59-390

Last-modified: 2017-02-16 (木) 20:39:02

作中の時間はバレンタインの前くらいです。

 
 

ミタマは一人、白夜稲荷神社の境内を掃除していた。
兄のアサマは、昼前から白夜文化財保存委員会の会合で出かけているため、惰眠を貪りたいのを我慢して掃除に励んでいたが―――

 

「山笑う 光齎す 木洩れ日や 眠くなっても いたしかたなし…ふあ……」

 

暖かな日差しに誘われ、拝殿の階段に腰掛けるとミタマは微睡みに身を委ねた。

 

エフラムは一人白夜稲荷神社に出向いていた。
日ごろお世話になっているお礼を返したいとエリンシアが稲荷寿司を作り、代わりに届けてほしいと頼まれたのだ。
奉納品であるため、サクラやキヌに持っていかせるわけにはいかないと考えたエフラムは、二つ返事で引き受けた。

 

神社への林道を歩いていると、日差しの暖かさに反して草木をそよがせる風は少し肌寒く、
冬の寒さが和らいでも春の訪れはまだまだ遠いということを感じさせる。
出来立ての寿司を冷やさないためにも、早く持っていかなければ……境内へ続く階段を上り終えると、ある人物が目に入る。

 

「あれは……ミタマか?」

 

拝殿の階段に腰掛け俯いているのは巫女のミタマであり、辺りを見渡してもアサマやキヌ、サクラはいない。
―――キヌとサクラに関してはサラの所へ出かけたのだろうか。

 

「どうかしたのか、ミタマ」

 

近づいて声をかけるも返事はなく、下からのぞき込むと目を瞑り寝息を立てていることが分かった。
困ったことに一度寝るとなかなか起きないらしく、起こそうとしても手応えがない。
日向で寝ているとはいえ、寒空の下寝かせていたら風邪を引いてしまう。

 

「…仕方ないか」

 

勝手に運ぶのは良くないと分かっているが、放っておける性格でもない。
エフラムは以前キヌに招かれ部屋で寛いだことがあったため、住居の間取りは大体把握している。
すぐに戻るつもりだったのだろうか住居の鍵は開いていた。
急いで寿司を台所に置き、キヌの部屋に向かうと客人用の布団を敷いてから引き返し、
未だ眠っているミタマを無意識の内にお姫様だっこで抱え、キヌの部屋に敷いた布団に寝かせる。
運んだ時に髪が乱れてしまったらしく、手櫛で優しく撫でつける。

 

「…ん…くぅ…」
「風邪を引かぬようにな」

 

そう言い残し、最後に一撫でするとエフラムは足早に部屋を出た。

 

「…いろんな意味で噂通りの人ですわね……ありがとうございました、エフラムさん」

 

起きるに起きられなかったミタマはそう呟くが、その頬は赤く染まっていた。

 

境内に戻ってきたエフラムは悩む。このまま黙って帰っていいのだろうか。
その時、上空から空気をたたく音が聞こえる。上を見上げるとあれは……ペガサスか?
影がどんどん大きくなっていき細部まで見えてくるとようやく断定できた、ペガサスではなく天馬であると。
境内の脇に着地した天馬、そしてその乗り手は―――

 

「ヒノカ殿、それにアサマ殿」

 

白暗家のヒノカと神社の宮司アサマだった。

 

「帰りもすみませんねえヒノカ様。ところでエフラムさん…なにか用でしたかね?」
「アサマ殿、実は……」

 

エフラムはアサマにこれまでの経緯を事細かに話す。

 

「勝手に上がり込んでしまい、申し訳ない」
「いえいえ、こちらも妹が手間をかけさせたようですからねえ…気にしていませんよ」
「忝い、アサマ殿」

 

幸いにも許しを貰うことができたエフラムだったが、ふとヒノカの方を見ると深刻な顔をしていた。

 

「ヒノカ殿…どうかされたのか」
「…エフラム殿……実は」

 

ヒノカは一瞬言いよどんだが、覚悟を決めて語り出す。

 

「ヒノカ殿の友人であるセツナが行方不明!?」
「ああ……昨日から姿を見かけないんだ」
「正確に言うと、昨日の昼に文化財保存の会合があると私に伝えにきて、それ以来見てないらしいですねえ。
 いつものようにひょっこり帰ってくると何度か申し上げたのですが」
「エフラム殿、ご迷惑を承知で探していただきたい」

 

心配で顔色が優れないヒノカ、頭を下げられたがエフラムの答えは決まっていた。

 

