長門国
城名/外港名 | 石高 | 経済 | 城規 | 家 | 主な武将 (年,武政智統水) | 城・外港解説 |
長門勝山城 かつやま | 4.8 | 900 | 5 | 長門内藤家 (臣/大内) | 内藤興盛(56,44321) 勝間田盛治(44,35231) | 赤間関や長府は瀬戸内海西端の要衝。海運と貿易で経済的発展を遂げ、町衆の自治も行われた。 |
赤間関・長府 あかまがせき・ちょうふ | ||||||
信田丸城 しのだまる | 3.6 | 300 | 5 | 長門内藤家 (臣/大内) | ||
青景城 あおかげ | 2.5 | 350 | 5 | 陶家 (臣/大内) | 青景隆著(36,23421) | |
深川城 ふかわ | 3.5 | 650 | 5 | 大内家 | 通や瀬戸崎は九州~山陰航路の中継港。日本海を舞台に商業活動を行い、また水軍拠点や海関としえtの顔も持つ。天文二十(1551)年、山口を追われた大内義隆はこの地から海路脱出を試みた。 | |
通・瀬戸崎 かよい・せとざき | ||||||
指月城 しづき ⇒萩城 はぎ | 3.0 | 500 | 5 | 吉見家 (臣/大内) | 吉見頼実(31,34324) | 萩は吉見・益田の両氏が有する港町。長門北部の住員拠点であり、中国の書物にもその名が載っていた。 |
萩 | ||||||
渡川城 わたりかわ | 2.7 | 350 | 5 | 陶家 (臣/大内) | ||
賀年城 かね | 2.0 | 250 | 5 | 吉見家 (臣/大内) |
周防国
城名/外港名 | 石高 | 経済 | 城規 | 家 | 主な武将 (年,武政智統水) | 城・外港解説 |
築山館 ちくやまかた ⇒高嶺城 こうのみね | 5.0 | 2750 | 4 | 大内家 | ◎大内義隆(43,23111) 天野隆良(42,52121) 冷泉隆豊(37,53221) 相良武任(52,15210) | |
右田ヶ嶽城 みぎたがたけ | 5.8 | 1000 | 5 | 長門内藤家 (臣/大内) | 宮市は松崎天満宮の門前町。佐波川河岸の港は、山口への物資供給拠点だった。三田尻は瀬戸内の中継港。風待ち・潮待ちの港として航路の要衝であり、商業的にも発展した。 | |
防府宮市・三田尻 ほうふみやいち・みたじり | ||||||
富田若山城 とだわかやま | 6.2 | 750 | 5 | 陶家 (臣/大内) | ◎陶隆房(29,65452) 江良房栄(33,52531) 宮川房長(54,53231) | 富田は陶氏の本拠となった港町。領内の物資集積地として、畿内方面への輸送拠点となった。 |
富田 とだ | ||||||
須々万沼城 すすまぬま | 2.9 | 500 | 7 | 陶家 (臣/大内) | 山崎興盛(23,51331) | |
蓮華山城 れんげやま | 2.7 | 500 | 5 | 陶家 (臣/大内) | ||
亀尾城 かめお | 5.5 | 1500 | 5 | 大内家城代 (臣/大内) | ◎弘中隆兼(39,53341) 弘中隆助(16,42331) | |
岩国 いわくに | ||||||
周防大島 すおうおおしま | 1.4 | 400 | 8 | 宇賀島衆 うかしま (従/大内) | ◎宇賀島忠重(31,42115) | 柳井は大内氏の東の外港。周防東部の積出港として水運で栄え、また大内水軍の拠点でもあった。明とも交易する。 |
柳井 やない |
安芸国
城名/外港名 | 石高 | 経済 | 城規 | 家 | 主な武将 (年,武政智統水) | 城・外港解説 |
厳島 いつくしま ⇒宮尾城 みやお | 0.7 | 400 | 5 | 大内家城代 (臣/大内) | 伝承によると厳島神社は593年創建。現在の規模に造営されたのは12世紀後半、平清盛と当時神主の佐伯景弘による。島全体が聖域であるため、古代は神職にあっても居住は許されなかった。室町時代以降に島への常住が解禁され、民間における信仰が盛んになるにつれて参詣のために人々が集まり門前町が発展する。戦国~江戸時代には瀬戸内海の交通・商業の拠点として繁栄した。厳島神社は平成8(1996)年に世界遺産に登録された。厳島・宮島の呼称は古くから併用されていたが、戦国時代までは厳島が主流で、江戸時代に浅野氏が宮島奉行を置いて以来、宮島が主流になる。宮尾城は厳島の戦いで、陶軍を引き付ける囮の役割を果たすが、その後は不明。 | |
厳島 | ||||||
