第九世界-2

Last-modified: 2007-06-19 (火) 20:31:52

第九世界-1-レト?

 離れた町から正午の鐘の音が聞こえる。少女捜索を初めて二時間弱、出払った悪魔狩り隊員二十余名からは未だに何も連絡がきていなかった。
 礼拝堂には今、私とグレイブとスカープが待機している。
「まだなのかよ、あいつら。ったく娘一人ごときにドンぐらい時間かけてんだ。ほいアンパッサン」
「グレイブ。この教会を囲む森は特別複雑だからしょうがないとは思うが。……と、チェック」
「うわ!……俺には森なんてどこも同じだと思うけどな。スカープさんそうなのかい?」
 グレイブはチェス盤を睨みながら上官にきく。常にこんな態度でも悪魔狩り部隊長からの昇格を何回も蹴ってるというのだから完全実力派と言うのは恐ろしい。スカープはグレイブが駒を動かすのを待って答えた。
「ああ、木の生え方や地面の凹凸、目印となりうるオブジェによって大分差が出てくる」
「まあそういうわけだ。しかし二十人を考えるといささかかかりすぎだとは思うが。――ほい、ナイトフォークでルークもらい」
「ぎゃあ最後の主力が!」
 最後の主力ってお前。
 クイーンがまだ残ってるだろう、e8に。
 なのにむしろクイーンの邪魔をするようにまた動かしやがった。
「……おい。クイーンが生きてるだろ」
「は?」
「今だけ『まった』を許可するぞ?」
 後手なのにクイーンを出し惜しみするんじゃねえ、と笑顔に浮かばせながら私は提案した。しかしグレイブは、
「――あー」
 と顔をそらすだけだった。するとそれまでを一部始終傍観していたスカープが代弁する。
「カラヌイ神父。彼はクイーンを使わないと自分に枷をはめているんじゃないのかい」
「そうか、よし、Sプレイに変更だ。グレイブ――――その稀少な思考回路を一つ残らず焼ききってやるからドンと座して待て」

 
 

「さて、どうするかね。神父」
「はい?……ああ、少女ですね。見に行くしかないでしょう」
 私はチェス盤を見やった。残っている黒駒はクイーンのみ。キングはチェックメイトをかけられていてお陀仏だ。
「私は行くが、そこでのびてる輩はどうする?」
「置いていくしかないでしょう。意識があっても思考できなきゃ死体です」
 絶命確定のキングの向こうで、グレイブが目を白い点にしてのびていた。時々細い三日月型に変形した唇の端がピクッとはねあがったりしている。誰がどう見ても再起不能と判断するだろう。
「そうだな。では先に行ってるぞ、神父」
 スカープの声は、遠かった。私が驚いて礼拝堂の中を見渡すと彼の姿は既に出入り口のすぐ脇にあった。そしてそのまま扉を開けていく。
 いつのまにあそこまで移動したのか。私はそんな疑問を投げ掛けるのを拒否して部屋へと戻るべく、巨大な神を模した彫刻の脇に控える扉を開けた。昼間だと言うのに廊下は薄暗く、小窓からさしこむ日光がこの世の全てかのような印象が入る度に起こされる。廊下を歩き、時々日に見つかりながら二三時間前の出来事を思い返す。
 スカープが発砲したあの少女は、今朝この教会の前で倒れていた。水やりに行こうと出たらすぐそこで倒れていて、思わず踏みそうになった。……そういや、まだ水やれてないな、花。少女の一件が済んだらちゃんとやるか。
 そしてスカープが彼女を見た途端発砲したのは、彼女が一つ上の世界――第十世界の住民だと言うのだが、私は信じられない。第十世界の住民と言えば容貌は私達第九世界の者々とほど遠く、角や翼を持ってたりおよそ人としての形を間違っているため、異貌なる者だとか端的に悪魔だとか称されているのだから。
 部屋の扉を開け、少女が開けた小窓も閉める。物事を秘密裏に行いたいのなら怠ってはならないプロセス、密室を作り上げることを完了させたら、机の上を整理して錠を解除する。別段目に見えた変化がしたりカチッと音がしたりするわけではないのだが、これで開かれた。私は机の一番下の引き出しを開けて中のものを取り出した。それは弾丸だ。仕切られた引き出しから弾を計七発取り出したら、錠などを普段の状態に戻して教会の裏出から外に出た。
 法衣に仕込んだナイフやらワイヤーの位置を確認しながら、ここを囲む森へと身を沈ませる。
 そして異常がすぐそこにあった。
「…………うひゃあ」
 複数人の無惨な死体だった。装備を見る限りこいつらは……グレイブの隊員か?しかしなぜ、それが三人分も……?
 遺体をよく調べてみる。目立つ外傷は、大きく切り裂かれた胴体中心部。酷いものだと、背骨でやっと繋がっているまでものものも。一体どんな凶器で切り裂いたのだろうか。
 剣にしては荒すぎる断面。まるでこれは獣に裁断されたかのような、肉の散り方――
 まさか。これは、あの少女がやったのか?戦闘を行わないままにしてこの三人を葬ったのか?
 そんなこと――第十世界の住民と言えど不可能だ。
 ……三人の死者を仰向けに寝させたら、法衣のしたから三つの小さなロザリオを取り出した。それは私のもつ唯一の埋葬神式。一つずつ彼等の胸に乗せて、ついでまぶたを閉じさせる。そしたら一歩ひいて(となりにいると巻き込まれる可能性がある)発動の要となる神言を述べた。
「――“我が盟友の記憶を弔いたまえ”」
 ロザリオが光へと解体され霧散した。それに見習うように三人の死体も数条の光となって地面へと吸い込まれていった。あとにはただ血溜りが残される。
 ――さて、どうするか。彼等を殺ったのが本当に少女だとするのならば、グレイブの力が必要だ。先程チェスで散々ダメージを与えたが流石にそろそろ回復しているだろう。
 振り返って森をでる。木々に囲まれた草原に佇む我が根城へ、更なるな異常をに銃を手にして歩み寄る。
 その空には、穴が開いていた。

first wrote;2007/05/09
続き→[第九世界-3]