第九世界 -レト?
部屋に戻ると、少女は目を覚ましていた。
「大丈夫か?」
こちらを見て呆然とする彼女に声をかける。しかし、返事がない。現状把握でもできていないんだろうか。
「名前は?」
少女はすこし口を開き、しかししばらくしてから目を伏せる。
――――記憶でも、失ったのだろうか。
私は机の上にある箱を手に取り、彼女に渡す。
その箱は少女が持っていたものだ。箱なのだろうが、どうやっても開かない性質を持った一種の封印。彼女はそのことを知っているのか知らないのか、受け取ったそれを大事そうに両手で包んだ。
一体、あれは何なのだろうか。気絶して倒れている時にも手に握ったままのほど価値のあるものなのだろうか。
その箱をしばらく見つめてから彼女は顔をあげた。なにか物言いたげな目をして。私は察して、説明する。
「ここはとある教会の、とある神父の部屋だ。――君、喋れないのか?」
記憶を失っているのか喋れないのか、なんて思いながら訊くと、彼女は首を振って答えた。
「しゃべれ、る」
弱々しい声だった。いや、弱々しいだけじゃない。大分かすれていた。
そうか、水――だな。
冷蔵庫から貯め置きしてある水を取りだし、適当にコップに入れて手渡す。すると彼女は慌てた様子でそれにかみつき、水を飲み始める。そして慌てすぎてむせた。
さらにその勢いでこぼした。
「…………」
壁にかけてあったタオルをひとまず渡し、とりあげたコップに水を入れなおしてストローをさす。
「ご、ごめんなさい」
彼女は服とベッドをタオルで拭きながらそう謝った。声は少し、回復している。
「まあ、気持は分かるがゆっくり飲むのが一番だ」
再び手渡して、私は机に向き直る。呼び出されるまで進行させていた仕事は、まだ二割ほど残っていた。その仕事の傍らには国から送られてきた、黒い封筒。特殊な依頼書だ。
「――あの」
その依頼書の中身を確認しようとした時、少女の声がした。振り返って言う。
「どうした?」
「えっと、あなたは、誰?」
「さっき言ったどこかの神父とやらだ」
私は黒い封筒を取りあげて中身を取り出して、読み始める。
「なま」
「カラヌイ。君は?」
「…………私は、」
彼女はそこで再び目をうつむかせる。
「その様子じゃ見寄もなさそうだな。……ちょっと休んでろ。客が来てる」
彼女にそう言って部屋をでる。その客とは、この黒い手紙の差出人だったりする。
依頼書の内容はこうだ。この教会のある丘の周辺で第十世界の住民を確認。悪魔狩りの部隊を派遣したから彼等に協力しろ、と言う内容。その悪魔狩りの部隊は、手紙のついた昼に来やがった。
「…………んー、遅えぞカラヌイ」
廊下の暗闇の向こうから聞きなれた声。反射的に私は応える。
「礼拝堂で待ってろと言っただろ、グレイブ」
「大丈夫だよ、プライベートなところまで侵入らねえって」
陰りに溶けこむ様な黒色が廊下の中心に立っている。それは私の長年の仕事仲間であるグレイブだ。見掛けるといつも黒色を基調とした服装をしている、精神に疾患がないか気になる大男。目だけが青色だから奇妙な静寂感を常に漂わせている。性格は陽気な奴なのだが。
「それでもあまり良くはない。そもそもお前にプライベートが識別できるとは思えん」
「それは悪かった、カラヌイ神父。だけんどこの教会に迷惑をかける悪魔狩りの隊長としてお前に相談があるんだ」
「それはちょうど良かった、こちらからも相談がある。おそらく同一の疑問だろうからそちらからどうぞ」
「あーそれは奇遇だな。――――どう協力して貰える?」
「同じ内容を返そう。どう協力しろと言うのだ」
しばしの沈黙。お互いが顔をそらしたまま相手の目を睨みつけつつ、相手の出方を伺っている。
そして同じようなタイミングで折れ合った。
二人とも近い壁に体を預けて、溜め息を吐く。
「念のため聞いておくグレイブ。この辺りに奴らが出たと言うのは本当か」
「確証性?今回は珍しくそんなのねえよ。まあ調査をいれるにしてもこの辺り調べる奴らがいないしな。なんでだ?」
「悪かった。私が報告書をさっきまで書いていたからだ」
「――カラヌイ。そろそろ危なくないかお前」
「いや、報告書の期日はまだだ」
「なんだよソレ。わけわかんねぇ……混乱させるんじゃねえよ。とりあえずそっちの経緯を教えてくれ」
グレイブは壁から体を離した。私は別の依頼書を取りだし、闇に輝く金字を確認しながら経緯をかたる。
「国からの依頼書が届いた。この辺りに第十世界の住民が出現したという噂の確証性を調査し、四日後までに提出しろと言うもの。私は暇だったために即この辺り一体を捜索、結果なにもなかった。それが昨日。そしての今日は省略」
「グレイブ、まだなのか」
と、状況説明の終了を見計らった様なタイミングで何者かが更に現れた。グレイブの向こうの方、礼拝堂へと続く扉から。
グレイブが声を聞いただけで舌打ちをした。嫌いな奴なのか面倒な相手なのか……後者だろうと私は判断する。このグレイブという男、およそ全ての人という人を嫌っているのだから。
彼は舌打ちの音を消すように足音を立てながら振り返る。私も人物を確認する。背の低い禿頭の男だった。
「わお、おいでなすった。まあまあ落ち着きください国家特務員様」
国家特務……?
