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「やあふまれさん。ちょっといいかね」
「ん?……あ、オレオ。なんか久し振りだね!……ていうかなんかちょっと見ない間に逞しくなってない?」
「フフフ…アブトロニックを着けていたからな」
「そういえば言ってたね。へぇ、効くんだ…わたしもやってみようかなぁ。
最近ご飯が美味しくてさ…つい食べちゃうんだよね。あはは」
「ふまれさんの最近っていつからなんだ…。
それはそうと、そんなふまれさんに緋想天ファイトを申し込む!今日の放課後だ!」
「い、いきなりね。…それになんか、みんなこっち見てる気がするんだけど」
「……気のせいじゃないだろうか」
「そうかな……」
予鈴が鳴る。
「おっといかん。んじゃ、約束な」
「う、うん。約束」
ふまれさんに背を向ける。
周りの生徒たちから、おお……とどよめきが起きて、
びっくりしたふまれさんがきょろきょろしているのを横目に教室に入った。
―――
でまあ、放課後である。
「クックク…逃げずに来たことだけは褒めてやろう…」
不敵に笑う俺を見て、ふまれさんはジト目。
「いや…いや、明らかにおかしいでしょこれ…」
「何がかね」
ふまれさんは周りをくるりと見て、叫ぶ。
「何がって…なんでこんなに人がいるのよー!」
「……うーむ」
つられて辺りを見回す。
校庭には黒山の人だかりが俺たちを囲み、校舎の窓からも大勢の生徒が顔をだして野次を飛ばしており、
料理同好会は弁当を売り、新聞部はトトカルチョの元締めをやっていた。
お前らって他にやることはないの!?
「……何か企んでる?」
ふまれさんの問いに
「まあね」
平然と答える。
「俺が勝ったら全てを明かそう」
「…わかっ……ん?『俺に』、じゃなくて『俺が』!?
え、じゃあ私が勝ったら…?」
「……真相は闇の中という事で……」
「そ、それズルくない!?」
「兵法と言ってもらいたい。だが心配は無用だふまれさん。
……今日ばっかりは、俺が勝つ」
俺の視線をまっすぐに受け止めて、困惑気味だったふまれさんの表情が引き締まる。
「事情はよく飲み込めないけど……本気みたいだね」
「汲んでくれてありがたい。
……準備はいいかな?」
「うん」
じり、と間合いを量る。
………。
「――あーテステス。始まりますね?
それでは皆さんお待ち兼ね!…ご唱和下さい!
……緋想天ファイトォ……」
スピーカーから淫乱さんの声が響く。
おい、そこ取るのかよ!
『レディ……!!』
みんなの声が重なる。
もう何も考えない。
突撃だ。
前傾で溜めを作る。
それを悟ったのだろう。
ふまれさんも身構える。
ぶつけてやろう。
全てを。
『ゴー!!』
――校舎屋上にて
「何よあるる、こんな所に呼び出して……見に行かなくていいの?」
「………いい。ちょっと思いっきり体動かしたいの。付き合って、ゆむ」
「こう見えてヒマじゃないんだけどね…。まあいいさ。こういう機会も滅多にないし、
……気持ちがわからんでもないし」
「……ありがと。本気で来てね」
「誰に向かって言ってるのよ。……始まるみたいね」
「そうね。…じゃ、下のコールと同時に開始で」
「了解。行くよ。レディ…」
「…ゴー」
―――
これはダメかもわからんね!
間合いを取りながら心の中で叫ぶ。
特訓の成果なのか、いつもよりはずっと追い詰めている。
しかし、実力差をひっくり返すまでには至らない。
というか、実質特訓の大半はひたすら基礎の復習と、もう一つ、あることに費やしていたのだが、それを発揮するチャンスがないのだ。
と、ふまれさんの表情が変わる。勝負を終わらせに来るつもりだ。
「頑張ったけど…ここまで。悪いけど、決めるよ。オレオ」
ふまれさんの手に、赤い光が灯る。
来た!
ずっとこれを待っていたんだ。
シーカーワイヤー。
ふまれさんの手から迸った光が、人形を伝わって、俺に繋がる。
人と人とが、一本の糸で繋がっていく。
何度も見た。彼女の得意技だ。
この糸に絡めとられてしまえば、きっとまた元どおり。
「今回もわたしの勝ちだね、オレオ」
ふまれさんはそう言って、俺に手を貸して…そしてまた、いつもの日常に戻っていくのだろう。
実はそれも悪くないと思う。
ふまれさんの後ろを歩いて、いろいろな場所へ行き、たまに巻き込まれる。
ずっとそれがつづいていく。楽しくて、刺激的な日々。
そんな日常を、俺はとても愛していたから。
でも、決めてしまった。前に進むと。
彼女の隣に並ぶと。
用意された、幸せの選択肢(あかいいと)を振りほどいて、前へ。
ふまれさんは、驚いた顔。
躱せるとは思っていなかったんだろう。
躱せなかったさ。
俺一人なら。
―――
「オレオ先輩はあれっすよ。シーカー見るとなぜか退くんです。だから当たっちゃうんですよ
突っ込んで押し倒しちゃえばいいんです」
「おおオレオ!あなたはどうしてオレオなの…!?」
「なるほど…所で詐欺夫、御宅の部長さんはアレなにやってんだ」
「次の公演は、愛し合っているのに戦う運命の二人を描いた、『オレオとふまれット』だそうで」
「勘弁してくれ」
ふまれさんとおなじファイトスタイルの人が複数人いるのは、よりによって演劇部だけだったので、よく足を運んだ。
「しかし、なんか怖いんだよなーあの技。最初にやられたからか、トラウマ的恐怖が」
「なるほど。まあ、数をこなすしかないでしょうな」
「うぉーいオレオー。シーカー使えるやつ片っ端から連れてきたぞー」
「ちーすけ!ありがたい!」
「ああ、ちょっと考えてることがあってな。お前が勝った方が俺もおいしい」
「なんだそりゃ」
「別な話。よーしじゃあいってみっかー」
「え、全員一気?」
「ああ、これだけの数に慣れておけば一本くらいなんともねぇよ」
「俺の体が本番前になんともなるわ!」
「発射ー」
「聞けェーっ!」
―――
そう、鍛えたのは、この技、シーカーワイヤーの突っ切り方だ。
でも、この学園、それをやってのける人間はわんさといる。
ふまれさんも当然それに対する対策がある。
だから、この一発目が勝負だった。
かわせないと思っているうちに、叩く。
これを外せば後はない。
ふまれさんはもう目の前。
伸ばしたこの手は。
あの太陽にだって、届く。
―――???
