農業①

Last-modified: 2022-07-23 (土) 09:24:24

高柳ほか

グローバル化とは、世界の制度が地球的規模で統一されていく過程であり、農業に関してはWTOによって貿易が促進されている。日本も多くの品目(ただし米は除く)で関税引き下げや無関税化により自由貿易化が図られているが、アメリカやケアンズグループほどではない。

また、農林水産物の商品では、食品の標準化によって脱ローカル化が進展し、地域色が希薄となった。日本では1960年代以降の高度経済成長期に脱ローカル化が進行し、多角的な生産活動を行っていた農家は専門化が求められ、分業による比較優位・地域スケールの空間的分化を促したが、この脱ローカル化は都市化の時代要請もあって、あまり問題にされなかった。これらフードシステムのグローバル化に対して、先進国ではローカル性を強調する動きが近年みられる。移民で形成されたアメリカは地域的個性が小さいため、アメリカでは社会的運動という側面が強いが、ヨーロッパでは地域文化の内発的再生(AFNの提唱)という性質を帯びている。日本ではヨーロッパ的な側面に加えて、グローバル化への対抗といえるが、逆にヨーロッパは反グローバリゼーションを意味するものではない。グローバルスケールの脱ローカル化の問題は次の2点である。

  • 脱ローカル化が、農村地域を経済的に疲弊させ、地域社会を衰退に追い込んでいる。日本は国際的に比較優位となる農産物がほとんどなく、人口・経済の大都市集中が加速される可能性があり、農産物・食品貿易では圧倒的に輸入が多く、極めてアンバランスな貿易構造であることが(食料自給率の低さより)深刻。他方でヨーロッパは国境を越えて農産物が流動し、アメリカも世界最大級の食料供給国である。
  • グローバル化の中でナショナリズムが喚起されている。食品は国民・地域住民のアイデンティティと深く関わっており、日本でも米の無制限な市場開放を拒んできた。

真実

WTOには、助成金は生産刺激的だとして制約する規律が存在する。この規律を無視した国の農業保護政策は国際交渉時に問題視されるであろうが、輸入陣営の観点からある程度の範囲は許容するように規律改善を求める必要がある。このロジックに説得力を持たすためには、アジアの国々とのコミュニケーションが大切である。生源寺は、農業保護政策にも節度が必要で、許容されるべき政策と削減されるべき(過剰な)政策を区別する。選択的な財としての食料は市場経済のメカニズムに委ねても良いが、必需品の食料は必要量が確保されている必要があり、確保のための政策は容認されるべきであるとする。保護政策をめぐる真の問題は、食料安全保障の確保に必要なレベルを超えた過剰な農業保護政策だと考えられる。

食のグローバル化の進展で世界中から食料が輸入され、日本の低い食料自給率が海外への食料依存を反映している。農産物の輸出額は輸入額の1割にも満たないが、近年輸出は増加のトレンドのもとにある。輸出先の7割は、世界の成長の牽引役を担うアジアであり、明るい未来に繋がる要素が含まれている。特に東アジアには食文化の共通項が多く(米・麵類・発酵食品)、日本は高品質農産物に優位性をもち、アジアの国々が経済成長で農業競争力を失っていく点で有利である。先駆的な農家・地域ではアジアに標準を合わせた取り組みが活発に行われており、青森県のリンゴ、帯広かわにし農協の長芋がその例で、味噌・醬油、中国への粉乳・牛乳、アメリカ向けの緑茶も堅調である。成長著しいアジア向けを中心に農産物・加工品の輸出を増やすことは日本農業の活性化につながる。市場開拓は民間のパワーで進めながらも、政府は検疫制度の調整、食品表示の制度・運用を支援する必要がある。

農と人間

FTA(自由貿易協定)からEPA(経済連携協定、TPPもEPAの一つ)への移行のように、21世紀に入って自由貿易をめぐる交渉が質的な転換を遂げてきた。このシフトは、物・サービスの流れをめぐる国境措置の問題から競争政策のあり方をめぐる国内制度の問題へと、交渉の領域を拡大する流れであった。WTOも、それ以前のGATTの交渉とは異なって、国内の農業政策にも規律を課した点で、同様の流れをみることができる。この規律は、農産物の価格支持など生産刺激的な政策に対して新たな制約を設けるもので、背景には1980年代に深刻化したECとアメリカの貿易摩擦がある。貿易摩擦の要因として、国内の過剰な保護政策が存在したとの認識があり、この問題を原因にまで踏み込んで改善しようとしていた。日本もWTOの農業協定を受け入れたが、国内制度のあり方まで踏み込んだ交渉は、特定の国の社会的規範を軸に地球社会全体の制度を画一化する動きへの懸念を高めている。グローバル化に対する警戒感であり、端的にはアメリカナイゼーションへの警戒感である。国の個性を前提とする国際化とグローバル化は似て非なるものであり、国の制度に関しては国民の主体的な判断に基づいたものでなければならない。

