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Last-modified: 2014-01-26 (日) 23:14:19

逆転の発想

 

とある休日の事だった
キッカケは本当に些細な事だったと思う
そして、いつも通りの兄だった

――そう、本当にいつも通りなのだ…この惨状を含め

自宅の庭の片隅に不自然に地面にポッカリと穴が空いているのを
バンダナを片手にアルムは一人突っ立っていた

逆転の発想

人類の進歩には必要な事だ
しかし何事もそうすればいいというものではなくて

「アルム兄さん」

いつも通り家族全員で昼食を食べ終え、思い思いの時間を過ごしていたその日の午後
影が薄いと自他共に認める(他はまだしも自は甚だ不本意ではあるが)アルムは
背後からの一家の末っ子、ロイの呼び声にそっと背後を振り返った

「やあ、ロイ、どうしたの?」
「学校からなにか課題とかって出てない?」

問われ、何かあったかな、とやや思案する――ああ、そういえば

「あるといえばあるけど、それがどうかした?」
「僕も課題あるんだけどさ、一人でやってもつまらないし、有るなら一緒にやりたいなって」

そういうことか、と納得すると同時にそれいいな、という気持ちがアルムに湧きあがる
勉強とかは一人でやった方が集中できる、と言うが
やはりどうせなら友達とか、親しい人と一緒にやる方が楽しいし、やる気もでる
自分の課題もそう難しいものではない、そう思い提案を嬉々として受け入れる事にした

「うん、いいねそれ、乗った」
「やった、じゃあ後でリビングででも…ところで兄さん、その手にしているのは?」

アルムの手には雑巾が握られていた、
ほどほどに水を吸っており水拭きにはもってこい、どんとこーい、な最適の状態だ

「窓拭いてたんだ、エリンシア姉さんに頼まれてね、普段でも結構やったりしてるんだけど」
「え、そうなの…地味にそんな事してくれてたんだ」

シャラップ
アルムは思わず心中で呟いてしまう、わかってるから言わないでほしいのだ

「あ…あ、はは…じ、じゃあ先に行ってるからね~」

どうやら表に出ていたらしい、どこか焦った様子でロイは自室の方へ向かっていった
課題を取りに行ったのだろう

「別に落ち込んじゃいないんだからね…」

ロイが去った後、誰が聞いてるでもなしにそう呟くが
そこが無音の空間である事が余計に寂しさを募らせ、心の中で泣いた
今その手に持つ濡れた雑巾がその心情を表現するかのようにアルムは感じたという

「――ロイ、お待たせ~」
「あ、アルム兄さん、こっちこっち」

あれから雑巾を片付け(濯ぎ、絞ったときに大量の水が自分の涙に見え少し鬱になった)、
自室へ直行、課題を手にリビングにアルムが顔を出すと
すでにテーブルに課題を広げているロイの姿が確認できた
誘われるままに歩み寄り、先客に倣って課題をテーブルの上に広げた

――さて、やるか

そっと意気込み、筆記具を手にし課題の上にアルムはその手を滑らせる
時間の経過とともに紙の白い部分を少しずつ黒が踊っていく
ちら、と向いに座るロイの方を見ると真面目な顔で課題に向き合っていた
言葉こそ交わしてはいないが、楽しいなぁ、とアルムは思った
そこまで思って集中が切れてることに気付き、もう一度課題に神経を向けた

それから数時間が経過した
互いに済んだようで、二人して硬くなった体を解していた
アルムが伸びをしたり、肩を回したりとしていた所

「あ、ところでさ」

唐突にロイの方から話題を振られた
うん?、と聞き返し応対の態度を示すとロイは言葉を続けた

「なんかアイク兄さんが悩んでたみたいなんだけど、なにか知ってる?」
「いや…知らないなぁ、というか悩んでた事自体知らなかった」

平然と返しこそしたが内心では結構驚いた、考えるよりまず行動、を地で行く
あの兄が、悩む、なんとも似つかない
明日の天気が心配だな、と失礼極まりない感想を抱きながら窓の外を見る、良い天気だ

