42-170

Last-modified: 2014-01-31 (金) 19:08:58

グレイル工務店には女性従業員が何名か混じっている。
それ自体はこの紋章町ではそれ程珍しい話ではないのだが、
ほぼ全員が同じ男を好きになるというのは珍しい流石に珍しい部類に入るのではないだろうか。
……この場合、男の方が異様と言った方が適切なのだろうが。

中でもミスト、ワユ、イレースの3名は歳が近い為か、一緒に仕事をする事が多い。
同じ一人の男を好いている為険悪なのではないか、という見方もされているが、
実際の所彼女達の仲は非常に良好といって良い物であった。

それは彼女達の人間性の為か、はたまたアイクという名の難攻不落の要塞を攻め落とす為の無意識の団結なのか……それは誰にも分からない。

そんな彼女たちも、当然年頃の女性であるからして、女の子らしい話題で盛り上がる事も往々にして存在する。
現在時刻は昼過ぎの休憩時間、どうやら今は髪型に焦点が当たっているようだ。
切っ掛けは、ワユのこんな一言だった。

「そういえばさ、私達って皆髪伸ばしてるよね」
「あー……言われてみればそうかも。
 でもワユは剣を振る時とか邪魔にならない?」

ワユはミストにそう問われ、僅かに誇らしげな様子で言う。
「ふっふーん、そこはまぁ慣れって奴だね。
 昔から強い剣士は例外なく長髪、っていう風習があるって聞いたことあるし。
 なんでも「お前の攻撃なんかじゃ髪の毛一本痛めやしない」っていう自信の表れらしいよ」
「長髪で、挑発……(ボソッ」

イレースの発言は二人が会話を続けた事で華麗にスルーされた。
最もイレース本人も反応が欲しくて喋った訳ではないようで、そのままお茶を飲みながら聞き役へと戻った。
ちなみにワユ5:ミスト3:イレース2。これが普段の3人の発言量の基準である。
「でも、昔ドジっちゃってしばらく短くしてた時期はあったなぁ。
 ショートカットも嫌いじゃないけど、やっぱり普段の髪型の方が落ち着くしね」

ワユはそう言いながら無意識にうなじの辺りに手をやり、撫でるような仕草を数回行っていた。
ひょっとしたらその時の痕が今でも残っていて、それを隠しているのかもしれない。
ミストはそう思ったが口には出さず、こう言った。

「そうなんだぁ。ちなみにイレースさんは、伸ばしてるのに理由があるんですか?」
「……お腹が空いてどうしようもない時のひじょうしょk(ry」
「「わーー!わーー!!」」

新たな地雷を掘り起こしてしまったミストを、ワユが慌ててフォローする。

「そ、そういやミストも昔はショートカットだったよね!
 あれも今と同じくらい似合ってたけど、なんで伸ばし始めたの?」
「うーん、ちょっと恥ずかしい理由なんだけどなぁ」

ミストにしては珍しく、歯切れが悪い。
しかし表情から暗い体験ではないようだと悟ったのか、ワユが追求を続ける。

「まぁまぁ、私達の仲だし話しちゃいなって」
「えーっと、確か私が6歳位の頃の話なんだけどね。
 その時はまだ髪を伸ばしてたんだけど……」

……………
…………
………
そう、あれはまだ私が小さくて……お母さんが、まだ生きてた頃の話。
切っ掛けはなんだったっけ……そうそう、父の日が近いから、
お父さんに日ごろの感謝をこめて料理を作ろうとしたんだっけ。

とは言え、当時の私はまだ小さく、レパートリーは限られる。
色々悩んだ末、材料が揃え安いホットケーキを作ることに決めた。

一人で作ろうと、父と母が休日に出かけている間に作る準備を始めた。
材料、調理器具を揃え、踏み台のみかん箱も調達、準備完了だ。

「やっるぞーーー!!!」

そこから私の、初めての調理という名の戦いの火ぶたが切って落とされた。

「あ……まあいっか!」
殻の破片を幾らか残したまま卵を割り終え
「ちょっとこぼしちゃったけど……だいじょぶだよね!」
腕や顔を白くしながらケーキの元をボウルに空けて
「うんしょ、うんしょ……」
床や壁に独創的な模様を残しながら材料を混ぜ合わせて

初めてだから仕方がないと言えば仕方がないのだが、我ながら酷い有様だったと思う。
それでもあの時は子供心ながらに、よくできているつもりだったのだ。
苦戦しつつもようやっと、後は焼くだけという段階まで漕ぎ着けた。
以前父が火事後の建て直しをしている所を見ていた為、
漠然とだが火の不始末の恐ろしさは理解していた。

そのため、脇に水で一杯のバケツを準備し、両手にミトンをはめ子供なりに出来る限りの備えをした。
そして私は、とうとう焼く作業に入った。

「………………………」

火事にならないように弱火にしていたせいなのか、
それとも大食漢である父の為にと5人分一度に焼いていたせいだろうか、
なかなか生地に火が通らない。
そのためあってはならないことだが、私は退屈し考え事を始めてしまった。

(これを見せたらおとーさん、よろこんでくれるかな?
あんまりおいしいからいっきにぱくぱくぱくーって食べておかわりを作らなきゃいけなくなるかも!
そしたらまたこうやって焼いて……あれ?)

