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Last-modified: 2015-01-25 (日) 00:25:26

「へー、苗木君の妹さんって来年高校生なんですね。
お兄ちゃんとしてはやっぱり心配ですか?」

 

「うん、やっぱりね。
ボクは受験の段階に入る前にここへの入学が決まっちゃったからアドバイスもあげられないし…、
舞園さんは兄弟とか居ないの?」

 

「私は1人っ子ですよ。
だから少し兄弟に憧れます」

 

「いっしょに居るとアレだけど、離れると少し寂しい…かな?
舞園さんも兄弟は無理だけど、そういう家族ならこれからできるんじゃないかな」

 

「あら、苗木君ったら大胆なんですね。
ちょっとドキッとしてしまいました」

 

「…え!? ボ、ボクそんな変なこと言ったっけ!?」

 

「自覚がないなんて天然なんですねー」

 

今は放課後の教室、ボクは舞園さんと2人で会話をしている。
今日は珍しく舞園さんの予定がないので、こうやってゆっくり話しているのだ。
さっきまでは桑田君と朝日奈さんも居たのだが、用事があるらしく先に帰ってしまった。

 

「おい、苗木!俺と千尋は先に帰るぞ!教室の鍵閉めとけよ!」

 

大和田くんがボクに声をかける。
もうこんな時間だったのか…。大和田くんと不二咲さんが帰ったら確かに2人だけだ。

 

「ごめんね苗木君、霧切さん。
それじゃあ先に帰るね、さよなら!」

 

「あ、うん。それじゃあね!」

 

「はい、また明日」

 

「おう、それじゃあな!」

 

ボクもそろそろ帰らないと先生に怒られてしまう。
少し勇気を出して、舞園さんに一緒に帰ろうと誘おうとした、その時。

 

「苗木君居る? ちょっと用が…」

 

教室のドアを開け、2人しか居ない空間に1人の人間が割り込んできた。
超高校級の探偵、霧切さんだ。
今、ボクに用があるって言ったっけ?

 

「えっと…霧切さん?」

 

「…ん、取り込み中みたいね。
ごめんなさい、なんでもないわ」

 

霧切さんがボクと舞園さんを見ながらそう言って、教室から出て行く。

 

「……えーと」

 

「…行かなくて大丈夫なんですか?
用事があるみたいでしたけど…、それとも私と帰ります?」

 

「うーん…」

 

霧切さんからボクに声をかけるなんてとても珍しい。
きっと、重要な用事なんだろう。忙しい舞園さんと帰る機会はあまりないのだが、
いつも世話になっている霧切さんのお願いを無視なんてできない。

 

「なんの用事だか気になるし、霧切さんを追いかけるよ。
ごめんね舞園さん。鍵をお願いしてもいいかな?」

 

「…はい、構いませんよ。
それではさよなら」

 

舞園さんが笑顔で別れの挨拶をしてくれる。
面倒を押し付ける形になったのに、前園さんは本当に優しいなぁ。

 

「うん、さよなら!」

 

ボクは教室のドアを開けて、霧切さんを追いかけた。

 

「ふふふ、少し気に食わないって顔ね。
あ、アイドルなのに女として探偵に負けるなんて、…惨めだわ。
……ああ、またこんなことを言っちゃった!い、苛められる!明日から私の席はないんだわ!」

 

「腐川さんですか…、
どこから出てきたかは聞きませんが、そんなのじゃありませんよ。
ただ…、少しだけ悔しいなぁ、と思っただけです」

 

「やめてっ!き、菊の花には重いトラウマが!
筆が進まなくなっちゃうじゃない!」

 

「聞いてないですね」

 

…?
何か聞こえてきた気がするけど…、気のせいかな?

 

**************

 

「霧切さんっ!」

 

「…苗木君?
舞園さんはいいの?2人で話すのは久しぶりのはずでしょ?」

 

「でも、ボクは霧切さんにお世話になりっぱなしだから…、少しでも霧切さんに協力したいんだ。
……迷惑だったかな?」

 

霧切さんは少し考えこむように俯き、すぐに顔を上げてボクを見る。

 

「いえ、とてもありがたいわ。
仕事で苗木に手伝ってもらいたいことがあったのよ。
ついてきてもらってもいいかしら?」

 

「もちろんだよ!」

 

ボクは霧切さんの言葉に頷いていた。
舞園さんと話すのは楽しいけれど、霧切さんと一緒にいると、とても安心する。
ボクは、何故だかとても居心地のいい霧切さんの後について行くのだった。

 

*****************

 

「……………暇だなぁ」

 

ボクは今喫茶店に居る。ちなみに1人だ。
ボクの目の前には一回しか口をつけてないコーヒーがあるのみである。
そう、霧切さんと一緒に居るはずなのに、ボクは今1人で喫茶店に居る。

 

「うーん、本当にこんなのでいいのかなぁ……」

 

