侍エムブレム戦国伝 生誕編 ヘクトルの章 無宿渡世
東国はオスティアの城下町。
古来より都と北国とを結ぶ交通の要所として栄えてきたこの町だが、
昨今はその土地事情から流れ者の野武士や故郷で食えなくなった農民、
博徒や荒くれ達が多く流れ込んできていた。
この土地を支配する大名ウーゼルは彼らの乱暴狼藉を憂いてはいたが充分な対策を行えなかった。
目に余る者は斬首にしたがよほど度が過ぎる者でなければ大目に見ざるをえなかったのだ。
なにしろオスティアは隣国ベルンとの戦の真っ最中、
流れこむ野武士は戦の折には傭兵として役に立つ。
罰則を厳しくしては彼らはオスティアを離れてベルンに流れこんでしまうからあまり厳しい措置もとれなかったのだ。
町の郊外を少し離れた小さな山の上…
オスティアの町から健脚な者なら歩いて二時間ほどのところにある山の石段をガラの悪い男たちが上っていく。
中には刀を差した者もいる。野武士だろう。
彼らの目指す先にはエミリーヌ宗の寺があった。
寺に向かってるといっても神仏に祈ろうなどと殊勝な心がけは荒くれ達にはない。
そう…今日は週一の賭場が開かれる日なのだ。
寺の入り口では大柄な少年が野武士から刀を預かっていた。
揉め事防止のためのしきたりで腰の物は預けていく事になっている。
しばらくはそうして忙しく動き回っていた少年であるが…彼は一人の野武士を見咎めるとその前に立ち塞がった。
「あんた、置き引きのダールだろう?」
「あぁ? 何トボけたことほざいてやがる。んなやつぁ知らねぇぞ」
シラをきる男に少年は唾を吐き捨てると苦虫を噛み殺したような顔をする。
「トボけてんのはそっちじゃねぇか。飯屋で張ってたウチのもんがツラ拝んでるんだよ。
いまさら言い逃れは聞かねぇぞ」
「この…糞餓鬼!因縁つけやがって!!!」
激昂した野武士は腰の物に手をかけるが…その前に少年の拳がみぞおちへとめり込んだ。
野武士は胃の中のものをブチまけてのたうちまわる。
「おお~さっすが兄貴だ!」
賭場の受付をしていたもう一人の少年が感嘆の声をあげた。
「ちょろいもんよ。おいマシュー、この野郎縛りあげとけや」
「へい兄貴!」
野武士を殴り倒した大柄な少年…彼がまだ齢12といっても誰も信じないだろう。
彼はそれほど大人顔負けの体躯をしていた。
少年の名はヘクトルといった。
ヘクトルは元々はオスティアの隣国トリアの豪農の養子であった。
だが養父母は流行り病で死に、旱魃で農地も全滅してしまったため土地を捨てざるを得なくなり
食い扶持を求めて旅から旅の暮らしを余儀なくされた。いわゆる無宿人である。
旅先で出会った浮浪児のマシューを伴って宿場から宿場へと渡り鳥のように旅して歩き、
行く先々の土地の親分の元で草鞋を脱いで世話になっていた。
極道者の世界には草鞋を脱ぐという言葉がある。
無宿渡世の旅の者がその土地の親分の家などに一時身を寄せる事であり、
親分は旅人に宿や飯の面倒を見る。
客人となった旅人は逗留の間、なにか親分に困りごとや揉め事があった場合に命を張って恩を返す。
一宿一飯の恩義というわけだ。
それが無宿人の仁義とされていた。
もっともまだ少年に過ぎないヘクトルがそれで食ってこられたのは彼が類まれな体躯と豪力の持ち主だったからだろう。
彼は逗留先で揉め事があると必ず恩を返しいくつもの荒事を乗り切ってきたのである。
齢十二にして相当な喧嘩自慢であった。
その彼が今世話になっているのはオスティア近郊を縄張りとするブレンダンという親分である。
彼が主催する賭場の手伝いをしているのも一宿一飯の恩義のため、
ブレンダンが探していた置き引きの犯人をマシューと協力してとっちめたのもそのためである。
「おっし、大体お客も入ったな。そろそろはじまるぜ」
「ようやく一息つけるっすね兄貴」
預かった刀をまとめると二人は寺の縁側に腰を下ろす。
そこに気の強そうな釣り目の娘が顔を出した。
「お、そろそろ始まるみたいね。あんた達、銭持ってたらちょっと貸してよ。百倍にして返したげる」
「こないだもそう言ったから二十G貸してやったんじゃねぇか。まだ返してもらってねぇぞ」
「ちぇっ…細かい男ね…」
「お前な…まぁ前の事はいいがよ。無い袖はふれねぇ」
「しみったれた話ねぇ。あ~あ一山当てて億万長者になったらこんなボロ寺出て行って贅沢三昧してやるのに」
この娘…名をセーラと言ったが彼女はこの寺で修行中の尼…のはずなのだがヘクトルの目からはどうにもそうは見えない。
この寺の住職レナートはブレンダンに賭場の場所として週一で寺を貸していた。
とんだ不良坊主だがこの時代では珍しい事でもない。
寺は領主や大名の権力や取締りの及ぶ場所ではなくこうして賭場の場となる事はよくあった事である。
障子の内側から歓声が響いてくる。
おそらく中では悲喜こもごもの賭場模様が繰り広げられているのだろう。
荒くれやはぐれ者達にとって賭場は苦しい生活の中でのささやかな慰めだ。
ごくまれではあるが一攫千金を成し遂げる者もいる。
いつの時代も夢を追って博打に身を投げる者は後を断たない。
帰りの客が出始めるまでする事の無くなったヘクトルは聞くとはなしにその様子を聞きながら空を仰ぎ見た。
雲がゆっくりと流れていく。
風を切って幾羽もの燕が群れを成して南へと飛んでいく。
彼らはどこへ行くのだろう…
夏の終わりが近い。
「兄貴?なに似合わない顔してんスか。しんみりしちゃって」
「そーよ、アンタみたいなのがデカい図体して空を見つめてるのなんて薄気味悪いわ」
「お前等なぁ…揃いも揃って…俺だって物思いにふけることぐらいあんだよ!」
やいのやいのと騒いでいた少年達の下に石段を登ってきた長身の男が声をかける。
「どうだ?ライナスの奴は上手い事仕切ってるかい?」
「あ、若頭」
やってきたのはブレンダンの息子にして牙一家の若頭ロイドという男だ。
着流しを纏い長ドスを差している。
「へい万事滞りありやせんぜ。それと聞いてくださいよ若頭!
