あげツバ

Last-modified: 2023-06-26 (月) 21:24:52

1

「あっ、おはようございますツバサ君!朝ごはんできてますよ!」

ある日の朝、ふと目が覚めた僕が巣箱から顔を出すと、
ソラさんが挨拶をしてきてくれた。

「ありがとうございます!すぐ行きますね!」
いつも通り、鳥から人間の姿に変わろうとする。

………

………?

〰〰〰〰〰〰!!!

「どうしたんですか?ツバサ君」
「───ない…」
「………?」
「変身できない!!!」
突然の事態に思わず叫んでしまう。ソラさんの表情が固まったように見えた。

「それで?こうなった原因に心当たりはあるの?少年」
食卓を囲みつつ、あげはさんが訪ねてくる。

「いえ……」
僕はうなだれた。本当に心当たりがなかったからだ。
「ねぇ、昨日はどうやって過ごしてたの?」
ましろさんの言葉を受けて、一日の行動を思い出してみることにした。

えっと……
早朝はソラさんと一緒にランニングとトレーニングをして、
朝ごはんの後に屋敷の掃除と買い物のお手伝いをして、
その買い物の途中にたまたまランボーグに出くわしたからプリキュアとして戦って、
帰ったらプリンセスの遊び相手をして、
夕方に鳥の姿で屋根から飛ぶ練習をしていて、
それをうっかりあげはさんに見つかってもみくちゃにされて、
そのせいで飛ぶ練習を仕切りなおす羽目になってしまって、
夜ご飯の後に復習を兼ねて研究室で航空力学の勉強をして、
それから巣箱に戻って寝たと思います。

「……」
「……」
「……」
全員が何か言いたそうな表情をしていた。
プリンセスだけがきょとんとしながらミルクを飲んでいる。
────あれ、何かおかしいこと言ったかな…?

「えっと……働きすぎ。じゃ、ないかなぁ」
「へー、あげはさんとも遊んでいたんですねツバサ君!」
「───だからあの時はごめんってば!少年!!」

……

「……確かに疲れが溜まっている、というのはあり得るかもしれません」
「……時間が薬だって、少年!」
ソラさんとあげはさんが仕切りなおして言った。
────そういうものなのだろうか……。確かに予定を入れすぎた感はあったけど…

……これ以上このことを考えてもしょうがないので、僕は朝ごはんに手を付ける。
『夕凪ツバサ』人間の僕としての食事は、食べられないことはないけど、
……実はちょっと食べづらい。
羽根とくちばしを使って、もそもそとトーストをつつき始める。

────好奇の目を感じた。

見るとあげはさんがうずうずしながらこちらをじーっと見ている。
……嫌な予感がする。

その後、「……ねぇ少年!携帯で連写させて!!この通り!!」というあげはさんの頼みを全力でお断りする羽目になってしまった。

2

「────やっぱり我慢できない!!」
油断した隙に再びあげはさんに捕まってしまい、後ろから抱き付かれてしまった。
「あぁ、いつ見てももふもふできゃわたん…♡」
「うわあぁぁぁぁぁぁあ!!」
顔をうずめられる勢いで頬擦りされたので、思わず叫んでしまった。
バタバタともがいたせいで羽根が少し抜け落ちてしまう……
「ふふっ、嫌がる少年もこれはこれでかわいいよね♪」
今度は頭をぐりぐりと撫でられた。
あげはさんの手から何とか抜け出そうとしたけれど、なかなか離してはもらえなかった。
……あ、今連写された。

「……そのくらいにしてあげたら?あげはちゃん」
ましろさんの言葉で何とか事なきを得る。
「ちぇ~、残念…」あげはさんは大人しく引き下がってくれる。
「ツバサ君は、エルちゃんと一緒に屋敷でゆっくりしていてください!予定していた買い物へは私達が行ってきますから!」
ソラさんがそう言ってくれたので、僕はお言葉に甘えることにした。

「プリンセス。よかったら僕と一緒に絵本でも読みませんか?」
皆さんが出かけたのち、僕がプリンセスに声をかけると、プリンセスは「えるっ!!」と嬉しそうに返事をしてくれた。

