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Last-modified: 2014-01-26 (日) 23:06:35

漢の闘い 前偏

 

その日、彼女が観客席の片隅に座っていたのには理由がある。
自分がまったくの場違いな場所にいることはわかっている。
周囲はいかめしい男たちが大声を張り上げており、隣に座る親友がいなければ会場にも入れなかったかもしれない。
「大丈夫フロリーナ?」
「うん…ありがとリン」
ここは闘技場…本日アマチュアボクシングの試合会場となっている。

2日前の事…
フロリーナは教室の片隅でぼんやりと空を眺めていた。
心に浮かぶのは高等部の上級生のヘクトルである。
しばらく前にオスティアに転校していった彼は元気だろうか。
兄弟家で会う機会は多いものの、学校で見かけることは無くなってしまった。
かの学校はなにやら男を鍛えぬくとかでどえらいスパルタらしい。
そんな話を聞くと心配で仕方が無い。
「はぁ…ヘクトル様…
 ねぇリン…ヘクトル様は元気かな?」
「こないだ家に遊びに来たとき会ったでしょ?」
「うん…そうなんだけど…」
気になって仕方が無い。
なにやら憮然としているリンの視線もなんのその。
何一つ手につかない。
「なーにセンチメンタルしてんのよっこのブリッ娘がぁ!」
「むぎゅっ!?」
いきなり背後からヘッドロックをかけられる。こんな真似をしでかすのは一人しかいない。
「う~ひどいよファリナおねえちゃん…」
「あっはっははは、わりいわりい!
 アンタの顔見てたらついね~」
まったく悪びれなくフロリーナの髪をクシャクシャ撫で回す姉。
おかげでセットは台無しだ。

「もう…それで中等部の教室まで何しにきたの?」
「くっくっくっく…アンタにいい話を持ってきてあげたのよ!感謝しとけ!」
そういってほくそえむファリナの表情からはどう見てもいい話とは思えない。
もっともこの姉はちょっとひねくれているというか…偽悪趣味があるので話半分に聞くべきだろうが。
そういって姉が取り出したのは2枚のチケットだった。
「何それ?」
フロリーナだけでなくリンも興味深げに覗きこんでいる。
「今度闘技場で学生ボクシングの試合があるのよ。そのチケット。
 さ、幾らで買う?」
たちまち興味が失せる。正直まったく興味が無い。
「…おねえちゃん…売る相手間違ってるよ…」
「ふっふ~、そう思うのは早計よ。ほらここんとこ見てみ?
 これはオスティア学園ボクシング部の試合なわけよ…すなわち…アンタの愛しのメタボマンも来るってワケ!
 ほらあのピザ応援団でしょ?
 ヘクトル様のりりし~演舞が見れるかもよ?」
姉が言い終わる前に財布に手が伸びていた…
「ちょ…わ、私も私も!」
その横ではリンがさっそくもう1枚を購入している。
フロリーナがヘクトルを見に行くとなればリンが来るのは当然の事。
ファリナにとっては計算通りだ。
「毎度♪ 姉妹のよしみで2000Gでいいよ、いい買い物したな~」

そんなワケで会場に来たのである。
男子校の試合だけあって観客はほぼ男。
見渡す限りの男、男、男。(しかもガチムチ率高し)
「フ…フロリーナ…相手高側の応援席に移ろっか?
 ほら…向こうは共学だから女の子もちらほらいるし…」
そういってリンが気を使ってくれる。
だが答えは一つだ。
「ありがと…でも大丈夫。こっちで応援したいから…」
正確にはヘクトルも応援する側なのだが、それなら一緒になってオスティアサイドを応援したいのだ。
ふと、出かけてくるときの事を思い出した。

朝、出かける準備をしていたフロリーナはふと思い立ってファリナに声をかけた。
「あの…お姉ちゃんはいかないの?」
読んでいた新聞から顔を上げたファリナは意外そうな顔をしていた。
「へ、なんで?
 チケットはアンタらに売ったしアタシの分はないよ?」
「………」
こういう時なんて言っていいのかはわからない。
だが薄々は気付いていた。
「…いいの? 私がヘクトル様の応援にいっても…」
精一杯の勇気を振り絞って漏らした言葉だ。
だが姉はニンマリと人をからかう笑みをうかべてフロリーナの頭の小突くのだ。
「うっわ~生意気~、もしかして気ぃ使ってる?
 ば~か、このファリナ様がピザごときに本気でなるわきゃね~じゃん。
 何を隠そう今日はデ・エ・トなのよ。デ・エ・ト!
 ほら、さっさとモテないピザんとこ行ってやんな、泣いて喜ぶから」
茶化しながら肩を叩いてくる姉の優しさに触れた気がした。
「うん…ありがとお姉ちゃん!」

