Episode1 「俺は機会を捕らえてしまった」

Last-modified: 2011-02-25 (金) 12:24:29

誰でも機会に恵まれない者はいない―――ただ、それを捕らえられなかっただけだ

もしそうだとしたら、俺はあの時機会を捕らえられなかったのだろう。
今更後悔することなどない。
あれから俺は県立零崎高等学校に進学した。
帰宅部、ということもあいまって、何かに熱中することもなくなり、ただ無味乾燥な毎日を送っていた。
今日から2年になったのだが、そんな事すらどうでもいいとしか思えない俺がいた。

俺はセンター試験を来年に控えたわけで、一応通っている予備校(っぽいもの)の階段を、気怠い足取りで上っていく。
サンダルを適当に脱ぎ、ドアを開く。

と、俺の思考回路はそこでフリーズした。
…誰だ、毎日がどうでもいいなんて言ったのは。

…そう、俺の席の後ろ側。
セーラー服にカーディガンの小柄な少女…かなり見知った顔が座っている。
入ってきた俺に気付いて、小さく手を振っている。

………いやなんで、姫歌がここに居るんだ!?

学園
Episode1は機会を捕らえてしまった~

女の子が座っている。
それ自体は何の不思議もない。
知り合いが座っている。
それもどうってことない。
高校生に混じって、中学生が座っている。
…まぁ、なんとかアリな方だろう。
俺の後輩が、…もとい俺の弟子が、周(あまね)に絡まれて(?)いる。
……いや、全然よくねーよ!!!

ワックスで立てられた髪は、微かに茶色に染まっている(茶髪にしようとしたが、色が上手く入らなかったらしい。諦めろよ)。
耳にはピアス穴。だらしなくあぐらを組み、ケータイをいじりながら巻き気味の間延びした口調で姫歌と喋っているこいつが、橋山周。
俺たちの中で、唯一紅葉ヶ丘高校に進学した1年。
どう見ても教師に快く思われていそうな雰囲気ではない。
そんな奴が、俺の後輩に親しく話しかけている。

「…………………………。」
絶句する俺。
「?」
笑顔できょとんとする姫歌。
「おっ?おっ!?」
俺と姫歌の顔を交互に見つめる周。
そして、はっとした顔でこっちを向いた。
「そうか!!アンタら壱中出身か!!
てことは、彼氏の登じょ――」

周を黙らせるのに、そう時間はかかりはしなかった。

空高く舞った周は、そのままどしゃりと床に墜落する。
俺は拳を下から突き上げた体勢のまま―周を突き上げた体勢のまま―ぜぇはぁと乱れた息を整えることもせずに唸るような低い声でそのメガネに問いかける。
「だぁぁーれが、彼氏だってぇぇ……?」
言葉にした瞬間、俺の中で何かがぷっつりと切れた。
「てめぇ周ぇぇぇ!!!俺に彼女なんざ居ねーと知ってのイヤミか!??ぶっしばくぞコラぁぁぁぁ!!!!」
がっつりと極めたヘッドロックを離しはしない。
ぶんぶんと左右に振りたくってやる。
そんな俺を見ながら、真紀ちゃん―俺ら高校生の中では最年長―が
「今のはコークスクリューアッパーカットね…早くてよく見えなかったけど」
とか呟いていた。
んなこたぁ知るか知るか知るかーー、天誅じゃぁぁぁ!!!
ぎゃあぎゃあと馬鹿騒ぎしているうちに、姫歌がじぃぃーっと俺らを見ていることを思い出し、慌てて周をほっぽりだして席に着く。
向こうでは、真紀ちゃんと佳音が「ねえ、もしかして圭一ってさぁ…」「うん、同じこと真紀も考えてた」とかなんやら言っていた。俺がどうしたって?わけがわからん、スルーに限るな。…女はみすてりー。

しばらくしてから、後ろから「あの…大丈夫?」と姫歌がおずおずと声をかけてきた。
さっきまで暴れまくっていた先輩の身を案じてくれてんのか。やっぱり俺の弟子だけある。優しいなぁお前は。どっかの高3や高2の女子とは違うな。
さすがにそこまで言うともう二度と家に生きて帰れないことになりそうな気がするため、口には出さずに心の中だけで姫歌の可愛らしさを堪能しながら、「おう、何とかな」とだけ返しておく。
と「いや、圭一くんじゃなくて周くんが」とさらっと打ち返された。
無邪気(姫歌には全く悪気はない、絶対だ)な言葉のフルスイングに打ちのめされて、俺は勢い良く机に頭をぶちつける。真紀ちゃんと佳音が、ここぞとばかりに爆笑している。くそっ、恥かかされた!
…お前ら…覚えとけよ…!?