そう、ここに居るのは霧切さんの仕事の手伝いの為なのだ。
ボクは、別れる前に霧切さんに言われたことを反芻した。

 

「囮になって欲しい…かぁ」

 

霧切さんはとある犯罪集団の取引の証拠を手に入れる仕事を請け負ったらしい。
しかし、依頼した側の不手際で、裏では有名(らしい)な霧切が捜査しているとバレてしまい、
誰か霧切さんの変装をして、別の場所を捜査する人が必要だったようだ。
無論そっちはダミーで、安心している犯罪集団を霧切さんが尾行するという手はずである。
そこで、事件とはまったく関わりなく、(不本意ながら)体格の似ている僕が選ばれたらしい。
と、言ってもこの喫茶店の近くであるポイントに、霧切さんから連絡があったら行くだけの、
簡単なお仕事だ。

 

「それにしてもカツラを被るだけでバレないものなのかなぁ?」

 

一応ボクは服を中性っぽいのを着てカツラを被っている。
こんな変装で大丈夫なのか疑問だが、まあ霧切さんが大丈夫というならそうなんだろう。
と、1人思い耽っていると電話の着信音が終わった。

 

「あ、っと…。
はい、なえ…、霧切です」

 

うーん…、電話がかかってきた時のシミュレートをしていたのに、このザマである。

 

「……演技は余り得意ではないようね。
まあ、念のための演技だから構わないけど」

 

「あはは……」

 

乾いた笑いが出る。自覚があるので反論できない。

 

「それじゃあお願いするわ。
あくまでそっちはダミーの取引場だから危険はないと思うけれど、
念のため気を配るのを忘れないようにしなさい」

 

「うん、そっちも気をつけてね」

 

ボクは電話を切って、温くなったコーヒーを放置したまま席を立った。
……やっぱり苦いのは苦手だ。

 

**********************

 

ボクは問題の場所である公園を覗き込んだ。
子供が遊ぶ為の場所のはずなのに、やけに暗くて周りを見渡せない場所にある。

 

「…5分くらいしたら帰ろう」

 

少し怖くなってきたし、
ボクはあくまで囮だからそれくらいで十分だろう。
ボクは辺りを警戒しつつ、公園を横切ろうとした…、その時。

 

「……っ!」

 

嫌な予感を感じた。
セレスさんの本名をうっかり呼んでしまった時の、あの感じだ。
ボクは少し前に走り、振り返る。

 

「…あの、どなたですか?」

 

ボクの目の前にはスーツ姿の男が居た。
明らかに様子がおかしい。状況が状況だけに、ボクも警戒する。
この人が例の犯罪グループの人…、なのか?
もしボクが物語の主人公とかだったら、大神さんに教わった奥義で応戦とか、
大和田君の喧嘩の付き合いで慣れている、とかの設定で戦闘でも始まるのだろうが、
残念ながらボクは普通すぎる高校生だ。
ボクには逃げ回って霧切さんが襲撃されないようにするくらいしかできることはなかった。

 

「……っ」

 

ボクは公園から大通りに向かって走り出す。
日頃朝日奈さんの付き合いなどでよく走るので、体力にはそこそこ自信がある。
後ろから悪態をつく声や、追いかけてくる音が聞こえる。
やはり追跡者らしい。
思ったより霧切さんは危険な橋を渡っているようだ。
彼女の身も心配だが、今はボクも危険だ。
次の曲がり角で大通りへの道に出れる、はずだったのだが…。

 

「…あ」

 

出会いがしらに頭に強い衝撃を受けて、ボクはそこで意識を手放した。
…なんかボクこういうパターン多い気がする。

 

*******************

 

後頭部に暖かく、柔らかい感触を感じる。
少しずつ意識が覚醒していく。ボクはゆっくりと目を開いた。

 

「…きり…ぎりさん?」

 

「目が覚めたのね、おはよう苗木君」

 

目の前に霧切さんの顔がある。
えっと、状況が良くつかめない。ボクは何してたんだっけ?

 

「まず最初に謝っておくわ。
危険な目に遭わせてしまってごめんなさい」

 

…ああ、そうだった。
ボクは霧切さんの仕事を手伝っていて、突然頭を殴られて…。

 

「…あ!
あの男たちは!?」

 

「もう検挙されたわ。
小さなグループだし、もう追われることもないと思うわ」

 

「…そっか」

 

それはよかった。
…ってあれ?上に霧切さんで頭に柔らかい感触がってことは……、膝枕!?

