ある日の紋章町、路地裏にて
少女「えーん、ええーん」
ゴンザレス「な、泣くな。オレ、怪しいヤツじゃない」
少女「うっ、うわああーーーーーん!!!」
ゴンザレスは困っていた。もちろんゴンザレスには、目の前で泣いている少女をどうこうしようなんて考えは露ほどにもない。
ただし何しろゴンザレスの強面は、歴戦の兵士ですら震え上がるほどである。年端もいかない少女が怯えるのも無理はなかった。
少女「うう、ぐすっ……」
ゴンザレス「オレ、困った……」
ゴンザレスからすれば、道に迷ったらしき少女を助けてやろうと声をかけただけ。むろん彼に非はいっさい無い。
だいいち少女のほうが聞く耳持たずなのだから、気の短い人間ならこの時点でさじを投げて見捨ててもおかしくない。
しかしそれほど酷薄にはなれないゴンザレス。かといって例えば他の人間を呼んでくるとかいった思考も回らず、ただこうしてオロオロするより他に無かった。
ゴンザレス「は、話を」
少女「来ないでーーーー!!!」
しかし捨てる神あらば拾う神あり。
トレック「あれ、どうしたんだあんた……名前なんだっけ」
ゴンザレス「おお、レック。おれ、ゴンザレス」
トレック「そうそう」
そこに現れたのは、通りすがりの雇われ稼業屋(要するにフリーター)トレックである。
ゴンザレスとは気の会う顔なじみである。ただしお互いに名前をきちんと覚えてない。
ゴンザレス「レック、助けてくれ」
トレック「助ける? ……誘拐の手助けか?」
ゴンザレス「ち、ちがう。この子、迷子だ」
トレック「ああはいはい、なるほどなあ。きみ、家はどこか分かるか?」
少女「ひっく、ひっく……わかんない」
少女からすればトレックも怪しい人間に変わりないのだが、それでもゴンザレスよりはマシと思ったようであった。
トレック「分からんか。それじゃ警察だな」
ゴンザレス「警察?」
トレック「ああ、警察に頼んで、って……」
そこまで言って、トレックは気づいた。
いつの間にか大勢の警官に取り囲まれ武器を突きつけられていることに。
ツァイス「そこまでだ! 貴様ら、いたいけな少女に何をしている!!」
具合の悪いことに、その場を指揮していたのはベルン警察の熱血硬派ことツァイス。
頭に血が昇りやすい彼は、もはやこの光景がか弱い少女を狙った誘拐犯二人組にしか見えない。
ゴンザレス「ま、まて。ちがう」
トレック「ああ、これはなんともならんなあ」
慌てるゴンザレスとは対照的に、トレックはいつもどおりに気の抜けた表情。
警官A「少女の身柄、確保しました!」
ツァイス「よし! 突撃ー!!」
そして降り注ぐ手槍の雨。
トレックゴンザレス「ぎゃあああああああああ!!!!!」
結局ゴンザレスとトレックは現行犯逮捕(何の現行かは不明だが)されてしまった。
ベルン警察・取調室内
ここはベルン警察署にある取調室のうちの一つ。
先ほどまではツァイスが尋問を行っていたのだが上司を呼ぶといって出て行き、今はゴンザレスとトレックだけである。
トレック「いや参ったなあゴメス」
ゴンザレス「おれ、ゴンザレス。けどおれ、悪いことしてない……」
トレックは相変わらずやる気なさそうだが、ゴンザレスはショックを受けていた。
困っている少女に声をかけただけでこの扱いである。落ち込むのも無理はない。
ゴンザレス「レック、おまえ、なんでそんなに落ち着いてる?」
トレック「まあ焦っても仕方ないし……あれ? 俺の名前ってレックだったっけ?」
ゴンザレス「おまえ、レック」
トレック「そう言われるとそんな気もしてきたな。なあゴンタクレ」
ゴンザレス「おれ、ゴンザレス」
こんな感じで、取調室にブチ込まれてからしばらくの後。
????「で、怪しい二人組を緊急逮捕したってわけ?」
ツァイス「はい、姉さん。明らかに誘拐犯だったので、状況確認も不要だと判断しました」
???「しかしあの少女は泣くばかりで話もろくに聞けなかったからな……お前の勇み足だったかもしれんのだぞ」
ツァイス「まさかそんな! 二人とも、連中の顔を見れば分かりますよ!」
二人が拘置されてる部屋から扉を隔てて、廊下のほうから3人の声が聞こえてきた。
そのうちの一人は明らかに二人をここに連れてきたツァイスのものである。
トレック「お、なんか聞こえてきたなコエンザイム」
ゴンザレス「おれ、ゴンザレス」
ガチャン、と大きな音がして、取調室の重い扉が開かれる。
ツァイス「見てくれよこの面を! どう見たって悪人だろ!?」
ゲイル「ふむ、確かに一方は明らかな悪人面だが」
ゲイルはそこにいた二人を見て、これは本当かもしれないと感じる。
しかしもう一人はそうでなかった。
ミレディ「……トレックさん!?」
ツァイス「え、姉さん、知り合い?」
トレック「ああ、あんた……誰だっけ?」
ツァイスの姉にして上司、ミレディ。
彼女は少し前に、ある事件がきっかけでトレックと知り合っていたのだった。
ミレディ「ほんっとうに、申し訳ございませんでした!」