「…よう」
「あ、アイク兄さん」
「!? や、やあ」

噂をすればなんとやら、いつの間にか自分の背後にいた話題の人物――アイクの存在に
思わずビクッと体を震わせてしまうアルム、考えていた事が事なだけに余計に心臓に悪かった
少々不審な態度になってしまったのを悟られてやしないかとおそるおそる背後を振り返るが

「どうした?」
「な、なんでもないよ」

どうやらいらぬ心配だったらしい、ほっと息を吐き胸をなでおろす、と
ここでアルムは先ほどの話を思い出し、問いかけてみる

「そういえば、さっきロイから聞いたけど、何か悩んでるの?」
「ん…ああ、実はな、新しい技の案を考えているんだが…良い案が浮かばなくてな」

なんの事はない、いつもの兄だ明日の天気は安泰らしい、
よかったね、エリンシア姉さん、洗濯できそうだよ――アルムは思った
なんだ、そういうことだったの、とロイもやや肩透かしをくらった様だ

「そうだ、何かお前たち思いつくか?」

――いや、聞くんですかい

アルムとロイは同時に心の中で突っ込みを入れた
新しい技なんてものは、自分の力量や技術に相談し、努力し、あみ出すものだ
他人の技を参考にするというのもよくある話ではあるのだが…

「やはり無いか…ん、なんだコレは」

そのまま二人して沈黙してしまったのをアイクは案無しと受け取ったようだ(実際ないのだが)
やや肩を落とし、ふと目にとまったのかアルムの課題を手に取るアイク

「学校の課題だよ、対義語だってさ」
「タイギ、ゴ? …なんだそれは」

物をアルムに返し、難しい顔をするアイク、苦笑しながらも律儀にアルムは説明する

「簡単に言うと反対の意味合いになる二つの言葉の事だよ、『上』と『下』とか」
「ふむ、反対か…つまり逆ってことか…ん…逆…そうか!!」
「ほえ?」
「ち、ちょっとアイク兄さーん!?」

突如何かを悟ったのかいつの間にかラグネルを手にアイクは庭に飛び出していった

「…とりあえず終わったし、おいとまするよ、お疲れ様、ロイ」
「あ、うん、お疲れ様…」

互いに呆然としてたが、あの兄の突飛な行動は今に始まった事じゃない
ひとまず置いておくことにして、課題を片付けようとアルムは腰を上げた
自室に向かい、終えた課題を置き、なんの気なしに家の中を歩いていると

「姉さん!」
「ア、アイク!!?」

どこからか声が聞こえた、おそらく庭の方だ、なんだ?、と近くの窓から庭を見てみる

「んーと…って、ちょっ!!!」

思わずアルムは目を見開いてしまった
なんとアイクがミカヤを壁に押し付けていたのだ、見ようによってはかなり危ない光景である

「何してんのアイク兄さん!? ど、どうしよ…!!?」

そう突っ込まずには居れなかった、しかし状況がさっぱり読めず、どうしてよいやら全くわからない
オロオロと窓の近くでうろたえていると二人の会話が微かにだが聞こえてきた

――…とりあえず様子をみよう

まず状況を知りたい、とアルムはその場で聞き耳を立てた、すると

「『天空』の対義語ってなんなんだ!」

――は?

止まった、何もかも、先ほどまで混乱の極みに達していた頭も、空気も、全て

「と、突然どうしたのよ…?」
「いいから答えてくれ!」

とりあえず行った方が良さそうだ、そう結論付け、
アルムは玄関に向かい庭へ飛び出し、ミカヤの元へ向かう

「ミカヤ姉さん!」
「あ、アルム、どうしたの?」

到着したときにはすでにアイクの姿はなく、呆然としたミカヤのみがそこに居た
とりあえずここに来た経緯を説明すると、そういうこと、とミカヤは納得した
何があったのかアルムが問うと、ミカヤはゆっくりと語りだした

「私にもさっぱりわからないわ、急に『天空』の対義語を教えてくれってきたのよ」
「アイク兄さんがもう居ないって事はなにかしら答えたの?」
「うん、といっても私もそこまで学があるわけじゃないからちょっと適当だったけど」
「なんて答えたの?」
「『天空』って要するに空の事でしょ、だから逆は地面の事かなって思って『大地』って答えたわ」
「なるほど、で、アイク兄さんはどこに?」
「あっちの方だけど…」

ミカヤは家の裏の方を指差した、とりあえず追ってみるかとアルムが足を動かそうとしたその時

「――大!!」 ドゴォッ!!