部屋の窓から校庭を眺める、複数人の人影。
「今回は、バッドエンドじゃないの?」
「さあ?わかんないよ。それはオレオくんが決めること」
「適当だねえ…オレオくんはミスターバッドエンドなんでしょ?」
「適当ですとも。その通り。だから、二人の出会いが運命なら、きっと今回もバッドエンドだね」
「出会いが、運命なら……ねえ。出会いが運命かそうじゃないかって、どうやって判別するの?」
「全ての出会いは運命だと思うよ。……でも、そこから前に踏み出すのは、自分の意思なんじゃないかな。
二人が重ねて来た日々が、生まれた意味を超えていく…ちょっとロマンチックな話だよね」
「……あきれた。なんだ、それじゃ、オレオくんには最初から……」
「そう。呪いなんてかかってないんじゃないかな。人生のここぞって時に、選択肢なんて誰にも出てこないんだ。
オレオくんは、『私』。何もかもがままならない『私たち』なんだよ」
「その対極にいるのがとしあき君だね、否応なく人を惹き付けてしまう魅力を持ってる。
さっきの言葉を借りると、「全ての出会いが運命」なら、
彼にはきっと、運命を掴み取る力があるのかもね。それも、とびきり強力な」
「なるほど。誰をも愛し、誰もに愛されるとしあき君は、さしずめ主人公(ヒーロー)ってわけですね」
「似たような境遇ではあるけど、オレオくんには、特別な力は与えられなかった、と」
「ふむ、じゃあ、主人公になれなかったオレオくんは……一体、何になるのかな?」
「そんなのは決まってるよ」
「―――男になるんだ」
―――
「…………」
目を開けたら、空が見えた。
…いや、なんで?
確か…ふまれさんに手を伸ばして、もらったーって所で…
そうだ、後頭部に衝撃が来た。
ふまれさんがあらかじめ投げていた人形が、俺を後ろから襲ったのだ。
で、勢いあまって……ふまれさんとおでこがごっつんこ。
そしてブラックアウトである。かっこ悪!
回想まで挟んどいて俺かっこ悪!
……ふまれさんはどうなった?
上半身を起こして見てみると、ふまれさんも俺の正面からすこし離れた所に、仰向けに倒れていた。
「ふまれさん」
と、声をかけてみる。
「うん」
返事が返ってきた。意識はあるようだ。
「………負けちゃったかな」
「いや……これは勝ったともいい辛い。5秒前まで俺もオチてたし」
ふまれさんは、相変わらず仰向けのまま。
「じゃあ……引き分け?」
「そんな所かね」
二人して黙る。
さっきまで騒いでいた観客たちも、静まり返っている。
「引き分けでも、真相、教えてもらえるのかな」
「……う~ん……できれば、格好良く発表したかったんだけどな……」
「いいじゃない、ちょっとかっこ悪い方が、オレオらしいよ」
「ひどい言われようだ」
「あはは…よっと」
ふまれさんも、上半身を起こす。
「まあ、いいか。実はなふまれさん」
「うん」
ふまれさんの瞳が、俺を覗き込む。
「ふまれさんに一言言いたいことがあって、この場を設けさせてもらった。
ビビりだもんだから、みんな巻き込んでな」
「……うん」
………。
「好きだ。ふまれさん」
好き。
ああ…ああ。たった一言。これか。これか、くるるん、さとりん。あってるか?
「好きだ、好きだ。ふまれさん。わけわかんねえくらい」
そうなんだろうな、俺はふまれさんの事が好きなんだろうな、とは思っていたが。
言葉にして、初めて、気持ちが追いついてきた。堰を切ったように。
「これを言うために…ふまれさんと戦った。…勝って言いたかった」
「………」
ふまれさんは、泣きそうな顔をしている。
それだけで、胸が押しつぶされそうな気持ちになる。
今俺もきっと、泣きそうな顔をしているんだろう。
「…………うん」
ふまれさんの目から、一粒だけぽろりと涙があふれて。
笑った。
ちょっとどうなのってくらい綺麗だった。
「……オレオ、私も」
「うおおおお!!」
すげえいい所で観客の中から影が飛び出してきた。
「ふははは!二人の想いが通じたこの瞬間…ふまれよ!今お前は確実に美しい!
そしてその美しさを永遠のものとしよう…俺のレイプによってな!」
わあ、今回大人しく協力してくれてるなと思ったら、最悪のタイミングで来やがったー!
