【閑話・AC LINKS.net山猫の館】
「Order Match」の文字が視覚に表示され、ランクマッチが開始する。
舞台は荒野。砂塵と化した大地に数多の廃ビルが乱立する、かつて平和と呼ばれた都市が戦場だ。
「旧ピースシティか、障害物がカギになるな・・・」
開始地点はビル群に囲まれ、視界はほとんど利きそうにない。始動位置としては最悪といっていい。だが運の悪さを嘆いている暇はない。レーダーだけが頼りになるかと、心中で呟いたその刹那。レーダーに敵性を示す赤い光点がポイントされる。
ビルに囲まれ、互いの姿を肉眼で確認した訳ではない。しかしAsh likeは真っ直ぐにこちらへと移動している。
「Ash like・・・もうこちらを補足したのか?」
レーダー性能にそう差はないはずだ。相手に先に探知されたわけではないだろう。勘で動き回っただけか、あるいは不意を突かれても対応し得るだけの力量があると自負しているのか。
緊張が背筋を這う。自分はランクマッチに関しては素人なのだ。ならば余計なことは考えず、全力で喰らいつくのみだろう。
自機とAsh likeとは眼前にそびえる一際巨大なビルを挟んで相対する格好だ。上から攻めてくるか、それとも左右に回り込むか。総火力で勝るのはこちらだ、待ち構えて集中砲火を叩き込む・・・。
初陣での緊張と高揚の最中、クロードの出した選択は決して間違ってはいなかった。しかし、それはあくまでも定石であり、後手の対応だった。戦闘とは一手二手先を読みあうものだ。定石というものが如何に相手にとって御しやすい行動か、彼はまだ知らなかった。
全武装を展開。EN兵装をメインに固められたKNightsの瞬間火力は、ライフル戦闘主体のAsh likeを大きく上回る。一度目の接敵でアドバンテージを取る、取らなければならない。あるいはその気負いが、クロードの判断を鈍らせたのかもしれない。
真紅のポイントはルートを変更しない。上にも左右にもぶれず、一直線にビルへと加速している。クロードの選択にAsh likeは応じる。何よりも雄弁に、その行動で。
「直進・・・?まさか!?」
光点が障害物を示すマーカーと接触した瞬間、轟音がコクピットを揺らした。両者の間を塞いでいた巨大な廃ビルの腹に、巨大な穴が穿たれたのだ。瓦礫と破片を撒き散らし、現れたのは無論灰色の機体。オーバードブーストの閃光と粒子をその背から吹き上げ、猛烈な速度で接近してくる。いくらビルが老朽化しているとはいえ、なんて攻め手か。
舌打ちをする間もない。定石にない一手は、クロードの精神を大いに揺さぶった。接近戦に持ち込まれるのは厄介だ。飛び散る残骸がプライマルアーマーを叩くのも構わず、一気にブーストを吹かして左へと回避する。
Ash likeのライフルが熱風を噴き、高速の弾丸が今しがたKNightsがいた空間に食らいついた。腕部のレーザーライフルで応射するも、光線は加速したAsh likeを捕らえられず虚しく空を切る。
「やはり相当に戦い慣れているな・・・」
オーバードブーストを解除しても慣性を殺しきれず、灰の機体は大きな弧を描きながらこちらへと接近する。あまりにも単純な動き、好機と見たクロードは迎え撃つために機体を予測軌道上へ滑り込ませた。背面に搭載されたハイレーザーキャノンACRUXは驚異的な威力を誇るKNightsの主砲だ。これを逃せば勝機は薄い、確実に交差の至近距離で叩き込む。
Ash likeは冷静に両のライフルをKNightsへ向け、炸裂した幾発もの弾丸が発射されていく。退くという選択肢は捨てた。応じるようにチェインガンCG-R00及びハイレーザーキャノンACRUXの狙いを定め、プライマルアーマーを貫通し装甲を掠めていく弾丸の中を、挑むかの如くクロードは走った。
「ここで優位に立ってみせる・・・!」
幾条もの射線が両者の間を飛び交い、粒子が弾け、装甲が軋んでいく。刹那の内に距離は縮み、クロードの狙う必殺の間合いへとAsh likeがその足を踏み入れた。
その間合いを確信し、引き金を引く。回避する猶予など与えない。ACRUXの銃口が一瞬にして青の光に包まれ、独特の発射音と共に連装のハイレーザーがAsh likeに放たれた。反応すらせず、灰色の装甲は青い爆風に巻き込まれていく。
「・・・よし!」
間違いなく直撃。あとは射撃戦で削りきるだけだ。そう、クロードが油断した一瞬だった。Ash likeを取り巻くプライマルアーマーが、凶暴な光へと姿を変えたのは。そこが必殺の間合いだったのは、クロードだけではなかったのだ。
爆音と閃光が、視界を埋め尽くした・・・。
クロード気がついたときには「Match Finish LOSE」の文字が表示され、ランクマッチは終了していた。
先ほどの戦いをあっけないと話し合う者もいれば、新人には荷が重かったと言う者もいる。それも、次のランクマッチが始まればすぐさま忘れさられていった。
戦い、自分は敗れた。ただそれだけのことだ。敗北はクロードの心に何ら響くことはなかった。ただひとつ問題があるとすれば、アスピナ機関のリンクスに実力が及ばなかったということだ。
一層訓練が必要だな、とぼんやり思考していたクロードの視界に、一人の女性が映る。
それは病的なほどに色素の抜け落ちた白い肌をしていた女性だった。恐らくはコジマ汚染だろう。それも、重度の。だが彼が思ったのは「似ているな」ということ、そして「懐かしい」の二つだった。声をかけようかとも思ったが、思いとどまる。先ほど戦った相手と話が弾むはずもないだろう。見れば、彼女にも迎えの車が来ているようだ。
クロードは背を向け、会場を後にする。これから先、アスピナとの関わりが強い人物との接触は避けたほうがいいだろう。何よりも自分自身の目的の為の。
立ち去ろうとしたクロードは、背に視線を感じ振り返った。だが、そこにはもう彼女はいない。肩をすくめ、クロードは自分の迎えの元へと向かった。
Written byノマク&ボウズ
ローゼンタール/No.003 クロード・トハリス/KNights
独立傭兵/No.030 Snow/Ash like
元版閑話・山猫の館2