ここんとこ悪さを仕出かしてたダールの野郎を兄貴がとっ捕まえたんでさ」
喜々として答えるマシューにロイドも喜びを隠せない。
「ほう、よくやってくれたお客人!親父も飯屋の旦那に頼まれてたんだ。
このままじゃおちおち商売もできねぇってな。
ありがてぇ今夜はいい酒を…っと、お客人にはまだ早いんだったか」
ヘクトルはブレンダンの元に草鞋を脱いだ身であり牙一家にしてみれば食客である。
「へへ…ブレンダンの親分にゃあ飯の恩義を受けてるからな。せめてもの義理は果たさせてもらうぜ」
「まだ若いってのにお客人は浮世の義理ってもんをよく分かってるぜ。
…なあ…この土地に落ち着くつもりはないのかい?
親父もお前さんの事は高く買ってるんだ」
ロイドの視線は真剣だ。
ヘクトルにこの土地…牙一家に正式に入らないかと進めているのだ。
「兄貴、ありがてぇ話じゃありやせんか、お受けしましょうぜ!」
マシューは大乗り気だ。
明日の飯に有り付けるかもわからない旅暮らしにも嫌気が差していたのだろう。
無理もない。
傍らのセーラも興味津々だ。
ヘクトルは腕をくむと小さく唸った…
「若頭…2~3日考えさせてもらってもいいかい?」
「ああかまわねぇぜ。それじゃあその気になったら言ってくれや。
俺達はお前さんみたいな腕っ節が強くて度胸のある野郎ならいつでも歓迎するぜ」
即決しなかったことにマシューは不満そうだったがこれもヘクトルなりの考えがあっての事である。
これまでヘクトルは誰かの下に付いた事は無い。
あくまでも客人として渡世人としてこの世界を渡ってきた男である。
その自分が人の下に付いてやっていけるのかという不安があったのだ。
およそ少年とは思えない発想かも知れないが早くに親を亡くし苦労して独り世を渡ってきた故の事である。
マシューと出会って意気投合したのも半年ほど前の事だ。
ヘクトルはブレンダンの事は高く買っていた。
彼は土地の者にも慕われる懐の深い親分であった。
現代では極道やヤクザというととかくイメージが悪いが、
それは現代のヤクザがただの金儲けや暴力に走っているからである。
古来のヤクザは任侠と義理を重んじ、弱きを助け強きをくじくことをなによりも美徳とした。
また世の中のはぐれ者達が道を踏み外しすぎぬための受け皿の役割も負っており、
土地の者たちも何か揉め事や困り事があれば親分を頼ったものである。
ダールの事をブレンダンに頼んでいた飯屋の親父もその一人だったのであろう。
幾分かのミカジメ料は出していたが、とかく治安の悪いこの時代においてそれで安心して商売ができるなら安いものである。
戦続きで侍や役人が充分に民政を施せない中で足りない所を極道がある程度補っていたという一面があったのである。
「兄貴ぃ…いいじゃありやせんか…」
弟分が情けない声を出す。
ロイドが障子の向こうに消えた後、無言で考え込んでいたヘクトルはそれで現実に引き戻された。
「あ…ああ、なんだ?」
「いい話なのになんだって即決しなかったんすか?」
「んん…誰かの子分ってのが俺にあってるかどうか…って考えちまってな」
「俺だって弟分だ、兄貴が小物の下につくなんざ耐えられねぇ。けどブレンダンの親分は器のおっきな人じゃありやせんか」
「ん…まぁな…」
黙って聞いていたセーラがそこで口を差し挟んだ。
「別にいいんじゃなぁい? 毎日まともにご飯食べられるようになるんだしぃ器がどうとか気にするようなことなん?」
「女にゃわからねぇよ。俺がついていくって決めたお人にゃ小物に頭下げてほしくないんだよ」
「男って妙な意地張るわよねぇ」
横でマシューとセーラがアレコレやりとりしてるのを聞き流しつつヘクトルは思いを馳せる。
(俺一人だったらよ…どこにだって流れていけるけどよ…)
自分を慕う弟分にこれ以上旅の苦労をかけたくはなかった。
数日後…決断を下したヘクトルは牙一家の一員となる。
その一月後の事であった。
ブレンダンがソーニャという芸者を身請けして後添えに迎えることになるのは。
彼女はまだ十にもならぬ娘と鋭い瞳の少年。
それと青い髪の妹分を連れて牙一家に入る事になる…
この時ヘクトルは自分自身の将来を予見しているはずもなかった。
次回
侍エムブレム戦国伝 生誕編
~ エリンシアの章 椿 ~