裏手の方から声と何か砕くような音が木霊した、あの声はアイクのものだ、
しかしそれきり何も聞こえなくなった
アルムは思わずミカヤと顔を見合わせたが、ミカヤをその場に残し現場に走り出した

――ミカヤアネウエ-!! キンシンハユルサンゾ-!

直後背後から何か聞こえたが無視を決め込むことにした、
ミカヤ姉さん頑張れと心の中でエールは送っておく事にする、とにかく走る、走る――

ここで冒頭の状態に至る
手に握っているバンダナは空いた穴の淵に引っかかっていたものだ
そして悲しい事にそのバンダナには見覚えがある

「アイク兄さんのじゃん、コレ…」

この一連の騒動で兄が何をしたのか、手に取るようにわかる
まず第一にアイクは対義語から新しい技のヒントを得た事、
第二にアイクの十八番、『天空』の対義語をミカヤに聞き、『大地』という答えを得た事
第三に穴に何故か引っかかっていたアイクのバンダナ
最後に彼の最後の言葉『大』、おそらくその後は『地』とつなげるつもりだったのだろう、とすれば

「天空と逆の事やったな…」

相変わらずの人外だ、と皮肉めいた溜息を一つ、最もそれが向けた先に届く事はないが
――というか、この穴どれだけ深いのだろう
ふとそんな疑問が湧きあがった、近くにあった手頃な石を手に取り、放り込んでみる、
が…地面に当たる音がいつまでたっても聞こえない
あの少しの間で一体どれだけ掘り進んだのだろう、地竜も顔負けだ、そこまで感想を抱いたところで

――とりあえず、どうしよ?
今後の在り方について思案する、このまま放置は忍びな…くはないが
やはりいなくなったらいなくなったで騒ぎになるだろうし、かといって自分ではどうにも

「どうかしたんですか?」
「あれ、エリンシア姉さん」

頭が別の方に向いていたせいでいつの間にか隣に並んでいたエリンシアの存在に気付かなかった
問題の穴の存在に気がついたのかエリンシアも穴を覗き込んでいる

「深いですわね…なんでこんなものが」
「あー…実は」

正直説明するのも別の意味で疲れるが懇切丁寧にアルムはエリンシアに状況を説明した

「あら、じゃあ今頃服が泥だらけになってますわね」

――あ、そっち?
まあ、あの兄の行動に突っ込みを言葉で綴ろうものなら紙がいくつあっても足りない
ゆえにその事に関しては無視に限るのもあるが
ひとまずその思考を頭の片隅に追いやり状況打開策があるか突っついてみることにする

「ところで、アイク兄さんどうしよ?」
「んー…多分、こうすれば大丈夫でしょう、時間も時間ですし丁度いいですし」

なんと、策があるようだ、しかし時間って何の事だろうか
エリンシアが穴に近づき、両手で輪を作り顔の前に持っていく
どうするのだろう、とアルムはどこか緊張したような面持ちで見守る、直後――

「アイクーーー! ご飯ですよーー!!」

穴に向かってそう叫ぶエリンシア、そういえばそろそろ夕飯時だったな、と
アルムは今更ながら思い出す、時間とはそういう意味だったのだ

「地ィィィィィィーーー!! 肉ーー!!!」 ドゴォォォッ!! アッー! コノヒトデナシ-!!

西の方から爆音が聞こえてきた、どうやら戻ってきたらしい
兄の破天荒ぶりといい、今日も普通の一日で終わりそうだ
すっかり西に傾いた太陽に人らしきシルエットが二つ映る光景をぼんやりと眺めながら
アルムはそう思った