2-117

Last-modified: 2007-06-15 (金) 22:31:00

料理はあいじょー?

 

ターナ  「それでね、新しく駅前に出来た喫茶店のパフェがすっごくおいしいの」
エイリーク「そうなの」
ターナ  「でね、今週の金曜、ラーチェルも誘って一緒にどうかなーって」
エイリーク「ごめんなさい、その日はヴァイオリンが……? ヒーニアス様?」
ヒーニアス「うむ。久しぶりだなエイリーク」
ターナ  「ってなに平然と女学院の中に入ってきてるのよヒーニアス兄様!?」
ヒーニアス「平然と、とは心外だな。ファード学院長の許可は取りつけてあるぞ」
ターナ  (相変わらず大らかっていうか緩い人ねウチの学院長も……)
エイリーク「お邪魔でしたら、私は席を外しますが……」
ヒーニアス「いや、用があるのはターナではなく君だ、エイリーク」
エイリーク「え、私ですか?」
ターナ  (うわっ、なんか嫌な予感がする……)
ヒーニアス「うむ……今週の土曜日は空いているだろうか?」
エイリーク「土曜日……ええ、近くに演劇部の公演もないですし、その日は特に予定はありませんが」
ヒーニアス「おお、それは僥倖だ」
ターナ  (白々しい……どうせ事前にチェックしてたくせに)
エイリーク「それで、その日に、何か?」
ヒーニアス「うむ……実は、土曜日の昼食に君の手料理を馳走になりたいと思ってな」
エイリーク「え……私の料理、ですか?」
ターナ  「ちょっと、お兄様……!」
ヒーニアス「いやなに、無理強いするつもりはないのだ。『この間の調理実習でエイリークが作ったフレンチが凄くおいしかった』
      などとターナがうるさく主張するものだから、少々興味を惹かれてな」
ターナ  (嘘ばっかり! 本人としては『さり気ない口調』のつもりでしつこく聞き出したくせに、よく言うわ)
ヒーニアス「で、どうかな?」
エイリーク「いえ……私は構わないのですが、とても人様に振舞えるほどの腕では……あ、ヒーニアス様、その首筋の傷跡は……?」
ヒーニアス「ん? ああこれか。いやなに、昨日街中を歩いているときに、少々品のない者たちに因縁をつけられてね」
エイリーク「因縁……と言うと」
ヒーニアス「わたしには身に覚えがないのだが、『お前この間のヒーニアスとか言う野郎だな』などと胸倉をつかみ上げられてね。
      冤罪を主張し平和裏に事を収めようとしたのだが、相手は興奮して殴りかかってきてな……
      仕方がないので全員軽くあしらって黙らせたが、不覚にも手傷を負ってしまったのだ」
ターナ  (軽くあしらったなんて、また嘘……必死で逃げ回って距離取りながら、一人一人矢で黙らせたんでしょうに)
ヒーニアス「しかし、不可解なことだ。わたしはあのような連中と関わりを持ったことなど、一度もないのだが」
エイリーク「それは……申し訳ありませんヒーニアス様。おそらく、エフラム兄上がヒーニアス様の名を騙ったのだと思います」
ヒーニアス「エフラム……ああそうか、彼は町の平和のために日夜戦っているのだったな」
エイリーク「平和のためにだなんて。兄上はただ腕試しと称して暴れたいだけなのです。
      私も日々諌めているのですが、少しも聞いてくれなくて……ですが、こうして人様にご迷惑をおかけした以上、
      もう野放しにはしておけません。今夜にでも家族を交えてじっくり話し合おうと……」
ヒーニアス「いや、それには及ばない。エフラムのしていることは立派だよ。
      事実、彼やヘクトルのおかげで町の治安が多少良くなっているようだからな」
ターナ  (まーたまた心にもないことを。治療受けながら『エフラムめ、いつかこの借りは返すぞ』とか喚いてたくせに)
エイリーク「ですが」
ヒーニアス「確かにやり方は少々荒っぽいかもしれないがな。わたしのような者には出来ない方法だ、あれは」
エイリーク「ヒーニアス様は兄上と違って分別のあるお方ですから」
ヒーニアス「そんなことはない。それに、エフラムがわたしの名を騙ったというのも、自分への報復で
      君たち家族が害を受けるのを恐れたからだろう。見上げた心意気ではないか。
      そのような友人に名を使ってもらえるのだ、わたしとしても誇らしく思う。
      ああ、だが、エフラムにはこのことを話してもらいたくないな。彼の行動に水を差したくはない」
エイリーク「……」
ヒーニアス「おっと、これはつまらぬ話をしてしまったな。忘れてくれ。……ところで、土曜日の昼食の件なのだが」
ターナ  (うわっ、最っ低……! この会話の流れで断れる訳ないわ。さすがヒーニアスお兄様、策謀家の名に恥じぬ姑息っぷりね)
ヒーニアス「君も何やら気が進まぬ様子だし、わたしとしても無理強いは」
エイリーク「……いえ。是非とも作らせてください」
ヒーニアス「いや、しかしな」
エイリーク「ヒーニアス様がどう思われていようと、家族の者がご迷惑をおかけしたのは事実……
      私などの料理で償いになるとは思っておりませんが、せめてものお詫びとさせていただきます」
ヒーニアス「(ニヤッ)そうか。では、楽しみにしているとしよう」
エイリーク「はい。及ばずながら、努力させていただきます。ではごきげんよう、ヒーニアス様、ターナ」