丸子山城 まるこやま | 1.0 | 600 | 8 | 安芸多賀谷家 あきたがや (従/大内) | ◎多賀谷興頼(48,33225) | 瀬戸内海の寄港地として古代から知られる。中世になると倉橋多賀谷氏の支配のもとで、海運や造船が営まれたと思われる。 |
倉橋 くらはし | ||||||
丸屋城 まるや | 0.5 | 300 | 5 | 安芸多賀谷家 (従/大内) | 多賀谷武重(64,42324) | 詳細不明だが、小早川家の最後の城主はのちに山口へ移ったとされる。これを関ヶ原後の毛利家の防長移封に伴うものとすれば、おおよそ十七世紀初頭に廃城になったものと推測される。 |
蒲刈 かまかり | 瀬戸内海航路の要衝であり、海運基地。応永26(1419)年に日本を訪れた朝鮮の高官・宋希璟は「老松堂日本行録」において、蒲刈島が海賊の巣窟になっている様子を記録している。 | |||||
桜尾城 さくらお | 3.5 | 700 | 5 | 大内家城代 (臣/大内) | 慶長5(1600)年、毛利氏の減封に伴い廃城。 | |
廿日市 はつかいち | 安芸西部の物資集積地の役割を担う港町。対岸の厳島と連携して流通拠点として機能していた。 | |||||
佐東銀山城 さとうかなやま ⇒広島城 ひろしま | 6.0 | 1250 | 5 | 大内家城代 (臣/大内) | 堀立は太田川水運と瀬戸内海運の連結点。安芸内陸部の物資積出港であり、木材の加工や造船も行っていた。 | |
堀立 ほたて | ||||||
鳥籠山城 とこのやま | 2.5 | 500 | 5 | 安芸阿曽沼家 あそぬま (従/大内) | ◎阿曽沼広秀(20,42221) | 仁保島は広島湾の交通の要所。能島村上氏が進出して海関を構えていた。 |
仁保島 にほじま | ||||||
三入高松城 みいりたかまつ | 2.8 | 350 | 5 | 毛利家 | 桂元澄(50,45431) 熊谷信直(43,72321) 掘立直正(50,36423) 児玉就方(37,53335) | |
日野山城 ひのやま | 3.5 | 400 | 5 | 吉川家 (臣/毛利) | ◎吉川興経(42,51241) 吉川元春(20,75571) | |
生城山城 おおぎやま | 2.7 | 250 | 5 | 安芸天野家 あまの (臣/毛利) | ◎天野隆重(38,52321) 天野元嘉(14,42221) | |
吉田郡山城 よしだこおりやま | 3.0 | 500 | 6 | 毛利家 | ◎毛利元就(53,68十81) 毛利隆元(27,55551) 志道広良(83,46631) 福原貞俊(38,46321) 児玉就忠(42,25421) | |
五龍城 ごりゅう | 2.5 | 350 | 6 | 毛利家 | 宍戸隆家(32,43321) | |
頭崎城 かしらざき | 2.7 | 250 | 5 | 平賀家 ひらが (従/大内) | ◎平賀隆保(34,32121) 平賀広相(22,43331) | |
安芸高山城 たかやま | 3.1 | 600 | 5 | 沼田小早川家 ぬたこばやかわ (臣/毛利) | ◎小早川繁平(8,11213) 小早川隆景(17,58766) | 竹原は竹原小早川氏の外港。市場があり、周辺の物資積出港兼水軍拠点だったと考えられる。忠海は瀬戸内の寄港地で及美(のみ)水軍の本拠。及美宗勝により発展する。 |
竹原・忠海 たけはら・ただのうみ |
備後国
城名/外港名 | 石高 | 経済 | 城規 | 家 | 主な武将 (年,武政智統水) | 城・外港解説 |
旗返城 はたがえし | 3.2 | 300 | 5 | 江田家 (臣/大内) | ◎江田隆連(24,31221) | |
比叡尾城 ひえび | 2.8 | 300 | 5 | 三吉家 (臣/毛利) | ◎三吉致高(45,32331) 三吉隆亮(19,32331) | |
甲山城 こうやま | 3.0 | 300 | 5 | 山内首藤家 やまのうちしゅとう (従/尼子) | ◎山内隆通(20,43221) | |
南天山城 なんてんざん | 2.4 | 300 | 5 | 和智家 わち (従/毛利) | ◎和智豊郷(45,23231) 和智誠春(22,23431) | |
今高野山城 いまこうやさん | 2.0 | 250 | 5 | 上原家 (臣/毛利) | ◎上原豊将(48,33431) | |
桜山城 さくらやま | 3.0 | 750 | 5 | 沼田小早川家 ぬたこばやかわ (臣/毛利) | 乃美宗勝(23,55435) | 尾道は備後南部の積出港。平安末期以来、瀬戸内の要港として栄える。 |
