居間に布団を敷き、そこにティスを寝かしつけた。
「おそらく、過労ですね」
左頬を二倍に膨らませたラージが言う。
「過労…!?」
「はい。機械的に言えば熱暴走です。パソコンが起動し続けると不具合を起こすように」
「…機械的に言うんじゃねえ。人間的に言え…」
感じた不快感を、そのままラージにねめつけた。
「これは失礼。用は、睡眠不足とストレスによる知恵熱のようなものです。風邪と言ってもいいかもしれません」
「風邪、か…おい、治るのか?」
「ええ。ゆっくり休養を取って、栄養のつく食べ物を食べさせれば、すぐによくなるはずです。おそらくは」
「その、デュミナスさんに連絡とかはしなくていいの?」
「変に心配させるとまずいでしょう。僕が後で連絡をいれておきます」
「…よっぽど思いつめておったんじゃのう。子供にはまだ酷な話じゃからな、受け入れられんかったんじゃろうよ」
「…バカ野郎が」
すぅすぅと、寝息を立ててはいるが、苦悶の表情を浮かべているティス。
まさか、また夢でも見ているのではないだろうか…。
いや、見てるんだろう。今も…。
「さ、後はゆっくり寝かせてあげましょう。安眠の邪魔をしてはいけません」
「…そうじゃの」
「そう、だね。…お兄ちゃん、行こう?」
「…あー、悪い。俺、ちょっとだけ残るわ」
「…そうですか」
「…コウタ、邪魔しちゃいかんぞ」
「ああ、濡れタオル取り替えたら、俺も出るわ」
「うん、じゃあお願いね」
そういって、居間から出、そっと襖を閉める三人。
ちょっと広めの畳の和室に、俺とこいつ、二人だけが残る。
「…おーおー、酷い汗だな、待ってろ、拭いてやるから」
額に乗せてたタオルを外し、洗面器の水に浸す。
よく絞ってから、軽く顔を拭いてやる。
「…なんつう面だよ、おい」
額に、鼻上に、頬にじわりと浮かぶ汗を拭き取ってやる。
…本当に、つらそうな、普段のそいつからは想像もつかない、痛々しい表情。
楽しい時間が過ぎてしまうのが、怖い。
それは、意識しなければ、決して気付かないこと。
何気ない日常が、あまりにも充実していたから。
それが壊れることの恐怖に気付かされ、怯えてしまったコイツ。
…バカ野郎が…
『…コウタ、前から気になっていたことがある』
「…なんだよロア」
『コウタは、ティスが見ている夢を、俺やデュミナスのように悪夢とは言わない。何故だ?』
「…んだよ、どうでもいいことに引っかかるヤツだな」
『ティスをこれほど苦しめ、思いつめさせた夢は、悪夢と言えるのではないか?』
「…ざけんな。あんなの、悪夢なわけねえだろ」
『…? コウタ、すまないが理解できない』
「…ロア。多分、俺は、戦士ロアとして生きていく」
『…コウタ?』
「多分それが、俺の進む道なんだろうよ。チームTDの人たちだって、フォルカやフェルナンドだってそうだ。自分が選んだ道を進んでいくはずだ。コイツが見た夢ではそう言ってたからな」
『…ああ、そうだな』
「だけど、あいつらも、俺も、みなそれぞれ自分自身で選んだ道を進むために、いつかは離れ離れになってしまう。それは、辛いことかもしれねえ」
『…ティスの気持ちは、俺も理解できる。いつの時代も、どんな世界でも、別れというものは、辛いものだ…』
「…ま、そんなリアリティ溢れてたこいつの夢で、2点だけ納得が行ってない点があるんだけどよ」
『…? ショウコの件と、あとひとつは何だ?』
「…ハッ、教えてやらねえ」
と、その時。
「うぅ…」
「ん?」
もぞ、と、ティスの手が布団からはみ出る。
「………」
ぎゅっ。
俺は黙って、そいつの手を握ってやる。
「う、う…う…」
「大丈夫だ、ティス。俺はここにいる。俺がついててやっからな」
両手でぎゅっと握り、そのまま、ゆっくり俺の額に押し当てた。
「ティス、お前が見ている夢は、悪夢なんかじゃねえ… 俺たちが先に、希望に、夢に向かって進む姿なんだぞ」
『……!』
「だから、不安なんてねえんだ。怖くなんてねえんだ、バカ野郎が…っ」
「う…う…」
「大丈夫だ。俺がいるから… 安心しやがれ…バカ野郎…」
届かない。多分今の俺の言葉は届いていない。
でも、それでも、繰り返すしかない。
こいつに、伝えてやらないと。
こいつが、歩いていけるように。
『…そうか、そう…だな。すまなかったコウタ。さっきのは俺の失言だ。謝る』
「…気にすんなよ、相棒」
『…相棒、か。フ、いい響きだ…』
「…?」
今、俺、なんて言った?
