第二章前半>>283の続きです。
注意文は>>281にあります。
後半
武器相性と経験の差でエフラムが優勢かと思われた模擬戦その戦局は、
「くっ……」
「どうしたんだいエフラム、防戦一方じゃないか」
エフラムが押し負けていた。
次々に飛来するファイアーを槍で振り払うのがやっとであり、圧倒的に攻めあぐねていた。
十分な広さを有し、土足で試合可能な武道館であることがエフラムに味方したが、
それらの要素がなければ、最悪の場合もう負けていた。
まるでエフラムの動きが読まれているかのよう…いや、実際に読まれているのかもしれない。
「ふう……」
態勢を立て直すためリオンと距離を取り、攻めてこないことを確認しつつエフラムは息を整える。
普段のエフラムなら不要な工程であり、今のエフラムが普段通りでないことを如実に表している。
「どうして動きが読まれているって顔をしているね」
やはり悪い予感は当たるものなのか。顔色を変えるどころか息一つ乱していないリオンは淡々と事実を述べる。
「動揺しているエフラムの動きは単調になっているよ」
「俺が…動揺…?」
「だってそうじゃない?いつものエフラムなら槍を使わずに躱すもの」
そう言われてようやく気付く。確かに彼の言うように、槍を多用して躱すことなど滅多になかった。
過去に何度か手合わせをしてきたリオンだからこそ分かるのだろう。達人同士の戦闘で先を読まれることは致命的だ。
そして動揺の原因…その心当たりといえば、やはり
「エイリークのことをどう思っているのか、だな」
「ようやく問題点にたどり着いたようだね…君の答えを聞かせてよ」
リオンの狙い通りだったのか攻撃の手を止め、いつでも反撃できる状態でエフラムの回答を待つ。
「俺は……エイリークのことを…出会ってきた中で最高の女性だと思っている」
「…だが…俺たちは兄妹だ」
「またそうやって逃げるのかい?なら…」
及第点の回答でなかったためか、リオンは呆れたように問い質す。
「なんでンンのことは受け入れたの?」
「―――ッ」
エフラムとノノの禁忌の関係により生じた矛盾を突かれる。返す言葉など持ち合わせてはいなかった。
それを否定することは、ンンの愛を否定することに繋がる。己を慕う少女達を大切に思うからこそその選択はできない。
いかにエフラムといえど槍で言の葉を振り払うことなどできるはずもなく、
完膚なきまでに打ちのめされ項垂れるしかなかった。
「……俺は…怖かった」
ついに観念したのか弱弱しくなったエフラムは重い口を開く。
「いつかエイリークに…愛想を尽かされることが…怖かった」
覇王の名を冠するまでは、妹と幼女に危機が迫れば生まれ持った守護者としての使命感から、
例えベルン署の世話になると分かっていても、すべてを投げ打ってでも駆けつけていた。
そんな自分がエイリークに愛を伝えていたら考えるまでもない。
何かあるたびに自分をほったらかしにする兄など、愛想が尽きるに決まっている。
自分に一番近い女性だからこそ彼女の親愛を手放したくなく、
彼女にとって頼れる兄でいることを選び、自分が思いを告げるわけにはいかなかった。
その半面、エイリークに悪い虫がつかぬように振る舞う醜い独占欲を自覚していなかったのだから性質が悪い。
今になって自分を客観的に見ることができるようになったからこそ、
かつての自分の私利私欲の束縛を恥じエイリークに思いを告げることを良しとせず、
兄妹であることを理由に身を引き、エイリークの好意から逃げ続けた。
だがそれは、覇王と謳われるまでに至ったエフラムの言動に歪さを齎し、リオンに突かれる致命的な隙となった。
「…エフラム、僕は君が羨ましいよ」
エフラムの本音を聞くことができたことに安堵したのか、リオンは表情を崩していた。