トレック「いやそんなに謝られてもなあ。別に気にしてないからいいって」
二人を取調室から解放した後、ミレディは必死に頭を下げていた。
部下にして肉親であるツァイスのしでかした「誤認逮捕」。不祥事以外の何者でもなかった。
ちなみに張本人のツァイスは、責任を取ってドーマ神殿支部へ一ヶ月間の研修へ送り出されることと相成った。
ゲイル「本当に済まないことをした。謝って許されることとは思っていないが……」
ゴンザレス「べ、べつにいい。それよりあの子は、どうなった?」
ミレディ「あの少女ですか? 無事に親も見つかりまして、今頃はもう家へ帰ったはずです」
トレック「そうか。よかったなあゴンフリークス」
ゴンザレス「おれ、ゴンザレス。けど、よかった」
いつも通りのトレックはともかく、ゴンザレスはその強面をくしゃくしゃに歪めて本当に喜んでいた。
その表情を見て、ミレディは思う。
(ああ、やはりこの方は心の優しい人なんだろう。トレックさんには、不思議とそういう人が集まるみたい)
ゲイル「兎も角、この侘びは後日、きちんとした形でとらせていただく」
ミレディ「本当に申し訳ございませんでした。本日のところは、お帰りいただいて大丈夫ですので」
トレック「酷い目にあったなあ」
ゴンザレス「けど、なんとかなった」
夕日の沈みつつある紋章町を、トレックとゴンザレスはぶらぶら歩いていた。
ちなみに今日トレックは、知人であるゼロットの経営する旅館でバイトのはずだった。が、そんなことはすでに頭の中から抜け落ちている。
ゴンザレス「レック、おれ、リリーナに聞いてみる。どうすれば、怖がられないか、知りたい」
トレック「そうか? 俺はあんたはそのままでもいいと思うんだがなあ」
トレックのあるがままを受け入れる姿勢は、ゴンザレスやミレディといったワケ有りの人にとって救われる存在でもある。
しかしゴンザレスの顔が怖いのもまた事実であるため、これをどうにかしなければ同じようなことが起きるのも間違いなかった。
そんな感じでしばらく歩いていると、道の先に誰かが立っているのが見えた。
少女「うえーん、えーん」
トレック「……あれ、なんかいやーな予感がするぞ」
ゴンザレス「お、おれも。けど、ほっとけない」
トレックとゴンザレスはデジャビュを感じていた。この後の展開がなんとなく予想つく。
しかし、その予感が現実となる前に。
ヘクトル「あん? おいそこのちっこいの、どうしたよ?」
少女「えー……ひぐっ!?」
そこを通りがかったのは兄弟家一の強面(ただしイケメン)、ヘクトルであった。
ヘクトル「ったく、泣いてばっかじゃわかんねーだろが。お前は強い子だ、何があったか話せるな?」
少女「えっ、う、うん……」
少女はでかい図体のお兄ちゃんが現れて初めは戸惑っていたが、しばらく話すうちに打ち解けたようだった。
ヘクトル「迷子だあ? しゃあねえ、オレについてきな」
少女「あ、ありがとうお兄ちゃん!」
そしてさっきのゴンザレスの二の舞になることなく、無事に少女を家へ送るというミッションが開始される。
そもそも話が通じなかったゴンザレスとは大違いである。
そしてヘクトルが少女をおぶって歩き始めると、突如二人の男が横から出てきた。
トレック「よお、うまくやってたなー」
ゴンザレス「お、おれ、どうすればいいのか、聞きたい」
ヘクトル「はあ? あんたら誰だ?」
トレックからすれば、ヘクトルの不器用な優しさに素直に感心しただけ。
ゴンザレスからすれば、どうすれば人から怖がられないか聞きたかっただけ。
しかしヘクトルからすればこの二人組は不審者以外の何者でもないし、少女にとっては言わずもがな。
少女「うっ、うわあああーーーーーん!!!!!」
ヘクトル「おい!! いきなり怖い顔が出てきたもんだから泣いちゃったじゃねえか!!」
トレック「んなこと言われてもなあ」
ゴンザレス「レック。おれの顔、そんな怖いか?」
トレック「うーん、怒ったときのユーノさんのほうが怖いと思うけどな」
マイペースに会話を始める二人に、ヘクトルは呆れる。
ヘクトル「お前ら一体何しに……って」
そこまで言って、ヘクトルは気づいた。
自分たちの周りを、武装した自警団が取り囲んでいることに。
アマルダ「そこまでだ! 貴様ら、いたいけな少女に何をしている!!」
具合の悪いことに、その場を指揮していたのはフリージ家の石頭ことアマルダ。
自警団A「少女の身柄、確保しました!!」
アマルダ「よし、全員突撃!!」
そして降り注ぐトロンの雨。
ヘクトル「なんでだあーーー!?」
ゴンザレス「お、おれ、何もしてない……」
トレック「まあ、こんなものか……」
けっきょく三人が開放されたのは深夜、仕事を終えたシグルドと仕事に来ないトレックを疑問に思ったゼロットが警察署に来た後のことだった。
リーフ「聞いた?兄さん。誤認逮捕の嵐だって」
エフラム「世も末だな。警察署は一体何をしているのか。それで俺達も捕まえられたらたまったもんじゃないな」
ゼフィール「おのれらは」
ツァイス「誤認じゃないだろ」