尾道 おのみち | ||||||
青陰城 あおかげ | 1.2 | 600 | 9 | 因島村上家 いんのしまむらかみ (従/毛利) | ◎村上吉充(16,53337) 村上亮康(16,43336) | 中庄や三庄は、因島村上氏の本拠・因島の港。塩田を抱え、塩の輸送などの海運に従事した。 |
中庄・三庄 なかのしょう・みつのしょう | ||||||
大富山城 おおとみやま | 1.5 | 250 | 5 | 宮家 みや (従/尼子) | ◎宮景盛(37,33221) | |
泉山城 いずみやま | 1.6 | 300 | 5 | 尼子家 あまご | ||
志川滝山城 しかわたきやま | 2.2 | 350 | 5 | 宮家 (従/尼子) | ◎宮光音(19,33321) | |
神辺城 かんなべ | 2.7 | 350 | 5 | 杉原家 すぎはら (臣/毛利) | ◎杉原盛重(17,52621) 佐田彦四郎(24,41531) | |
鞆城 とも | 1.0 | 1000 | 6 | 因島村上家 (従/毛利) | 瀬戸内の中継港であり水運拠点。潮待ちの港として多くの船が入港していたため、様々な物資が集まった。 | |
鞆 |
備中国
城名/外港名 | 石高 | 経済 | 城規 | 家 | 主な武将 (年,武政智統水) | 城・外港解説 |
笹岡城 ささおか | 1.0 | 500 | 6 | 能島村上家 のしまむらかみ | 村上隆重(35,43237) 島吉利(25,34333) | 備中の物資輸送拠点として畿内に船を送っていた。毛利氏傘下に入ってからは同氏の戦略拠点と位置付けられる。 |
笹岡 | ||||||
猿掛城 さるかけ | 3.0 | 300 | 5 | 庄家 しょう | 穂田実親(39,53221) | |
幸山城 こうざん ⇒高松城 たかまつ | 6.0 | 800 | 5 | 備中石川家 | ◎石川久孝(50,33221) 石川久智(28,34231) 清水宗則(38,32321) | 連島は備中内陸部と瀬戸内の物資集積地。備中物産を中心に備後の塩などの輸送に従事した。琉球との交易を試みていた形跡あり。 |
連島 つらじま | ||||||
鶴首城 かくしゅ | 6.0 | 400 | 5 | 三村家 みむら | ◎三村家親(33,44241) 三村親成(30,42321) 三村元祐(15,31231) | |
備中松山城 まつやま | 5.0 | 500 | 5 | 庄家 | ◎庄為資(48,33231) 庄高資(24,22231) | |
佐井田城 さいだ | 2.0 | 250 | 5 | 庄家 | ||
楪城 ゆずりは | 1.0 | 350 | 5 | 尼子家 |
備前国
城名/外港名 | 石高 | 経済 | 城規 | 家 | 主な武将 (年,武政智統水) | 城・外港解説 |
虎倉城 こくら | 3.0 | 250 | 5 | 備前伊賀家 びぜんいが (臣/松田) | ◎伊賀勝隆(34,32231) | |
金川城 かながわ | 5.0 | 400 | 5 | 松田家 | ◎松田元盛(62,22231) 松田元輝(38,42321) | |
備前石山城 いしやま ⇒岡山城 おかやま | 8.0 | 750 | 6 | 松田家 | ||
乙子城 おとこ | 3.2 | 850 | 5 | 宇喜多家 うきた (臣/備前浦上) | ◎宇喜多直家(21,46951) 宇喜多忠家(17,44451) 島村盛実(47,24531) | 八浜は児島の塩など備前周辺の物資輸送に携わっていた港。 |
八浜 はちはま | ||||||
沼城 ぬま | 4.5 | 750 | 5 | 備前浦上家 うらがみ | ||
備前天神山城 てんじんやま | 8.0 | 350 | 6 | 備前浦上家 | ◎浦上宗景(39,33541) 明石景親(37,44521) | |
富田松山城 とだまつやま | 1.5 | 300 | 5 | 播磨浦上家 | 浦上国秀(37,22321) | 瀬戸内の中継港兼水軍拠点。牛窓は備前から備後にかけての物資輸送に活躍した。伊部は備前焼の積出港として栄えた。 |
牛窓・伊部 うしまど・いんべ | ||||||
常山城 つねやま | 2.8 | 750 | 5 | 上野家 うえの | ◎上野隆徳(19,41231) | 下津井は瀬戸内の中継港。児島・本州間の水深が浅くなったため、室町以降寄港する船が増えた。畿内向けの水運拠点でもある。 |