「顔を挙げてくださいヒノカ殿、微力ながら力添えいたします」
「本当か!ありがとう、エフラム殿…では私は空から探しながら帰ります」

 

来た時と同じように天馬に乗り、瞬く間に飛び去って行くヒノカを見送り―――

 

「では俺もこれで失礼します、アサマ殿」

 

アサマに別れを告げ、来た道へ踵を返し立ち去るエフラム。

 

「……やれやれ、相変わらずお人好ですねえ…彼らしいと思いますが」

 

ただ一人残ったアサマは境内の掃除を始めた。

 

ようやく目が覚めたが、未だにヒノカは迎えに来ない。吊るされたままのセツナは困っていたが―――

 

「あれは…エフラムさん…」

 

サクラの想い人であり、どことなくヒノカに似ているエフラムを視界の端に捉え、
一縷の望みを込めて、日頃から持ち歩いている気付いてもらう用のおもちゃの弓を引き絞ると―――放った。

 
 

エフラムは林道を通りながら思考する。セツナが歩いてきたならばこの道を通るはずだが―――

 

「む」

 

咄嗟に体を後ろにそらし、手を前に伸ばすと虚空―――ではなく飛来物を掴む。

 

「これは…おもちゃの矢か?」

 

飛来物は鏃の部分に吸盤が付いているおもちゃの矢であり、なぜこんなものがと思いながら、飛んできたであろう方向を凝視する。

 

「…あれは!!今助ける」

 

エフラムの目が捉えたのは―――右足に縄が巻かれ逆さに吊るされているセツナの姿だった。
彼女を落とさぬよう罠の一部を解除し、抱き止めてから地面に降ろし縄を外す。
林の中は上空からは見えにくく盲点だ、ヒノカも相当焦っていたのだろう。

 

「ありがとう……」

 

先程まで吊るされていたにも係わらず、取り乱しもしていないセツナを見てエフラムは苦笑いするしかなかったが、
彼女を立たせると異変に気付く。

 

「ッ…痛い…」

 

セツナの右足を見てみれば、縄に巻かれていた部分が赤く腫れている。
彼女に負担をかけないためにも応急処置が必要であり、距離的にも病院に連れていくより、まず兄弟家に運んだ方がよさそうだ。

 

「よし、乗ってくれ」

 

セツナの前にかがむと背中に乗るよう指示する。

 

「しかし、なんであんな所に」
「おいしそうな木の実が落ちてたから…取ろうと思った」
「いや、あきらかに罠だったぞ」

 

セツナを背負いながら他愛のない会話をして兄弟家へ向かう。

 

帰ってはきたが、エリンシアも出かけてしまったのか誰もいない兄弟家を合鍵で開ける。
縁側にセツナを座らせると、エフラムの自室に常備している湿布を持ってくる。

 

「…これでよし」

 

湿布の扱い方はユミナから聞いていたため、すぐに巻き終わった。応急処置にすぎないが、病院に行くまではこれで十分だろう。
サラから貰った新魔導具『英雄フォン』で連絡し、サクラ経由でヒノカに言付を頼む。
……その間中、セツナは口を開く事無く、エフラムの顔を見て呆けている。
物言わずじっと見られるのは気恥ずかしいが……彼女の横に腰掛けると彼女の髪に木の葉がついていることに気付き、
一声かけてから取り除くと、仕上げとばかりに髪を手で梳き、頭を撫でる―――

 

「…ん」

 

セツナは目を閉じ、撫でられるがままに受け入れている。
エフラムの手からはセツナの無事に安堵していることが伝わり、彼の心に触れセツナの心も温かさを感じる。
ぼんやりすることが好きな彼女は呆けることも忘れ、撫でる手に身を委ねる。
その表情はなんとも気持ちよさそうで、見ているエフラムも和んでいた。

 

「…あ」

 

エフラムが頭から手を放すと名残惜しそうな声を出すが、諦めていつもの呆けた表情に戻る。
彼がハーレムを作っているのは知っているが、願わくは彼のそばに居たい……恋愛は柄ではないと思っていたがそう思ってしまった。

 

エフラムは一緒にいて心地よさを感じていた。サラ達は口数が多い方であり動と表現するならば、無口なセツナは静だ。
たまにはこういった静かな時間を過ごし、精神を落ち着かせるのも粋なものだ。

 

会話はなかったが、ヒノカが迎えに来るまで二人は心ゆくまで過ごした。

 
 
 

後日エフラムにバレンタインのチョコレートを渡した二人だったが、義理か本命かは渡した当人が知るのみである。

 

おわり