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Last-modified: 2015-01-26 (月) 00:24:49

「……遊園地?」

 

珍しく予定も何もない休日に彼が遊びに誘ってきた場所は、おおよそ私のイメージとは合わないところだった。

 

平凡な高校生の彼ならいざ知らず、日陰者の探偵が出掛けるような場所ではない。
別に誘われて悪い気はしないのだが、物好きだな、と思う。

 

「私と行きたいの?…随分、変わってるわね」
「だって、霧切さん今日は仕事ないんでしょ?ボクも今日は一日空いてるからさ、良かったら…」
「推理するに…たまたまペアチケットを貰ったけど都合のつく相手がいなくて仕方なく私に、と言ったところかしら?」
「ち、違う違う!霧切さんと行きたいからチケットを買ってたんだよ!…まあ、ちょっと安くなってたやつだけど」

 

自分でも可愛くないと思うそっけない言葉に、苗木君は慌てて手を振りながら否定する。それにしても相変わらずバカ正直な人だ。
しかし、なんだって私なんかを誘うのだろうか。仕事のある舞園さんなんかは無理にしても、今日は朝日奈さんや江ノ島さんも寮に残っているのに。

 

クラスメイトとしてそこそこ親睦はあるものの、特別仲の良い訳でもない、私なんかを。

 

「あ、もしかして用事とかあった…?」
「…いえ、今日は暇だけれど」

 

黙って思考に耽っていた私を見て、遠慮がちに訊ねてくる。その表情が主人の顔色を窺う子犬のようで、ほんの少し、頬が緩んだ。

 

「…私と行っても、大して面白くないと思うわよ?それでもいいの?」
「そんなことないよ!じゃあ…行ってくれるんだね?良かった!」

 

ぱっと顔を明るくし、目に見えて喜ぶ彼につられて、私まで気分が上向きになる。
彼の笑顔は不思議と心休まる魅力がある――と、数ヶ月の交流の中で時折思うことがあった。

 

遊園地で遊ぶなら動きやすい服装の方がいいだろうと、一旦着替えに部屋に戻る。
数少ない私服の中から、なるべく機能性に優れたものを選んだ。ブーツも、ヒールが低く少しだけお洒落なものを。

 

探偵たるもの、常日頃から探偵であるべし――とはいえ、たまの休みに普通の高校生らしい日を送るくらい、罰は当たらないだろう。

 

そんなことを思い、不思議と浮き立つ心を抑えながら、苗木君と二人で寮を後にした。

 
 

* * * * * * * * * *

 
 

もっと、彼女の色んな顔を見てみたい。

 

それが今日、彼女――霧切さんを遊園地に誘った理由だった。
…と言うと打算的な印象になるけど、単純に一緒に遊びたかったのも本当だ。

 

クラス全員と仲良くなりたいという入学当初の目標は、今は概ね達成出来たんじゃないかと思う。
彼女もその内の一人。クールで無口な人だからかなり難航したけれど、はっきり友人だと言える程度には、仲良くなったつもりだ。

 

そんな彼女が意外と感情豊かな人であることを知ったのは、割と最近。
基本ポーカーフェイスを徹底しているから、とてもわかりにくいけれど――その分、たまに見せてくれる表情の変化が凄く印象的で、なかなか脳裏から離れない。

 

前置きが長くなったけど、それが先に述べた理由に繋がる。
要するにボクは、より多彩な彼女の表情を見てみたいのだ。普段抑えている感情を引き出して、思いっきり見せてほしい。
そうすれば――もっと彼女のことを知ることができると思うから。

 

そうして色々と考えた結果、遊園地に連れて行ってみようとなったのだった。
遊園地なら、絶叫マシーンや豪快なアトラクションが多いから、珍しい表情も見られるんじゃないかと思う。
…決して、叫んだり青ざめたりする新鮮な霧切さんを見てみたい、とかいう理由で決めた訳じゃない。……多分。

 

「初めてのデートだね、頑張れ苗木!」なんて、朝日奈さんからはよくわからないエールを貰った。
そういうのじゃないと説明しても聞きやしない。女子は本当に、そういう話が好きだなあと思う。ボクは単に、霧切さんともっと仲良くなりたいだけなのに。

 
 

「休日なのに結構空いてるのね。これも、超高校級の幸運様々というところかしら?」
「あはは…反動で雨が降ったりしないといいんだけどね」

 

…そして、無事に彼女を誘って、目的地にやってきたところまでは順調だった。
普段は見られない外行きの私服姿は非常に魅力的で、キュロットから伸びるすらっとした脚には思わず視線を奪われてしまう。

 

「苗木君はこういうところによく遊びにくるの?」
「いや、普段は来ないよ。前に行ったのが高校入る前かな…家族で来たんだけど。霧切さんは?」
「私は全然……多分、子どもの頃に来て以来ね。小学校に上がる前で、ほとんど覚えてないわ」