3

『───こうしてお姫様は王子様と幸せに暮らしましたとさ。めでたし、めでたし。』
絵本を読み終えると、プリンセスが笑顔でぱちぱちと手をたたいてくれる。

プニバードの姿で絵本を読む機会は、滅多にない。
目線が近いので、プリンセスの顔もずっと近くにあって、少しドキッとする。

「じゃあ、今度はぬいぐるみを持ってきますね!」
僕はいくつかのぬいぐるみを取りに向かった。
いつもと違い、ぬいぐるみも今の僕の身体と比べるとずっと大きいので、運ぶのにも一苦労だ。

やっとの思いで戻ってくると、プリンセスがいなくなっていた。
「……あれ?プリンセス、どこへ……?」
僕が気になって辺りを探してみると、飾り棚に向かって歩こうとしているプリンセスを見つけた。
上に大きな花瓶が飾られている。
「────!危ないです、プリンセス!」
僕の呼び声に反応してプリンセスが振り返ってくれるも、その時に身体の一部が当たったのだろうか、花瓶がぐらりと揺れてプリンセスの頭上に落ちてくる。

「わ゛〰〰〰〰〰〰〰〰〰!!!ストップストップ!!!!!」
僕は全速力で花瓶の下に滑り込む。

間一髪プリンセスを守ることに成功し、花瓶も何とか割れずに済んだけれど、
受け止めた衝撃で花瓶の中の水が揺れ、僕はまともに頭から水をかぶってしまった……

────やってしまった……。今のこの身体じゃあ、一人で片づけをするのも難しいし、あとで謝って誰かに手伝ってもらおう……
僕はうなだれつつ、頭と羽根を震わせて身体の水気を飛ばす。

気づくとプリンセスが今度はテーブルのクロスに興味を持っていた。

「プリンセス!待って────………」

遅かった。

プリンセスが引っ張ったテーブルクロスはずるりと落ち、大急ぎで追いかけてきた僕の頭上にまともに覆いかぶさって来た。

「〰〰〰〰〰〰〰っ!!」

─────抜け出すのに時間がかかってしまった。やっとの思いで脱出し、ぜいぜいと肩で息をする。

プリンセスはすでに、開いていたベランダから外に出ようとしている。
「待っ……待ってください、プリンセス〰〰〰」
僕は慌てて後を追った。

4

庭先に野良猫が入り込んでいた。
プリンセスが瞳を輝かせながら近づこうとしている。

「!!……危険です、プリンセス!!」
僕は思わずプリンセスの服の裾をつかんだ。

「ひっかいて、くる、かも……しれないです〰〰〰〰〰〰!!!!!」
見るものすべてが新鮮なプリンセスの好奇心に打ち勝つことができず、
逆にプリンセスに引っ張られてしまう形になる。

猫はそんな僕たちを見て奇妙に思ったのか、あっさりと逃げてしまった。
プリンセスは残念そうにしていたが、僕は疲れてひっくり返ってしまう。

─────その後も、プリンセスを守ろうとして石に躓いたり、池にうっかり落ちそうになったり、プリンセスに近づいてきたカラスに間違えてさらわれそうになったり(そのカラスには後でよーく言っておいた)と、何かとトラブルに巻き込まれ続けた。

「……へー、そんなことがあったんだ。道理でボロボロなわけだ」
あげはさんが僕のお腹をフニフニとつつく。

────残念ながら今の僕には抵抗するだけの元気がなかったので、あげはさんにされるがままになっている。

「あれ?何も言ってこないんだ……?」

…………

「───じゃあ今ならつつき放題ってことだね★」
あげはさんの瞳が好奇心で輝いた……ように見えた。

や……厄日だ……
いつもならあんなミス絶対しないのに……
本っ当に疲れが溜まっているのかもしれない─────

僕は気が遠くなるような思いがした。

因みに、その晩の食卓において、再びあげはさんに連写をせがまれ、全力でお断りする羽目になってしまったのは言うまでもない─────。