ターナ  「……どういうつもりなの、兄様?」
ヒーニアス「どういうつもり、とは? 先程の会話はお前とて聞いていただろうに」
ターナ  「全く……自分勝手な理屈でエイリークの休日を潰しちゃって……」
ヒーニアス「自分勝手な理屈、とはひどい言い草だな。わたしは未来の妻の料理の腕を見ておこうと思っただけだ」
ターナ  「なーにが未来の妻よ……エイリークとお兄様じゃどう考えたって釣り合わないわよ」
ヒーニアス「まあそうだな。しかし彼女は市井の出ながら、並の貴族など及びもつかん気品を備えているぞ」
ターナ  (逆よ逆! ヒーニアス兄様なんかじゃエイリークの相手は務まらないって言いたいの!
      ……まあ言うだけ無駄だろうから口には出さないでおくけど)
ヒーニアス「ふふ……それに何より、彼女とてこのわたしの相手が出来るのならば嬉しかろうよ。
      見ていただろう先程の彼女の表情を。わたしとの昼食への期待と不安が入り混じった、あの表情」
      ここは貴族の男として立派にリードしてやらねばな」
ターナ  (あれだけ必死に『断られないための準備』をしておいて、何でこんなに自信満々になれるのかしら、この人は……)
ヒーニアス「ははは、何にしても、土曜日が楽しみだな」
ゼト   「それは結構なことですな、ヒーニアス殿」
ヒーニアス「む……貴様は……!」
ターナ  (うわ、ゼト先生……まーた面倒くさい人が……)
ゼト   「相も変わらず我がルネス女学院の華の周囲を飛び回っておられるようで……
      貴族ながら働き蜂のように勤勉な方ですな、ヒーニアス殿は」
ヒーニアス「フン……貴族ならば未来の妻の実力を今の内から測っておくのは当然のことだ。
      まあ、市井の出で平の教師に過ぎん、貴殿のような男には分からぬ苦労だろうがな」
ゼト   「お言葉ですが、努力の甲斐あって来年教頭に出世することが決定いたしましてね」
ヒーニアス「ほう……それはめでたいことだ。そう言えば、近年その地位を利用して
      女生徒に淫らな行為を強要する教職員が後を絶たないそうだな。全く嘆かわしい。この学院もどうなることか」
ゼト   「ご心配せずとも、このルネス女学院にはそのような発想をするような下品な輩は一人もおりません。
      ついでに言えば、女性に対して姑息な手段で約束を取り付けようとする者も、ね」
ヒーニアス「立ち聞きとは趣味が悪いな……この女学院の品性を疑ってしまいそうになる」
ゼト   「おや……わたしは誰がそのような手段を用いた、とは言っていないのですがね……
      どうやらヒーニアス殿は、ご自分の卑劣な手練手管をお認めになるらしい」
ヒーニアス「ふふふ……」
ゼト   「ははは……」
ターナ  (あーもう、やだなあこの人たち……なんだって男のくせにこう嫌味と言うか回りくどいというか……
      これならエフラムみたいにちょっと馬鹿でも分かりやすい方が断然いいわ)
ゼト   「土曜日、か……その日はちょうどわたしも空いておりましてね」
ヒーニアス「……彼女は貴殿のことなど想定に入れていないぞ」
ゼト   「そうですか……まあいいでしょう。わたしとしては後日彼女と話をするとき、
      『わたしも同席したかったのだがヒーニアス殿に止められた』という旨をさり気なく伝えるだけです」
ヒーニアス「ほう。脅迫とは、教育者にあるまじき行為なのではないかな?」
ゼト   「これは人聞きの悪い……わたしは女生徒との会話の種を作ってくださるヒーニアス殿に感謝しているのですよ。
      いや、この歳になると、生徒との会話を上手く取り持つのも大変でしてね」
ヒーニアス「フン……まあいい、貴殿が新たに同席することになった件は、このターナから伝えてもらうことにしよう」
ターナ  「えー……ああはいはい、分かりました、伝えておきます」
サレフ  「それでは、ついでにもう一人の追加も伝えていただきたい」
ターナ  「きゃあっ! サ、サレフ先生……!」
ヒーニアス「ほう。これはこれは」
ゼト   「我が学院お抱えの根無し草……いや、民俗学者のサレフ殿ではありませんか。お久しぶりですな」
ターナ  「……サレフ先生、休職して辺境を巡る旅に出ていたんじゃ……」
サレフ  「……本日のパレガにて、何か不穏な気配を感じたものでな……来てみれば、案の定だ」
ターナ  (確か『パレガ』って、『空と大地と気の調和を知り、己を見つめ、世界を見つめ、森羅万象を想う……』
      とか、そういうのじゃなかったっけ? 何でそれでエイリークのことが分かるのかな……)
ヒーニアス「……ターナ、エイリークにもう一人の追加も伝えるがいい」
サレフ  「ほう……意外だな、あっさり承諾されるとは」
ゼト   「ここに来て余裕を見せつけたいという訳ではないでしょうに。どういう風の吹き回しかな、ヒーニアス殿」
ヒーニアス「なに、我々三人も一輪の華を巡って長い戦いを繰り広げてきた間柄。そろそろ雌雄を決するときかと思ってな」
サレフ  「と、言うと?」
ヒーニアス「エイリークは、あの清楚な人柄にも関わらず、野蛮な兄達を尊敬しているようだ……
      即ち、彼女らの兄を見ていれば、彼女の理想も自ずと理解できるというもの」
サレフ  「……つまり、我々の中で食べっぷりがいい者に心惹かれると。そういうことか」
ゼト   「望むところですとも。長い下積み貧乏生活を経て培われた、食を求める生存本能を見せつけて差し上げましょう」