生産の伸びを上回る消費の変化が食料輸入の増加に結びついた。ここで輸入を可能にした農産物の自由化の流れを解説する。最初の波は1960年代前半で、大豆・生鮮野菜・鶏卵の自由化が行われた。大豆の自由化はその後の輸入拡大に結びついたが、生鮮野菜と鶏卵は高い自給率を維持している。次の波は1970年代前半で、グレープフルーツ・豚肉・ハム・ベーコンの自由化が行われた。第三の波は1990年前後で、プロセスチーズ・牛肉・牛肉調整品・オレンジ・ジュース類の自由化が行われた。率に違いがあるが関税の支払いで輸入が可能になり、現在ではどの品目も小売店で購入できる。これらの流れは民間貿易についてであるが、農産物の輸入については国家貿易の存在も大きい。乳製品や小麦・大麦については政府が輸入量をコントロールすると同時に、売買差益を国内農業の助成財源に充当していた。ウルグアイラウンド合意移行は麦・乳製品の輸入数量制限は廃止されたが、低関税輸入枠で国家貿易は存続している。高率関税を課した枠外の民間輸入はほとんど行われていない。食料消費の驚異的な変化が輸入品への依存度を高めたことは間違いないが、逆に輸入食品と接することで食生活に変化が生じ、国内の農業生産に影響が及ぶ場面もあった。例えば、オレンジジュースは自由化により国産果物に代替して気軽に飲めるようになったし、海外からの安価な牛肉は都市部の牛丼チェーンに定着している。様々な輸入食品と触れることで日本の食生活の幅が広がったのである。

食生活の変化は、加工食品の購入や飲食店での食事も含まれる。時子山(1999)によると、既婚女性の雇用者比率や平均世帯員数に着目すれば、外食・中食への依存度の高まりは社会現象として理解できる。加えて、電子レンジのような新技術の家庭への普及も重要な要因だと指摘する。一方で、変化する食生活を供給側から支える加工食品や外食サービスの取り組みも目を見張るものがある。食品製造業の研究開発で加工食品のジャンル(例:即席麵)が次々と生み出され拡充し、外食・中食は新メニュー草案に加えて従来とは異なるビジネスモデル(例:フランチャイズ型外食チェーン、コンビニ型小売店舗)がこれに寄与している。厚みを増した食品産業が、現代日本に豊かな食生活をもたらしたことは疑いを容れない。しかし、食品の素材産業である農業や漁業と消費者との間に加工・流通・外食のステップが複雑に形成されることで、食品生産・供給プロセス見えにくくなった。また、食と農の距離は海外からの輸入農産物が増えたことで、空間的に拡大した。日本の消費者は食材の原産地に対して強い関心を寄せるようになっている。

未来

食料自給率の低下には3つの局面がある。
第一の局面は1960~1975年で、穀物自給率の低下。
第二の局面は1985~1995年で、プラザ合意以降円高で割安となった輸入農産物に国産農産物が代替されたことや、バブル経済に突入したことにより低下。野菜・肉類・果実の輸入自由化が激しい貿易戦争のもと進んだ結果、農業総産出額は1984年をピークに減少していった。
第三の局面は1995年~現在に至る自由貿易の促進。多角的な自由貿易体制を強化するWTO(世界貿易機関)の発足とそれを補完するFTA(自由貿易協定)、EPA(経済連携協定)の推進、さらに近年は、他国間による広域的なメガFTAの締結に向けた動きが活発。日本は2018年にTPP11、2019年にEU・EPAを発効し、現在は日中韓FTAやRCEP協定が交渉中である。これらグローバル・フードシステムの形成は巨大企業が国境を越えて経済活動をスムーズに行い、利潤を追求できるルールづくりのもと進められている。

消滅

内田聖子はメガFTAが抱えている困難を次の5つに整理した。
①貿易協定が関税中心だった「貿易」の枠組みを越え、サービスや金融、投資の自由化、それに伴う国内制度改革を強いる「ルール」へとシフトし、交渉範囲が非常に広くなっていること。
②交渉参加国の経済発展段階や規模には大きな差があり、先進国と多国籍大企業が求める強い自由化ルールに全ての国が同意できない。特に途上国を含む場合、公衆衛生や公共サービス、国有企業などの分野で対立が鮮明となること
③先進国もこれまでの自由貿易推進に伴い国内産業が空洞化し雇用が海外へと流出し、格差も広がっている。そのことの捉え返しとしての自由貿易批判が各国で生じていること。
④既存のISDSの非民主性・不公平性が、どの貿易協定でも市民社会から厳しく批判されていること。
⑤民主主義に反する秘密交渉についても、市民社会も国会議員からも批判が起こっている。ビジネス界は交渉内容にアクセスできる一方で、市民社会の多様なステークホルダーには秘密という非対称性への不満が高まっている。
貿易・投資の急進的な自由化によって、格差が広がり摩擦が拡大している今日、日本は改めて対外経済戦略を見直す必要がある。市民社会に受け入れられる経済連携、共生重視の方向を目指すべきである。21世紀にアジアは最大の成長が予想される地域であり、日本は積極的に外交上のリーダーシップをとって、アジアにおいてNAFTA-TPP型(新自由主義的な性格)でない公正な新しい連携を作るため努力すべき。TPPによってアジア地域は分断されているが、アジア地域の経済連携の枠組みは分断でなく地域の一体性を高めるべきである。そして、貿易・投資の次元にとどまらず、自然資源など地域共有資産の管理運営や政策の共通化について議論を深め、農業・食料・環境・エネルギーなどエコロジカルな要素を重視するべきであり、その先に新自由主義的な経済連携とは異なる環境共同体としての東アジア共同体形成の展望が開けてくる。そして、21世紀のWTOは、貿易自由化の推進役としての役割だけでなく、環境破壊や格差拡大など貿易の負の側面への対応を重視する「持続可能な発展のための国際経済機関」へと展開していく戦略を考えるべき。

招待

日本は、農業産出額では世界9位だが、輸出額では56位、輸入額では5位となっている。産出額が上位の日本は、輸出額が極端に少なく、輸入額だけが多い特徴をもつ。2017年の輸入元の上位5カ国は、アメリカ・中国・オーストラリア・タイ・カナダであり、これらの国で輸入額の5割強を占めている。輸入農産物の品目は主として原料農産物や肉類が多く、特定品目の特定国への依存傾向(牛肉はオーストラリア、菜種はカナダなど)が顕著である。