『…ふむ。11時か、そろそろ寝る時間だな、コウタ』
「…あ? まだ11時じゃねえか」
『いや、もう11時だ。時間は有限だ』
「…空気読めよお前。ティスがこんな状況で、俺一人で寝られるわけねえだろうが」
『コウタ』
「あん?」
『それはそれ、これはこれ、だ』
キュピーン、と、怪しくロアの瞳が光る。
あ…
「…それは、それ、これは、これ…」
『そうだ。戦士たるもの、休息は取れるときに取らねばならない』
あ、ああ、そうだな、寝れるときに寝ないと、な…
『うむ。まあ、今回は状況が状況だから仕方ない。ティスの横で休むといい』
ああ、そう、だな…
『布団は、俺が後でショウコに依頼しておこう。さ、睡眠の時間だ…』
そう、だな、なんか、眠く…
『ふむ、どれどれ、今日のコウタのカリキュラムは…』
なんだ、視界が、意識が、遠く…
………
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ほかほかと湯気の上がる、おつゆのしみたご飯と、ほどよく火が通った鶏肉を口いっぱいにほうばる。
うん、うめえ。ロアの作る親子丼は最高だ。
『そうか。どんどん食べるといい。ヒーローのエネルギー源は親子丼だ』
山椒をほどよくふりかけて、次々とどんぶりをたいらげていく。
うめえ、うめえ。
『コウタ、おかわりもあるぞ』
なんだと、まだ食っていいのか。ロアはやっぱりいいやつだ。
よーしくうぞー
ほどなくして、大量の空のどんぶり茶碗が俺の前に積み上げられた。
あー満足満足。幸せだー。
『…さてコウタ、しっかりお腹も膨れたことだし、早速今日のレッスンだ』
えー?
『えーじゃない。これはコウタに必要なことなのだ』
だいたい、なんで勉強なんかしなきゃならねんだよー。
ぶーぶー。
『いいかコウタ。これは俺の最大限の譲歩なのだ。普段勉学に勤しまないコウタを鍛え上げるための、な』
だって、勉強つまんねえよ。
『それはコウタが仕組みを理解していないからだ。大丈夫だコウタ。俺がしっかり基礎から鍛え上げてみせる』
グッ、とガッツポーズするロア。
『これはすべてコウタのためなのだ。今は苦しいかもしれない。俺を恨むかもしれない。だが、将来はきっと俺に感謝する日がやってくる。俺はその日を信じている』
ふーん。そっかー、ロアは俺のためにやってくれてんだなー。
じゃあがんばらないとなー、へへー、やってやるぜー!
『うんうん。しっかり勉学が終わったら、また俺の手料理を食べさせてやるぞ』
お、マジ? やったー♪
ロア料理うまいもんなー、よーし、がんばるかー。
『うむ。ティスが大変なことになってはいるが、それはそれ、これはこれ。勉学の道は一日にして成らず、だ』
…おう、そうだ。
うん、そうだよなー…
ティスがたいへんだけど… べんきょう…
『さあ、では今日も頑張ろう。ファイトだコウタ!』
ティスが… たいへ…
ティス…
ティス…
…おい…
『では、今日は英語のレッスンからだ、リピーッアフタミィー』
「…おう、リピーッ、アフタミィー…」
重なったどんぶり茶碗を、そーっと左手にとってー…
「 っ て ア ホ か ぁ ぁ ぁ あ あ ー ー ー ー ー ー ー っ ! ! ! ! ! 」
ど ぐ わ っ し ゃ ぁ ー ー ー ー ん っ
『ぬぉわっ!!? な、何をするコウ――』
「じゃぁっかましいっ!! そーかそーかやっぱりテメエの仕業だったかこの野郎ぉーっ!! 歯ぁ食いしばれぇーっ!!」
ぐしゃぁっ!!
『ツインッ!!』(※1)
めきぃ、と、思いっきりロアの被ってる頭巾ごと右頬を打ち抜いた。
よし、さすが俺の夢の中。魂だけのロアも殴り飛ばせる素敵空間。
つうか、夢と気付けた俺スゴイ。超イカス。
ケッ、あのクソジャリの名前を出したのが命取りだったな赤野郎!
