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Last-modified: 2014-02-01 (土) 18:06:42

斬れば斬るほどに力を増す。

振るえば振るうほどに鋭さを増す。

戦えば戦うほどに経験を増す。

強くなる。自分が強くなっていくのが感じられる。

そうだ、勝つたびに、倒すたびに。

そうよ、斬るたびに、殺すたびに。

血煙に咽るたびに俺は一段一段高みにいく。

勝って倒して斬って殺して私はもっともっと強さの高みへと。

もはや俺たちに並ぶ者はこの世に誰もいない……………

ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ――――――

 

蝉の声が鳴り響く夏の盛り。
山々は緑なし風は生暖かく日差しは燦燦と降り注ぐ。
黙って立っていても汗が伝い落ちるような夏の暑さの中。
蝉の声を掻き消すような剣戟と絶叫が山道へと響き渡った。
「くそったらあっ……相手はたった一人じゃねえか!」
「かしらぁ…やつぁバケモンですぜ…」
武具を手にした数人の男が一人の浪人者を取り巻いている。
だが誰一人として打ちかかろうという者はいない。それはそうだろう。
既に十人近い仲間がその男一人の手に討たれたのだ。
悪逆非道の山賊たちも恐れをなしている。

精悍な男であった。
高い背丈を逞しい筋肉が覆っており巌のような無骨さを醸し出している。
服装こそみすぼらしい浪人者のそれであるがその威圧感、存在感は他を圧するものがあった。
「退けい。お前たちでは俺に勝てん」
その言葉に山賊たちはざわめいた。
そうだ、逃げるという手があったのだ。
だが山賊の頭目ハイマンは逆に色めきたった。
「舐めんじゃねぇ!浪人どもの血を啜った俺様の手斧の切れ味を見てみやがれ!」
頭目の逞しい腕から投げ放たれた手斧は回転しながら男の首目掛けて飛んでいった。
まともに食らえば頭と胴は泣き別れとなっただろうが男はいささかも動じる様子が無い。
彼がしたことは正眼に構えた太刀を振り上げて振り下ろす…ただそれだけであった。
だが彼の卓越した動体視力は高速で迫る手斧を完全に捉えており、彼の逞しい剛力は斧を打ち返すに充分であった…

血飛沫が舞った。
跳ね返された手斧をまともにくらって首が飛んだのはハイマンの方であった。
「か…頭ぁ!」
「だめだ…に、逃げろぉ!」
自分たちの頭が討ち果たされるのを見て山賊たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていく。
その姿を無言で見送ると男は太刀を鞘に納めた。

男の名はアイク。
西国を発って武者修行と敵討ちの旅を続ける剣客であった。
数人の山賊の屍が転がる山道に一人佇むアイクは低い声を一言発する。
「出てこい」
視線すら向けていない。
だがその者にはすでに気がついていた。

「バレてた?」
やがて草を踏む音が響く。
木々の合間からひとりの浪人が姿を見せた。
まだ若い娘だ。
だが腰の二本差しはよく使い込まれている事が刀の柄から見て取れる。
娘は青い髪を指で撫で付けるとアイクを足先から頭のてっぺんまでじっくりと絡みつくような視線で眺める。
「とてもお強いのですね」
娘の賞賛の言葉もアイクにとってはさしたる意味を成さない。
「…弱い。俺はまだまだ弱い…この程度では…」
父にも…父を討ったあの男にも遠く及ばない…そう返しかけてアイクは言葉を切る。
赤の他人にするような話でもない。
「それで何か用でもあるのか?」
娘は自らの顎に指を当てると少しだけもったいぶってから言葉を紡ぐ。
重い…そう、どこか重い口調で。

