パンジャーブ州農村③

Last-modified: 2022-04-03 (日) 15:41:49

原文

パンジャブ州では、1960年代後半に始まる小麦の「緑の革命」と1970年代半ばから本格化する米の「緑の革命」によって穀物生産が大幅に拡大した。杉本(1999)によると、「緑の革命」技術は少なくとも1980年代初頭までには経営耕地面積1ha以上の農家諸階層にくまなく波及し、農業生産力の底上げをもたらしている。「緑の革命」に批判的な論者はこれまで、新技術の導入に必要な投資を行いうるのは大規模農家に限定されると考え、小規模農家への「緑の革命」の波及を疑問視してきたが、少なくともパンジャブ州において小規模農家が「緑の革命」からまったく排除されてきたという事実を確認することはできない。しかし⋯→(研究の欠点を語る)

ともあれ、パンジャブ州の「緑の革命」は一定の成功を収めた。その理由として次の2点を挙げることができる。ひとつは、多くの先行研究でも指摘されているように、政府による農業インフラストラクチャーの整備や種々の農業育成政策が、地域選別的な性格を色濃く帯びつつ実施されたことである。パンジャブ農民はこうした農業政策の展開からきわめて大きな恩恵を受けた。いまひとつは指定カーストや他州からの移民労働者等が、農業労働の担い手として大量に存在したことである。「緑の革命」による労働投入量の増大にパンジャブ農民が対応できたのはこうした低賃金労働力の存在によるところが大きい。従って、パンジャブ州における農業生産力に

パンジャーブ州における農業生産力の底上げを、単に新技術の導入・普及の過程として理解することはできない。それは、地域選別的な性格を帯びた農業政策の展開がもたらす、農業生産力の地域的な不均等発展や、農業労働者が直面する劣悪な労働条件を背景として実現したと考えられる。
第2に、以上のような農業生産力の底上げが進行する一方で、階層間の相対的格差は拡大した。大規模農家の中には農業機械の導入を図る農家が多数現れており、しかもトラクター所有農家の土地生産性は役畜農家のそれを上回る傾向にある。 過重な労働投下によって経営の集約度を高め、土地生産性を向上させてきた小規模農家の優位性は、農業機械を装備した大規模農家の出現によって打ち崩されつつある。 もっとも、トラクターの導入は生産費を大きく押し上げるため、農業所得の増加という形で機械化の利益を享受しているのは、機械稼働率の高い8ヘクタール以上層のみであった。この結果、第 1期における 1- 2ヘクタール層と8ヘクタール以上層との1戸当り農業所得格差は5.2倍だったが、第4期になると役畜所有1- 2ヘクタール層とトラクター所有8ヘクタール以上層の農業所得格差は7.0倍に拡大した。緑の革命がパンジャーブ州の農家諸階層に階層選別的な作用を及ぼしている点は強調しておく必要がある。 第3に 2ヘ クタール層の農家群は、「緑の革命」 によって農業所得が増大したにもかかわらず、品経済の浸透とともに農外所得への依存を深めている。ぱンジャーブ州の農村部では1970年代以降、経営地面積0.2ヘクタール以上の農家全体に占める 2ヘクタール未満層の構成比が上昇しており、187年には半数に達している。 このような小規模農家群の増加は小商品生産者としての農民経営の増加ではなく,むしろ農家としての実体を失いつつある農家群の増加である。1980年代半ばのパンジャーブ州における農民運動の高揚はまさにこの点とかかわっていたと考えられる。 他方,農業機械を導入した大規模農家群では経営規模拡大の動きがみられる。 マクロ ・データでこの点を確認することはで きないが,ケース ・スタディによると,パンジャーブ州における農民層分解の最新局面として,農業機械を導入 した大規模農家による借り足し型の経営規模拡大が生じている。

最後に,1990年代の展望を若干述べておこう。 まず,「緑の革命」 による農業生産力拡大の背 後で,地下水位の低下や水路港概地域での塩害 など,21世紀の農業生産を阻害しかねない環境問題が続発している54)。特 に近年深刻化 しているのは,過剰揚水による地下水位の低下で, 2000年にはパンジャーブ州のかなりの地域で, 従来使用されてきた遠心分離型ポンプでは農業用水を汲み上げることのできないレベルにまで地下水位が低下するといわれている。 資金力のある農家はこれに対応して新たに地下設置型の揚水ポンプを導入し始めている。 こうした環境の悪化はそれに対応できる階層と対応できない階層とを生みだし,新たな階層分解の要因となる可能性 を孕んでいる。 このほか今後のパンジャーブ農業に大きなインパクトを与えると考えられるのは,冒頭で触れた構造調整政策の進展である。 構造調整政策の進展がパンジャーブ農業に及ぼすインパクトとしてさしあたり以下の2点を指摘できる。 第1は各種補助金の削減である。 補助金の削減対象として真っ先に矢面に立たされたのは,最大の支出項目であり,1989年において政府補助金支出全体の約半分を占めていた肥料補助金である。 イン ド政府は1991年 7月と1992年 8月に肥 料補助金の削減方針を打ち出し,肥料価格の統 制を一部撤廃 した56)。農業ロビーをはじめとす る各方面からさまざまな圧力が加えられたため, 肥料補助金の削減は難航 しているが,いずれにせよパンジャーブ州における 「緑の革命」を支 えてきた農業育成政策は現在動揺をきたしてい る。本稿での分析結果をふまえると,農業補助金が削減された場合に小規模農家がきわめて困難な状況に陥ることは間違いない。 第 2は農産物輸出の拡大である。 本稿との関連では特に米輸出の増大が注目される。FÅo の集計によると,インドの米輸出量は1994年から1995年にかけて89万トンから491万へ増加し, 世界の米輸出に占めるインドの割合はそれまでの数%から22%- と一気に拡大した。この輸出拡大に大きく貢献したのは,米輸出量の上限規制と最低輸出価格規制の撤廃である。国外市場も視野に入れた食糧流通の規制緩和が今後 一層進展すると,市販余剰穀物生産の中心であるパンジャーブ農民はとりわけ大きな影響をこうむることになろう。 環境問題の深刻化 と,構造調整の進展による国際的連関の深まりによって,パンジャーブ農業が新たな局面を迎えていることは疑いない。 そうしたなかでパンジャーブ州の農民 ・農業労働者諸階層はどのような農業展開の道を歩もうとしているのか,それはパンジャーブ州の穀物 生産やインド全体の食糧供給,さらには世界の食糧経済にいかなる変化を及ぼすのか,今後検討すべき課題は山積している。 本稿をもってその第一歩としたい。