ターナ  「……あのー、盛り上がってるところ恐縮なんですけど」
ヒーニアス「なんだ、ターナ」
ターナ  「皆さん、エイリークの料理についてはどの程度ご存知なんですか?」
ゼト   「……少々庶民派ながら、店に出しても遜色のない実力、と聞いていますが……」
サレフ  「まさか、あの可憐な外見に反してまずい料理を作るとでも」
ターナ  「いや、おいしいことはおいしいんですけど、ねえ」
ヒーニアス「案ずるな。味など大した問題ではない。要はどれだけ美味そうに食せるかが問題なのだ。
      空腹は最大の調味料と言うし、朝から何も食べずにおけば多少舌に合わない程度は気にならんだろう」
ターナ  (そういう意味じゃないんだけど……まあいいか、いい薬にもなるでしょうし)
ゼト   「さて。では、不確定要素はなるべく取り除いておくとしましょうか」
サレフ  「不確定要素、と言うと?」
ゼト   「エイリーク嬢の周囲に、少々騒がしいご令嬢がおりましてな……」
ターナ  (ラーチェルのことね、きっと)
ゼト   「彼女が今回のことを聞きつけたら、その性格からあれこれと口を挟んでくるのは必至。
      下手をすればエイリーク嬢ではなく彼女の手料理をご馳走になることになりかねません」
ヒーニアス「案ずるな。手は考えてある。それよりも、取り巻き連中が問題だな」
ゼト   「『純情無垢なエイリークお姉様を、狼どもの魔手から守り隊』……ですな」
ターナ  (あー、あのいつもエイリークの周囲でキャアキャア騒いでる下級生の子たちね)
サレフ  「……課題がたまっていたということにして、遠く離れた教室にでも閉じ込めておくことにしよう。
      なに、光の結界さえ使えば一時間二時間程度は軽い」
ターナ  (それって思いっきり職権乱用なんじゃ……いや、もう突っ込んでも無駄ねこれは)
ヒーニアス「これで準備は万端整った……土曜日が楽しみだな」
ゼト   「そうですな……」
サレフ  「……」
ターナ  (こういうときだけ意気投合するんだからこの人たちは……まあいいか、結果は見えてるしね)