「実は…この先の宿場で辻斬りが横行してまして…とうとうご領主から賞金がかかったわけです。
 それで退治してやろうと思うのですが私一人ではちょっと…と思いあぐねていたところ貴方と山賊の立会いを見かけたわけでして。
 どうです、私と組んでみませんか?」
「辻斬りか……」
聞くところによると最近では武芸者が剣の腕を高めるため…あるいは刀の試し切りに辻にて人を襲う事が少なからずあるという。
ならば捨て置くわけにもいかない。それに正直なところ路銀も乏しいのだ。
「わかった。やろう。俺はアイク。あんたの名は?」
「クリス。流れ者の武芸者です。アイク殿どうぞよろしく。では早速宿場へ」
「待て…その前にやる事がある。この近場に寺は無いか?」
「……宿場に入る前の山道から半里ほどの所に山寺がありますが…何故?」
怪訝に思い娘が眉を顰めるのも気に留めずアイクは倒れ付した山賊たちの傍に屈みこむと両手を合わせていた。
「まさか…その連中を弔ってやるつもりですか?」
「死なばみな仏だ。宿場に入る前にこいつらを葬ってやろう。手を貸してくれ…」
十人近い者たちを山寺に運びこむには時間がかかり、アイクとクリスがガルダの宿場に入ったのは日も落ちたころであった。
ガルダは西国から都へ続く街道沿いの宿場町の一つであり数件の旅籠から明かりが漏れている。
「辻斬りが出始めたのは半月ほど前の事です。街の裏路地…橋の上……その者は神出鬼没に姿を現し、犠牲になった者はすでに二十人を超えています」
「そうか……今時分くらいだろうな。もっと人気の無いところへ行ってみよう」
もっともその必要はあまり無いかも知れない。
辻斬りを恐れて誰もが夜歩きを控えているのだ。
本来なら宿場らしく賑わっていたであろう道筋は閑散としたものであった。
もはや闇夜が支配し微かな月明かりのみが頼りの夜の中。
アイクはガルダの中ほどを流れる橋に差し掛かり…そこで向かい側からこちらにむかって橋を渡ってくる浪人者の姿を見た。
歳の頃は自分とそう変わらないだろうか。まだ若い男だ。
この者も辻斬りを斬りにきたか…でなければ…
「おい」
ともあれ誰何の声をかける暇もあらば……空を切るような鞘走りの音に反応できたのは日ごろの鍛錬の成果だろう。
男は横なぎの居合いを放ちアイクは太刀を縦に引き抜き際それを受け止めた。
金属の擦れる音を響かせて男はそのまま力を込めてアイクの太刀と競り合いを始める。
「俺の居合いを受け止めた者は久しぶりだ…だが…」
その者が不吉な笑みを浮かべたまさしくその刹那―――――
背後よりするどい突きがアイクの脇腹を貫いた………
血が零れ落ちアイクの着物を朱に染めていく……

「咄嗟に身を捻って致命傷を避けたのはさすが……だからこそ斬る価値があるわ」
「お前…」

背後からアイクに突きを放ったのは青い髪の娘…クリスであった。
その手にはアイクの脇腹から引き抜き血に染まった太刀が握られている。
どこか禍々しい…いや…違う…あの太刀は元より刀身が黒いのだ。
アイクと刀を合わせている男の太刀も刀身が紅い。
「仕留め損なったか…クリス。ならこいつは俺が斬る」
「そうはいかないわクリス。もっと強くなるのは私。強い者を斬ればさらにさらに高みへ上れる」