下津井 しもつい | ||||||
直島城 なおしま | 0.5 | 600 | 5 | 高原家 たかはら | ◎高原次利(18,33225) | 日比は児島南岸の海運拠点で、海関や海賊拠点の側面も持つ。 |
直島・日比 なおしま・ひび | ||||||
小豆島 しょうどしま | 0.9 | 600 | 5 | 寒川家 さんがわ | 豊臣直轄領時代に水夫や船の供出が行われていたこと、産品である石材や塩などの輸送に船が必要なことから、小豆島にはある程度の海運力があったと考えられる。ただ、小豆島産の塩を畿内に輸送する際、その多くを備前牛窓の船が運んでいたことも確かである。 | |
嶋 しま |
美作国
城名/外港名 | 石高 | 経済 | 城規 | 家 | 主な武将 (年,武政智統水) | 城・外港解説 |
美作高田城 たかだ | 4.5 | 300 | 5 | 三浦家 (臣/尼子) | ◎三浦貞弘(13,33221) 宇山久兼(42,45441) | |
美作岩屋城 いわや | 3.0 | 250 | 5 | 中村家 (従/尼子) | ◎中村則治(20,32221) | |
院庄館 いんのしょう ⇒津山城 つやま | 3.0 | 500 | 5 | 尼子新宮党 あまごしんぐうとう (臣/尼子) | 牧尚春(49,34231) | |
鶴田城 たづた | 2.2 | 200 | 5 | 竹内家 (従/尼子) | ◎竹内為能(24,23221) 竹内久盛(47,61121) | |
医王山城 いおうやま | 3.0 | 400 | 5 | 尼子新宮党 (臣/尼子) | 川副久盛(40,42341) | |
矢筈城 やはず | 2.0 | 250 | 7 | 草刈家 くさかり | ◎草刈衝継(45,44331) 草刈景継(18,22231) | |
三星城 みつぼし | 3.5 | 300 | 5 | 美作後藤家 (臣/播磨浦上) | ◎後藤勝国(36,33321) | |
竹山城 たけやま | 2.8 | 300 | 5 | 新免家 しんめん | ◎新免宗貞(43,42331) 新免貞弘35,23231) |
播磨国
城名/外港名 | 石高 | 経済 | 城規 | 家 | 主な武将 (年,武政智統水) | 城・外港解説 |
上月城 こうづき | 3.5 | 350 | 5 | 佐用赤松家 さようあかまつ (臣/赤松) | ◎赤松政元(36,33341) | |
高野須城 たかのす | 2.0 | 250 | 5 | 佐用赤松家 (臣/赤松) | ||
室山城 むろやま | 5.0 | 750 | 5 | 播磨浦上家 うらがみ | ◎浦上政宗(42,42231) | 室津は瀬戸内の中継港で、海運拠点。畿内への物資輸送を担っていた。 |
室津 むろつ | ||||||
龍野城 たつの | 6.0 | 400 | 6 | 龍野赤松家 たつのあかまつ (臣/赤松) | ◎赤松政秀(40,42531) | |
長水山城 ちょうずいさん | 4.0 | 350 | 5 | 宇野家 うの | ◎宇野政頼(27,32121) 宇野村頼(51,42231) | |
置塩城 おきしお | 6.0 | 500 | 6 | 赤松家 あかまつ | ◎赤松晴政(37,13221) | |
英賀城 あが ⇒英賀本徳寺 あがほんとくじ | 5.0 | 1650 | 5 | 英賀三木家 あがみき (臣/本願寺) | ◎三木通秋(16,22223) | 英賀は本願寺派本徳寺の寺内町。中世後期から港町として発展し、羽柴秀吉によって攻め落とされるまで繫栄をつづけた。 |
飾磨津・英賀 しかまづ・あが | ||||||
御着城 ごちゃく ⇒姫路城 ひめじ | 9.0 | 600 | 5 | 小寺家 こでら | ◎小寺政職(25,34431) 黒田重高(42,35331) 黒田職高(26,35321) | |
加古川城 かこがわ | 3.5 | 500 | 5 | 別所家 べっしょ | ||
三木城 みき | 8.0 | 750 | 8 | 別所家 | ◎別所就治(48,63531) 別所安治(18,32231) 別所重宗(21,42221) | |
比延山城 ひえやま | 2.5 | 350 | 5 | 赤松家 | ||
淡河城 おうが | 3.5 | 400 | 6 | 別所家 | 淡河元範(39,23331) | |
魚住城 うおずみ | 5.0 | 500 | 5 | 小寺家 | 魚住吉長(35,23221) |