慌てて立ち上がり立ち塞がる。
勝てないまでも、なんとか足止めしなくては。
「しゃらくせぇぞオレオォォ!」
「ちーすけェェ!!」
あわや激突、これは死んだ、と思ったが、そうなる寸前に、目の前で光が走った。
「そこまでなのだ」
「無粋な真似は止めときな。ちーすけ」
「……ちっ」
ちーすけの首を挟むように、テケちゃん刀とめかふ先輩の鎌が交差していた。
あと一歩踏み込めば只では済まなかっただろう。
あのスピードから急停止するちーすけも常識が通用しない。
「これはさすがにムリか……ま、オレオの頑張りに免じて今回は諦めるか。おめでとさん、オレオ。
強くなりたくば、食らえ!…だぜ」
踵を返し、手をひらひらさせながらちーすけが去っていった。
「……とは言え、私たちも少々無粋だったかね」
「失礼するのだ」
続いて二人も生徒たちの輪の中に戻っていく。
ぽっかりと開いた輪の中は、再び俺とふまれさんの二人きりだ。
しばらくの沈黙の後、
「……最初のときは」
ふまれさんがぽつりと呟く。
「最初にちーすけと会った時は、反応もできないで、後ろで見てたのにね」
ふまれさんは自嘲気味に笑って、俺を見る。
……そんな事もあったっけな。
「今じゃ、わたしを守るために、わたしの前まで出て来てくれた……あはは。実はね。
オレオは、ずっとわたしの後ろを歩いて来るんだろうなって思ってた。
わたしが前に立って、学校を一緒に巡って、それがずっと続くんだって思ってた」
表情が、はっきりとした笑顔に変わる。
「オレオの背中、初めてちゃんと見た気がするなぁ」
ふまれさんが、立ち上がる。
「でもまだ、前になんて行かせないんだから」
ゆっくりと歩いて、俺の、隣へ。
「………ありがと。嬉しかった」
視線が重なって。
「私も、すき」
ちょ、
ふまれさん、
近い。
……………。
うおおおおおおーーーっ!!と歓声が上がる。
なぜか同時にあたり構わず緋想天ファイトが勃発した。
「マジ許す!気に入らんやつはぶん殴れ!喧嘩祭りじゃーーーっ!」
校長室の窓から雷影様が叫んで飛び降りる。
着地地点の生徒が大勢吹き飛んだ。
PTAは何してんだ。
かくして、なんだかテンションが上がってしまったらしい皆様方が
当事者たちをすっぽかしてお祭りを始めた。
「………なんだそれ………」
いろいろな意味で呆然としていている俺の横で、ふまれさんが笑う。
「まあ、この学園が騒がしいのはいつもの事じゃない」
つられて俺も笑う。
「それもそうか」
―――部活棟屋上にて
「うわー、本当にやったねー!オレオ君」
くるるんが校庭を見下ろして笑った。
いまや校庭は大変な騒ぎだ。
くるるんもうずうずして、今にも飛び出していきたそう。
「切り札、ちゃんと使ったかな?」
「使ったよ。間違いない」
私達が教えなくたって、使ったに決まっている。
言わなくたって伝わることもたくさんあるけど、やっぱり口にして出したほうが重みが宿るものだ。
ふまれちゃんも、うすうす気づいてはいたんだろうけど……
待ってたのかな。
それとも、あの言葉が本当に奇跡を起こしてしまったのか。
結局のところはわからない。
人の心は複雑怪奇だ。
私だってそう。
くるるんは?
時々不安になったりしないのかな?
「盛り上がってきたーっ!行こうさとりん!」
くるるんが、フェンスの上に立って私へ振り向く。
「うん。あのねくるるん」
「なに?」
だから、たまには言葉にしよう。
「大好きだよ」
「………っっ!?」
真っ赤に茹で上がったままずるっとフェンスから滑って、くるるんが落下していった。
あはは、可愛いなあ。
私はカードをライドして、屋上から飛ぶ。
空中でくるるんをキャッチして、華麗に校庭に着地した。
お姫様と、騎士のように。
「…私もだいすき。さとりん」
私にお姫様だっこされたまま、くるるんが笑う。
「うん」
なるほど、力が湧いてくる。
奇跡だって起こる。そんな力。
なんとも照れくさいけれど、これが愛の力ってものだね。
―――校庭西側にて
「ゆむさーーーん!どこーーーーっ!?」
「万歳先輩ー!卒業を控えた今こそ、ぜひ……って、早いな。もういなくなっちまった」
「…残念でしたね」
「ん?……なんか機嫌悪いか?」
部活熱心なのはいいことだと思うけど、あんなにロマンチックな告白をみていい雰囲気にならないのは、やっぱりちょっと納得いきません。
で、できれば、二人きりになりたいくらいなのに。
「ダーリンは……例えばですよ?わたしと槍のどっちが大切かって訊かれたら、どう答えますか?」
彼は少しきょとんとすると
「んー……そうだな。ハニーは、自分の右手と左手のどっちが好きだろう?
俺にとってはどっちも大切で、代わりもないし順番もつけられないものだよ」
「……むぅ」
模範解答です。
あの槍が彼にとってとても大事なものであることを知っていて、物に嫉妬して
こんな質問をして、彼を困らせてしまう私は…うう…すこし自己嫌悪。
でも……
でも、もう一声欲しいのが微妙な乙女心。
「そら、祭りが始まりそうだ」
彼が手を差し出してきます。
でも、その手を素直にとってしまうのも、なんだか悔しい気がします。
……あれ?何か違和感が……
あ。右手だ。
彼の利き手は右手なので、当然得意の槍投げをするときなんかも右手を使います。
でも今は、居心地悪そうに左手で持って、利き手の右をわたしの方へ。
「……早く行かないと終わっちまう」
そっぽを向いたまま彼が言います。
その表情は、紙袋に隠れて見えないまま。
でも、きっと。
「うん!」
彼の手を一度ぎゅっと握って、離します。
「でも、これから戦いに行くんですから、手を繋いだままじゃおかしいですよね?」