二人は前後からアイクを挟み太刀を構えなおした。
唇が三日月型に釣りあがり禍々しさを増している。
これは…この者たちは尋常の武芸者ではない。
「こいつは騙されたな…不覚…だが俺は死んではいない」
幸いというか脇腹の傷は腹の隅を掠め貫いた程度。出血は馬鹿にならないが臓腑は無事だ。
なら問題あるまい。アイクは傷の痛みを尋常ならぬ気合で押さえ込むと汗一つ掻かずに太刀を正眼に構えなおした。
刃が空を切り裂き紅い太刀の男が迫る。彼の横なぎの太刀を避けたのも束の間。
反撃の刃を振るおうとすると背後に回った女がたちまち逆袈裟に切りかかった。
たくみな足捌きで薄皮一枚斬らせただけですませたものの、この者たちは巧みに連携し二対一での必殺の構えを崩さず、
必ずやアイクの立ち居地を挟まれる位置に誘導してしまうのだ。
わかっていても太刀をかわせばかくも追い込まれてしまう。
「逃げても斬られるまでの間を多少長引かせるだけだぞ?
 諦めて俺の太刀の錆となれい!」
「ぬんっ!」
突き出される刃を刃で弾く。火花が散り甲高い音が響く。
たしかにこのまま守勢一方ではいずれやられる。反撃に転じなければ……
だが……
「ざんねぇぇん……構えさせると思って?」
攻撃の後にどうしてもできる隙を狙って太刀を打ち込もうとしても女が突き出す刃がそれをさせてくれない。
よどんだ空気はますます重みを増していく。
絡みつくような息苦しさは……いや…これは……
徐々に…徐々に…二人の持つ各々の太刀が禍々しい瘴気を発しはじめた…
「お…お前等…その太刀は…」
にやりと三日月のような形に口元を歪めた男が応じる。
「古来より達人と称された剣客はかならずや相応しい名刀を握っていたと聞く…
 俺たちの刀はワーレンで買い求めた業物よ」
「それに比べて貧相な鉄の刀しか持てないなんて哀れなものね…
 ここで死んじゃえば関係ないけど…」
クスクスと小馬鹿にしたような笑みを浮かべた娘は黒い瘴気を纏い爛々と目を輝かせてアイクの首筋を見つめている。
徐々に脇腹の傷から流れ出る血がアイクから力を奪っていく。
早く止血をしたいがそんな隙を与えてくれるはずも無い。
動きが鈍くなってきたのが自分でもわかる。次の連撃は避けられないだろう。
それは敵も承知の事だ。
血に飢えた獣のような爛々とした瞳でアイクを彼らは見つめている。
薄笑いを浮かべて…そう…彼らの中ではアイクは対等の敵からただの獲物へと変わっていた。

「止めだ…悪く思うなよ?」
「貴方を踏み台にして経験にして私たちは剣の高みへと上り詰める…」

来る…左右から襲い来る……駄目だ…
一撃を撃ち払ってももう一撃は確実に己の命を奪うだろう……

咄嗟だった。何も考える暇は無かった。
アイクは本来両手で持つ太刀を右手のみで握り男の太刀を受け止めると左手で脇差を引き抜いたのだ。
これは女の意表を突いたのだろう。
クリスの太刀は防御を崩したアイクの首筋を狙うはずが逆にアイクの脇差に突進するような状態になってしまう。
この隙を見逃さずアイクは巧みに左手を翻し握った脇差はクリスの首筋を掻き切った。
娘は大量の血を噴出してつんのめって倒れ伏せる。
鮮血が橋の木板を紅く染めていった。もっとも今まで彼女が流させてきた血に比べれば僅かの量ではあるが……
「クリス!?」
男が叫ぶ。
いま一太刀を浴びせんとして刃を構えなおす。
だが…彼は明らかに位負けしていた。
今まで二対一なればこそ有利に戦えたのだ。一体一では彼はアイクの敵ではない。
だが…身の内に潜む衝動が…手のうちの刃が彼が退く事を許さなかった。
突き出される紅い刃。
だがこうなったからには何も難しい事は無い。
アイクは左手の脇差を持ってその太刀を受け流すと右手の太刀を突き上げてクリスの胴を貫き袈裟切りから真っ二つにした。

これが辻斬り事件の終焉であった。
蝉の声が鳴り響く山の中。
小さな山寺でその老人は今日も一人箒で境内を掃き清めていた。
刻まれた皺の一つ一つは老人が長い長い人生の中で多くの経験を積んできた事を物語っている。
ふと山門に瞳を向ける。
そこには一人の浪人者…脇腹に包帯を巻きつけた大柄な男が立っていた。
彼は両脇に二人の仏を抱えている。
「お侍様…先日は山賊たちを連れてまいりましたな…また、仏さんをお連れ申しましたか」
「ああ…すまんが住職…供養してやってくれ」
その住職…リフは小さく念仏を唱えるとアイクを伴い二人の遺体を本堂へと運び込んだ。

