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Last-modified: 2007-11-25 (日) 15:01:48

へうげもの?

 

リーフ  「ん? あれ見てよ、マルス兄さん」
マルス  「なんだい……お」

 

 兄弟家の庭の片隅に、何やら小さな日本風の庵が建っている。

 

リーフ  「いつの間に……」
マルス  「アイク兄さんの仕事かな?」
リーフ  「まあ多分そうだと思うけど……アルムの野菜畑とかもあるのにあんなもんまで建てるなんて、ウチの庭の広さは異常」
マルス  「ユンヌさん辺りが変てこな力で無理矢理広げてるのかもね」
リーフ  「ありそうで嫌だなあ……で、どうしようか?」
マルス  「とりあえず、入ってみる?」
リーフ  「だね。しかし、中には一体何が……」

 

 話しながら庵の中に入った瞬間、周囲の雰囲気ががらりと変わった。
 畳敷きの小さな庵の中は、外界の喧騒が遠い世界の出来事に思えるほどの静寂に包まれていたのである。

 

リーフ  「……へ?」
マルス  「はい?」

 

 二人は間抜けにもポカンと口を開けたまま、その場に立ち尽くしてしまう。
 外とかけ離れた庵の雰囲気もそうだが、中で展開されていた光景はもっと信じがたいものであった。

 

エイリーク「……」

 

 正座したエイリークが、無言のままそっとお辞儀をしながら、茶を点てた小さな茶碗を正面に差し出す。
 正面に正座していたその人物は、右手で畳みの縁の内側に茶碗を入れた後、正面のエイリークに深くお辞儀を返す。
 「お点前頂戴いたします」と、厳かに言う。
 茶碗を右手で持ち上げ、左手の手の平に乗せた後、右手を添えた。
 その姿勢のままもう一度頭を下げてから、茶碗を手の中で半回転させる。そして、おもむろに口をつけた。
 まず一口。茶の味を楽しんだものか、口元に微笑みが浮かぶ。
 その表情のまま、何口かに分けてゆっくりと茶を飲み干した。
 口をつけた部分を指で拭い、その指を懐紙で拭う。それからまた茶碗の向きを差し出されたときと同じ方に戻し、

 

エフラム 「結構なお点前でした」

 

 と、深々と頭を下げた。

 

リーフ  「って、エフラム兄さん!?」
マルス  「なんですかこれは」
エフラム 「……騒々しいぞお前達」
エイリーク「ようこそいらっしゃいました。お二人も、どうぞお座りになってください」
リーフ  「え、ええと……」
マルス  (ダメだ……! いろいろと突っ込みたいことがあるのに、突っ込める雰囲気じゃない……!)
エイリーク「いかがなさいました?」
リーフ  「あ、いえ、それじゃお言葉に甘えて……」
マルス  「失礼します……」

 

 静かすぎる雰囲気に圧されて、おずおずとエフラムの隣に正座する二人。
 エイリークがにこりと微笑み、穏やかな表情で傍らの茶釜に向かう。新たな茶を点て始めたのである。

 

エフラム 「……」
リーフ  (……ど、どうしよう、マルス兄さん)
マルス  (どうしようったって……君、こういう場合の作法は知ってるかい?)
リーフ  (知るわけないよそんなの!)
マルス  (だよね。僕もパーティでの振舞い方とかなら分かるけど、こういう純和風のはちょっと……)
リーフ  「……あ、あのー、エフラム兄さん? ここ、一体なんなの? 茶室みたいだけど」
エフラム 「その通りだ。名付けてマギ・ヴァル庵。グレイルさんに頼んで特別に作ってもらった」
マルス  (アイク兄さん作じゃないんだな……まあアイク兄さんに茶の心が理解できるとも思えないし、当然と言えば当然か)
エフラム 「掛け軸の配置、茶室を薄明かりで満たす絶妙な窓の位置……実に素晴らしいとは思わないか?」
リーフ  「……はあ。そ、そう、だね?」
エフラム 「うむ。さすがグレイルさんだ、ワビサビというものをよく分かっている」
リーフ  (……エフラム兄さんがそういうのを理解してるってのは、実に意外だけどね)
マルス  (普段から考えると似合わないはずなのに、不思議と様になってるなあ……)

 

 二人が変に感心していたそのとき、茶室の外から静寂を打ち破る荒々しい足音が聞こえてきた。
 なんだ? と庵の入り口を見るのと同時に、扉が乱暴に開け放たれる。眩しい日差しを背に、そこに立っていたのは……

 

ヘクトル 「よー、なんか気がついたら変てこなのが出来てんじゃねーか」
エフラム (ピキッ)
リーフ  「ヘクトル兄さん?」
マルス  「あれ、エレブ高主催のパーティに行ってたんじゃ」
ヘクトル 「それがよー、参っちまうぜ全く」

 

 と、ヘクトルは乱暴に靴を脱ぎ捨てつつドカドカと茶室の中に踏み込んできた。

 

ヘクトル 「いやー、会場が静かだったときに、盛大に屁ぇぶっこいちまってよ。怒り狂ったリンに追い出されちまった」
エフラム (ピキピキッ)
エイリーク「……え、ええと……」
ヘクトル 「お、なんだ、茶ぁ沸かしてんのかエイリーク。俺にも入れてくれよ。必死こいてリンの剣から逃げ回ってて、喉渇いちまった」
エイリーク「は、はい、分かりました……どうぞ」
ヘクトル 「サンキュー」

 

 差し出された茶碗をむんずとつかみ、いただきますの一言もなしに一気に飲み干すヘクトル。口元を拭いながら顔をしかめ、

 

ヘクトル 「うへぇ、苦ぇなこれ」
エフラム (ビキビキビキィッ!)
ヘクトル 「まあいいや。もう一杯くれ」
エフラム 「……おい、ヘクトル……」
ヘクトル 「あん?」

 

 押し殺された声に振り向いたヘクトルは、畳に正座しているエフラムを見て大爆笑した。

 

ヘクトル 「ブハハハハハハッ、何かしこまってんだお前、似合わねぇなーっ! 何やらかして反省中なんだよそりゃ!?」

 

 ブチィッ!

 

エフラム 「ヘェェェェェェクトォォォォォォォルッッッッ!」

 

 ぶおんっ、と風を切って突き出される槍を、紙一重で避けるヘクトル。

 

ヘクトル 「うお!? あ、危なっ……!」
エイリーク「キャアッ! あ、兄上! 落ち着いてください!」
マルス  「殿中、殿中にござる!」
リーフ  「なんか違わないそれ!? と言うか、どこから槍が……!」
エフラム 「ええい、離せマルス! 今日こそはこの無作法者に天誅を下してやる!」
ヘクトル 「ケッ、なに気取ってんだ、お前だって似たようなもんじゃねえか」
エフラム 「黙れ!」
マルス  「ちょ、こんな狭いとこで槍なんか振り回したら……あーっ、リーフが巻き添え食らって大ダメージだ!」
リーフ  「この人でなしーっ!」

 

 ……というわけで、兄弟家庭の片隅に建てられた「マギ・ヴァル庵」は、一日も持たずに壊れてしまったのでありました。

 

マルス  「まあ、建てる場所が間違いだったんだと思って諦めるしかないね」
エイリーク「orz」