「……それもそうだ」
こんなに不器用なひとが、利き手じゃないほうで武器を使ったら、上手く戦えないに違いありません。
だから、今はあの槍に、彼の右手を譲ります。
「それじゃ、改めて行くか」
「行きましょう!」
でも、戦いが終わったら……
今度はわたしから、彼の右手をとって歩こう。
そう思うのです。
―――校庭の端にて
世界は絶望と悪意で溢れている。
期待したって何もいいことなんかなくて、他人の笑顔なんて全部うそっぱちで
奇麗な花はいつか枯れてしまって、楽しい夢はあっという間に覚める。
夢も希望もない世界。
押し潰してやりたかった。
こんな世界を一切合財押しつぶして、さらっぴんに整地して、そのまま静かに朽ち果てる、石。
そうなりたかった。
でも、見てしまった。
空に輝く、星。
人が昔から、夢や希望を託してきた、まぶしいもの。
欲しいなって、思ってしまった。
私とだぜだーは、校庭の端っこで、大騒ぎの校庭を見ている。
「……どうして一緒にいてくれるの?」
そう問いかけると、だぜだーは不思議そうな顔。
「どうしてって、どういうことだぜ?」
「私から見たら…だぜだーは、空に浮かんでるお星様みたいなものだよ。
私は、半分地面に埋まって動かない、巨大な岩。一緒に居たって…滑稽なだけ」
「そんな事はないぜ」
「あるよ。だからだぜだーは私から離れた方がいい。
私は、人付き合い苦手だし…一緒にいたら、だぜだーの評価まで下がっちゃう」
私が手に入れてしまうことで、星は輝きを失ってしまうかもしれない。
それが、怖い。たまらなく怖い。
「……あっちゃん」
だぜだーの、静かだけど、とても強い声。
「私があっちゃんと一緒にいるのは、他のなんでもない、
私が、一緒に居たいからなんだぜ。
あっちゃんがいやだって言ったって、離れない。
…あっちゃんは、私と一緒にいるのは…嫌…かな」
「い、いやなわけ…いやなわけないよ…」
あわてて首を振る。
「よかった。
星だって、近付いて見たらただの岩。光って見えるのは、誰かが照らしてくれてるからなんだ。
私もあっちゃんもおんなじなんだぜ。もしあっちゃんの今いる場所が、光の当たらない場所なら
……私が行く。
だからさ。そのためにも光の早さで何百年もかかるような距離じゃなくて…
こうやって、いつでも手が届くような場所にいたいって、思うんだぜ」
まっすぐに、一切の淀みや迷いもなく、私を見る。
あ、だめだ。泣きそう。
だから、目を閉じる。
「…………ばかみたい」
とても小さな。でも、とてもとても大きなその星に寄り添って、私は静かに目を閉じる。
周りの喧騒は次第に遠ざかって、まるで、宇宙にだぜだーと二人きりのよう。
このまま時間が止まればいいのに、なんて考えてから苦笑い。
ばかみたい、なんて、私の事だ。
でも、今だけ……もう少し、このまま。
星に願いを、なんてガラじゃないけれど。
私の中に生まれた小さな夢や希望。
……もう少しだけ。
―――校庭東側にて
「………うそ」
絶対に無理だと思ってたのに。
心底たまげて、あたしは立ち尽くしていた。
無理だったはずだ。あいつ本人だってきっとそう思っていた。
でも、あいつは諦めなかったんだ。
そして勝ち取った。
あたしは諦めてしまった。
師匠が相手ならしかたないなって。
師匠はすごく強くて可愛いから。でも。
あたしも、諦めなかったら、ひょっとしたら。あんなふうに。
とっしーと。
「あら?」
「?」
突然かかった声に振り向いた。
「どなたかと思えば『としあきさんと仲のいい』雛山さんじゃありませんこと?」
「……地子ちゃんか。あたし今、ちょっと機嫌悪いんだけど」
軽く睨む。マイナスな考え事をしていた自分と、まさしくその考え事の核心をついた台詞に、少し苛立ってしまった。
でも、地子ちゃんは少しも怯まなかった。反対に睨み返してくる。
「偶然ですわね……わたくしもですわ。せっかくだし、短刀直入に言いますわね。
そこで地子ちゃんはいったん目を閉じて、意を決したように話し出す。
「………好きなんでしょう?としあきさんのこと。
それなのに、貴女はどうしてそんな空っぽな顔で今そこにいるんですの?
貴女を見ていると……まるで」
「あんたになにがわかるっていうのよッ!」
地子ちゃんの言葉を遮って叫ぶ。
まわりはもはや怒号や悲鳴が飛び交っているので、特に気に留める奴もいない。
一拍待って、地子ちゃんは言葉を繋げる。
「まるで…自分の未来を見せられている様。お前にだって無理なんだと、そう言われている様で」
「……っ!」
地子ちゃんの静かな怒りに、わたしの炎のような怒りが一瞬たじろぐ。
ああ……そうだったんだ。
地子ちゃんも、とっしーのこと…そして、地子ちゃんは、まだ。
「わたくしは、まだ諦めていません……オレオさんが、見せてくれましたもの。
諦めてさえしまわなければ、きっと想いは届くと。
貴女はどうです?あの強くて可愛い球体さんが相手だから…諦めてしまいますの?
諦めてしまえますの?」
地子ちゃんが、強い視線で私を見る。
「……いやだ」
ああ、ふつふつと湧き上がる、この気持ちは。
そうだ。あたしだって、本当は。
「いやだよ!あきらめたくない!
今だって、師匠ととっしーが一緒にいるのを見ると、胸がズキズキするんだ!
とっしーが、私のほうを見て笑うと、心がすごくあったかくなるんだ!
ちょっと話ができるだけで……泣きたくなるくらい嬉しいんだ……
無理だよ……あきらめられないよ……」
涙が出てきてしまった。
地子ちゃんはそんなあたしをみて、挑むような視線で訊いた。
「なら……どうしますの?」
どうするって?
