実はいい人が頑張る話
タンッ、タンッとフレリア区にある広大な屋敷の庭から音が鳴り響く。
朝5時、日課である弓の鍛練をしながらヒーニアスは考え事をしていた。
(ふむ…どうすればエイリークは喜んでくれるだろうか?)
そんなことを考えていると背後から妹であるターナが現れ、話し掛けてきた。
「おはようお兄様。今日はエイリーク目当てでマラソンはしないの?」
以前、たまたまエフラムのマラソンを見ていたエイリークを目撃し、
てっきりエイリークも毎朝走っていると勘違いした私はしばらく早朝に走ったことがある。
ターナは真実を知っていたのだが面白いからという理由で黙っていたそうだ。
そんなことがあってから、ターナは時折そのことで私をからかう。まったく、困ったものだ。
「いや、今日は弓を徹底的に練習する日だ。走るのはまた今度にな」
「ふーん、実は今日エイリークがいるって話だけど…あ、外した」
くっ!?ターナの言葉に動揺したせいか、矢は中心から大きく離れた場所に刺さっていた。
「わかりやすいわねー、ちなみにエイリークがいるのは嘘よ。じゃあお兄様頑張ってね」
く…我が妹ながらたくましく生きて行けそうな性格だ。だが妹よ、少々きつくないか?
来週、我が家でささやかなパーティーをするのでエイリークを招いた。
まあ他にもひょんなことから知り合ったジストやヨシュアも招くのだが。
ターナはエフラムや親友のラーチェルも呼んでいたので完全に身内でのパーティーだ。
普段行われる堅苦しい貴族相手のパーティーと違うので楽しめるだろう。
そこで皆…いや、正直なところエイリークのためにだ、が喜んでくれる何かをしたいのだ。
そのために悩んでいるのだがなかなか答えは出ないのである。
「…む、もうこんな時間か。そろそろ学校に行かなくては」
気がつけばあと数分で出発しなければ遅刻してしまう時間である。
向かう途中、ターナの天馬に乗っていたエイリークを見つけた。
それとなく何が喜びそうかを聞くために追い掛けようか悩んだ、
しかし策士と呼ばれた私のプライドはそれを許せるはずもなく、
気がつけば楽しそうにターナと話すエイリークを私は大人しく見送っていた。
「はは、あんたもいろいろ苦労してるんだな」
放課後、たまたま街中でジストと出会ったのでちょっと相談してみることにした。
名高い傭兵として生きているジストならきっといいアドバイスをできると思ったのだが…
「すまない、俺って色恋沙汰ってのは苦手なんだよな。アドバイスできそうにない」
そうだった…マリカとの支援会話とかだと女心ってのには鈍い奴だった。
「すまない、こちらこそ変な相談してしまったな。忘れてくれ」
「まあ、待て。代わりに強い味方を紹介しよう。女心を聞くならうってつけのはずだ」
そう言ったジストは携帯を取り出し、どこかへ電話をかけはじめた。
「ん、ああ悪いな。ちょっとヒーニアス様の相談に乗ってやってほしいんだ」
ジストの通話が終わったのを確かめ、誰に電話をしたのかを尋ねる。
「ん、まあ俺なんかよりは頼りになる奴さ。餅は餅屋ってやつさ」
数分後、店に入ってきて私達の座席に来たのはテティスだった。
「確かに餅屋だが…」
「まあ、気にすんなって。テティス、実はな…」
ジストはテティスに私が先程した説明をそのまま伝え、アドバイスを求めた。
「ふーん、エイリーク様に…なら、花なんてどうかしら?」
「花?」
「ええ、彼女の性格ならきっとお金で買える贈り物は断ろうとするわ」
「なるほど、つまり花を取ってきてプレゼントしろということか」
確かにエイリークは理由もなしに高価な物を受け取るのは嫌がる、なるほど。
「そうね。今なら氷竜神殿に咲く花がオススメかしら」
「氷竜神殿?おいおい、あんなところに咲く花なんてあんのか?」
「ええ、観賞用にも綺麗だし、熱さましにも使える花よ」
「…わかった。取ってこよう、世話になった」
砂漠はこの弓があれば問題ないだろう。問題は火竜だな。
「気をつけてな、俺は仕事があるから手伝えねえが頑張れよ」
「で、何で僕とチェイニーがこんなところまで付き合わされるんですか?」
アンリの道で飛竜がわんさか飛んでくるのを撃ち落としながら答える。
「それは君とチェイニー殿が道案内できるからだ。私とチェイニー殿だけじゃ無理だしな」
「ああ、もう。アイク兄さんに護衛頼めばよかった」
ファルシオンで迫り来る火竜を斬り捨てながらエイリークの弟であるマルス君がぼやく。
花を取りに行く際に道案内として同行を依頼した。報酬は花である。
調べたところ、あの花は高価な値段で取引されているらしい。
「ところで、先程までいたはずのリーフ君はどうした?」
「ああ、あいつなら砂漠で叫んでいたっきりだな」
「置いて行くなんて…この…ひとでなし…」
「で、どこにあるんですか?その花は」
フレイムバレルを乗り越え、ようやく氷竜神殿までたどり着く一行。
何故か途中でジェイクやベック、黒騎士3人が加わったりするのだが。
「アンナの店に置いてあったりしないか?」
「ダメですよ、買ってしまったら意味がないでしょう」
「…とりあえず目の前の現実を見ましょうか」