 

もの珍しそうに視線があちこちを巡っている。心なしかそわそわしている気もするし、これなら楽しんでくれそうだ。
笑顔はたまに見せてくれるけど、どれも落ち着いた上品なものだから、年相応の弾けた笑顔なんてのも見てみたい。

 

思いがけず喜んでもらえたみたいだし、誘ってみて良かったな――なんて、自然と笑みが零れる。

 

だけど、そこで幸運は尽きたようだった。

 
 

* * * * * * * * * *

 
 

「大丈夫?苗木君」
「う、うん…何とか」

 

そうは言いつつも、ふらふらと覚束無い足取りで歩く彼の姿は、何とも不安でしょうがない。
遊園地に着いて早々、彼は俗に言う絶叫系のアトラクションばかりを選んで回った。
てっきりそういったのが好きなのかと思っていたのだが、気力も体力も相当消耗してしまったようで、やや青い顔でぐったりしている。

 

「ベンチで休憩しましょうか。…はしゃぐのはいいけど、ペースを考えた方がいいわよ」
「…うん、ごめん……。…霧切さんは、なんか、全然平気そうだね…ジェットコースターですら無表情だったし」
「私はね。割と強いのよ、こういうのは」
「…………そうなんだ」

 

なんとなく、一層テンションが落ち込んだような気がする。
まあ、女子に負けるというのは、やはり男子としてのプライドが傷つくのだろうか。別に、勝ち負けを競っていた訳ではないのだが。

 

「昼食はさっぱりしたものにした方がいいわね。午後はおとなしめのアトラクションでゆっくり楽しみましょう」
「うん…ごめんね、ボクから誘ったのに、気を遣わせちゃって」
「気にしないでいいわ。……これでも、私も楽しんでいるのよ」

 

少し小声になってしまったけど、本心を伝える。いつもの癖で顔には出していないが、久方振りの遊園地は思った以上に楽しかった。

 

「ホントに?…ずっと表情変わらないから、つまらないのかと思ったんだけど」
「人の多いところではいつも以上に感情を抑えるようにしているのよ。誰がいるかわからないから」

 

最近は、苗木君相手だとついつい油断してポーカーフェイスが緩んでしまうことがある。バカ正直な人だし、敵でないことがわかっているからだ。
だけど他人の前で同じようにはできない。だから傍目には、遊園地に来ているのに無愛想で冷めているように見えるのだろう。

 

とは言え同伴している彼には少し申し訳ないし、多少は顔にも出すべきだろうか、と考えていると。

 

「そっか……じゃあさ、お化け屋敷とか、行ってみない?」
「………え?」

 

突然の提案に、間を置いて固まる。――お化け、屋敷?

 

「ほら、お化け屋敷の中ならほとんど人はいないし、暗いから多少は表情に出しても平気だと思うんだ」
「…た、確かにそうだけど。あなたはまだ、体調が回復していないでしょう?そんな時に行くようなところでは…」
「ううん、もう大分楽になったし。それにホラー系は結構好きでさ、こういうところに来ると必ず入るんだ。霧切さんは、そういうの平気?」

 

平気に決まっている。幽霊なんて非科学的なものは信じていないし、そもそも人の作ったただの遊び場だ。
……と、そんなようなことを早口でまくしたてると、彼は納得した顔で頷いた。
まあ、絶叫系で眉一つ動かさないんだから、そりゃ平気だよね――なんて笑いながら。

 

そんな訳で、休憩を終えた私達は入口に程近い場所にあるその建物を目指して歩いて行った。
今まで以上に顔が無表情だとか無口になったとか、そんなことは決してない。ただの気のせいである。

 
 

* * * * * * * * * *

 
 

ただの気のせいだろうか。
何となく、行先を提案してから彼女の顔が強張ったように見えるのは。

 

まあ、あれほどアトラクションに動じなかった彼女だから、きっと気のせいだろう。
当初考えていたような珍しい表情はおろか、ちょっとした怯えすらまるで見せてくれないとは、完全に予想外だった。
おかげでボクの方が先に参ってしまったのだから。…我ながら情けない。

 

だからせめて、楽しんでる笑顔くらいは見せてほしいと、周りに人がいなくなるお化け屋敷を提案したのだけど。

 

「…ね、ねえ霧切さん。そんなに早く歩かなくても…せっかくだからもっとゆっくり行こうよ」
「私達が早く出ないと、次のお客さんが入れないでしょう。なるべくさっさと出るべきよ」
「でも、暗いし分岐もあるから、急ぐと離ればなれになっちゃうかもしれないし…」

 

そう言うと彼女はピタリと足を止めて、ボクの横にほとんど隙間なく並んで立った。
これならはぐれる心配はなさそうだけど、通路があまり広くないので、ちょっと狭い。彼女もそう思ったようで、また先行しようか迷っているようだった。

 