「しかし何ですか、特務。調査書がまだないというから出てきましたのに、話によれば調査書の期日はまだとのこと」
グレイブが似合わない敬語を使っている。こいつは例え国王にすらも敬語で話さないと言うのに――この禿頭の男、一体何者なのか?
「グレイブ、お前こそどうしたんだ。急に敬語なんか使い始めたりして」
禿頭の男が目をしかめながらグレイブに言った。……敬語はただのちゃめっけだったらしい。期待して損した気分だ。
「してグレイブ。そちらの男性が、この教会の?」
抑揚のない声で男はグレイブに私の素性を聞く。
「ィエスボス。カラヌイ神父といって、俺の知り合いだったり」
そうか、と男は頷き私に初めて目を向けた。声と同じように抑揚がない瞳。それはとりもなおさず、感情の起伏が平坦であるということか。
「カラヌイ神父。私は国家特務員のスカープだ」
国家特務――殺しなどの任務も、多いのだろうか。
「わざわざこんな辺境までおいで頂き恐れ入ります、スカープ様」
「敬語はいい。君が普段話している言葉で話たまえ、カラヌイ神父」
私はそれはそれは、と一礼する。…………どうみても神父らしいのはアンタの方だ、スカープ様。
「しかしそうだったな、報告書の期日はまだだったな。それなのにおしかけてすまなかった、神父」
「スカープさん。報告書はまだ書き終えてはないが、現状把握だけなら今のまま提出は可能だ」
「そうか、では見させてもらおう。それとファーストネームだからMr.はいらない」
私は了解し、書きかけの報告書がある自室へとスカープを案内する。部屋には門前で倒れていた少女がいるが……まあ問題はないだろう。
「あれ、俺はー?」
「そこで待機してろ、グレイブ」
スカープがそう告げると、グレイブは返答もないまま壁にもたれた。抑揚のない声というのはこういうときに便利だ。
私はドアを開ける。ベッドの上の少女はこちらを好奇心にかられた目で見つめていた。その手には、あの箱もある。
視線を彼女から机の上に移して書を確認する。と、その時視界の端に黒いものがあった。
私の体はそれを認識したと思う前に動いていた。視界の隅に写ったものを振り上げる腕で弾きあげ、さらにその下の空間へ蹴りをぶちこむ。
パァンッ!
乾いた軽い音が蹴りと同時に発生。それは銃声だった。私はそこで後ろに振り返りつつそのまま発砲した者を攻撃する。
「逃げろ!」
次の攻撃の前に私は叫んでいた。対象はもちろん少女である。
スカープがこの部屋に入ったなり、いきなり彼女に向けて発砲したのだ。邪魔された銃弾が天井に刺さったのは、無意識的に把握してある。
スカープの水月狙って拳をねじり込ませる。しかしそれは左腕にガードされた。と、背後でガタッと音がした。少女が窓を開けたのだ。そして奴の右手が再び彼女を狙っている。殴られながらも狙いを定めるとはコイツ――!
再びの銃声。奴の右腕が衝撃に耐えられず跳ね上がる。当たり前だ。手に持つ銃をゼロ距離で撃たれたのだから、それでも銃をホールドさせているというのが怪物じみている。
これでしばらくは右腕は使えないだろう。だがそれは私も同じである。
「――くッ」
まだ銃を抜き取ったばかりの形で撃った衝撃は、この右腕から知覚を根こそぎ奪っていた。
互いに体勢が崩れる。私は後ろ向きに転がり机の脇へ移動して次の攻撃に備えた。しかしスカープは私や右腕のことを無視し、彼女が逃げた窓へと駆け寄っている。その時ついでグレイブが部屋に駆け込んできた。彼は床に転がる私と窓に迫るスカープを見比べて、呑気な声できく。
「何やってんだぁ、お前ら」
「グレイブ。今すぐ悪魔狩りを出動させてこの辺を捜索させろ」
スカープが相変わらず平坦な声で告げる。
それに、え?、と疑問を出したのはどちらだったか。
「ターゲットは白のワンピースに黒の長髪、そして青い目だ」
「なんだそれ、黒髪に青い目って俺みたいな奴。ワンピースに長髪ってと女か?美人?」
こんな時に何きいてるんだよグレイブ。
「人の女に見えるが、そいつは男でも女でもない。第十世界の住民の――悪魔だ」
なんだって――?
私は声をあげようとしたが、右腕の衝撃が声をも絞りとっていた。とてつもなく肘と手首が、呼吸だけで痛みを響かせている。
奴は振り返り、右腕をおさえる私を視界の端に留めながらグレイブに命令を復唱する。
「グレイブ。例の通報されたのがそいつだ。さあたむろする悪魔狩り達に役割を与えてやれ」
re-wrote;2007/04/30
続き→[第九世界-2]
- 生長小説用に不要部分を削除して直接スイッチ(ここではまだ「箱」ですが)を巡る部分のみアップ。ついでに不要部分と判断してコメント削除させてもらいました。しかし3点リーダーがやや違和感っ。 -- レト? 2007-04-30 (月) 20:32:13