ターナ  「という訳で、お兄様だけじゃなくてゼト先生とサレフ先生も同席することになったから」
エイリーク『そう……どうしましょう。皆様の舌を満足させられるかどうか……』
ターナ  「大丈夫よ、あの三人ならエイリークが出しさえすれば生ごみだって食べるから……
      ねえエイリーク、いっそのこと山盛りのご飯だけ出して『どうぞお召し上がりください』とか、そういうのはどう?」
エイリーク『失礼よターナ。そもそも、これはヒーニアス様へのお詫びも兼ねているんだし』
ターナ  「ああ、そう言えばそういう話だったわね……別に気にしなくてもいいのよ?
      ウチのお兄様、あんなヒョロいけどいっつも酷い目に遭ってるせいで割と打たれ強いし」
エイリーク『でも、その『酷い目に遭う』原因もほとんどは私の兄上のせいだし……』
ターナ  (いや、あれはヒーニアス兄様がうまく誘導してそう思わせてるだけで、
      九割方はヒーニアス兄様の方から喧嘩ふっかけてるんだけど……
      そもそもエフラム、割とヒーニアス兄様なんか眼中にない感じだし。エイリークが絡まなければの話だけど)
エイリーク『ターナ?』
ターナ  「ん、ああ、ごめんなさい。ちょっと考え事してた」
エイリーク『本当に大丈夫かしら……私の料理の腕なんてエリンシア姉様には到底及ばないし、とても心配なのよ』
ターナ  「大丈夫よ、味の方はわたしから見ても全然問題ないレベルだから。むしろおいしいと思うし」
エイリーク『ありがとう、ターナ』
ターナ  「あー、でも、そうね。一つだけわたしからアドバイスすると」
エイリーク『なんですか?』
ターナ  「いつもどおりに作るのがいいと思うな。そう、いつも、ヘクトルさんやエフラムに作ってるときみたいに、ね」
エイリーク『ええ、わたしもそのつもりだったけど……どうしてそんなことを言うの?』
ターナ  「んーん、別に。腕によりをかけて作ってあげてね。そうするのがせめてもの情けだろうし」
エイリーク『なんだかおかしな言い方をするのね、ターナ』
ターナ  「そんなことないわよ。まあ、馬鹿馬鹿しいとは思うけど一応付き合ってあげてね、エイリーク。それじゃごきげんよう」
エイリーク『ええ、ごきげんよう、ターナ』

ターナ  「……という訳で、一応電話はしておいたわよ、お兄様」
ヒーニアス「うむ。ご苦労」
ターナ  「……ついでに、はい、これ」
ヒーニアス「……胃薬か? 何のつもりだ、ターナ」
ターナ  「わたしからのせめてもの情けよ」
ヒーニアス「解せんな……エイリークの料理は美味いのだろう? 何故お前がこのような言動を取るのか」
ターナ  「土曜日になれば嫌でも分かるわよ。あ、今の内にいっておくわね。ご愁傷様(バタン)」
ヒーニアス「フン……なるほど、親友を兄に取られるのが悔しいという訳か。あれもまだまだ子供だな。
      だが安心するがいいターナ。来年には彼女をお前の姉上にしてみせよう。ふははははは……」
ターナ  「(部屋の外でため息を吐きつつ)本当に、分かってないのね……」

 ~土曜日。ルネス女学院家庭科室付近の教室にて~

ヒーニアス「ふふふ、ついにこの日が来たという訳だ」
ゼト   「朝から何も口にせず、準備は既に万端……」
サレフ  「来るなら来いという心境ですな……」
エイリーク「お待たせいたしました」
ヒーニアス(……!)
ゼト   (エイリーク嬢のエプロン姿……)
サレフ  (これは、なかなか……)
エイリーク「……あの、皆様?」
ヒーニアス「はっ……ああいや、うん。忙しいところすまんな、エイリーク」
ゼト   「急な申し出をして申し訳ありません」
サレフ  「手を煩わせてすまないが、よろしく頼む」
エイリーク「いえ。こちらこそ、皆様の舌に適うよう、精一杯頑張らせていただきますね」
ヒーニアス(うむ……相変わらず)
ゼト   (素晴らしい笑顔)
サレフ  (心が癒されるな……)
エイリーク「……あの、ところで皆様。一つだけお伺いしたいのですが」
ヒーニアス「? 何か?」
エイリーク「皆様、お食事は普通の男性程度に食べられますか? ええと、つまり、食事の量の話なのですが」
ゼト   (……? どういう意味だ?)
ヒーニアス「ああ。普通程度には食べられるつもりだぞ、わたしは」
ゼト   「!! わたしもそうです。遠慮はいりません」
サレフ  「同じく。放浪生活は体力を使うのでな」
エイリーク「そうですか。分かりました。ではいつも通り作らせていただきますね。少々お待ちください」
ゼト   「……で、先程の答えにはどういう意図があったのかな、ヒーニアス殿?」
ヒーニアス「……考えてもみろ、彼女の兄はあのヘクトルとエフラムだ。そして、その兄達が彼女の理想だとすると……」
サレフ  「なるほど。食の細い男は彼女の好みには合わないと。そういう訳か」
ヒーニアス「まあ、我々が奴等ほどの大食漢ではないのは、エイリークとて分かっているのだろう。
      だから、『普通の男性程度には食べられるか?』と聞いたわけだ。
      本当ならばエフラムやヘクトルほど食べるのが理想なのだろうが、我々は実際そこまでは食べられんしな。
      せめて、普通の男として理想的な程度の食べっぷりは見せねばなるまい」
ゼト   「なるほど。さすが策謀家と呼ばれたヒーニアス殿。噂に違わぬ策士ぶりですな」
サレフ  「さて、後は待つだけか」
ヒーニアス(この勝負……)
ゼト   (絶対に……)
サレフ  (負けられない……!)