浮かれていた私を現実に引き戻したのは、いつの間にか辺りに漂う異臭であった。
それもただ生地が焦げただけではない、火事場で嗅いだ生き物が焼ける匂いに似ていた。

……結論から先に言えば、この悪臭は髪の毛の先端部分が焦げたものだった。

そこですぐさま火を止め、脇のバケツに髪の毛をつけていれば良かったのだが、
そんな冷静な行動を6歳児がとれるはずもなく……

「や、やけしんじゃうーーー!!」

そんなことを叫びながら、私は転がり込むようにしてシャワー室へと向かってしまった。
……つけっぱなしの火と、その上の憐れな生地を残したまま。
一時間後……両親が帰ってくる時間になった。

帰って来た両親を出迎えたのは、一部だけ切り取られたちぐはぐなヘアスタイルの娘と、
変わり果てた台所であった。
そこから先の出来ごとは説明するまでもなくお決まりの流れだ。
泣きながら下手な説明、そして弁明を始める私。
父の説教、母の小言、そして久しぶりの体罰(お尻百叩き。お母さんが本当に怒った時だけ行われる極刑

それから一段落して、父は部屋に戻って行った。
母はまだ目に涙の残っている私をなだめつつ、不格好な髪を切りそろえてくれていた。
その時の会話は短い物だったが、不思議と今でも記憶に残っている。

「……もう、まだ泣いてるの?」
「だって、だって……
 せっかくおとーさんの為に、がんばったのに……っ
 しっぱいして、たべられなくしちゃったんだもん」

「……ふふ」
「?」

お母さんは微笑を浮かべながら、髪を切り続ける。
私の思い出の仲ではお母さんはいつも笑顔でいた様な気がする。
子供の私から見ても、とても笑顔の似合う素敵な女性だった。

「お父さんね、あの後ちゃんと食べてたのよ。
 ミストの初めてのお料理」
「ええ!?あんなにこげちゃってたのに?」

最後にフライパンの上を見た時は、あれが人の体内に入るものだとは到底思えない出来だった。
それを父が食べたと聞き、嬉しさと父の体調への不安とがない交ぜになり、何とも言えない感情が胸を支配する。

「うん、涙とか……色々流しながらおいしいおいしいって食べてた」
「そっかぁ……食べてくれたんだ」
「うん。でもお父さんには内緒にしておいてね?
 結構見栄っ張りな人だから」

見栄っ張りの意味はよく分からなかったが、私は即座に同意した。
……決してまだお尻に痛みが残ってるからとかそんな理由からではない。

「……よし!できたわよ」

話している内に散髪は終了したようだ。
鏡を見てうんうん唸っている私を見て、お母さんが声を掛ける。

「気に入らない?」
「ううん。でも、前の方があってたから」
「あら、その髪型も似合ってるわよ?
 それにお料理とか運動するなら、そっちの方が動きやすいしね」
「そうなんだぁ。
 ……もっと、お料理じょーずになりたいな」

この台詞を聞いたお母さんは始めは驚いていたようだが、すぐに笑顔になりこう言ってくれた。

「なら、私が教えてあげる。
 大丈夫よ、ミストならすぐに上手くなるわ」
「ほんとう?」
「うん。約束ね」
「うん!やくそく!!」

その時、子供ながら、おぼろげに決意した。
いつの日か、調理技術が上達したと実感できるその日までは、この髪型でいようと。

……………
…………
………
「えーと、それからかな。料理の勉強するようになったのは」
喋り過ぎたと思ったのか、語り終えた途端にミストはうつむき加減になってしまった。
途中から完全に話に引き込まれていた二人は、ほうと短く息をつく。

気を静めようと思ったのか、手にしていた飲みかけの紅茶を飲んだ途端にミストが顔を顰める。
どうやら話が長かったために、冷めてしまったようである。

「そうかぁ、てっきり大将のためかと思ってたけど、団長かぁ」
(作者は最初その路線でいこうとしていたんですけどね……
でもそれをここでいうのはメタ発言が過ぎるのでやめておきましょう、まる」
「口に出てる出てる。
でもそんな理由があったなんてねぇ……
 普段料理とかしないから、あたしも焦がしたりしないように気をつけようっと」

「焦がしてしまったらもったいないので私にくd(ry」
「「そのネタはもういいから!!」」

二人の息ぴったりのつっこみが工務店内に響き渡る。
グレイル工務店は、今日も平和だ。

(終わり)