答えはひとつだ。
「戦う」
この想いを、戦い抜く。それしかない。
「『戦う』…か。
それでこそ緋想学、それでこそ、雛山愚連隊ですわ」
地子ちゃんが、不敵に笑う。
涙を拭いて、私も笑う。誇り高く。
「その通りよ……ゴゴッ!」
「―――ここに」
私の専属メイドであるゴゴゴが、私の背後に傅く様に出現する。
「まずは手近なライバルから蹴落として行こうかな。
あたしとしたことが、なんだか守りに入ってたわ。
……こっから攻めて、巻き戻すわよ」
「流石でございます」
「敵に塩を送るなんて、本当に地子ちゃんはお人よしです。
……まあ、そんなところが可愛いんですけどね。
ともあれ、多勢に無勢では、加勢する他ありませんね」
「あら、ティーちゃん…可愛いだなんて、そんな……」
どこから聞いていたのか、地子ちゃんの隣に、ミルクティーちゃんが並んでいた。
「何人でも構わないよ。…じゃあ始めようか」
「ええ……始めましょう」
向かい合って、笑う。
「地子ちゃん」
「なんですの?」
「……ありがとね」
「どういたしまして」
そうだ、振られてもいないのにあきらめるなんてできない。
始めよう。
あたしの王道は―――
ここから、また。
―――校舎屋上にて
お互い倒れたまま、空を見ていた。
「終わったみたいね…いや、始まったのかしら?」
副会長…ゆむが、俄かに騒ぎ出した校庭の喧騒を聴いて、くすくすと笑う。
「どうでもいいわ」
敢えて面倒そうに答える。
どうでもいいわけがない。
少しだけ恰好をつけて、オレオのやつにはああは言ったものの―――
やっぱり、これから離れて行くであろうあの子のことを思うと……寂しくないなんて、言えはしない。
ゆむの奴もわかって言っているのだ。憎たらしい。
「っていうか、校庭大混乱じゃない。こんな時に、鬼の副会長が屋上で寝てましたなんてことが知れたら、始末書ものよ?
まあ、誘ったの私だけど」
「は、それこそどうでもいいよ。『楽しくて、つい』って書いて提出するさ」
「なにそれ」
またしばらく黙る。
「ゆーーーむーーーーさーーーーん!!!どこですかぁあ~~~!!」
校庭の騒ぎから、一際大きな声が聴こえる。この声は…ていうか声じゃなくてもわかるけど、万歳さんね。
「おモテになりますこと」
「むぅ……」
意趣返しに、今度はこちらがくすくすと笑いながら言ってやる。
「仕方ないなあ」
ゆむが、よっこいせという風に立ち上がる。
「行くの?」
「ああ、まあ呼ばれたなら行かなきゃね…でもま、すぐ現れるのも癪だし、正体は隠して行くかな」
制服の内ポケットから、マスクを取り出す。
…あ、あれって…
「あるるだけには教えよう。学園の平和を守る謎のヒーロー、マスクドゆむ……その正体はね……」
そのマスクを装着しながら、愁いを帯びた表情でふっと目をそらし
「実は………私なんだ」
「ナンダッテー」
「…なんか反応薄くない?」
「ソンナコトナイワヨ」
「なんで腹話術なのよ……まあいいわ。んじゃ、行くわね」
「はいはい」
ゆむが柵に飛び乗ってこちらを振り返る。
ああ、これでまた一人っきりね。
別にいいけど。
ごろりと寝がえりをうつ。
……。
!!
……声が、聴こえた。
―――校庭中央にて
「オレオ、早速なんだけど、ちょっと浮気していいかな?」
「えっ!?本当に早速だな!早いに速いをかけて早速だな!」
二人して校内の騒ぎを眺めているさなか、ゆむ先輩を探して絶叫する万歳先輩を見て
ふむ、と唸ったふまれさんが、突然そんな事を言い出した。泣いた。
「ちょっと、お礼を言いたい人がいるの。……聞こえる場所にいるかは、わからないけど」
「………ああ」
ビビった。そういう事か。
「そりゃあ、浮気とは言わんよ…。というか、俺が間男だ。それじゃあ」
本心だ。むしろ、俺だって言っておきたい。
「ふふ、それもそうだね。…うん。じゃあ、まずは、オレオにありがとう。
それと―――」
ふまれさんが、大きく息を吸い込む。
そして、叫ぶ。
「あるる先輩ーーーーーーー!!いつもありがとうございます!!
これからも!!よろしくお願いしまーーーーーーーーーーす!!」
その声は、とても大きかったけど、校内の喧騒と比べるとまだ小さくて
広い校内全体に響いたかどうかはわからない。
でも、叫び終えたふまれさんは満足そうに息を吐いて、
目を閉じて、手を広げて、空を仰ぐ。
まるでメッセージの電波を届ける、アンテナみたいだと思って、思わず笑う。
そうならばきっと、あの人に届いたはずだ。
―――
万歳さんとは別の、誰かへと叫ぶ声。
聴き間違えようはずもない。あの声は―――。
がばっと起き上がる。
「はっ、なぁんだ。あんただってモテるじゃないの?あるる」
にやにやと笑いながらゆむがこっちを見る。まだ行ってなかったのか。恥ずかしい。
「行く?」
「…………いいわ、面倒くさい」
「素直じゃないねえ。ま、私は行くよ。気が向いたらおいで」
ゆむが、屋上から校庭へ降りていった。
「全く…下らないってのよ」
もう一度横になって、目を閉じる。
そして、イメージを始めた。
私の大切な、あの子のイメージ。
―――
オレオの奴はやっぱり面白いなぁ、と思いながら
大騒ぎの校庭を、わたしは走る。
「ゆ~~む~~~さ~~~~ん!」
おおっ、師匠発見!
さすが師匠は、声もでかいな!
「しーーーーしょーーーーーっ!」
わたしも負けじと叫ぶ。
その声に気付いて、師匠が振り返った。
「あら、天子ちゃん」
「ししょー!一緒に遊ぼう!」
そのまま師匠に抱きつく。
「て、天子ちゃん…悪いんだけど今は」
「キーちゃ…あっ」
「あっ」
「あ?」
突然空から降ってきた謎の仮面が、わたしたちを見て固まる。
それを見た師匠も固まった。
わたしもとりあえず固まってみた。
「えーと………お邪魔だったみたいね?」
硬直の解けた謎の仮面がそそくさと帰る。こいつ何しに来たんだ?
「えっ!?いや、あれ?ちょ、違うんです!ゆむさん?ゆむさーん!」
それを見た師匠が大慌て。知り合いなのかなあ。副会長の名前を呼んでるけど、あれは副会長じゃないよ。
「いや、人違いだし。私はマスクドゆむだし。お疲れ様だし」
ほらね。お疲れ様。
謎の仮面はシュババと飛んでいった。
「ゆむさーーーん!うああ~~~ん!!!」
うおっ、師匠が泣きだしてしまった!