妹を見送ったファリナは一人ぼやく。
「はぁ~~我ながらお人よしだわ。ま、姉妹で男を争うなんて不毛だしこれでいいのかもね。
 どらさっさとフラグ立てて妹を安心させてやるとしますか」
ヘクトルがビラク好きと誤解して気まずくなったこともあったが、今はもう割り切っている。
さすがにそれはありえないし、お陰で別の出会いもあった。ようやく以前の思いに踏ん切りがついたってものだ。
「さってなに着てこうかな?
 あの堅物にゃ褒めるって発想ないだろーけど」
多分ケントのことだから待ち合わせの10分前には来ているだろう。
真面目なあの男が直立不動で立っている様を想像して思わず笑みが毀れるのだった。

会場の片隅でヘクトルは準備に追われていた。
その身に待とうのは詰襟の長ランに応援団の下駄。
バンカラ風の学帽とまさに男臭さ100%だ。
「おらキビキビ動かんかい!」
「押忍!」
先輩にどやされるなど日常茶飯事。
そうした厳しさの中で男は切磋琢磨し磨かれていくのだ。
最近メタボ扱いされるほどだらけすぎたことを思うと、かえって身が引き締まる思いだ。
やがて準備が整う。
ホークアイ団長が整列した団員に訓示を述べる。
「今回の試合は我が学園はじまって初の対外試合だ。何が何でも勝たねばならん。
 我らの応援こそが母校選手に気合と根性をもたらすのだ!
 そのことを肝に銘じ、全力を挙げて戦うのだ!」
「う押ッ忍!!!!!!」
3年幹部たちがさっそく下級生に気合を促す。
「声が小さい!
 おんどれらなめとんのか、気合が足らん!!!!!」
「うおおおおおおっーーーーーーーっすっ!!!!!!!!!!」
轟くような男たちの蛮声が響き渡る。
その力強さは会場を揺るがした。

「…あ~もう、暑苦しい…」
うんざりした顔を浮かべる隣の親友。だがフロリーナは客席からその姿を眺めていた。
後ろの列の…右から3番目…いた。逞しい体躯に学帽と腕章をしたヘクトルが、他の団員たちと配置についている。
男たちの中で一際男度の高いむさくるしい男だが、彼にだけは他の男とは違う気持ちになる。
「あ、始まるわよ」
リンの言葉でリングに視線を向ける。
アマチュア規定に基づき、ヘッドギアをした選手がリングに上がっている。
この試合は団体戦。
先鋒、次鋒、中堅、副将、大将の順に試合をして、先に3勝をあげた学校の勝ちとなる。
灼熱のリングの上、闘志に満ちた野獣たちが解き放たれる!

「オスティア学園応援歌ぁああああああああぅ!!!!!!!」
ホークアイが音頭をとり、会場に応援歌と拍手が轟く。
応援団員は試合中声を枯らして応援歌を歌い、腕が上がらなくなるまで拍手をしなければならぬ。
鼓手は太鼓を打ち鳴らし、幹部は最前列で応援の演舞を舞い、旗手は試合終了まで数十KGの大団旗を支え続ける。
まさに日ごろ鍛えぬいた体力がなければ到底もたない。
ヘクトルもまた自らの位置で大声を張り上げて拍手を打ち鳴らしていた。
それも一糸乱れることなく周囲と調子を合わせながら力強い音を響かせている。
(ここんとこだれてたけどよ…やりゃあできるじゃねぇか!)
会場を揺るがすような轟きに力づけられたのかリングの上の男は奮戦して相手を打ちのめしている。
まだ設立まもない部にも拘らずよく奮闘しているといえた。

第四試合が終わり現在の所2対2、次の大将戦で全てが決まる。
その試合までの休憩時間。
ヘクトル達は廊下に集められていた。
木刀を持った3年生ダグダが2年生たちに気合を入れているのである。
「ばかもん!ボクシング部の2敗は貴様らの応援に気合がたらんからじゃ!
 誰でもできる程度の応援でどうして応援団といえるか!
 声からして手から血が出て初めて応援団じゃ!気合が入らんならワシが入れてくれる!」
男子校の応援団は絶対封建、先輩の言葉は神の言葉に等しい。
この場合の返事は一つだ。
「押忍、お願いします!」
直立不動で背中に強烈な木刀の一打をもらう。
「ぐっ…あ、ありがとうございました!」
「次はヘクトル!貴様じゃあ!」
「ぐはぁ!?…あ、ありがとうございましたぁ!」

