「…お花見?」
「近所の公園、満開だったよ。これ、お土産」
苗木君の手には、一本の桜の木の枝。
まだ開く前の蕾が、なんとなく愛くるしさを感じさせる。
木を手折るなんて無粋な真似はしない人だ、落ちているのを探して拾ってきたのだろう。
受け取って、花瓶代わりのコップに挿すと、これで中々趣がある。
「いつもどっちかの家で飲むばかりだからさ」
「居酒屋やバーで飲むよりも経済的だし、料理も美味しいもの」
「はは…作ってるの僕だけどね。でも、花見にしてもお弁当は僕が作るし」
「そう、ね…」
「今週末あたりに、みんなも誘って…どうかな」
予想通り。
相変わらずの苗木節に、思わず吐きそうになったため息を飲み込む。
私がその手の宴会に行き渋る理由を、彼は未だに理解してくれない。
彼の言う『みんな』とは、高校時代の友人のことだ。
卒業して社会人となった今でも、親交は深い。
あの学び舎で築いた交友は、ある意味では血よりも濃い。
特に苗木君が声を掛ければ、例え国外でもスケジュールを調整して会いに来る人も。
ひとえに彼の人望がなせる業だ、それはいいとして。
「…苗木君。『桜』は『咲く羅』の話、知っているかしら?」
「う、うん…桜の花は、死んだ人間の血を吸うから赤くなる、って噂だよね」
「噂の審議は分からないけれど…あの辺り、昔は墓地だったそうよ」
「……」
口から出まかせだけど、分かりやすいくらいに苗木君は顔を青くする。
ホラー映画は平気なくせに、どうしてノンフィクションにはこうも弱いのか。
「それにこの時期は虫も出るわね。木の下に幕を張れば、ボトボト落ちてくるわ」
「うぇえ…」
「私は虫は平気だけど、あなたは苦手でしょう。両方とも」
「う、うーん…」
一度、珍しくも彼の方から家に呼び出されたことがある。
何かと思えば、台所にゴキブリが出たから退治して欲しい、という依頼だった。
虫だの鼠だのに怯んでいられない探偵職、確かにゴキブリは平気だけれど。
頼りにされるのは嬉しい半面、そんなところで頼りにされる女というのもどうなんだろうか。
「どうせ夏には、また集まるんでしょう?」
「一応花火大会の日に招集はかけるけど…」
「再会の楽しみは、それまで取っておきなさい」
二人分のコップを取り出し、ビールを注ぐ。
苗木君が作ってくれた惣菜も、皿に盛り付けて食卓へ。
真ん中に桜の枝を飾れば、これも花見でいいじゃないか。
桜に盃、宴で一杯。
「私の家で、桜の枝を肴に…大人しく『二人で』飲みましょう?」
「…うん、そうする」
「ふふ…乾杯」