「最近は合戦やら果し合いやらで供養もされぬ仏様が増えておりましてな。
 供養されぬ死人はかのラグドゥの鬼神フォデスが己の尖兵として髑髏や腐人に変えてしまうとの事。
 痛ましい事でございます」
「そうか……」
ふとリフは二人の遺体が握り締める太刀に瞳を向けた。
これは幾人もの血を吸った禍々しいものが感じられる……
「これは…この太刀は…妖刀……素晴らしい切れ味を誇る代わりに操る者を魔性に誘う呪われた刃ですな…
 暗黒刃…デビルソードとも称されまする」
「そうか…何か怪しげなものとは思ったが…この者たち。より高く、より強くを目指していた。
 それは多くの武芸者が持つ心だ」
住職は重々しく息を吐いた。
わかっている。自分もよくわかっている。
だからこそ…いや…

それにしても今少し二人が技のみならず心も磨いていればこうはならなかったのであろうか。
リフは妖刀を見てすでに二人がガルダを騒がせた辻斬りと当たりを付けていた。
そしてその者たちを打ち倒した浪人…
武芸者はどこまでもどこまでもより強きを目指さずにはいられないものなのだろう。
業の深い事だと思う。
「お侍様。あるいは余計な事かも知れませぬが山寺の老いぼれ坊主の戯言と思ってお聞きください。
 強さとは虚しい物…いくら上げても上には上がいる。
 高みのそのまた高みとは見上げても首が痛くなるほどの世界にございます」
「住職……」
「高すぎて高すぎて翼を持たぬ凡人の身では至りようもありませぬ。
 なれど武を志す者はそれに気付かず見上げて見上げて足元の穴に気付かず道を踏み外す…
 外れて落ちた武芸者の至る世界はただひたすら斬り続け斬り続け己が斬られる日まで殺し続ける修羅の道…
 ゆめゆめお忘れなさらぬよう……」
アイクはリフの長い長い年輪を経たのであろう皺深い顔を見つめた。
この住職は乱世に置いて数十年、何を見続けてきたのだろうか……
その時アイクはリフの手に気がついた。
あれは…あの指に出来ているタコは…明らかに太刀の稽古を積んだ証だ。
…よく見ると僧衣で隠れてはいるが手元や肩口にも太刀傷が見える。
「あんたは…剣客だったのか?」
「……落ち続けて斬り続けて……ある時虚しさを覚えましてな…以来、ここで斬った者達の供養をしております。
 もう四十年も前の愚かな武芸者の話でございます。
 …ですがそんな愚かな老僧でも一つ悟れた事がありましてな…生き方は変える事ができるのです…
 剣客が僧侶に…弓使いが妖術師に……市井の者として生きる道もありまする…」
どれだけの敵を斬ってどれだけの修羅場を潜り抜けてその境地に至ったのか…
未だ若いアイクには察する術も無い。
「…心に留め置こう…だが俺はまだ…生き方を変えるわけにはいかん。
 翼が無いなら飛び跳ねてでもより高きを目指す…」
「…翼無き身で高みを知った人間は過去に二人しかござらぬ。それでもなお目指されると申されるか…」
「なら俺が三人目となるまでの事だ…」
「左様ですか…かつて…たった二人。
 初代帝のオルティナ帝…かのデインの神騎将ガヴェイン…至ったのはそのお二人のみでございます。
 剣客の高みの高み……誰もが見上げながら至れぬ剣の頂点…『天空』……」

蝉の声がピタリと止んだ……静寂が山間の寺を包み込んでいった……

次回

侍エムブレム戦国伝 死闘編 

~ アルムの章 吼える居合い ~