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Last-modified: 2017-07-10 (月) 23:51:37

クロム「ここか…。さすがイーリス随一のリゾートだけあるな……立派なホテルだ」
 クロムはルフレの兄から渡されたリゾートの招待券を手にホテルの前に一人立っていた。
ここはイーリスでも屈指のリゾートホテルだ。ここの宿泊券を手に入れることは容易ではない。
そしてこの場所が自分とルフレにとって運命を変える場所になるのかと思うと胸が高鳴った。
 逸る気持ちを抑えクロムはフロントに向かった。予定ではルフレは自分より一足早く着いているはずだ。
 クロムがフロントにつくとそこには見知った姿があった。

 

フレデリク「ようこそリゾートホテルイーリスへ。招待券をお持ちでしょうか」
リズ「こちらにお客様のお名前の記入をお願いします」
クロム「フ、フレデリク? リズ!? お前たちここで何やってるんだ!?」
フレデリク「恐れ入りますが私はフレデリクではなくフレデリックと申します」
リズ「私はリサです」
クロム「なんの冗談だ…」
フレデリク「ではクロム様、チェックインの手続きが完了いたしましたので、そちらのベルガールにお部屋まで案内させます」
マリアベル「ベルガールのマリベルですわ。お部屋まで案内するからついてきやがれですわ」
リズ「マリアベル、その喋り方じゃバレちゃうよ〜(小声)」

 

 クロムは内心「いや、もう十分バレてるが…」と思いつつ、自分とルフレのために自警団の仲間たちがこうして協力してくれていることに感謝していた。
そうこうしているうちに部屋に案内された。
マリアベル「さあ、ここがあなたがこれから2泊3日過ごされるお部屋ですわ。荷物を置いて着替えたらさっさとビーチに行きやがれですわ」
クロム「待て、ビーチに行くのは強制か?」
マリアベル「あたりまえですわ。何のためにここまで来たんですの?」
クロム「まあ、そうだな……。そうさせてもらう」

 

マリアベルの言葉に逆うこともできず、クロムは荷物を片付けた後、水着を持ってビーチに向かった。

 

クロム「ルフレ! お前もここにいたのか」
ルフレ「クロムさん! はい、クロムさんより一足先にビーチを堪能していました」
 クロムがビーチに着くとそこにはルフレがいた。ルフレもまた水着姿だった。
水着は決して派手なデザインではなかったが、シンプルな黒のビキニは彼女の豊満な体型を強調するには申し分なかった。
普段は厚めの軍師服とコートに隠されて見ることのできない彼女の素肌を、今日は思う存分堪能できるのかと思うと
クロムは思わず吹き出しそうになった鼻血を懸命に堪えた。

 

ルフレ「クロムさん? どうされました? 気分でも悪いですか?」
クロム「大丈夫だ、問題ない。ただ…お前の水着姿に見とれてしまってな…」
ルフレ「ク、クロムさん……!」

 

思いもよらないクロムの言葉にルフレは恥ずかしさのあまり言葉を紡ぐことができなかった。しかし決して嫌な気分ではない。
むしろ、いっそこのままクロムからプロポーズをされてもいい……ルフレがそう思ったそのとき

 

???「わあ! 待って! 誰か僕の帽子を拾ってください!」
 大きな声とともに一人の少年がクロムたちのもとに駆けてきた。どうやら少年の帽子が風に飛ばされてしまったようだ。
 クロムは足元に落ちたその帽子を拾うとようやくこちらにたどり着いた少年に渡してやった。

 

リヒト「ありがとうございます! よかった遠くに飛んでいかなくて。あ、僕リッケンっていいます。そこの海の家でお手伝いをしています」
ルフレ「そうだったんですか。よかったですね。帽子が無事に手元に戻って。」
リヒト「はい! あ、そうだ! 帽子を拾ってくれたお礼に二人にいいことを教えてあげます! ほら、あそこに岬が見えるでしょう? 
あの岬でプロポーズをしたカップルは永遠に幸せになれるって言い伝えがありますよ! お兄さんもせっかくならそこでプロポーズすればどうですか?」
クロム「お、お前な…!」
ルフレ「わ、私たちは別にそんなことは…!」
リヒト「えへへ、遠慮しなくていいから! じゃあね! 頑張って!」

 

 そう言い残しリヒトは走り去った。残されたクロムとルフレは互いに意識し合いながらもなかなか声をかけられずにいた。
沈黙を破ったのはクロムだった。

 

クロム「ルフレ、その…さっきのやつが言っていたあの岬に行こう」
ルフレ「っ…!クロムさん…! はいっ…!」

 

 クロムとルフレが岬に向かうことを陰から見守る者たちがいた。

 

マリアベル「グッジョブですわリヒト!」
リヒト「ありがとうマリアベル!」
フレデリク「クロム様、どうかご武運を…!」
リズ「ルフレさん、がんばって…!」

 

そんな会話が行われているとはつゆ知らず、クロムとルフレは岬に到着した。

 
 

 二人はリヒトが教えてくれた岬に到着した。ルフレはこれから起こることに対する期待や緊張感でいっぱいだった。
ただ、この先に自分にとって最も幸せな瞬間が待っているのかと思うとルフレの頬はほんのり赤く色づいた。二人の間に流れていた静寂を再びクロムが破った。

 