改訂文

①パンジャブ州では、1960年代後半に始まる「小麦」の緑の革命と1970年代半ばから本格化する「米」の緑の革命によって穀物生産が大幅に拡大した。杉本(1999)によると、「緑の革命」技術は少なくとも1980年代初頭までには経営耕地面積1ha以上の農家諸階層にくまなく波及し、農業生産力の底上げをもたらしている。パンジャブ州の「緑の革命」は一定の成功を収めた。
政府による農業インフラストラクチャーの整備や種々の農業育成政策が、地域選別的な性格を色濃く帯びつつ実施され、パンジャブ農民はこうした農業政策の展開から大きな恩恵を受けた。しかし、農業生産力の底上げは指定カーストや他州からの移民労働者など低賃金労働力の存在によるところが大きい。それは、地域選別的な性格を帯びた農業政策の展開がもたらす、農業生産力の地域的な不均等発展や、農業労働者が直面する劣悪な労働条件を背景として実現したと考えられる。

②農業生産力の底上げが進行する一方で、階層間の相対的格差は拡大した。大規模農家の中には農業機械の導入を図る農家が多数現れており、しかもトラクター所有農家の土地生産性は役畜農家のそれを上回る傾向にある。 過重な労働投下によって経営の集約度を高め、土地生産性を向上させてきた小規模農家の優位性は、農業機械を装備した大規模農家の出現によって打ち崩されつつある。

③1-2ha層の農家群は、緑の革命によって農業所得が増大したにもかかわらず、商品経済の浸透とともに農外所得への依存を深めている。パンジャブ州の農村部では1970年代以降、経営地面積0.2ha以上の農家全体に占める2ha未満層の構成比が上昇しており、1987年には半数に達している。 このような小規模農家群の増加は小商品生産者としての農民経営の増加ではなく、むしろ農家としての実体を失いつつある農家群の増加である。1980年代半ばのパンジャブ州における農民運動の高揚はまさにこの点とかかわっていたと考えられる。他方、農業機械を導入した大規模農家群では経営規模拡大の動きがみられる。

④1990年代の展望を述べる。まず、緑の革命による農業生産力拡大の背後で、地下水位の低下や水路港概地域での塩害など、21世紀の農業生産を阻害しかねない環境問題が続発している。特に近年深刻化しているのは、過剰揚水による地下水位の低下で、2000年にはパンジャブ州のかなりの地域で、従来使用されてきた遠心分離型ポンプでは農業用水を汲み上げることのできないレベルにまで地下水位が低下するといわれている。資金力のある農家はこれに対応して新たに地下設置型の揚水ポンプを導入し始めている。こうした環境の悪化はそれに対応できる階層と対応できない階層とを生みだし、新たな階層分解の要因となる可能性を孕んでいる。

このほか今後のパンジャーブ農業に大きなインパクトを与えると考えられるのは、構造調整政策の進展である。構造調整政策の進展がパンジャブ農業に及ぼすインパクトとしてさしあたり以下の2点を指摘できる。
①各種補助金の削減。補助金の削減対象として真っ先に矢面に立たされたのは、最大の支出項目であり、1989年において政府補助金支出全体の約半分を占めていた肥料補助金である。インド政府は1991年7月と1992年8月に肥 料補助金の削減方針を打ち出し、肥料価格の統制を一部撤廃した。農業ロビーをはじめとする各方面からさまざまな圧力が加えられたため、肥料補助金の削減は難航しているが、いずれにせよパンジャブ州における 「緑の革命」を支えてきた農業育成政策は現在動揺をきたしている。農業補助金が削減された場合に小規模農家がきわめて困難な状況に陥ることは間違いない。

②農産物輸出の拡大。 特に米輸出の増大が注目される。FAOの集計によると、インドの米輸出量は1994年から1995年にかけて89万トンから491万へ増加し、世界の米輸出に占めるインドの割合はそれまでの数%から22%へと一気に拡大した。この輸出拡大に大きく貢献したのは、米輸出量の上限規制と最低輸出価格規制の撤廃である。国外市場も視野に入れた食糧流通の規制緩和が今後一層進展すると、市販余剰穀物生産の中心であるパンジャブ農民はとりわけ大きな影響をこうむることになろう。環境問題の深刻化と、構造調整の進展による国際的連関の深まりによって、パンジャブ農業が新たな局面を迎えていることは疑いない。


杉本大三(1999)「緑の革命」先進地域における農業構造の変容 ―インド・パンジャーブ州を中心に―, 調査と研究,経済論叢別18,pp76-100.