よくわからんけど、あいつか!あの仮面が師匠を泣かしたのか……?許せないな!
「師匠、追いかけよう!」
「……え?」
「あの仮面になんか言いたいことがあるんだろ?追いかけてって、ぶっ飛ばしてやろう!」
「天子ちゃん……そ、そうだよね!話せばきっとわかってくれるはず……うん!行こう!」
急にやる気でたなー。
よほどあいつが憎いんだろうな。
よしよし、二人であいつをぶっとばして、ハッピーエンドまっしぐらだ!
―――
見つけた!
天子ちゃんに元気付けられて(そもそもゆむさんがどっかいったのは天子ちゃんのせいのような気もするけど)
ゆむさんを追いかけたら、案外あっさり見つかった。
「いた!いたぞ師匠!」
天子ちゃんも発見したようだけど、これは状況が変わってないんじゃないかしら……
「覚悟ォー!」
あ、あれ?天子ちゃん?
天子ちゃんがゆむさんに飛び掛っていく。
ど、どうなってるのー!?
「見つけた!」
「どわーっ!」
と思ったら天子ちゃんが横から飛んで来たギラギラした物体に捕まった。
もう何がなんだか……。
「ふふふ、探したよ天子ちゃん…この混乱で部のみんなとはぐれてしまってね。
私を引き立て、私が引き立てる事によってさらに目立てる人材を探していたんだよ!」
ああ、あれは演劇部の。
「な、なんだお前ー!これから私はあの」
「おっと、心配する事はないぞ。今日は私と天子ちゃんでダブルフィーバーだからな」
「はーなーせー!」
演劇部の部長…最高さんは、こちらを振り向いて一礼ののち、にっこり
「こんにちは万歳先輩!ちょっと可愛い後輩をお借りしますね!
…そうそう、先輩の時折見せる二面性…女優向きと思いますよ!では!」
「し、ししょ、師匠ー!」
「黙れ!そして聞け!魑魅魍魎跋扈するこの地獄変……この私がここにいる!
最高フューチャリング天子ちゃん爆現!」
「………」
そして、人だかりの中に踊るように消えていった。
いや、消えていったといっても、どこにいるのか丸分かりで見失う方が難しいので、
はぐれたという演劇部の面々は、「上手く逃げおおせた」と言うのが正しいのだろう。
はっ、そうだ!ゆむさんは?
突然の事態にゆむさんのことをすっかり忘れていた。
私はあたりをきょろきょろと見回す。
いた。
ゆむさんもまた、状況を飲み込めていなかったようで、まったく動いていなかったので
私は、ゆっくりとゆむさんに歩み寄り、目の前に立つ。
「………」
ゆむさんは、憮然とした表情。
でも、もうどこかへ行ってしまおうという気はなさそう。
私は、ゆむさんの顔のマスクをそっと外して
「ようやくつかまえました」
ゆむさんは顔を逸らして
「…どうせここで逃げても、また大声で私の名前を呼びながら走り回るんでしょう?
……恥ずかしいから、やめとくわ」
「す、すいません…」
「で、何で私を探していたの?」
「……いや、実は、理由は特になくてですね。
あんなの見ちゃったし、こんな大騒ぎになってふともうすぐ卒業なんだなぁ…とか、
この学園のみんなとこうして騒いでいられるのもあと少しなんだなぁ…とか、
そう思ったら、ゆむさんに、会いたいなぁ…って思って…それで…」
「……そうね。そうか。そろそろ卒業……か。
長かったような、あっと言う間だったような」
「はい」
それからゆむさんは、ゆっくりと学校を、そして、そこで大騒ぎを続ける生徒たちを見回す。
「この愛しの馬鹿どもともお別れと思うと、まあ、少し寂しくはあるね。
……でも、いつまでもこのままってわけにもいかないものね。
一瞬だからこそ、終わってしまうからこそ、愛しい。そんな事もあるよ」
「ゆむさん……でも……お別れは辛いです……」
思わず涙を流してしまった私の頭を撫でながら、ゆむさんは珍しく優しい感じで……
「うん。……でもさぁキーちゃん。
……キーちゃんって実はこっそり私と同じ大学受けたよね」
「………………はい」
バレてる!
