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Last-modified: 2015-01-28 (水) 00:33:11

私が教室に入った時、苗木君は誰かと携帯電話で話しているようだった。

 

「うん…わかったよ。日曜の昼に、駅前だね。それじゃ…」

 

そう言って通話を切った苗木君は、何故か私に気づいて慌てた様子を見せた。

 

「き、霧切さん!?いつの間に」

 

「…今来た所よ。苗木君こそどうしたの?そんなに驚いて」

 

「えっ…ああ、霧切さんに気づかなかったから、びっくりしちゃって…ゴメン、ボク、もう帰るね」

 

苗木君は私を避けるように教室を出て行った。
…おかしい。いつもの彼なら「霧切さん、一緒に帰ろう」って言ってくれるのに。
まるで何か私にやましいことでもあるみたいだ。

 

(まさか今の電話…デートの約束を?苗木君が?)

 

私の中にモヤモヤとした気持ちがわきあがってくる。
努めて心を落ち着けようとするが、それは治まるどころか強くなる一方だった。

 
 
 

次の日曜の昼、私は駅前の広場にいた。
馬鹿馬鹿しいとは思ったのだが、やはり苗木君の行動が気になった私は彼を尾行することにしたのだ。

 

(こんな事に探偵の技術を使うなんて…それに苗木君が誰かとデートをしていたら、私はどうすればいいの?)

 

そんな事を考えていると苗木君が姿を現した。
誰かを探す風でも電話をかける訳でもなく、迷わず駅の中へと入っていく。
相手の都合が変わって別の場所で待ち合わせをすることになったのかもしれない。
私は苗木君の後を追い、彼と同じ電車に乗り込んだ。

 
 

30分後…到着した駅を出た苗木君は、向かい側にある巨大な建物の中に入って行った。
建物の周りにはかなりの人混みが出来ており、何か異様な熱気を放っている。

 

(これは…コンサートでもあるのかしら?)

 

そう思った私の目に派手な立て看板の文字が飛び込んできた。

 

『第24回 コミックマーケット会場』

 

コミックマーケット…詳しい事は知らないが、いわゆる”オタクの祭典”という言葉が頭に浮かぶ。

 

(苗木君にこんな趣味があったなんて…)

 

私が唖然としている間にも苗木君はどんどん建物の奥へと進んでいく。
巨大なホールは多くの人と様々な商品?で埋め尽くされているようだった。
彼を見失わないように私は慌てて後を追う。

 

ふと、私に注がれる周囲の視線に気がついた。

 

(そうか…この格好では目立ってしまうわね)

 

会場に集まる人の中にあって私の姿は明らかに”浮いて”いた。
男性客と違って私服姿に近い女性は係員や売り子ばかりのようだ。
そうでないのはコスプレイヤー…色とりどりの不思議なコスチュームに身を包んだ人ばかり。
思わず周囲を見渡した私は『更衣室』と大きな矢印の書かれた案内板を発見する。
私は一旦苗木君の尾行を中止して、何気ない足取りででそちらに向かった。

 
 
 

更衣室で首尾よく着替えを済ませた私は、先ほど尾行をやめた場所に戻ってきた。

 

(それにしてもこの格好…足元が随分涼しいわね…)

 

更衣室に置いてあった衣装はどれも見ているこちらが赤面してしまいそうな露出度の高い代物だった。
その中でも一番ましなものを選んだつもりだったが…これは脚が大胆に露出している。
このスカートは短すぎだろう。少し走っただけで下着が見えてしまいそうだ。
しかし、これなら不審がられることはない。

 

思考を切り替えて苗木君を探すことにする。
しかし、どこを見ても人、人、人…満足に歩くことすらままならない。
10分ほど歩き回った後、ついに私は人混みの中で身動きが取れなくなっていた。
これでは苗木君を探すどころではない。
私が尾行を諦めようかと思案を巡らせた時、背後から聞き覚えのある声がした。

 

「おやおやおや~!?これは驚きましたぞ!やはり霧切響子殿ではありませんか!」

 

「山田君!?」

 

クラスメイトの山田君…最悪だ。こんな格好を知り合いに見られるなんて。
とっさにどういう言い訳をしようか、口ごもる私に構わず彼は続けた。

 

「苗木誠殿、こっちですぞ!ホレ、まさかの霧切嬢の登場です!」

 

「霧切さん!?…どうして!?」

 

山田君が腕をつかんで人混みから連れ出したのは、誰あろう、苗木君だった。
急激に顔が熱くなるのを感じる。
よりによって苗木君に、思い切り見られてしまった!

 

「き…霧切さん、その格好…」

 

「ち、違うのよこれは」

 

完全に思考が停止してしまった私には、そう声を絞り出すのがやっとだった。
私は苗木君の片手を握り、彼の手を引く。
そしてスカートを押さえて人の群れにぶつかることも構わずに可能な限りの速力で駆け出した。

 

「霧切さん、ちょ、ちょっと、待って」

 

「な、苗木誠殿ー!どこ行かれるかー!売り子のバイトはどう…」

 

苗木君と山田君の声が聞こえたが、それどころではない。
私はとにかく周りに人が居なくなるまで走り続けた。