それから俺は大人しく席に着き、鞄から参考書やら何やらの一式を取り出して勉強を始める。

俺達――俺、真紀ちゃん、佳音、千夏――が通う県立零崎高校は、中高一貫の進学校だ。レベルはそこそこで、(紅葉ヶ丘はどちらかというと就職系。紅葉ヶ丘よりはレベルは上だ)まあ成績の良い奴とそうでない奴の差が結構激しい。
俺は基本、自分で言うのも何だがどちらかというと優等生の部類にカテゴライズされる方だ。といっても、高1では補習組だったのだが。
今年こそは脱・補習で、ちょっと気合い入れねえとなー、などと思いつつ問題を解いていく。

そんな俺達≪普通の人間≫が【努力】で埋める幅を難無く超えて行けてしまう力を持った者――いわゆる“天才”の素質を持つのが、今俺の後ろで周を眺めている女の子――美唄姫歌だ。
小首を傾げて周を見つめているあたり、ちょっかいかけちゃおうかなーどうしようかなー怒られるかなーなどと考えているのだろうか。無邪気で悪戯好きというのは変わってないらしい。
俺は机に突っ伏したままの姿勢で姫歌を≪観察≫していたのだが、ヤツは自分のペンケースからネームペンを取り出してキャップを外し、気絶したままの周の顔にそぉーっと近付けていく。
人間というものは不思議なもので、(おいおい止めとけ)と思いながらも(よっしゃ!やれ、やっちまえ!)と期待している俺も確かにいた。

周はそのあとじきに復活し、「んー」とか「むんむむむーん」などと言っていたのだが、みんなに空気扱いをされたのが寂しかったのか、のそのそ動き出した。
そして―――とんでもない事を口走る。
「そぉうかぁー、つぅまりぃー、…お二人は恋人同士ぃと~~?熱いね熱いねあっちゅいね~、青春時代を謳歌しちゃってるんだね~?恵一サン、あんたも隅に置けない男だね~~」
「……。」
沈黙。
俺と姫歌が愛し合っているのを想像したのか、佳音(よしね)が「きゃっ [heart] 」と声を上げた。
「……ん……ん…………」
「ん?」
「んなわけあるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっあああああッッッ!!!!!」
絶叫。
俺の全身全霊をかけて…否定!!!
いや嫌じゃないからな?むしろ照れ隠しなんだが。
「そうして二人は波乱に満ちた人生を共に歩む、と!」
調子に乗った周が茶化す。
うるせえなぁ、…またしばかれたいのかこいつ?
と、
「それは違うわ周、分かってないわね?」
真紀ちゃんが喰らい付いた。
「2人が歩むのは…そう、バージンロードよッッッ!!!」
「もうやめてくれぇぇぇ――――!!!!!」
たまらず叫ぶ。そんな冗談俺はともかく、姫歌が。
やっぱり佳音は俺と姫歌の結婚シーンを想像しているのか、ニヤリと微笑んだ。
何こいつら。なんかいつにも増してメッチャうぜえぞ。
もうこれ以上は色々とボロ出しそうだし、正直面倒臭くなったので俺は反論を諦め、大人しく机の上に広げた数学の課題プリントに目を向ける。
高1に復習で、少し発展的な問題が当然のように居座っている。
もしこの問題が人格を持つとしたら。
「オレ様は難しいのだー。解けるものなら解いてみやがれ、はははー」
…周のイメージが頭から離れない。
そうだ、せっかくだからここにいるメンバーで想像してみることにする。
まず、真紀ちゃん。
「解けるもんなら解いてみなさい!ま、あんたの頭じゃ一晩かかっても無理ね」
何この周パターン。
じゃ、次佳音。
「あんたコレ解けんの?ねぇ解けんの??本当に???」
何この…ツンパターン!??
想像力乏しいな俺!!!…ちょっと悲しくなってきたぞ。
次は千夏。
「…」