クロム「ルフレ、お前に伝えたいことがある」
ルフレ「は、はいっ!」
クロム「そう緊張するな。いつものお前らしくないな」
ルフレ「だ、だってクロムさんも緊張はしているでしょう…?」
クロム「そ、それはそうだが……。ルフレ」
ルフレ「はい」
クロム「俺と…結婚してほしい」
ルフレ「クロムさん……!」
クロム「待たせてすまなかった。俺にとってお前はずっと一緒にいてほしい存在だ」
ルフレ「クロムさん…! はい…!」
クロム「ただ、ひとつだけ頼みを聞いてくれないか」
ルフレ「頼みですか? なんでしょう?」
クロム「俺たちが式を挙げるのは、ミカヤ姉さんとエリンシア姉さんの次にしてもかまわないか?」
ルフレ「っ?!」

 

 幸せの絶頂にいたはずのルフレをまるで絶望の底に叩き落すかのようなクロムの言葉。
ルフレは驚きのあまり震えた声でクロムに問うた。
ルフレ「…それは……婚約だけして入籍や挙式はいつになるか分からないということですか……?」
クロム「まあ、そいうことになるな。俺としてもミカヤ姉さんやエリンシア姉さんより先に結婚するのは少し気が引け────」

 

パシッ

 

一瞬何が起こったのか理解できなかった。数秒の後、クロムは自身の左頬に痺れにも似た痛みを感じ、自分がルフレにぶたれたのだとようやく理解した。
 ルフレの目には溢れんばかりの涙がたまり、その目はクロムに対する怒りと失望の色で染まっていた。
それを見たクロムはようやく自分が放った言葉がルフレをいかに傷つけたかを思い知った。
時すでに遅く、ルフレはクロムに背を向けて走り出す。

 

クロム「ルフレ! 待ってくれ! すまない、俺が悪かった…!」
ルフレ「もういいです!! ついて来ないでください……!!」

 

 クロムを振り返ることもなく去って行くルフレ。その目からは涙が零れ落ちた。
 クロムはルフレを追いかけることも出来ずその場にただ呆然と立ち尽くした。

 

クロム「俺は…なんてことを……」
西に沈む夕陽がクロムを焼き尽くすようにただ光っていた。
 その夜、ルフレはホテルの部屋から一歩も出てくることはなかった。
ルフレを心配に思ったリズやマリアベルの問いかけにも最後まで応えることもなかった。

 

ルフレ「私にとっての一番はクロムさんですけど、クロムさんにとって私はそうではなかったんですね……。私、本当にバカみたいです……。」
 ルフレは枕に顔をうずめ泣いた。そしてそのまま眠りについていった。

 

リゾート滞在二日目の朝。ルフレはカーテンから差し込む日の光で目が覚めた。
きらきらと輝く朝日とは対照的にルフレの心はひどく曇っていた。
 クロムからプロポーズを受けたとき、たしかに自分は幸せの頂点にいた。しかしその後のクロムの言葉に気が動転し、それからのことはよく覚えていない。
クロムの頬を強くぶってしまったこと以外は。

 

ルフレ「プロポーズを台無しにしまった上クロムさんに手をあげてしまうなんて…。もう、クロムさんのそばにいることもできませんね……。」
 照明もついていない薄暗い部屋で何もできずにいると、ふとドアをノックする音が聞こえた。
そして許可をするより先に誰かが鍵を開けて部屋に入ってきた。

 

ルフレ「あの…あなたは…?」
ソワレ「勝手に入ってきてすまない。ボクはサリー。ここのレストランスタッフさ。君が昨日の夕べも今朝もレストランに来なかったとフロント係から聞いてね。
勝手な判断で悪いとは思ったけどスタッフたちの判断で食事をここに運ばせてもらったよ」
ルフレ「そうだったんですか…。ごめんなさい、ご迷惑をおかけしてしまって……」
ソワレ「いや、かまわないよ。誰だって外に出るのが億劫になるときがあるからね。
さあ、ここの料理はとてもおいしいよ。食べ終わったら部屋の前に食器を出してくれればいい。後で下げにくるよ」
ルフレ「サリーさん、ありがとうございます…」
ソワレがルフレの部屋を訪れていた頃、クロムの部屋にもまた訪問者があった。

 

ソール「レストランスタッフのスタールです。朝食をこちらに直接お持ちいたしました」
クロム「ああ、すまない…」 
 クロムは昨日ルフレに言ってしまったことをとても後悔していた。言葉を投げかけた後に見たルフレの絶望に満ちた表情が脳裏に焼き付いて離れなかった。
 どうにもならない気持ちを少しでも晴らそうと、運ばれてきた朝食をとった後ビーチへ向かうためにフロントまで出てきた。
そこでチェックアウトの手続きを済ますルフレを見てしまった。

 

クロム「ルフレ! 昨日はすまなかった…! おまえ、まさかもう帰るのか…?」
ルフレ「…! っ…!」
 クロムの問いかけに応えることなくルフレは走り去ってしまった。
こうしてはいられないとクロムも慌てて部屋にもどり荷物をまとめた後、フロントでチェックアウトの手続きに入った。

 

フレデリク「クロム様、招待券の期限は明日までとなっておりますが…本当によろしいのですか?」
クロム「かまわん! 今はルフレを追いかけるほうが先だ! 世話になったな!」
 慌ただしくチェックアウトを終え、クロムもまたホテルを後にした。

 

 そんな二人の様子をロビーから見つめる者がいた。かつてルフレを溺愛し、自分と同じくルフレに思いを寄せるクロムに邪魔を入れ続けていた人物、サーリャである。

 

サーリャ「あの男…ルフレをあんなに悲しませて…。こんなことなら、やっぱりもっと邪魔をするべきだった…」
 ルフレの幸せを願い彼女をクロムに託したつもりだったがルフレの涙を見てその選択を後悔し始めた。
しかしサーリャにはまだするべきことが残っている。自警団の仲間のなかでも彼女にしかできない、特別な役割が────