「僕は初めて会った時からエイリークに首ったけだったのに…彼女はいつも、君の方を見ていた」
リオンとエフラム達が初めて会ったのは、ずっと幼い頃どこかの広場だったか。
いじめられて泣いているエイリークをエフラムが慰めていると、
心配したのか「だいじょうぶ?」と同い年くらいの少年に声をかけられた。
その少年こそが後の幼馴染となるリオンであり、出会った時の光景は脳裏に深く刻まれている。
「それなのに、エフラム……昔から君は彼女の親愛を受け止めることができたのに、それをしなかった…
兄妹としてなら君の方が正しいのは分かっている、これはただの嫉妬さ、
でもその権利を…僕は最近まで持ち合わせていなかった。
そして今日、君とエイリークが未だに互いを想いあっていることに気付いてしまった…」
言葉を切ると目を閉じ顔を伏せるリオン。エフラムの胸中にも様々な感情が入り混じっていた。
ただ一つ分かることは、自分はエイリークともリオンとも本当の意味で分かり合おうとしていなかった。
自分の思いを伝えようとしなかった。覇王と呼ばれたりもするが…まだまだ自分は未熟者だ。
妹にも親友にも悲しい思いをさせてしまったのだから。
償いになりはしないが、自分の思いを…覚悟を伝えなければならない。
不器用であることは百も承知だが、一つだけ自分の思いを伝えきる方法がある。
既に覚悟は決まった。その方法をとるからには二度も無様な真似はできない。
「リオン…試合を続けよう」
然しものリオンもエフラムの方から試合続行の提案をされるとは思っていなかったのだろう。
挙げられた顔は驚愕で目を見開いていた。
「安心しろ。もうお前を、失望させる戦いはしない」
槍を構え、先程まで弱っていたとは思えないくらい力強く言い切るエフラムの言葉にリオンは確信する、
「いつでもいいよ」
この戦いは次の一手で決着する。
「不思議なものだな」
先程まで騒がしかったエフラムの胸中は驚くほど静かだ。
手に握られた槍もまるで自分と一体化したかのように錯覚する。
「リオン…ひとつだけ言っておくことがある」
「俺は…エイリークを愛している」
もう逃げたりはしない。目の前の親友からも妹からも。
「行くよっ―――」
「行くぞっ―――」
二度目の激突、日は完全に落ちようとしていた。
目測25メートルの間合いを直進してくるエフラムに対し、
リオンは壁を作るように、多数のファイアーを同時に放つことでエフラムの進路を遮る。
リオンの潤沢な魔力と熟練度がそれを可能にし、入門用の魔導書を十全に使いこなす。
これでエフラムが躱しても止まっても、そこへファイアーを打ち込めば……僕の勝利だ。
見逃さぬようエフラムの一挙一動に気を配る。…だが、
こちらを見据えるエフラムは未だに避ける動作をしない。
ぎりぎりで回避しようというのか。チキンレースさながらの我慢比べ。
そしてエフラムとファイアーの集団が衝突しようとした瞬間、エフラムの姿が…消えた。
それを理解するまでの一瞬が致命的だった。次の瞬間にはエフラムは顔前に迫り、
互いの視線が交錯し、迎え撃とうとしたが……左手は動かず魔導書は叩き落されていた。
「俺の勝ちだ…リオン」
「…最後の最後で、エフラムには勝てなかった」
生命線である魔導書を叩き落され、槍を突き付けられてしまったらお手上げだ。降参せざるを得ない。
闇が支配する武道館に電気を点け、壁際のパイプイスに腰掛ける。
「まさか、炎の壁を突っ切ってくるとはね」
「ああでもしないと勝てそうになかったからな…」
決着まで電気をつけていなかったせいで分からなかったが、煤のついた顔で苦笑いするエフラム。
相変わらず戦いに関しては破天荒だ、リオンの堅実さを逆手に取り視線を釘付けにして目を慣れさせた後、
