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Last-modified: 2013-11-07 (木) 00:08:59

78 :細く長く自分らしく:2010/12/01(水) 02:46:52 ID:yh2fGSWz

カタカタと、規則正しい音が兄弟家の居間から聞こえてくる

音のする方には、机に向かうエリウッドと一冊の本、そして電卓があった

「あー、やっぱり何回計算しても……駄目か」

わかりきってはいたが、その事実の飲み込むのにはやはり時間がかかった
毎回のことながら、我が家の経営状況を計算する度に胃が痛くなる

「……ふぅ………」

どこからともなく、ため息が漏れる
数秒かかって、それが自分のしたものだと気づく

「兄さん、どうかしたの?」
「ああ、ロイ……
 いや、大丈夫だ」
弟にさっきのため息を聞かれていたらしい
どうやら口では否定したものの、本当に疲れているようだ

「うん、わかった。
 でも一応いつもの胃薬渡しておくから、辛くなったら飲んでね」
「ああ、ありがとう」

兄馬鹿と呼ばれるかもしれないが、我が弟ながら本当によくできた子だと思う
今も僕の口先だけの強がりなど長い付き合いから分かっているだろうに、
それをあえて指摘せずにその後もフォローまでこなしてくれている
正直、ロイがいなかったら今ここでこうして家計簿をつけていられる余裕などなかっただろうとさえ思っている

79 :細く長く自分らしく2:2010/12/01(水) 02:50:03 ID:yh2fGSWz

―オラー!コノロリペドガァーッ!

 ムダムダムダムダァ!ピザニコノオレガトラエラレルワケナイダロウガァ!!―

庭のほうから武器のぶつかり合う音と聞き慣れた二組の声が風に乗って聞こえてくる
もう慣れきってしまっている自分に気付きつつ、家に被害を出さないように注意をしておく
……正直無駄だとは思うが、一応念のために

「まったくピザトル兄さん達は……毎日やってて飽きないのかな?」
「ははは……まぁ元気があっていいことじゃないか。
 僕には真似しようとしてもとてもできないから、むしろ羨ましい位だよ」
これは別にヘクトル達を庇った訳ではなく、本当にそう思っている
僕の体は、白くて細い外見の通り脆弱だ
幼い頃はまだヘクトル達と一緒に遊んでいられたが、
年を経るにつれて他の兄弟との肉体能力の差が自然と分かってきた
いくら僕が鍛えても、ヘクトルのような腕力は手に入らないし、
リンディスのような瞬発力も得られない
それこそ、どうしようもない位によく分かっていることだ

「ちょうど僕は、この剣のようなものさ」

そう言って、手元にあったレイピアを手に取る
不思議そうにこっちを見ているロイの前で、二、三回剣の型をとりながら言った

「一見鋭くて長い所に目がいくけど、その実とてつもなく脆いんだ。
 とてもじゃないけど、実践向きじゃない。
 ナイト、アーマーに特効?その代わり彼らはレイピアより長い槍を持ってるという寸法さ」
剣の型を続けながら、嘲笑うかのようにそう続けた

80 :細く長く自分らしく3:2010/12/01(水) 02:52:45 ID:yh2fGSWz

そういってわざとらしく槍に突かれたように倒れこんでみせる

「………………」
「………………」
その一部始終を、ロイは黙って見ていた
笑いもせず、呆れもせず、ただじっと僕の方を見ていた
そして、おもむろにこう言った

「そうだね、確かに兄さんの言うように、この剣はあまり実践向きじゃないかもしれない」

そこで一旦言葉を切り、再び僕の目を見てこう言った 

「でもね、僕はこの剣が好きだよ。
 この剣で、僕は剣術を覚えたんだから」

そんなこともあっただろうか……
もう随分昔のことだからか、咄嗟に思い出すことができない
要領を得ない僕の表情を見て、ロイが思い出すヒントをくれた
「覚えてる?僕が剣を習いたいって初めて言い出したとき、鉄の剣でも重くてうまく振れなくて……」

そこまで言われて、ようやく僕の鈍い頭が回りだした
あれは、そう……まだロイが、小学校に入る前の頃だ
(剣を教えて、とロイはせがんだけれど、鉄の剣もうまく持てないロイに皆まだ早いって言ってたっけ
そこで確か僕が、鉄の剣より軽いレイピアの使い方を教えたんだったな……)