「あ、ボクが先に行こうか?ゆっくり歩くから、ついて来てくれればいいよ」
「……そう。それじゃ、お願いするわ」

 

そう言って彼女はボクの背後に回る。そうして歩き出そうとすると、首のあたりに少しだけ違和感。
どうやら彼女は、ボクの着ているパーカーのフードをちょこんと摘まんでいるようだった。

 

「こうやって掴んでおけば、はぐれることはないでしょう?安心して歩いていいわよ」
「な、なんか犬扱いされてる気がするけど…まあいいや、じゃあ行こうか」

 

何とも格好がつかないけど、きっとさっきまでダウンしていたボクを気遣ってくれてるのもあるんだろう、多分。

 

それからは特に目立ったこともなく、順調にお化け屋敷の中を進んでいった。
外観は気合いが入っていたけど、中身は思っていたほど本格的ではなかった。怖いのが苦手な人でもそこそこ楽しめる作りにしたんだろう。
出てくるお化けはみんな、よく言えば微笑ましい、悪く言えば子供騙しのレベルだった。

 

「もうそろそろ出口かな…あんまり怖くなかったね。さっきの幽霊なんてメイクが少し剥げてたし」
「ええ、なんだか拍子抜けだわ」

 

霧切さんももう大丈夫だろうと思ったのか、少し前からフードを離していた。
しかし思った以上に暗かったので、彼女の表情はほとんどわからなかったのが残念だ。怖がってはいなくとも、多少驚いた顔くらいは見られたかもしれないのに。

 

――と、そんなことを思っていた時。

 

「っ!?」

 

後ろで息を呑む音がしたかと思うと、続けて小さな悲鳴と、ドサッと倒れるような音が立て続けに聞こえてきた。
ぱっと振り向くと、どうやら霧切さんは転んで尻餅を着いてしまったようだ。
しかし、どうも様子がおかしい。

 

「いやっ…な、苗木君っ……」

 

今まで聞いたことのない狼狽した声で、助けを求めるようにボクの名前を呼んでいる。
その声音はいつもより高めで若干震えていて、不謹慎ながらも可愛いと思ってしまった。
顔はどうも彼女の足先に向いていたようなので、ボクもその視線を追ってみると――

 

「うわっ…!?」

 

壁に掛かっている黒いカーテンの隙間から、床上を這うように真っ白い腕が伸びて、霧切さんの足首を掴んでいた。
その腕の持ち主は血糊を垂らした不気味な女幽霊――いや、もちろんスタッフだろうけど、今までの生ぬるさを吹き飛ばすようなリアルさである。
この生々しさを演出する為に、今まではあえて嘘っぽい仕掛けで油断させてたんじゃないだろうか。

 

やがて血まみれ幽霊は彼女の足から手を離すと、ニタッと笑ってから貞子さながらの長い黒髪を引き摺って引っ込んでいった。
すると天井に小さく照明が灯り、視界が回復して周りの様子が見えるようになった。恐らく、今のが最後の仕掛けだったんだろう。

 

「びっくりしたぁ…こんな所にカーテンなんかあったんだね。暗くて気付かなかったよ」
「……」
「?えっと…霧切さん、大丈夫?」
「……」

 

座り込んだままの彼女から返事が返ってこない。
足でも捻ったのだろうかと、中腰になって俯いた顔を覗き込んでみると、

 

「………何よ」

 

熟れたトマトのように耳まで真っ赤になった彼女に、上目遣いに涙目で睨まれた。

 

初めて目にしたその顔は壮絶な破壊力を持っていて、ボクは瞬きも忘れてしばらく見入ってしまった。

 

「…霧切さん、もしかして…腰、抜けちゃった?」
「……油断してたからよ。あんな、心臓に悪い演出があると思わないじゃない…」
「そんなに怖かったの?」
「驚いただけよ。全く怖くはなかったわ。不意打ちだったから驚いただけ」

 

結局、彼女は断固としてお化けなんて平気だと言い張っていた。…正直、あんな顔で言われても説得力の欠片もないけど。
不意打ちと言うなら、さっきの表情の方がよっぽど卑怯なのに。

 

「ちょっと、何頬を染めてるのよ。いやらしいことでも考えているのかしら」
「そ、そんなんじゃないよ!霧切さんだってさっきあんなに赤く…」
「……何か言ったかしら?」
「ちょ、痛い痛いごめんなさい!」

 

立てなくなってしまった彼女をおぶって外に出るというなかなか恥ずかしい経験をしながらも、頭の中はつい先ほど更新された彼女の表情で一杯だった。
まるで、アルバムの写真が全部彼女で埋まってしまったような感覚。

 
 

ああ――認めるよ、朝日奈さん。これは確かに、『そういう』感情だ。

 

脳内でクラスメイトに降参しながら、次はホラー映画にでも誘ってみようかな、などと懲りないことを考えるのだった。