侍エムブレム戦国伝 生誕編 ロイの章 仕官
じめじめと湿った梅雨の合間の五月晴れ。
日の光の照らす東国はオスティアの城下町。
この地を治める大名ウーゼルは城の天守閣より城下を眺めていた。
幾つもの家のかまどから煙が立っているのが見える。
朝餉の支度が始まっているのだろう。
微かに表情を綻ばせるウーゼルの顔は鬼神に例えられる戦場の猛将としてのものではない。
ふと戸の開く音がした。
そういえばそろそろ時間であったか。
「殿、準備が整いましてございます」
腹心のオズインが厳しい顔をさらに厳しくしている。
仕事中の彼はいつもこうだ。
「うむ、今参るぞ。して幾人だ?」
「五百二十八名になります」
そう…オスティアは東のベルンを治める大名デズモンドと戦の真っ最中。
常に傭兵を募っており雇用を望む野武士達が集まってきているのだ。
ウーゼルは人材を集めるため…さらには人材を振るいにかけるため御触れを出していた。
曰く「此度の募兵に応じた者のうち、特に武芸抜群の者は臣下として取り立てて遣わす」
一時雇いの傭兵と違い臣下として仕官がかなうとあって多くの者がオスティアの城下を訪れていた。
大名の臣下となれば野武士や傭兵とは生活が違う。
それも当然だろう。
オスティア城の一角に設けられた練兵場には覇気に満ちた荒くれ共が集まっていた。
練兵場に足を踏み入れたウーゼルはその光景を見渡すと満足気に頷いた。
「よくぞ来てくれた強者どもよ。お主らの参陣を心強く思うぞ。先の触れのとおり、特に実力ある者はわが臣下としてとりたてようぞ」
よく通る声で言い渡すと傍らのオズインに目配せをする。
小さく頷くとオズインは一歩歩みでた。
「各々方、それぞれの得意とする武具を申し出よ!刀なら刀、槍なら槍、術なら術、
それぞれで組を作り主らの腕を見せてもらう。殿のお目にかかった者は仕官がかなうぞ。存分に力を見せるがよい!」
ようは仕官を望む者同士で仕合をして見せろという事である。
彼らはそれぞれが頼みとする武器を手に取ると同じ武具を使う者同士で集まっていった。
この場所には乱世を渡る猛者達の覇気が満ちているようだ。
その様がウーゼルには頼もしく思えた。
その時である。
ウーゼルの目線がある一点を捉えた。
何かを怪訝そうに見ているウーゼルを異に思ったオズインは彼の視線を追って見てみた。
そこは刀を得手とする者達の組である。その中にまだ元服前と思われる少年がいた。
赤い髪の少年だ。粗末な着物にボロの足袋を履いている。
刀は持っているようだがまともに手入れされているとは思えない。
「子供? 何故ここに子供がおるのか?」
オズインはすぐさま彼のもとへ駆け寄った。
ここは子供のいる場所ではない。さっさと摘み出さねば。
それに慌てた少年はオズインの方を向き直った。
「ま、待ってください。募兵には何歳以上などとは書いておりませんでした」
「それはそうではあるがそなたのような子供が戦働きが出来るとは思えぬ」
どこか世慣れない雰囲気の少年は首をかしげ、言葉を選んでいるようであった。
彼はオズインをはっきりと見据えると再び口を開く。
「今年十三になります。あと二年で元服です。その日に備えて修行は充分に積んでまいりました。
そこらの大人にもひけを取るとは思っておりませぬ」
オスティアの重鎮は重々しい溜息をついた。
若い者にありがちな増徴だ。
「道場で同じ年頃の子の中で無敗だったとしてもそれは井の中の蛙に過ぎぬ。悪い事は言わぬから帰れ」
だがオズインの背後から口を差し挟んだ者がいた。
誰あろう、ウーゼルその人だ。
「よいではないか。その小童の言う通りだ。募兵には歳の事は書いておらなんだでな。
童、名はなんという?」
「ロイと申します」
膝を突き頭を垂れる少年の振る舞いはよく礼節を弁えたものであった。
「理由は問うまい。腕に覚えのある者なら歓迎するぞ。さっそくだがお主の腕を見せてもらおう。
主ら、だれぞこやつの相手になる者はおるか?」
刀の組の者達にウーゼルは問いかける。
組し易しと侮ったのであろうか。一人の若者が前に出た。
「俺がやります!」
「うむ、そなたの名は?」
「西国はデインの生まれエディと申します。少年、俺が相手になろう!」
旅から旅の暮らしをしてきたのだろう。
薄汚れた風袋の若者ではあるがそれなりに修羅場を越えてきたのだろう。
太刀を構える様は中々堂に入っている。
だが赤い髪の少年は意にも介さなかった。
少年の居合い抜きが既にエディの喉笛を捉えかかり…寸止めされていた。
「あ……合図…は…?」
仕合開始の合図も何もあったものではないが……
「戦場に合図なんてありませんよね? 僕は義母上からそう教わりましたけれど」
顔面を蒼白にしたエディが何かを訴えかけるような視線をウーゼルに向ける。
彼は小さく頷いた。
「エディとやらそなたの負けだ」
こうしてロイはウーゼルの目に留まり、最年少の臣下としてオスティアに仕える事となった。
赤い髪の少年は物心ついた時からとある妖術使いに育てられてきた。
彼女はかつては東国の一つエトルリアの武将であったのだが、エトルリアがベルンとの戦に敗れて落ち武者となった。
町から町へ追っ手を逃れて暮らす苦しい生活の中でもその武将…セシリアはロイに武芸を教えてきた。
いずれロイが身を立てる時のために。
「よい事ロイ? そなたは侍の子、刃を持って身を立てる人間なのよ。
今は母は落ち武者に身をやつしているけれど、そなたは立派に武士として身を立てるのです」
セシリアは常々ロイにそう説き続けてきた。
その義母がベルンの追っ手に捕らわれたのが半年前の事である。
「ここにいれば…ベルンと戦える。義母上を取り戻すことが出来る…」
少年は宛がわれた城の一室で一人呟いた。
新たな太刀もいただいた。
甲冑も授けられた。
後は戦に出るのを待つばかりだ。
自らの刃を持ってベルンの将を討ち取り、義母を取り戻す事だけが今の少年の望みだった。
ベルンは東国では一の強国でありオスティアは苦しい戦を強いられていると聞くが…
生きて太刀を振るっている間はなんらかの機会があるはずだ。
少年は只管祈るような気持ちで太刀の鞘を抱きしめた。
眠るときはいつもこうだ。
セシリアを失ってから頼りとするのは一本の太刀だけであった……
続く
侍エムブレム戦国伝 生誕編 リンの章 群狼