「テストは?」
「死ぬほど勉強したので、我ながら恐ろしいほど完璧でした」
はあ、とゆむさんは呆れたようにため息。
「まったく……じゃ、お別れはまだ暫く先みたいね」
「はい!」
というようなやりとりをしていると、ふいにゆむさんが目を逸らしながら小声で
「ところでキーちゃん。ひとつ訊きたいことがあるんだけど」
などと言ってきた。ゆむさんが私に質問だなんて…珍しい。
「はい」
なんでも訊いて下さい!好きな食べ物?スリーサイズ?ゆ、ゆむさんなら、あ、あんな秘密だって…
「……さっき、なんでマスクしてたのに、私だってわかったの?」
「………………そ、それはですね……」
なんて難しい質問なの……。私は心の中で頭を抱える。
「あ、あー……愛です!何故なら、ゆむさんへの愛溢れる私の目は、
もはやゆむさんの外面ではなく、本質を視るのですから!」
まくしたてるように言う。
ゆむさん、しばらくきょとんとしていたけど
「そう……ふふ、愛か。愛ね」
と、弱冠嬉しそうで何か心に刺さるものがあるけど…嘘は言っていない。
ゆむさんがどんなに完ぺきな変装をしたとしても、私はきっとそれを見抜くはずだもの。
などと考えていたらぱしゃ、とシャッターをきる音が聞こえた。
案の定新聞部のなべさんだった。シュッと手を上げて
「ふらいでー。(挨拶)
おお…てれてれ副会長…レア立ち絵なの…。
明日の新聞、オレオくんのニュースとどっちを一面にするか悩むの…」
あわわ…、なんて事を…
ごくりと唾を飲み込みながらゆむさんをチラ見する。
ぎょっ、と一瞬身を引く。
意外なほどに無表情。でもそれは、まさに爆発寸前の導火線を思わせる静かさで……。
「安心するといいよ。あんたはもう明日の新聞の心配をする必要はない。
――なぜなら、あんたに明日は来ないのだから」
明らかに周囲の温度が下がる。
「おお怖い。でも、せっかくのお祭りだしそうこなくっちゃなの。
ここまでおいで。弾丸で風は墜とせないの」
「試して見るかい?私の弾丸は特別性だよ」
なべさんが駆け出して、ゆむさんもそれに続こうとする。
行ってしまう。
「あ、ゆむさん、マスク……」
引きとめようと思って、そんな場合ではないのだが、ゆむさんから奪ったままのマスクを差し出す。
急ブレーキをかけられたゆむさんは、少しだけ優しげに苦笑い。
「…あげるよ。もう私には必要ないものだ。……じゃ、またね」
時間稼ぎは一瞬にしかならなかった。
制服を華麗に翻し、なべさんを追ってゆむさんが
全てを焼き尽くす怒りの炎のように。
友達の待つ公園へ駆け出す子供のように。
騒ぎの中へ飛び込んでいく。
彼女が愛する学園の中へ。
規律を重んじる、鬼の副会長。
学園を影から守る謎のヒーロー、マスクドゆむ。
実は、面白い事が大好きな子供じみたところ。
実年齢よりも随分と幼い外見。
実年齢よりも随分と大人びた心。
アンバランスで矛盾したその存在。
その背中も、やっぱりどうしようもなく魅力的で、
その一瞬を、私は心に刻み付ける。
―――
しばらく目を閉じていたふまれさんが、目を開いてこっちを向いた。
「さて、おしまい。ごめんね。オレオ」
「なんで謝るんさ。…聴こえたかな」
「いいの。聴こえたかどうかわからないけど……
返事が欲しくて、叫んだわけじゃないもん。
…言ってみれば、自己満足みたいなものだよ」
すこし寂しそうに笑う。
まさか叫び返してくるキャラではないと思うけど、あるる先輩にはしっかりと届いたんだろうか。
何か声をかけようとして、でも、これに関しては俺じゃあ何を言っても蛇足になる気がしてふまれさんの方を見ると
ふまれさんは、空をぼやっと見上げて固まっていた。
…な、なんだ?まさかショックで……とか?
いらん心配をしている内に、
「あ……」
最初に、ふまれさんが気付いた。
「…?…なんだあれ…」
つられて振り向いた俺も、「それ」を見た。
「おい、あれ…」
「わぁ…」
一人、また一人と気付き――
やがて、全ての人が空を見上げた。
空に、色鮮やかな円が広がっていた。
それは、端を繋いだ虹のような。天使が頭の上に頂く輪のような。
……いや、まだ、形が変わる。
拡散する光が広がって……
花だ。
夏の太陽に向かって咲く、あの花。
大輪の七色が、空に咲いていた。
あれだけ騒がしかった校庭から、一切の音が消える。
時が、止まったかのように。
魔法に、かけられたかのように。
魔法?
一体、誰が、誰に?
そんなのは決まってる。
「……お、オレオ、ごめん、ちょ、ちょっと今だけ……こっち、見ないで……」
「ん」
泣いているのだろうと思う。
その涙はあのひとのためのもので、俺にはそれを拭う事はできない。
決して変わらない二人の絆への、少しの嫉妬。
でも、同時に不思議な嬉しさを感じながら、
しばし、空を見上げた。
――
魔法使いは、屋上で微笑む。
「おめでとう、かな。お二人さん」
――
「…婚約先生、スキマシステムって、あんな事もできるんですか?」
「あらとしあき君。…びっくりねえ」
「へ?」
「冗談よ。スキマシステムは、可能性の力なの。こうしたいって強く願ったら、できない事なんてないわよ。
『人が思い描く事は、必ず人が実現できる』――誰の言葉だったかしら。関雲長?」
「ジュールです。SFの方の」
「…意外に物知りね…そこがモテるコツかしら。
まあつまり、朝起きたらスキマシステムが美少女になっていて「としあき君好き好き!」っていうようなおいしい展開もあるかも知れないということね」
「それは困るわね」
「困りますわ」
「うわ、KINGに地子ちゃん。どうしたんだ、そんな傷だらけで」
「ちょっと雛山さんと友情を深めあいましたの」
「深まったね」
「そっか。仲いいんだな二人とも」
「……」
「……」
「ふむ、鈍感すぎるのも罪だわね。ところで、むこうで何か始まるみたいよ?」
―――
「…………うぇっ?」
空に咲いた花の余韻が消えるまで眺めて、気がついたらその場にいたほぼ全員が俺たちの正面に集合していた。
みな一様にニヤついている。
「……?」
嫌な予感がする。
人垣が割れて、会長が出てきた。
「両名とも、お疲れ様だぜ。実に感動したんだぜ。
そこで、今から労いと祝福の気持ちを込めて大胴上げ大会を開催したいと思うんだぜ!
ルールは簡単。二人対全校生徒のバトルロイヤル」
「死刑ですか!?」
「祝福だぜ。
しかしまあ、本日の主役であるところのオレオがどうしても嫌だっていうなら、仕方ない。
やめとくぜ。………どうする?」
会長は笑みを崩さずに問い掛けて来る。
ズルい質問だよ!
やめるなんて言えるわけがない。
後が怖い的な意味でもそうだが、『本日の主役』だなんて言われて
これだけの人数が集まってくれて、やめるとは言えまい。
「ふまれさん」
「うん?」
「…告白したばかりで本当にすまないと思っているんだが……一緒に死んでもらえるかな」
「嫌だよ」
即答!ちょっと調子に乗り過ぎたね!