 ~その隣の教室~

ターナ  「ん……家庭科室から音が……始めたみたいね、エイリーク。さて、どうなることやら」

 デーッ、デーデーデーデー、デー、デデデデー、デー♪(FEのテーマ)

ターナ  「着信……あらラーチェルからだわ。もしもし?」
ラーチェル『ターナ! エイリークのお料理、始まってしまいました!?』
ターナ  「うん、今……あれ、ラーチェル、『是非ともお手伝いしませんと!』とか言ってなかった? 今どこ?」
ラーチェル『……ですわ』
ターナ  「なんでそんな遠くにいるの?」
ラーチェル『実は今朝、私の私書箱に匿名の嘆願書が届きまして。その辺りに凶暴な怪物が出没するから退治してほしいと』
ターナ  「はあ」
ラーチェル『それで、私勇んで出かけましたのよ。ところがそこにいたのは、エフラムと三人の少女だけでして』
ターナ  (あー、エフラムと竜王さん家のミルラ、チキ、ファ、ね。そんなところにタイミングよく……
      きっとヒーニアス兄様が根回しして、ちょうど出くわすように仕向けたんだわ)
ラーチェル『それで、「魔女っ子? ミカリン」とやらの映画を見にいった帰りだなどと申すものですから、
      私ついカッとなってしまいまして。そんな作り物よりもこの麗しの絶世美王女ラーチェル様の方が
      数段も数十段も優雅で華麗だと力説いたしましたが、あの生意気な三人娘がなかなか納得しないものですから、
      ついつい路上で一時間ほど魔法少女に関する談義を』
ターナ  (うわー、エフラムも災難ね、そんなことに付き合わされて……)
ラーチェル『仕方がないから私の方でも麗しの絶世美王女ラーチェルのアニメを作って、

           ミカリンとやらと同じ時間に放映することに決めましたのよ。

      でも改めて考えてみればいい手段ですわね。これでこの町の少女たちにこのラーチェルの名が知れ渡ることになりますわ』
ターナ  (……ついでに変な男の人たちにも知れ渡ることになりそうだけど……まあいいか)
ラーチェル『ああ、でもこれでエイリークのお料理を手伝うことは出来ませんわね。いえ、飛竜をチャーターすればあるいは』
ターナ  「止めなさいって、お金が勿体ないわ」
ラーチェル『それは庶民の発想というものですわ。では今から竜騎士を雇ってそちらに向かいますので』
ターナ  「ちょっと、ラーチェル! ……あーあ、切れちゃった。相変わらずやることが無茶苦茶なんだから」

 ~一時間後~

ターナ  「……なのに、なんでこんなに時間がかかったの?」
ラーチェル「信じられませんわ、はぐれ飛竜が出没して危険だから、今日は飛竜便が全面的に欠航だと申しますのよ」
ターナ  (……ひょっとして、これもヒーニアスお兄様……ううん、サレフ先生辺りの策かしら)
ラーチェル「そんなもの、この私が撃ち落して差し上げますわと力説いたしましたのに……全く、道理が分からない庶民はこれだから」
ターナ  「はいはい……それはそれとして、エイリークの料理、そろそろ作り終わるみたいよ」
ラーチェル「あら……残念ですわね、折角、この私の超絶的な料理の腕を披露して差し上げようと思いましたのに」
ターナ  「うん。まあ、ラーチェルの料理が独特なのは認めるわ……」
ラーチェル「おほほほほ、そんなに褒められては照れてしまいますわ。でも仕方がありませんわね、
      万事に才能を発揮してしまうのも、この私が神に愛されし麗しの絶世美王女ラーチェルだから……」
ターナ  「ま、深くは突っ込まないでおくわ……さ、エイリークが食事を運ぶの、手伝ってあげましょうよ。
      多分一人じゃ相当苦労するはずだからね……」

エイリーク「皆様、お待たせしてしまって大変申し訳ありません。今、全ての準備が整いました」
ヒーニアス「ああ、すまないな」
ゼト   「これは……配膳は我々が自分でしようと思っていたのですが」
エイリーク「いえ、皆様はお客様ですから。準備も私自身の手でしなければ……」
サレフ  「うむ、心遣いに感謝……?」
エイリーク「ああターナ、それとそれはあちらに、ラーチェル、それはこちらにお願いします」
ターナ  「はいはーい」
ラーチェル「……」

 ドン! ドン! ドン! ドドン!

