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Last-modified: 2007-07-23 (月) 00:09:25

デブ剣の王子様

 

~某日、ミレトス市街のデパート内にて~

 

エリウッド「歯磨き粉に洗剤に靴下に……ああ、どれだけ買わなくちゃならないんだろう。
      やれやれ、兄弟が多いと買い物も多くて大変だ。早めに済ませて……ん?」
マリア  (ね、絶対そうよね?)
ティナ  (うん、間違いないわあれ)
マリーシア(きゃー、ちょっと、こっち見てない?)
エリウッド(……何か、さっきからあの子たちがこっちを見てるような……
      何だろう、また僕の兄弟が何かやらかしたんだろうか……心当たりがありすぎる。
      あ、なんか近づいてきた……)
マリア  「あ、あのー」
ティナ  「し、失礼ですけど」
マリーシア「もしかして、エリウッド様じゃないですか!?」
エリウッド「え、僕!? ま、まあ、確かに僕はエリウッドですけど……?」
マリア  「きゃー、やっぱり!」
ティナ  「ど、どうしよう、こんなところでエリウッド様にお会いできるだなんて……!」
マリーシア「ああ、この王子様オーラ、やっぱり本物は違うのね……!」
エリウッド「(な、なんだこの子たちは……? 知り合い、じゃないよな。
      皆シスターみたいなのに、知らない人相手にこんな風に騒いで……さすがにちょっと見過ごせないかもな)
      ……あー、君達?」
三人   「はい、なんですかエリウッド様!?」
エリウッド「君達が誰かは知らないけれど、こんなところで知らない人相手にキャーキャー
      騒ぐのはよくないよ。もしも僕が危険な人間だったらどうするんだい?」
マリア  「きゃー、エリウッドさまが危険だなんて!」
ティナ  「あ、でもでも、わたしエリウッド様にだったらさらわれてもいいかも!」
マリーシア「ちょっと、あんたエリウッド様に向かって何てこと言ってんのよ!」
エリウッド(……聞く耳を持ってくれない……ダメだな、こういう元気すぎるタイプは
      家の兄弟にはいないから、どうも扱いに困るよ……)
マリア  「あ、あのー」
ティナ  「もし良かったら」
マリーシア「こ、これにサイン頂けませんか!?」
エリウッド(な、なんだ、サインだって? 一体何の話をしてるんだ……?
      ひょっとして、新手の詐欺か何かなんだろうか。
      危ないなあ、さすがに僕も『世間知らずな胃薬ジャンキーさんはご存じなかったようだが』
      なんて言われるのは嫌だし……やんわりとでも断らないと)
マリア  「……あの……」
ティナ  「や、やっぱり、ダメですか?」
マリーシア「ここに、ただ名前書いてくださるだけで結構ですから」
エリウッド(う……こんな円らな瞳で見られるとどうも断りにくい……
      いやいや、ダメだダメだ、ここは心を鬼にして……でも相手の顔は立てて……)
三人   「エリウッド様?」
エリウッド「……申し訳ないけど、サインの類は一切お断りしているんだよ。
      君達みたいに可憐なお嬢さんたちのお誘いを断るのは、非常に心苦しいんだけどね」
マリア  「はうー」
ティナ  「か、可憐だなんて……」
マリーシア「ああ、エリウッド様……」
エリウッド(……なんだか恍惚とし始めたぞ……
      危ないな、ひょっとしてこの子たちは変な薬でも使ってるんだろうか……)
マリア  「あ、あの!」
ティナ  「サインがダメなら!」
マリーシア「せめて、握手だけでも!」
エリウッド(あ、握手だって……!? 一体何がしたいんだこの子達は……
      最近の女の子は訳が分からないな。と言っても、ここで断ってもまだしつこく食い下がりそうな気配だし……)
三人   「……」
エリウッド「……分かった。よく分からないけど、僕なんかと握手して、君達が喜ぶんだったら」
マリア  「キャーッ!」
ティナ  「本当ですかーっ!?」
マリーシア「うれしーっ! ……あ、でも、握手がいいなら、もうちょっと欲張っちゃおうかなー、なんて」
エリウッド「え……? な、なんだい? さっきも言ったけど、サインとかそういう、形が残るものはちょっと……」
マリーシア「いえ、形なんか残りません! ただ……お姫様抱っこしてもらいだけなんで!」
エリウッド「お、お姫様抱っこ!?」
マリア  「あーっ! なにそれ、ずるーいっ!」
ティナ  「そ、それじゃあ、わたし、わたしも!」
マリーシア「お願いしますぅ、エリウッドさまぁ」
エリウッド(……僕が知らない間に、この国もずいぶんおかしな方向に進んでいるみたいだな……
      ああ、世の中がこんな調子じゃ、世間知らずな弟達が心配だ! 
      早くこの子たちから逃れて、家に帰らなければ……!)