「せっかく告白してもらったのに、
全員倒して……一緒に生きよう。オレオ」
ふん、と胸を張る。心強いかぎりだ。
「……本当に、まだまだ敵わないな」
「当然です。まぐれ引き分けでいい気になってもらっちゃ困るよ」
顔を見合わせて笑った後、
「やります」
と告げた。
「よし!みんな!派手に祝ってやろうぜ!」
会長が全員を焚きつけて、おおお!!と全員が吼える。
ふと視線をずらすと、先生方。彼女らは参加しないようだ。
ただ、一様に笑って祝福してくれた。
「見つけたみたいですね、オレオ君」
いつもの先生が、微笑みながら言う。
思い出す。いつかの補習で聞いた、あの言葉。
「オレオ君も、これになら全てを懸けられるっていうような、そんな何か見つけるといいですよ。
この学園なら、きっとそれが見つかる。
ここにいるのは、何かに命がけの人間ばかりですから」
全てを懸けられる、何か。
いつもの先生に深く頭を下げて、みんなの方へ向き直った。
みんなが、俺を見ている。
何かに命がけの人間ばかり。
だれ一人とっても物語の主役になれるような、そんな人々だ。
彼らが毎日巻き起こすお祭りは、とてもにぎやかで楽しげで。
俺は、それを眺める村人A。
輪の中に入りたいけど、運命がそれを許さない。
……そう思っていたけど、そうじゃなかった。
手を伸ばしてくれていた人がいた。
それを掴むのが怖かっただけだった。
歩き出す。
歓迎の準備は万端のようだ。みんなの笑みが一層濃くなる。
ずっと憧れ続けた、でも、きっと自分には一生縁がないと思っていた。
隣にいる、ふまれさんを見る。
笑って頷いた。
その祭りの中へ。
その中心へ。
今。
―――君と。
・
・
・
0´
「―――てな事があったわけだよ。それで、ここがその…なんだろ、記念碑、みたいな?」
「そうなんですかー…」
あ、初めまして。
私の名前は女子あき。
今日からここ、緋想天学園に転校してきた一年生です。
右も左もわからず戸惑っていた私に声をかけて、学園の案内まで買ってでてくれた天子ちゃん先輩に連れられて
今は校庭の隅の方にある敷地の前で、壮大な恋のお話を聞いていたところです。
「でもすごいですね。全校生徒の前で告白した後に、そのまま全員巻き込んで乱闘騒ぎだなんて」
思い出を反芻するように、天子ちゃん先輩が穏やかに笑います。
「面白かったよ!…その事件のオレオってやつと、もう一人、今の生徒会長……さっき会ったとっしーね。
あいつが生徒会長に立候補した時も、そりゃあ大騒ぎになってさ。去年の二大事件なんて言われてるんだけど、
実はその二人には共通点があるんだ……なんだかわかる?」
「…うーん?…すいません…わからないですね」
天子ちゃん先輩はさらににんまりと笑い、
「フフフ……正解は、二人とも転校生だったってことだよ!
だから今、校内は女子あきちゃんの噂で持ち切りだね!『今度の転校生は、いったい何をやらかすんだろう?』って!」
「そ、そんな…!困ります!私なんか…なんの取り柄もないし…目立たないし…そんなすごい人たちと比べられても…」
しどろもどろになってまくしたてていると、天子ちゃん先輩突然「ぶはっ」と吹き出して
「ぶわっはっはっは!!『すごい人』!?オレオが!?……女子あきちゃん、あれはね、『しょぼい人』っていうんだよ!」
「え、でも…」
「うんうん!言いたいことはわかる!……そうだね、ここは一つ、本人に会いに行ってみようか!」
さあさあ!と私をひっぱっていく天子ちゃん先輩。
「で、でも、どこにいるかわかるんですか?」
「さあ?いっつも校内ウロウロしてるから、すぐに見つかるよ……お」
不意に天子ちゃん先輩が前方に目を向けます。私もつられてそちらを見ると、男女二人組みの生徒がなにやら言い争いをしながら
向こうから歩いてくるのが見えました。
「なんでも、転校生は女の子だって噂だからな……。
俺には、その子の身長体重スリーサイズ住所電話番号スリーサイズなどを知る使命と権利と義務がある」
「なんでスリーサイズ二回言うのよ。ていうかそんな使命も権利も義務もありません」
「ある」
「ない」
「ある」
「ない」
「うはは、向こうから来た。おーい、オレオー!ふまれ先輩ー!」
天子ちゃん先輩が笑いながら手を振ります。
それでこちらに気付いたらしい二人組みの、男子生徒のほうが大声を上げます。
「おーう、天子ちゃん!お前いつになったら俺に先輩付けんだよォ!
そして隣にいるのは噂の転校生!これって運命じゃ……?アオッ!」
で、女生徒さんの方に足を踏まれて飛び跳ねてます。
あれが伝説のオレオ先輩…?なんかイメージが違うかも。
にしし、と笑いながら天子ちゃん先輩は私のほうを向き
「あれがオレオ。……ちっちゃいだろ?器」
「そ、そんなことはないですよ…先輩付けてあげましょうよ」
「わはは……でもね、あの冴えないオレオが、あの時、間違いなく全校を揺らしたんだ。
女子あきちゃんも、きっと楽しめるよ。
その気になりさえすれば、最高に楽しくて、刺激的な日々が……これから女子あきちゃんを待ってる。
そーだろー!?オレオー!ふまれ先輩!」
「たまにゃいい事いうなぁ天子ちゃん…でもまあ、気張らずにな。最初は流されてたほうがいいよ。ほんとここ異常だから」
「余計なこと言わないの……よろしくね、ええと、女子あきちゃん。……緋想天学園へようこそ!」
「よ、よろしくお願いしますっ!」
オレオ先輩とふまれ先輩、二人を見て、私は納得が行きました。
校庭の片隅にあるあの場所は……まるで、このふたりそのもののよう。
私はちらりと、その場所を振り向きます。
ふたりが結ばれたことを記念して作られたという、その場所には――――
暖かいおひさまと寄り添うように、ひまわりの花が優しく、のんびりと揺れていました。
ED No.EX「主人公になれなかったオレオ君と、いろんな人たちのあれこれ」
おわし