ヒーニアス「……」
ゼト   「……」
サレフ  「……」
ヒーニアス(……なんだ、この悪い冗談みたいな量の中華料理は)
ゼト   (……まるで大食い番組か何かのような……)
サレフ  (……この巨大すぎる器……私の遠近感が狂っているのか……? いや、違う。これは紛れもなく大盛りの……!)
エイリーク「あの……皆様、どうなさいました?」
ヒーニアス「い、いや、別に……」
エイリーク「ひょっとして、分量に問題が……」
ゼト   「ああ、いや、特に、問題はない、です」
エイリーク「そうですよね。皆様大人の男性ですし、このぐらいは食べますよね」
サレフ  「うむ……ああ……そ、そうだな。普通の男なら、このぐらいはな」

ターナ  「あー、運ぶの疲れた。さすがにあの量は大変よね」
ラーチェル「……ターナ。あのヒーニアスは見かけによらず大食漢なんですの?」
ターナ  「ん? ううん、むしろ食は細い方よ」
ラーチェル「それにしてはあの量……」
ターナ  「ああ。実は、以前……」

 ~回想~

アイク  (がつがつ)
エフラム (むしゃむしゃ)
ヘクトル (ばりばり)
リン   (……相変わらず兄さん達の食事は激しいわね……あれだけ用意した食事が凄いスピードで減っていく……)
エリウッド(そして同時に飛んでいく食費……ああ、今月も我が家の家計はシムベリン……)
エイリーク「……あの、エフラム兄上」
エフラム 「なんだ?」
ロイ   「うわぁ、エフラム兄さんの食いカスがリーフ兄さんの顔面を直撃したぁ!」
リーフ  「この人でなしーっ! っていうか、行儀悪すぎるよエフラム兄さん」
エフラム 「エイリーク、何か聞きたいなら早くしてくれ。ヘクトルとアイク兄さんに全部食われてしまう」
エイリーク「はい……ずっと以前から気になっていたのですが、ひょっとしてアイク兄上とヘクトル兄上とエフラム兄上は、
      普通の男性よりもかなり食事の量が多いのでは……」
エフラム 「!!」
ヘクトル 「!!」

 この瞬間、エフラムとヘクトルは目と目で通じ合った。
 「今まで現実を分かっていなかったエイリークが、兄達が大食漢である事実を知る→我が家の家計を鑑みる
  →『もう少し食事の量を抑えられては』と苦言を呈する→食事の量が減らされる→俺達空腹」
 そして、双方一瞬で「ここは嘘を吐くべし」という合意に達したのである。

エフラム 「何を言っているんだエイリーク。この歳の普通の男なら、このぐらいは食べるものなんだぞ」
ヘクトル 「そうだぜエイリーク。俺らは普通だよ、普通」
エイリーク「しかし、年下のマルスたちはともかくとして、エリウッド兄上やシグルド兄上はそんなに食べませんし」
エフラム 「二人は食が細い方なんだ。なあ?」
エリウッド「……まあ、そうだね」
シグルド 「そうだな、わたしはあまり食べなくても平気だぞ」
ロイ   (シグルド兄さん質問の意図が読めてないな……我慢してるだけじゃないか、それは)
ヘクトル 「なあ、アイク兄貴もそう思うだろ? 俺らは普通だよな、普通」
アイク  「ん? ああ、そうなんじゃないか」
リン   (相変わらず受け答えが適当すぎよアイク兄さん!)
エリウッド(駄目だよリン、食事中のアイク兄さんに何を言ったって無駄さ)
エイリーク「ですが、この量では家計を圧迫しているのでは」
エリンシア「まあまあエイリークちゃん。そんなこと気にしなくたっていいのよ。
      皆が元気にご飯を食べてくれるのが一番なんですからね」
エフラム 「そうだな。そういう訳で、俺達は元気に食事を取ろう」
ヘクトル 「普通の量をな」
アイク  「そうだな、普通だな」
エイリーク「……そうですか。やはり大人の男性はこの程度は食すものなのですね。勉強になります……」

 ~回想終了~

ターナ  「……という訳で、エイリークはあれが普通の男性の食事量だと思っている訳ね」
ラーチェル「壮絶なお話ですわね……」
ターナ  「ラーチェルに言われるようじゃ、エイリークもいよいよね……
      ところで、何であんな辛そうな中華料理ばっかりなのかしら。
      レパートリーの広さには感心するけど、エイリークの得意分野って中華ではなかったような……」
ラーチェル「ああ、私のアドバイスですわ」
ターナ  「どういうアドバイス?」
ラーチェル「エイリークに今日のメニューについて相談されましたので、こう言ってあげましたの。
      『私たち女性は甘い物が好き。ということは、逆の性である男性が辛い物好きなのはこの世の断りですわ』と」
ターナ  「凄い理屈……ということは、あの料理にはスパイスがたっぷり……?」
ラーチェル「ええ。地獄の辛さですわ、きっと」

