)
ロイは自分の考えに呆れる。
(竜が、パトロールだって?
そんなこと、一体、どうして、誰がさせるっていうんだ?)
ロイの予想が正しければ、これは野生の竜などではない。
『魔竜』と呼ばれる―といっても、アカネイア地区で魔竜と呼びならわされて
いる竜ではない。
どちらかというと、暗黒竜に近い種だと、ロイは考えている―存在が生み出した、
『戦闘竜』だ。
意思を待たず、主の命に忠実な戦闘竜達ならば、この整然とした動きにも納得
がいく。
(――でも、一体何のために?)
この騒ぎを起こしている者は、一体何がしたいのだろうか?町を破壊する
様子もないし、もしも本当に人海戦術を用いた見回りのようなことをさせたい
のであれば、竜に化身させる必要はないはずだ。
考えながら走っていると、目の前の道にも竜の姿が見える。
(襲ってこないのならば、そのまま脇をすり抜けても平気かも知れないけど――。
いや、こちらの姿を見たらどうなるかは分からない)
今の状況で竜と戦闘になるのは避けなければならない。護身用の武器を持って
いないわけではないが、竜と戦うのなら『護身用』などでは到底かなわない。
竜との戦闘には強力な魔法や竜殺しの武器、もしくは、神の祝福を受けたような
神器を持たなければ話にならない。それだけ、人にとって竜とは強大な存在なのだ。
ロイは竜との遭遇を避けるため、脇道に入り、疾走を続ける。
エレブ中学から兄弟家までは、歩いて三十分程度の距離にある。
歩いて三十分ならば、走れば当然それよりも早く辿り着くことができるだろう。
しかし、ロイには学校を飛び出してから、すでに三十分をとうに過ぎている
ように感じられた。
迂回して遠まわりをしているからそう感じるのか、実際にそれだけの時間が
過ぎているのかは分からない。とにかく、一刻も早く自宅へとたどり着き、
封印の剣を手にしなければならない。
焦りにも似た感情に突き動かされ、ロイは裏路地を駆け続ける。
「ただいまッ!」
門柱を通り、玄関の戸に手をかけながら、ロイが律儀に大声を上げる。しかし、
「あれ?」
玄関の戸には鍵が掛かっていた。
普段ならば、家にはいつもエリンシアがいるはずだが。
「――買い物に行っているのかな?いや、そういえばセシリア先生が、
僕たちの家族はもうベルン署の指示で避難しているって言ってたっけ」
学校を出る直前の担任の言葉を思い出すロイ。そういえば、ここまで町の
住民を見かけていない。皆、ベルン署の誘導で避難した後なのだろう。
そう思い至り、それでも、普段家にいるはずの姉の姿がないことを心配しない
でもなかったが、自分の今の目的を思い出し、思考を切り替える。
ロイはポケットの中から鍵を取り出して玄関を開けると、下駄箱の上に
かかっている物置の鍵を手に取った。
そのまま、玄関の外へ出て、庭の奥にある物置小屋を目指す。
ガガガッ!