 

 そんな訳で、三人の女の子達を代わる代わるお姫様抱っこしてあげるエリウッド。

 

エリウッド「それじゃ、僕はこれで!」

 

 と、彼が片手を上げて颯爽と立ち去った後には、目がハートマークになったミーハー少女三人組が残された訳で。

 

マリア  「……素敵……」
ティナ  「……エリウッド様……」
マリーシア「……写真どおり……ううん、写真以上の王子様だわ……」

 

 呆けたように呟くマリーシアの手には、一冊の雑誌が握られていた。

 

~兄弟家~

 

エリウッド「……という、実に訳の分からない出来事があってね」
エイリーク「そうなのですか」
セリス  「不思議な話だねえ」
エリウッド「そうなんだよ。君達も、知らない人からサインなんか求められても、絶対に応じちゃいけないよ。いいね?」
エイリーク「分かりました」
セリス  「うん、気をつけるよ」
マルス  「……」
リーフ  「……」
エリウッド「ん? どうしたんだ、マルス、リーフ? なんだか微妙な顔だけど」
マルス  「……いや、別に……」
リーフ  「……なんでもないよ……」
エリウッド「そうか? ……まあいいか。それにしても、あの子達は一体何だったんだろうなあ。
      結局、何故普通の一般市民に過ぎない僕の名前を知っていたのかは謎のままだし」
ヘクトル 「へっ、お前も人には何だかんだ言いつつ、どっかで悪事でも働いてるんじゃねーの?」
エリウッド「……ひょっとして、そうなんだろうか……?」
ヘクトル 「ってオイ、本気にすんなよ!」
エリウッド「自分でも分からない間に、僕は一体どんな罪を……ああ、胃が痛い……!」
マルス  「……」
リーフ  「……」

 

~マルスの部屋~

 

マルス  「……」
リーフ  「……ねえ、兄さん。多分、さ。アレだよね?」
マルス  「……ああ、アレに間違いないね……」

 

 深刻な表情で顔を突き合わせる二人の間には、一冊の雑誌が置かれている。

 

マルス  「……『月刊プリンス』……」
リーフ  「……『街角で見かけた素敵な王子様』……か。
      見つけたときはイカれたマイナー雑誌だと笑ってたけど、案外メジャーな人気雑誌だったみたいだね……」
マルス  「……ニニアンさんをお姫様抱っこしてるエリウッド兄さんの写真を冗談半分で送ったら、
      『月刊プリンス・今月のベスト王子様』に選ばれちゃうんだもんなあ」
リーフ  「やれやれ、誤魔化すのが大変そうだねえ。ま、謝礼もらえたからいいんだけど。
      勝手に写真使わせてもらったお詫びに、エリウッド兄さんには胃薬三瓶ぐらいプレゼントしておこうかな」
マルス  「クソッ、こんなことならもっとタイミングを計って売り込むべきだった……!」
リーフ  「あはは、マルス兄さんに似合わぬ大失態だねこれは」
マルス  「全くだよ……しかしまあ、エリウッド兄さんが王子様ねえ」
リーフ  「ま、オーラはあるからね。知らない人がこのお姫様抱っこの写真だけ見せられたら、
      とてもじゃないけど毎日のように胃薬飲んでる人だとか、
      最近妙にはっちゃけて『蝶サイコー』とか連発してる人だとは思わないでしょ」
マルス  「だねえ……ところで、女装したセリスの写真を『月刊プリンセス』に冗談半分で送っちゃったんだけど」
リーフ  「……だ、大丈夫でしょ、さすがに……」

 

 以降も、エリウッドはたまに街角で見知らぬ女の子達にキャーキャー騒がれる羽目になったそうな。