ゼト   (そういうことか……!)
ヒーニアス(しまった、行動を誘導するだけでなく、情報封鎖もしておくべきだった……!)
サレフ  (どうする……こんな量の激辛料理を食べようものなら、我々の舌と胃腸と肛門が……!)
エイリーク「あの……皆様、私、何か間違ってしまったでしょうか?
      それならば今すぐお下げして、何か代わりのものを……」
ヒーニアス「!! ……いや、それには及ばない。」
ゼト   「そうです。そもそも、問題など何もありませんから」
サレフ  「うむ。むしろ、どれも美味そうで驚いているとこなのだ、我々は」
エイリーク「そうなのですか? 良かった、遠慮なく召し上がってくださいね」
サレフ  「……うむ」
ヒーニアス「だがエイリーク、その前に、妹たちと共に少々席を外してもらえないだろうか?」
エイリーク「え、何故ですか?」
ヒーニアス「いやなに、こちらのサレフ氏が、食前の儀式を行うということでな。
      折角だから、我々も付き合おうと思ったのだ」
エイリーク「そうですか。それでは私達は少し外に出ていることにしますね。
      ターナ、ラーチェル、行きましょう」

ゼト   「……さて、一体この量をどうするべきなのか……」
サレフ  「うむ……さすがにこのまま食べるのは自殺行為……」

 話しこむ二人をよそに、ヒーニアスは一人席を立って窓際に立つ。
 そしておもむろに携帯電話を取り出して、どこかに電話をかけ始めた。

ゼト   (……? 何をしている?)
サレフ  (今更何か根回しをしようなど、無駄な努力だと思うが……?)
ヒーニアス「……もしもし。全自動蘇生組合(オーム・バルキリー・コミュニケーションズ)か?」
二人   「!!」
ヒーニアス「そう……大至急、ルネス女学院に蘇生員を手配したいのだが……そうだな、一人分……」
ゼト   「いえ」
サレフ  「三人分だ」
ヒーニアス「……! いや、すまない。三人分で頼む。うむ、9万G……確実に払ってみせよう」

 携帯を切ったヒーニアスは、残りの二人の顔を見つめる。
 三者三様、それぞれに清清しい笑みが浮かんでいる。

ヒーニアス「ふ……愚かな」
ゼト   「それはみな同じこと……」
サレフ  「……こうなれば、地獄の果てまででも付き合ってみせよう」
ヒーニアス「状況を確認しておこう。エイリークは、これこそが『普通の男性の食事量』だと思っている」
ゼト   「そして、彼女の理想は兄君であるアイク殿やエフラム殿やヘクトル殿……」
サレフ  「つまり、これは通過儀礼ともいえる。この程度の量も食せないようでは、彼女の相手は務まらないということ」
ヒーニアス「よかろう。では地獄に付き合ってもらう。……エイリーク、もういい、入ってくれ」
エイリーク「はい。お祈りはもう済みましたか?」
ヒーニアス「お祈り、か。ふ、そうだな、ある意味お祈りのようなものだな」
エイリーク「? ヒーニアス様、仰る意味がよく……」
ヒーニアス「いや、つまらぬことを言った。忘れてくれ。では……」
ゼト   「……」
サレフ  「……」
三人   「いただきます……!」

 ~一時間後~

ヒーニアス「……!」
ゼト   「……ぐ、ぐふぅ……」
サレフ  「……うぷっ……」
三人   「ご……ちそう、さま、でした……」
エイリーク「はい。皆様さすが大人の男性ですね。こんなにきれいに食べてくださって、嬉しいです。お味の方は、いかがでしたでしょう?」
ヒーニアス「ああ……とても、美味かった」
ゼト   「ええ……舌が燃えるような絶妙な辛さで」
サレフ  「うむ……正直言って、もはや他のものは食べられないほどだ」
エイリーク「そうですか……もしもまたこのような機会がありましたら、そのときも召し上がってくださいね」
サレフ  (エイリーク殿……まさに天使のような笑顔だ)
ゼト   (これがあったからこそ辛い下積み生活にも耐えてこれたのだ)
ヒーニアス(今回のことは……この純粋な女性を騙そうとした罰だとでも思っておこう)

ターナ  「さー、帰ろ帰ろ。全く、馬鹿馬鹿しいったらないわもう」
エイリーク「あの、ターナ。ヒーニアス様たちは大丈夫なの? なんだか苦しそうでしたけど……」
ターナ  「いいのいいの。おいしい料理が食べられて幸せに浸ってるんでしょうよ」
エイリーク「そうかしら……皆様、どことなく無理をされていたような」
ラーチェル「無理して平気なように振舞ってみせたくなるぐらい、エイリークが魅力的だったということですわ」
エイリーク「……はい?」
ターナ  「見てよラーチェル、この無自覚ぶり」
ラーチェル「この無垢……というか、正直言って鈍感なところがエイリークの魅力の一つですわ。
      もちろん、この麗しの絶世美王女ラーチェルには劣りますけれど、そうですわね、お二人とも
      私の傍に控えられる程度の魅力は十分に備えておりますわ」
ターナ  「はいはい。それは光栄でございますこと」
エイリーク「ターナ、ラーチェル、一体何の話を」
ターナ  「いいのよ、エイリークは分からなくても。ところで、まだ午後一杯あることだし、三人でどこかにお出かけしない?」
ラーチェル「そうですわね。それでは……」