重い音をたて、物置の戸を空けるロイ。一歩足を踏み入れれば、そこは日の
差さない空間。物置の中は薄暗闇に包まれて――いなかった。
明かりはついていないはずだが、物置の中はぼんやりとした光に照らし出されている。
ロイはその光源が何かを知っているので、当然驚かない。
物置の入り口近くにある扇風機や餅つきの臼など、一般家庭にもある生活用
の荷物の奥に剣や槍、弓や魔道書の束があり、そのさらに奥に、それらはあった。
二振りの神剣(ファルシオン)に聖剣(ティルフィング)や大司祭の剣(ブラギの剣)、
烈火の剣(デュランダル)に太陽の精霊剣(ソール・カティ)。
この兄弟家の面々をその主と認め、この家に保管されている数々の神器が放つ
燐光が、この空間を染め上げていた。
本来ならば、祭壇や神殿に納められてしかるべき奇跡の業物達は、
それでもこの雑多な物置の中で、その神々しさを保っていた。
「・・・兄さんたちは、まだ誰も帰っていないみたいだ」
物置に置いてある兄たちの神器を見て思うロイ。
自分は今朝のイドゥンとのことがあったから学校を飛び出したのだが、あの
兄達ならばそんなことがなくても、この町の異変とあらば解決しようと動くに
違いないと、ロイは考えている。
血気盛んなアイクやエフラム、ヘクトルやリンならば、町中に竜が現れたと
知れば自分で退治しようとするだろうし、普段は大人しいように見えるシグルド
やエリウッド、セリス達も、町の危機を見過ごすような人間ではない。
エリウッドなどは、普段はヘクトルやリンの無鉄砲をいさめる立ち位置の癖に、
こうときはむしろ先頭に立って事件を解決しようとする。
そんな兄弟たちを誇らしく思っているロイだが、兄や姉の神器は未だこの
物置に収まっている―最もシグルドのティルフィングだけは、今朝、屋根を
破って飛んできたものをエリンシアが片付けたものだろうが―。
「でも、考えてみれば高校や会社にいる兄さんたちは、まだ着いてないだけかも知れない。
とにかく、今は僕で僕のできることをしよう!」
心のどこかで兄達の助力が得られるかもしれないと考えていたロイは、
それでも気を取り直して、数々の神器の中から自らの相棒、封印の剣を手に掴む。
腕に、ずっしりとした剣の重みが伝わるのを確認しながら、ロイは物置の一番
奥に掛けてあるものに手を伸ばした。
その最奥に掛けてあるのは、五つの宝珠が収められた盾に、蒼い炎のような
輝きを放つメダリオン、そして、同じく炎のように紅い輝きを放つ宝珠だ。
―炎の紋章(ファイアーエムブレム)―この町にはその名で呼ばれるものが
いくつかある。ある有力な家の家紋であったり、グラド大学で研究されている
魔王を封じ込めているとされる聖石であったりと、その姿や伝えはさまざまであるが、
それらはすべて、この町の象徴とも言われている。
そして、どういう偶然からかは分からないが、この兄弟家にはその紋章のうち
の三つが保管されているのだ。
『あら、ロイちゃん。お帰りなさい!
なになに?やっとわたしをここから出してくれるのッ!?
ロイちゃんってば、優しいんだから!
丁度今、外から私好みの混沌の気配を感じて、うずうずしてたところなのよねッ!』
壁に掛けられた、蒼く輝くメダリオンから、少女の声が聞こえる。
メダリオンに封じられた、負と混沌の女神にして、兄弟家の家族の一員、
かつこの町最大級のトラブルメイカー『ユンヌ』の声だ。
「ごめんね、ユンヌさん。今回は、こっちを取りに来たんだ。
たまには外に出してもらえるように姉さん達に頼んでおくから、大人しくしててね」
そういって、ロイは声のするメダリオンの横に掛けてあった紅い宝珠を手に
取って物置を出る。
『あれ、ちょっと、ロイちゃんってばーッ!なによ、本当にそれでおしまい!?
ユンヌちゃんの出番はこれからじゃないのーーーッ!?』
物置の戸が閉められ、律儀にも鍵をかける音がユンヌの耳(?)に届く。
「・・・今回は、ユンヌさんは関係ないみたいだな」
物置から出たロイは、元の位置に物置の鍵を戻し、玄関の鍵も閉めながら
一人ごちる。なにも端からユンヌを疑っていたわけではないが、彼女が今回の
騒動の原因でも不思議ではない程度には信用のない女神様であった。
「とにかく、これで竜を恐れないで町を走り回れる」
ロイはそう言いながら封印の剣を眼前に掲げると、その柄に、手に持った宝珠をはめ込む。
――カッ!
一瞬、剣の全身からまばゆい光が溢れると、剣を支える手はピタッと柄に
吸いつき、まるで封印の剣と自らが一体となったような錯覚を感じる。
剣の重みはすでに感じない。
炎の紋章をはめ込むことで、封印の剣に施してあった封印が、解かれたのである。
光が収まり、剣が手になじんでいるのを確認してから、ロイは剣を腰のベルトに吊るす。
「――はやく、イドゥンさんを見つけないとッ!」
そう言って、ロイは再び町の中に駆け出した。