「そうだったね。
 おかげでロイは、僕と同じ型の剣術になってしまった……。
 本当はアイク兄さんとかに教わった方が良かっただろうに、ごめんよ」

81 :細く長く自分らしく4:2010/12/01(水) 03:01:07 ID:yh2fGSWz

「ううん、僕はこの型の方が気に入ってるし、アイク兄さん達みたいに体も強くないからね。

 むしろ自分に合わない剣を無理に身につけるよりも、エリウッド兄さんに教わって正解だったと思ってる。
 それより話の続きだけど、兄さんは最初僕に剣を教える時、こう言ったんだよ」

―――レイピアを初めて手に取り、しばし期待と興奮に包まれる幼少の頃のロイ
しかし、本来鉄の剣より扱うのが難しい代物
上手く扱うことができず、やっぱり鉄の剣の方が良かったなどと言い出すロイに、エリウッドは苦笑しながらこう言った

 ――たしかに、この剣は普通の剣より使いにくいし、壊れやすいのかもしれない。
   でも軽くて使いやすいから、女性や子供も訓練しだいで上手く使うことができるんだ。
    丁度今のロイみたいにね。僕は、強い剣だけが‘剣'だとは思わないよ
     綺麗で飾るのが目的であっても、調理につかうのであってもいい。
      人だって武器だって、どんなものがあってもいい。そう思わないかい?――

ロイは一瞬言われたことの意味を考えている表情になったが、すぐに意味が分かったらしくその後は黙々と訓練をするようになった
エリウッドはそれをみこしていたのか、やはり笑い、そしてロイに自分のレイピアを与えたのだった―――

言われるまで忘れていたが、そういえばそんなことも言った気がする
それだけでもかなり恥ずかしいのだが、ロイがそれを一言一句覚えているという事が、更に妙な気恥ずかしさを増徴させた
でも何故か、悪い気はしないのは何故だろうか

「だから、そんなに卑屈にならないでよ。
 それに僕、結構気に入ってるんだよ?レイピアのこと。」
いつもと変わらない声で、ロイはそう言って心からの笑顔で僕を励ました
きっと先程と同じく、矮小な僕の内面など見切った上で、僕を傷つけない言葉を選んだに違いない

「………ロイ」
「それにこれがないとピざとる兄さんにまともに一撃が入らないから……(ボソッ」

……後半部分は聞かなかったことにしよう

82 :細く長く自分らしく5:2010/12/01(水) 03:02:49 ID:yh2fGSWz

「ありがとうロイ。

 ……やれやれ、こんなことじゃ兄失格だな」
弟に励まされる兄なんて、と心の中で付け足す
「そんなこと言ったら、涙目になる人がもっと他にいるから大丈夫だよ」

そう言ってロイは、やれやれといった様子で庭の方に視線を移す
耳で判断する限り、喧騒はその規模を現在進行形で増しているようだ

「はぁ……また壁に穴あけたりしないか不安だから、僕ちょっと様子見てくるね」
「ああ、待ってくれ。僕も行くよ」

現金なもので、心労がとれた途端に体のほうも調子がよくなったような気がしてきた
丁度ヘクトル達の争っている騒音もだんだん大きくなっていることだし、注意ついでに少し身体を動かしてみるとしよう
……もちろん、この剣―レイピア―で

ガラッ

「おーいヘクトル、エフラム!いい加減にしないk(ry
バキッ!バリィンッ!

「くっ、ピザのくせに俺の突きを避けるな!
 おかげで家が傷ついたではないか!!」
「お前の狙いが悪いからそうなったんだろうが!
 大体槍で斧に勝とうなんて甘いんだよこのロリコン!!」

ワーワーギャーギャービラクドノショウカン!アッバカヤメロ!ウホッ!アッー!!

二人の互いを罵倒する内容が耳に入ってくるが正直内容などどうでもよかった
今僕の視界には、無残に破壊された、この間直したばかりの窓だけしか映らない
僕……もうゴールしてもいいよね?

「せっかくいい話で終わりそうだったのに………超ッ!!サイッッッッッコォーーーーーーー!!!!!」

僕はアイク兄さんやヘクトルのように、太く濃く生きることはできない
僕は、このレイピアのように細く脆い僕でしかないんだから
でも……だからこそ、細く、長く、僕なりに生き抜いていこう
どこまでも、どこまでも……この騒がしくも頼りになる兄弟たちと一緒に!!

「「「レイピア必殺アッー!」」」