やがて全員に気合注入が終わり…それぞれ痛む背中をさすりながら会場へ戻っていく…
だが、ヘクトルは廊下の隅に見知った顔を見つけて足を止めた。
どうやら缶ジュースを買いに来ていたようだ。
他の者たちが先にいくのを確認してからその小柄な娘に声をかける。
「…来てたのか?…かっこ悪いとこ見せちまったな」
「ヘクトル様…まさかこんなに厳しいなんて…」
本音をいえば今の姿はフロリーナに見せたくはない。

「そんな泣きそうな顔すんな!
 こんぐれぇ屁でもねぇよ」
安心させようと思って笑ってみるがあまり効果はなさそうだ。
この少女はこういう男の世界のことはあまりわからないだろう。
「でも…でも…あんな…」
「先輩だって別に俺たちが憎くてどついてんじゃねぇよ。
 気持ちを引き締めるため…鍛えるためにやってんだ。
 だから心配すんな。俺は大丈夫だからよ」
大きな掌で頭を撫でる。
本音を言えばきついが、それは男として女の子には決して口にしないことだ。
「そら、もうすぐ大将戦だ。席に戻りな」
あまり遅れると幹部から気合を入れられる。
それに硬派オスティア学園は男女交際禁止、男を磨くものが色恋にうつつを抜かすなど…などと言う組織なので、
女の子と話してる姿など他の生徒に見られるわけにはいかないのだ。
ヘクトルに促されたフロリーナは会場に戻りかけて振り向いた。
「へ…ヘクトル様…ヘクトル様が応援をするなら、私はヘクトル様の応援をします!
 頑張って応援してください!」
「応援団を応援ってか、ガハハハ!そりゃいいぜ!」
背中の痛みを決して表情に出さずに豪快に笑ってみせる。
その声にフロリーナは安堵の笑みを浮かべて会場へと戻っていった。

その頃…
会場では異変が発生していた…
「ドーガ主将!?しゅしょぉぉぉぉぉぉぉっ!?」
「ぬおおぉ……い…いかん…腹が…」
大将戦…
ボクシング部主将のドーガ…腹減っていた彼は、試合前に力をつけようと
通りすがった弁当屋から弁当を買って選手控え室で貪り食った…
そしたら腹が…
「ごばあああああああああああ!?」
「ぎゃああああああ主将の口から胃の中の物体がぁあああああっ!?」
「一体主将は何を食ったんだ!?」
右往左往する部員たち。とりあえずドーガを医務室へと連れて行かざるを得ない。
「あっこの弁当箱!
 ララムのポイズンクッキング屋だ!?
 …どこからともなく踊り子が死の弁当を売りに来るという…」
「なにいっ!?
 都市伝説じゃなかったのか!?」

オスティア学園応援団の面々も面食らっていた。
中々ドーガが会場に姿を見せないのだ。
「むぅ…何事だ…」
仁王立ちのホークアイはリングを見据えている。
そこにボクシング部員から急報がもたらされる。
「だ、団長!大変ですドーガ主将がぁ!」
「なにぃっ!?…ぬぅ…だがボクシング部は5人しかおらぬ…控えの選手などおろうはずもない…」
「そ…それで…日ごろ鍛えてる応援団からだれぞ代理を出していただけんかと…
 俺たち…この日のために鍛え抜いてきたのに…棄権負けなんて…」
ホークアイの豪腕が選手の肩をつかむ。
「心配するな…ドーガの無念は我らが晴らす…この試合我らオスティア応援団が預かる…
 誓って勝利するとドーガに伝えてもらいたい」
「あ、ありがとうございます!」

しかし実際問題として誰がいくべきか…いくら鍛えてるとはいってもボクシングなどしたこともない。
しかもドーガはスーパーヘビー級、その代役となると体重91KG以上でなければならない。
まぁガチムチが多いので大抵の者は該当するのだが。
自らが行ければ一番よいのだが、団長はこの場で応援団を統率しなければならない。
幹部もしかり。となると下級生から選ぶよりない…
「ヘクトル!聞いてのとおりだ、貴様に任す」
「んなっ!?」
動揺せざるを得ない。それは腕力には自信があるとはいえ、ボクシングなどやったこともないのだ。
力だけでどうにかなるものでもないだろうに…
「返事せんかぁ!」
たちまちダグダの怒声が轟く!
「オ、押忍!
 必ずや団長のご期待に応えてみせます!」
副団長のダグダがヘクトルに顔を寄せる。
「わかっておるな。応援団がボクシング部の願いを受けておるのだ。
 万一敗れて団の面子を潰すようなことがあれば、死んでわびても足らんぞ!」
全身を緊張感が包む。
筋肉と贅肉を汗が伝っていく。
部員達にヘッドギアとグローブを着けられながら、ヘクトルは観客席を見渡した。
部員たちの期待。団の面子。母校の勝利…そしてこの試合を見ている少女…
全てが重くその肩に圧し掛かっていた。

続く