パンジャーブ州農村④

Last-modified: 2022-06-27 (月) 18:47:38

概要

インド政府は1960年代末から、食料自給率を向上させるため、高収量品種の導入によって穀物を増産する「緑の革命」を推進してきた。これにより、インドでは北部の諸州を中心に、小麦や米などの大規模産地が形成された。それに続いて1970年代からは牛や水牛などの生乳増産を目的とした「白い革命」が進められ、インドは世界有数のミルク生産国となった。これらの農業改革はインドの人口増加を支えてきた。しかし1990年代以降、経済発展に伴って多くの先進国と同様に食肉消費量が増えている。ただし、ヒンドゥー教徒やイスラム教徒が多いインドでは鶏肉に対する需要が高く、全国的にブロイラーの産地が相次いで形成され、伝統的な農業構造が大きく変化している。例えば以前から南部・東部の諸州では鶏肉消費が定着しており養鶏業が盛んだったが、2000年代以降は穀倉地帯である北部の諸州でもブロイラー産地の形成がみられる。これらは「ピンクの革命」と呼ばれ、若年層を中心に鶏肉を使用したハンバーガーを販売するファストフードが普及するなど、食生活にも変化をもたらしている。

白い革命

農畜産業振興機構(2006)「特別レポート 巨大な可能性を秘めたインドの酪農」『月報 畜産の情報(海外編)』より

インドでは、60年代後半から70年代の「緑の革命」により、穀物の飛躍的な増産と自給を成し遂げた。この「緑の革命」の地域展開と関連を持ちながら、貧弱な飼養管理と粗悪な飼料、そして搾乳牛の低生産性の改善により、70年代後半からインド北西部を中心に生乳生産が急増した。いわゆる「白い革命」である。ミルク生産量は70年以降急増し、30年足らずで4倍以上に伸びた。1997年にアメリカを抜いて、世界一のミルク生産国となっている。

「白い革命」は、特に「緑の革命」による穀物生産の増大が、穀物やその残さを家畜の飼料へ回す余裕を生み出し、結果的に生乳の飛躍的な増産達成が実現されたことによるものとされる。具体的には搾乳牛の品種改良と飼料供給の質的・量的な向上が図られたためであり、そして直接的には、「1滴のミルクによる大洪水」を合い言葉に、FAOの機関である世界食糧計画の援助によって70年7月から開始された世界最大の酪農プロジェクト「オペレーション・フラッド計画(OF計画)」の成功によって成し遂げられたものであった。

OF計画は、あらゆる目的が込められた貧困除去計画ではない。OF計画の柱は、大きく2つの内容に集約される。1つは、農村部の生乳生産者にとって、価格の保証されたマーケットを大都市に構築すること、もう1つは、品種改良と配合飼料の供給などにより搾乳牛・水牛の生産性を向上させ、生乳の生産意欲を高めることであった。

「緑の革命」は、食料の自給基盤を確立させたという大きな成果を上げた反面、農民の二極化を招き、相対的にはより多くの農家を貧困化させることとなったといわれる。しかし、農地がなくても牛や水牛の飼養は可能であることから、「白い革命」は、「緑の革命」の恩恵にあずからなかった農民や農業労働者たちから、日々の収入源が確保されたとして喜んで迎えられた。

その結果、99年の調査報告によれば、酪農家世帯の15%を占め、生乳生産の19%を担う「土地なし」層の家計収入の過半が、生乳からの収入でまかなわれることとなった。

ただし、1980年以降普及した改良牛経営は明瞭な世帯間格差を伴っていることを岡通(2008)は指摘する。要因は農地所有の分配構造に規定されており、農地不足は飼料不足をもたらし、改良牛の搾乳牛割合を低めている。改良牛導入は土地なしや貧農に適さず、大農のみが改良牛を導入できる。理由として、飼料の売買市場が村内に存在しないこと、村内の大部分の農地を所有するバティタール・カーストがその他のカーストに農地を貸し出さないという習慣による。

参考文献:岡通太郎(2004)「インドにおける改良牛普及格差の要因分析 -グジェラート州中部村落内の社会経済関係からの考察」『アジア経済』45巻4号,21-40.

ピンクの革命

以下は後藤(2018)による。
参考文献:後藤拓也(2018)「ブロイラー養鶏産業の立地シフトと新興産地の形成プロセス」「地理科学』73巻3号,114–126.

インドのブロイラー養鶏産業は,多くの大手養鶏企業が立地する南インドで先行的に産地形成が進むなど、伝統的に「南高北低」の地域性を特徴としてきた。しかし1990年代後半以降、それまで養鶏産業の立地が進まなかった北インドにおいて急速な産地形成が認められる。例えば、北インドのなかでも新興産地の代表例であるハリヤーナー州において現地調査を行った後藤(2018)によると、調査対象地域では1990年代以降、多くの農家がブロイラー養鶏に新規参入し、大規模な「2階建て鶏舎」を相次いで建設するなど、従来の穀倉地帯が大きく変容していることが確認された。しかし調査対象地域におけるほとんどの農家は,ブロイラー養鶏を始めるに当たって,ハード面(鶏舎の建設資金)およびソフト面(飼養技術の習得)において十分な政策的サポートを受けていないことが判明した。そのため,調査対象地域におけるブロイラー養鶏農家の技術的水準は総じて低く,鶏病などの疫病リスクに対して脆弱な産地構造をもっているという課題が明らかとなった。

このようなブロイラー養鶏産業における空間構造変化の背景としては、大手養鶏企業による北インドへの進出と、それに伴う新興産地の形成があったことを指摘できる。

データに関しては第1表、第3表が使用できるか。