 

「うわっ!」

 

「おっと…、
どうしたの急に?危ないじゃない」

 

「いや流石にこれは、というかなんで今まで気づかな……、
あれ?」

 

慌てて起き上がったボクは、頭が急に重くなり体から力が抜ける。
そんな残念なボクを、霧切さんが支えてくれた。

 

「…急に起き上がるからよ。
これでも苗木君を危険な目に合わせてしまったことを反省しているんだから、
私の膝で大人しくしてなさい」

 

「ご、ごめん…」

 

ううん、少し恥ずかしいが、まあなんだ、うれしくもある。
ボクも男だ。霧切さんは綺麗な女の子だし…。

 

「苗木君の目的も兼ねてるならともかく、
今回は私の手伝いでこんな目に遭わせてしまったのだから…、謝るのはこちらのほうよ」

 

「ううん、ボクが手伝うって言ったんだから気にしないでよ。
それに霧切さんを手伝うのは当然だよ」

 

すごくお世話になってるし、それにクラスメートだしね。
特に今回は霧切さんが殴られてた可能性があったのだから、
むしろよかったと言ってもいいかもしれない。

 

「…苗木君は心配になるほどのお人よしね。
それとも私は今結婚詐欺的なものにでも引っかかっているのかしら?だとしたら危険ね」

 

「えっと……、何を言ってるかよくわからないけど…、
少し寝てもいいかな?疲れちゃって……」

 

「ええ、お休みなさい…」

 

霧切さんの声を聞いて、目を瞑る。
それと同時にボクの意識は落ちた。

 

*******************

 

「まったく…苗木君は」

 

「私だから手伝ってくれるのかしら?」

 

「……そんなはずないわね」

 

「苗木君は皆に優しいわ。
誰にでも手を貸すし、それで怪我をしても文句を言わない人」

 

「それでも……、
いえ、それだからこそ……」

 

*******************

 

目が覚めたらそこは自室だった。
唇に何か暖かいものを感じたが、それ以上に倦怠感があった。
重い頭を振って目を覚ますと、隣にメモが置いてあった。
そこにはこう書いてあった。

 

「医者には見せたわ、問題はないそうよ。
今日はありがとう、お休みなさい。
ps.鍵はポケットから借りたわ……かぁ」

 

霧切さんがボクのポケットに手を入れて鍵を探したのも重要だが、
それ以上にメモの横に置いてある時計が問題だ。

 

「8時…半…?」

 

………いやいやいやいやいや。

 

「遅刻だよっ!」

 

ボクは急いで立ち上がり、身だしなみを整えて部屋を出た。
無論遅刻した。

 

**********************

 
 
 

放課後、ボクは舞園さんと一緒に居た。

 

「ボクは苦手だなー、あれは少し匂いが……」

 

「うーん、私は好きなんだけどなー」

 

今日も珍しく舞園さんが居るので話している。
本当は霧切さんに医療費を払いたかったんだけど、
教室に居ないので今は無理である。
まあ、そんなに急ぐことでもないし、今日は舞園さんと話していよう、と思っていたのだが…。

 

「苗木君、少し良いかしら?」

 

「…あっ、霧切さん。
えっと……」

 

ボクは舞園さんの方を見る。
舞園さんは笑顔で霧切さんを見ている。
目が笑ってない気もするけど、きっと気のせいだ。

 

「昨日の今日で悪いのだけれど、苗木君の協力が必要なのよ。
それじゃあ舞園さん、ごめんなさい。苗木君を貰っていくわね」

 

「え、あ、ちょっと!霧切さん!?」

 

霧切さんがボクの手を掴んで引っ張っていく。
こんなに強引な霧切は初めてだ。

 

「行くわよ苗木君。
男の子なんだから少しくらい危なくても平気でしょ?」

 

「危険なの!?
というかまだボク返事してな……って、待ってよ霧切さん!もう少しゆっくり!」

 

霧切さんに引っ張られて学校を駆け巡る。
霧切さんと仲良くなれた気がしたけど…、これはちょっと予想外だ。
というか転ぶ!転んじゃう!

 

「…また少し気に食わないって顔ね。
す、素直に認めれば良いのに…、アイドルなのに負けちゃいましたって」

 

「ふふふ…、そんなんじゃありませんよ腐川さん、
少しじゃありません……凄く気に食わないですっ!」

 

「…ひっ!
き、急に怒鳴らないでよ。お、驚くじゃない」

 

「…すごい剣幕だべ。
これは近い将来niceboatエンドだな。
俺の占いは三割当たるっ!」

 

「ふんっ、下らんな。
痴話喧嘩ならよそでやれ、俺は教室でやることがあるんだ」

 

「ふふふ…、これは良いネタを仕入れましたぞ!
次の同人に使わせてもらおうじゃないか!
…無論18禁で」

 

「おいコラ!毎度毎度アグレッシブすぎんだよ!
酔っ払ってんじゃねえだろうな、このブーデー!」

 

「君達落ち着きたまえ!
ここは教室だぞ!例え授業中でなくとも静かにするんだ!」

 

教室から賑やかな声が聞こえてくる。
今のボクは無理やり連れてこられたようなものだが、まあそれは……

 

「遅いわよ苗木君。
ちゃんとついてきなさい」

 

「う、うん!」

 

霧切さんのボクに対する遠慮がなくなったので良しとしよう。
それはきっと、とても嬉しいことなのだから。