超人的な急加速で炎の壁を脱しつつ思考を停止させるとは。
交錯した時に見えたエフラムの瞳からは炎への恐怖心は全く感じられず、むしろ静かな水面のように穏やかだった。
講評は早々に終わり沈黙が訪れるが、口を開く必要はない、それ以上言葉を重ねなくても互いの思いは伝わったのだから。
……そして今になって叩かれた左手が痛みだすが、それを察したのかエフラムは突然、
「リオンを治療してやってくれ」
と誰もいない虚空に呼びかける。すると、
「あら、さっき来たんだけど気付いていたの…兄様」
ロッカールームから姿を見せたのはEドリンクのスポンサー、ロプト教団を裏で牛耳っていると噂されている、
エフラムを慕う少女筆頭のサラだった。
「長い付き合いだからな…すぐに分かる」
気障な台詞をさらりと言ってのけたエフラムの発言に少女は顔を綻ばさせ、リオンの左手に杖をかざす。
「サラ、お前が来たということは急用か?」
まさかただ自分の戦いを観戦しに来ていた訳ではあるまい。エフラムは確信を持って問いかける。
「ええ、そうよ。でも、詳しい話は帰ってから」
「…そういうことらしい、すまないリオン」
「気にしないでいいよ、片づけは僕がやっておくから…そうだ、分かっていると思うけど改めて言っておくよ」
「…む?」
「僕はまだ諦めてはいないよ。君が不甲斐なさを見せたら…その時は覚悟してね」
「分かった」
そう答えるエフラムの目は戦いの時と同じく一点の曇りもなかった。
「挨拶はもういいの?なら荷物は回収しておいたから…邪魔しない内に帰りましょう」
「…?…どういうことだい?」
リオンの疑問に答えることなく、サラは含みのある言葉を残したままエフラムと共に転移していった。
片付けながら頭を捻っていると、ロッカールームの物陰からガタンと物音がする。
しかし、サラは出てきたはずだしもう人なんていないはず…
「こ、こんばんわですわ」
音のした物陰を覗くと、そこではテンパっているラーチェルがしゃがんで隠れていた。
「ラーチェル…どうしてここに?」
「私は、やっぱり…エイリークのこととなるとじっとしてなんかいられませんわ」
彼女らしい理由に思わず納得してしまう。
しかし、他が開いていなかったとはいえ男子ロッカールームに忍び込まなくても良かったのではないだろうか。
「それに…リオンさんには嫌な役を任せてしまいましたから」
「気にしなくていいよ。僕が勝手にやったことだから…エフラムもこっちの意図は分かっているよ」
二人で相談して決めた作戦ではあったが、
エフラムと戦うため武道館を貸切り、憎まれ役を演じさせたことが彼女にとっての負い目なのだろう。
武道館内の戸締りを確認しつつ、律儀に謝罪しに来てくれた彼女の懺悔に許しを与える。
「それよりも…いいんですの?エフラムさんに道を譲ってしまって」
どこから見始めていたのかはわからないが、エイリークを愛でることで意気投合した彼女にはそれが気がかりだったらしい。
「僕はまだ諦めていないし、先のことはまだ分からないよ…それに…」
「それに?」
「エイリークが幸せでいてくれることが、僕の一番の望みだから」
エフラムへの醜い嫉妬が無くなったわけではない。だがこれは、心からの…偽らざるリオンの本心だ。
その言葉にラーチェルはしばし呆気にとられていたが、
「やっぱり私は…あなたと同盟を組んで、正解でしたわ」
彼女にも通ずることがあったのだろう、花の咲くような笑顔で称えられる。
電気を消しラーチェルと共に武道館を出るとすっかり暗く、満月が闇夜で一際輝く。
「途中まで送っていくよ」
「エスコート、お願いしますわ」
扉を施錠し、武道館を後にする二人を月は静かに見守っていた。
だがリオンは知らなかった。エフラムが混沌の渦中にその身を投じていることを…
第三章へ続く