「道理でおかしいと思ったぜ! なぁんで俺が勉強なんてかったりぃことを率先してしなきゃならねえんだぁ!!」
『くっ、痛た…お、落ち着けコウタ! 勉学は大事だ! 俺は心を鬼にしてだな!』
「うっせぇっ! こんなの洗脳じゃねえかコラァッ! 見事に食事で釣りやがってぇっ!!」
『だが、コウタはここ数日で立派に成長した! ノートを比較的きれいにまとめるようになったし、予習復習もキッチリとやってくれている! それはコウタが成長した証に他ならな――』
「てやんでぇーっ!!!」
ばきごきめきぐしゃぼかーんっ。
………
『…久しぶりの、痛みだ。フッ、まだ俺は、痛みを感じることが出来たのか…』
「今度やったらディス・レヴにちゅーちゅー吸わせるぞボケ」
『OK。わかったコウタ。暴力反対』
「ったく、何が夢は専門外だ! 思いっきり悪用してんじゃねえかこの赤色!!」
『まった! それは侵害だ! カイザーに誓って悪用などしていない! 俺はコウタのためを思ってだな!』
「あ゛あ゛あ゛ああもうッッッ! テメエウゼェエッ!!! もう一発殴らせろっ!」
『…フッ、やめろコウタ。夢の中とはいえ痛いものは痛いのだ。暴力のみでは何も解決しない』
「んだとこの野郎ッ!! …お…?」
もう一発殴ろうと思ったときに、振り上げようとした右拳に、何かを感じた。
…なんだ、これ、誰かに握られて…
『…どうやら、現実世界でティスがコウタの手を握っているようだな。握ったまま眠らせてしまったのでな。決められた時間に決められたカリキュラムを進行しないと、今後に支障が出るゆえ、無茶をさせたのがあだと成ったか。チッ』
「………」
ごちーん。
『ギギギ…』
問答無用で爺ちゃん直伝のゲンコツを食らわしてやった。
うずくまってしくしく泣くロアに、俺もしゃがみこんで視線を合わせる。
「…おい、ロア。テメエ、これだけのことをしてたってことは、夢は専門外じゃねえってことだよな?」
『…ぁう?』
「あうじゃねえよあうじゃ。どうせアレだろ? 魂だけなんだからそこらへんはこうぶわーって出来るんだろ?」
『…わからん。俺はコウタに如何にして勉学の基礎を叩き込むかだけしか興味がなかった故』
「よーしわかった。んじゃ、協力しやがれ。そんで今回の件は水に流してやる」
『…だいたい何をさせようとしてるのかはわかるが、ティスはコウタとは違う。上手くいくかはわからんぞ?』
「…違わねえよ。何一つな」
『…コウタ?』
「違わねえ。あいつはあいつだ。あいつは、俺の、大事な…」
『…そう、か』
そういって、フッ、と頬をゆがめるロア。
「いいから、やるぞ。つうかできなくてもやってもらうぜ。このままじゃ、俺が後味悪いからな」
『…やれやれ…』
ロアに肩を貸して、無理矢理立たせる。
―― 一番の手段としては、あの子の夢自体を、私やあなたが直接払拭してやれればいいのですが… ――
「つうか、最初っからこうすればよかったんじゃねえか、気づけバカ」
『…いかな理由があるにせよ、人の夢を観賞し、それに干渉するのはいいことではないぞ、コウタ』
「こ・の・口・が・そ・れ・を・い・う・の・か・コ・ラ」
『いふぁいいふぁいいふぁいぞフォウファ』
ギリギリギリギリ…
「ウダウダぬかすな、とっととやれ。”相棒”」
『! 今相棒って言ったか!?』
「言ってねえよ、とっととやれ赤色」
『…コウタは、アレか。ツンデレ(※2)と言うヤツか?』
ごちーん。
またギギギと唸ってじたばたする赤頭巾を蹴り飛ばして、
俺は、向かう。
ティスの、夢の中へと。
あいつの不安を、俺が直接、この手で吹き飛ばしてやるために。
※1…SFソフト『ラストファイターツイン』の略。おもしろいよ?(ティス談)
※2…コウタとかゼオラとかフェルナンドとか修羅の門や修羅のコクのヒロイン全員とか。あとハルヒ。へびほこの方の(ティス談)