農業

Last-modified: 2022-07-10 (日) 16:25:16

交通革命により、重量商品である穀物等の世界市場が成立したため、農業のグローバリゼーションは1870年代ごろに始まった。同時にそれがヨーロッパの農業恐慌を引き起こし、それに対して関税政策が講じられるようになり、さらに1930年代の世界農業恐慌を通じて各国は農産物価格支持政策を採用するに至った。このように、農産物貿易を拡大しつつ同時に国内農業を保護しようとする動きは、戦後のガット体制下でも、主としてアメリカの要求にそって農産物の自由化に数々の例外措置を設け、農業を聖域扱いするかたちで続いた。
それを一挙に反転させたのが1986年に始まるガット・ウルグアイラウンド(UR)であり、1995年のWTO(世界貿易機関)の発足だった。WTO農業協定は、①関税を除くすべての国境障壁を取り払う「例外なき関税化」、②価格政策等をしりぞけ、生産を刺激しない直接所得支払い政策等への転換をせまった。①は関税化したうえでの関税の引き下げ・撤廃による完全自由化を図るグローバル化、②は農業政策のグローバルスタンダードを各国に強いるグローバル化である。
その背景は、アメリカにおける農業の輸出産業化と比較優位化、EUの農産物輸入地域から輸出地域への転換、すなわち農産物過剰の構造化である。これら輸出大国の農産物過剰を世界の農産物過剰にすり替え、その解消のためにあらゆる国が上記2政策を採用すべきという農産物輸出大国本位のグローバル化である(田代 2001a)。
今日のグローバリゼーションは、①情報通信革命、②過剰資本の国際的な流動性を求める金融自由化、③多(超)国籍企業の地球規模での営業の自由を求める貿易自由化・規制緩和・民営化の3つの要因により推し進められてきた。農業のグローバル化にあたっては、③に係る多国籍アグリビジネスの活躍が注目される。多国籍企業の特質として企業内世界分業が指摘されているが、農業については現地子会社による現地生産・現地販売という「複数国国内企業型」が主流とされている(磯田 2001)。


グローバル化する農業に何が起きているか。以下の3点からみていく。
第1は貿易面である。世界の農産物の総輸出額の推移をみると、とくに85~95年に著しく伸びており、とくに穀物以外の肉類、野菜、果実そして調整品・加工品の農産物貿易が飛躍的に高まっていることがわかる。同時に貿易の地域構成が大きく変わった。図表-1では「北米やオセアニア等の輸出地域と日本をはじめとするアジア等の輸入依存地域の2極分化が鮮明になるとともに、アジア、アフリカ等南米を除く開発途上国の農産物貿易収支の悪化が明瞭になってきている」(農林水産省 2002)。農業グローバル化における勝ち組と負け組がはっきりしたのである。なかでも先進国・日本は、こと農産物貿易については完全に負け組・途上国のパターンに属し、世界最大の純輸入国としての地位の「向上」を誇っている。日本はとくに1980年代なかばから肉類、野菜、果実の輸入を急増させ、また輸入に占める加工品・半加工品の占める割合が85年の27%から2000年の45%へと大幅に伸びている点でも、世界貿易の典型である。図表-1の純貿易額の格差の拡大傾向は、食料の貿易依存度の強まりを意味する。
第2に、「食のグローバル化」とともに、各地域・民族の伝統的な食が、ワールド・フードにとって代わられる「食文化のグローバル化」が起きている。これらが随伴したのが、「食の安全性問題のグローバル化」である。日本を震撼させたBSE問題は、イギリスに始まってまたたく間に世界を席巻した。中国野菜の残留農薬問題も中国のWTO 加盟と生鮮品輸出の急増に伴う問題だった。米欧間のホルモン牛肉や遺伝子組み換え食品をめぐる対立も継続している。このような食の安全性問題のグローバル化に対して、コーデックス委員会主導の安全対策のグローバルスタンダードが各国に取り入れられつつあり、安全対策もまたグローバル化した。
第3は国内農業の面である。グローバル化は、国境障壁を取り払い、関税を低め、さらに国内の価格支持政策を制限することにより、いずれの国の農業をもより厳しい国際競争と価格引き下げ圧力に曝すことになった。そのことを一因として各国内部でも、家族農業経営の崩壊と離農、最上層経営への生産や資源の集中が進行している。アメリカではたった1.4%の100万ドル以上販売農場に農業生産の42%が集中し、フランスでは「100ha以上の経営への農地の集積は90 年の26.7%から97年には43.1%に高まった」(石井2002:18)。日本では農産物販売金額別にみるとほぼ全階層的に落層しており、販売なし農家が増えている。要するに米価をはじめとする農産物価格の下落のなかで、ビジネス・サイズの縮小と高齢化のみが進行している。
FAO統計による農業労働力の1985~99年の減少率は、アメリカ22.3%、EU 39.0%、日本 47.6%、韓国51.0%と、とくに先進工業国において著しい。かくして農業のグローバル化は、貿易取引額という利潤源泉を急増させ、自由市場資本主義に「光」をもたらしたが、国際的・国内的な格差拡大、農産物貿易の不安定化、食文化の破壊、食の安全性問題のグローバル化という「影」を生産者・消費者にもたらした。

加盟国数の増加、途上国の多数派化によりWTOの機動性が低下傾向にあるなかで、とくにシアトルの決裂以降、自由貿易協定(FTA)の動きが加速化している。内外の対立、それに拍車をかけるアメリカのイラク先制攻撃による米欧対立により新ラウンドの決着が遅れる場合には、その傾向はさらに強まろう。EUはアフリカをはじめ地域ごとの経済統合体との間にFTAを結び、中国もASEANとの間で具体的な検討に入った。日本も遅ればせながら、シンガポールとの締結を皮切りに韓国、ASEAN諸国、メキシコ等との検討に入っている。FTAは、WTOがめざす完全自由貿易の部分的な先取りとして、WTO以上に強烈なグローバリゼーションの促進であり、農業にとって厳しいものになる。