マルスが現実逃避しているジェイクとベックにツッコミをいれる。
一行の目の前には氷竜が大量に押し寄せて来ていた。
「そういやこの季節は氷竜の繁殖期だったな。普段より狂暴だから気をつけろよ」
固まっている一行に向かってのんきにチェイニーが告げる。
「そ、そういえば昔カミュ隊長が氷竜の巣から綺麗な花を…」
「たしか…熱を出したニーナ様を救うために取ってきたな」
「懐かしい、我々もお供したかったのだが一人で向かわれてしまったな」
「なら我々がやるべきことはひとつ…氷竜の巣に突撃だ」
こうして私を囲うようにフォーメーションを組んで氷竜の群に突入した。
途中、死にかけそうになった仲間に傷薬や特効薬を私、弓をひたすら放つ。
そうしてファルシオン以外の武器が壊れそうになったころにようやく巣にたどり着いた。
「あったぞ!巣の奥に何本か咲いている」
「は、早く取りに行きましょう!そろそろ食い止めるのも限界です」
「チェイニー!悪いけど取って来て!」
マルスの指示にチェイニーが走って巣を通過して奥に咲いていた花を摘む。
「おし、これで終わりだ。急いで逃げようぜ」
「うむ、全員急いで逃げるぞ!騎兵の諸君は悪いが担いでくれ」
「え…紋章にそんなシステムは…」
「後ろに乗せてくれ!チェイニーが追いつかれてしまうぞ」
こうしてシステムの限界を超え、我々は急いで来た道を戻るのだった。
「で、この花はどうするんですか?」
協力してくれた5人に厚くお礼をし、残った私とマルス君は取り分を決めていた。
「私はエイリークに渡す分だけで構わない。あとは好きにしてくれ」
「まあそれでいいなら構わないですが…いいんですか?」
何故か驚いたような表情でマルスはこちらを見ていた。何故だ?
「今回はあなたも自分の力で取りに行ってます。少なくとも山分けでも文句は言えないですが?」
「ああ、だが私はエイリークに渡す以外に必要ないからな。その分家計にでも足してやれ」
「…普段からそうやっていればエイリーク姉さんも振り向きそうなものですがね」
「気にするな、そのうち嫌でもエイリークに好かれてみせるさ」
「やれやれ…じゃあ頑張ってください。パーティーは明日でしょ?」
そう、パーティーは明日。今日は帰って急いで支度せねば。
パーティー当日。ホテルの小さなホールを借りて行うために向かうのだが…
「エイリークとラーチェルは私が一緒に行くからお兄様は先に行ってて」
ターナはそう言って天馬でさっさと行ってしまった。
妹よ…それはつまり私1人で行けと言うことだぞ。
ジストもヨシュアも後から向かうって言ってたからな。
淋しくホテルに向かって歩いていると女の子が泣きながら店を回る姿を見つけた。
何やら熱がどうたらとかお母さんが死んじゃうとか呟いているが…
「どうしたのだいお嬢さん?」
くっ、あまり時間に余裕はないのだがつい声をかけてしまった。
「お母さんが…高熱で…死んじゃうの…」
「熱か?医者は何と言ってるのかな?」
「レストも解熱剤もダメだって。あとはものすごく高価で珍しい薬しかないの…」
「高価で珍しい?それはもしかして花か?」
「うん…氷竜神殿にしか咲かない花だって言ってた。けど今年は氷竜が狂暴だからないって」
…今手元にあるのはまさにそれだ。だがそれを渡したらエイリークには…
「ちょっと待っててくれ。お兄さんが探してみよう」
そう言って私は携帯電話を取り出す。ターナは…
「もしもし、何お兄様?」
「すまないターナ。私は少し用事ができたから遅くなる、先に始めてくれ」
そう告げると電話を切り、泣きじゃくる少女に花を差し出す。
「さあ君の家に案内してくれ。私の知り合いの医者を呼ぶから安心したまえ」
さて、エイリークになんて言い訳するか考えとくか。
その後はモルダを呼んで花を薬に調合してもらい、少女の母親は一命を取り留めた。
代わりに私の花は何も残らなかったが。命には変えられないから仕方ないが。
パーティー会場に着いたのはもう終わりそうな頃だった。
当たり前だがターナやラーチェルには散々怒られた。
エイリークにはプレゼントが用意できなかったことを謝罪した。
その時テティスやジストが意外そうな顔をしていたが気にしない。
エフラムはこちらを馬鹿にするような目で呆れていたのは無視しよう。
エイリークは気にしないでくださいと言っていたのが唯一の救いか。
「で、どうしてプレゼントをなくしたのかしらお兄様?」
帰宅した後、部屋を訪ねてきたターナが私に追及してきた。
「だからうっかり落としたと言っているだろう」
これはパーティーの時に取り繕った嘘だ。まあ、普通信じないだろうが。
「ふーん…まあ、そういう理由だったら仕方ないわね」
結局、ごまかしきれるとは思えなかったのでターナには全て話した。
「このことはエイリークには内緒だぞ。知ったらずるいからな」
「どういうこと?むしろエイリークなら感動すると思うけど」
「私はエイリークにそういう感情で好かれたくはない。だからだ」
我ながら馬鹿だと思う。しかしそういうところで評価されたくないのだ。
後日、あの親子がお礼を言いに来た時にたまたまエイリークがいたのでばれたりしたのは別のお話。
終わり