 ぐ~っ……

ターナ  「……」
ラーチェル「……」
エイリーク「ご、ごめんなさい……朝から何も食べていなかったものですから」
ターナ  「え、朝から!? どうして!?」
エイリーク「今日の料理のための下ごしらえをしていたら、食べる暇がなくなってしまって」
ターナ  「……見てよラーチェル、この献身振り」
ラーチェル「……我が家のメイドにも見習わせたいぐらいですわ」
ターナ  「というか、雇いたいわね」
ラーチェル「そうですわね。一家に一台……いえ一人」
エイリーク「あ、あの……二人とも?」
ターナ  「なんでもない、なんでもない。ね、エイリーク。どう、これからラーチェルのお宅で遅めの昼食って言うのは」
ラーチェル「ま、何を勝手に話を進めておりますの、ターナったら」
ターナ  「あ、ごめんなさい、やっぱり、こんな急な話じゃ無理よね」
ラーチェル「む……いえ、無理なはずはありませんわ。この麗しの絶世美王女ラーチェルを輩出した我がロストン家に、
      不可能なことなど何一つ存在いたしませんもの!」
ターナ  「わあ、さすがラーチェル! それじゃ、昼食の手配お願いね」
ラーチェル「お任せになって。(ピッポッパッ)あ、レナック? 大至急私と友人二人の昼食の準備を……
      何を仰いますの、予定変更という単語を知りませんの、あなたは。全く。一時間? いいえ、三十分で用意なさい」
エイリーク「……クスッ」
ターナ  「どうしたの、エイリーク?」
エイリーク「いえ……どうしてかしら。今、やはりターナとヒーニアス様は兄妹なんだなあって、不意に思ったの」
ターナ  「うえっ……わたし、そんな意地の悪い話し方してた?」
エイリーク「いえ、意地の悪いだなんて……」
ターナ  「……あ、でもそれ言ったらエイリークもやっぱりアイクさんやヘクトルさんやエフラムの妹よね?」
エイリーク「え?」
ターナ  「さっきのお腹の虫の声、凄かったもんねー。わたし、びっくりしちゃった」
エイリーク「そ、それは……あんまりお腹が空いていたものだから、つい……ごめんなさい、はしたなかったわね」
ターナ  「あの、本気にされてもちょっと困るかなーって……」
ラーチェル「お二人とも、食事の手配が出来ましたわ。さ、私の屋敷に向かいましょう」
エイリーク「すみませんラーチェル、こんなに急な話で」
ラーチェル「おほほほほ、お気になさらずともよろしくてよ」
ターナ  「それじゃ、行きましょうか……あ、そうだわ、エイリーク」
エイリーク「はい?」
ターナ  「あのね、一つ聞かせてほしいんだけど……エイリークの理想の男性って、どんな人?」
エイリーク「え? どうしたの、急に」
ターナ  「……いや、話の流れからいくと、多分急にって訳でもないと思うなあ……」
エイリーク「よく分からないけど……そうね。特に、理想というのは……」
ターナ  「え、全然ないの?」
エイリーク「そういう訳ではないけど、今はまだ想像もつかないし……」
ターナ  「……それって、誰でもいいってこと?」
エイリーク「そうね。どのような方と結ばれることになっても、我が家のような楽しい家庭を作るために、
      微力ながら努力を重ねていきたいと思っているわ」
ターナ  (……こういう態度だから)
ラーチェル(今回のような事態に巻き込まれるんですのね、この子は……)
エイリーク「……あの、二人とも、なにか?」
ターナ  「ううん、なんでもない」
ラーチェル「さ、早く参りましょう。折角の料理が冷めてしまいますわ」
ターナ  「……ところでラーチェル。何で『絶世美王女』なの?」
ラーチェル「ま。ターナは私の美貌にケチをつけるんですの?」
ターナ  「あー、いや、そこじゃなくて。『王女』の部分なんだけど」
ラーチェル「いいところに気がつきましたわね。実は私のロストン家のルーツを辿ると、古のマギ・ヴァル大陸に行き着いて」
ターナ  「ごめん、やっぱりいいわ説明してくれなくても。長くなりそうだし。
      しっかしまあ、『誰でもいい』か……要するにほとんど無駄な努力してる訳ね、あの三人……」
ラーチェル「ご愁傷様ですわ」

<おしまい>