気付くと、あっと言う間に時間が過ぎていた。
三学期末試験も終わり、生徒会も目立った仕事が無く
生徒会室の面々はそれぞれ、帰り支度を整えている所だった。
時間は…もうちょっとで17時なるところか。
いつも通りなら消灯を確認して、お疲れ様でしたと言って帰る頃合だが…。
ふと、生徒会室のドアをノックする音が聞こえた。
「はいはーい?」
ドアを開けるとそこには見知らぬ男子生徒が立っていた。
「ごめん、あるる…書記長いるかな?」
誰だろう、と思ってみたがどうやら三年生のようだ。
あるる先輩の同級生?
「あ、ちょっと待ってください。多分今奥で…あるるせんぱーい!」
取り合えず呼んでみる。……反応は無い。
「すいませんね。」
「いやいや。」
軽い会釈を交えてもう一度呼んでみる。
「せんぱぁぁぁい!お客さーーん!!」
ドタンッ、ガタンッ、バンッ!!
なにやら物騒な音が聞こえて、奥からあるる先輩が出てきた。
「何よ?こんな時間にお客なんて…下らない用事ならひっぱたくわよ。」
「いや、先輩個人へのお客さん。」
とドアの前に立っている三年生を指差す。失礼な奴だなぁ、俺。
「よっ。」
軽く右手を挙げて挨拶をする。
「あれ、丼ちゃ…丼?なんで?もう一般生徒は下校してるはずでしょ。」
丼、と言うらしい。先輩と面識あるみたいだが…?
まぁいいか。
「じゃ、俺は自分の支度済ませてきますんで後よろしく。」
「あ、ちょっと!?…はぁ。」
よく分からないが先輩個人の呼び出しだし、これ以上関わる事も無いだろう。
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あるるは面倒くさそうに構えながら、丼に向かい合った。
「で、何のようよ?わざわざこんな時間まで残って。」
「いや、たまには一緒に帰ろうと思って。久し振りに。」
軽い感触で丼は質問に答えた。
「いや、一緒にって…それだけ!?」
それだけ、本当にそれだけなのだろうか。
「んー、ダメか?」
別に駄目と言うわけではない。
元々同じ帰る方向は同じだし…と言うかそもそも
前は一緒に登校とかしてた身だし…でも今更一緒とかごにょごにょ。
「…良いわよ。ちょっと待ってなさい。」
「お、良かった。んじゃ待ってるよ。…あー、先に昇降口行ってる?」
「それで良いわ。私もすぐ鞄持って行くから。」
「おっけい。」
そう言うと丼は踵を返して行った。
「……うーん…今更一緒に帰ろうとか…なんかあるわよね、普通に考えて。」
うんうん一人で唸りながらあるるは帰宅の準備を続けた。
日が長くなってきたとは言え、まだこの時期は昼が短い。
17時を過ぎると一気に世界は夜の闇に覆われ始める。
夕焼けを過ぎ、紫煙のような空の色。
そこに少しだけ、白い化粧を時々見せる二つの吐息。
黙々と、会話も無くただ並んで歩く影が二つ。
『正直、キツイ…。』
あるるは心の中で呟いた。
自分から誘ってきたのに会話の一つも無いとはどういう事だろう?
普通にシチュエーションから考えて何か相談とかあるじゃない?
考えると段々とイライラしてくる。いや、怒る場面でもないのだけど。
痺れを切らせ、何か話題を出そうと口を開いた。ら…
「あのさ」
「あの」
声が重なった。
どうやら丼も、話しかけるタイミングに悩んでいたようだった。
恥ずかしいな。
こう言う場合って牽制し合って話が進まなくなるのよね。
うん、じゃあそうならないように。
「あんたから先に言いなさい。ほら、私は後回しで良いから。」
先制攻撃をしておこう。
これで、丼に先に言わせればきっと今日誘った理由も分かると思ったから。
どうせ、どうしようもない悩みとかなんでしょうけど、と軽く考えながら。
「そっか?…んじゃあ、悪いけど…先に言わせて貰うな。」
少しバツが悪そうに鼻の頭を掻いて
丼は言葉を続け始めた。
「その…さ。俺さ、好きな子出来ちゃって。」
「…は?」
それは意外な言葉。今まで浮ついた話の一つも聞かなかった丼の。
予想も出来なかった、想像もしなかった言葉が出てきた。
「付き合ってるんだ、少し前から。」
「へ、へぇ…。」
とにかく落ち着け。落ち着け自分。
必死に言い聞かせ、あるるは平静を装い話を聞き続けた。
「で、その娘は可愛いの?」
何を聞いてるんだろう。
「うちの学校の娘?」
違う、だから。
答えないで、こんな質問に答えないで。
「あ…うんまぁ、好きになっちゃったもんはやっぱ可愛いさ。」
聞きたくない。
「違う学校の子なんだけどさ。2ヶ月くらい前に買い物出掛けた時ちょっとした理由で知り合ってさ。」
何それ?運命の出会いとか言うの?
「人の縁ってわからないものだよな。」
分からない。分かりたくも無い。
「それでさ、やっぱお前にもちゃんと言っておかなきゃなって。」
なんで私はこんな気持ちになってるんだろう。
人のコイバナなんてどうだって良いじゃない。
なんでこんなむしゃくしゃするんだろう。
「え?なんでそこで私が出てくるのよ?」
あぁ。そっか。
私は―
「ごめん、あるる。」
この人が好きだったんだ。
ごめん、なんて言わないで欲しかった。
知ってたの?…なんて聞けるわけもない。
どんな顔したら良いのよ、私。
「ばーか。何私に謝ってるのよ。」
「いや、だって、な…。」
「馬鹿ね、謝る暇あるならもっとその娘の事考えてあげなさいよ。」
「あるる…。」
「女の子は寂しがりなんだから。脇目見てばかりだと泣いちゃうわよ?」
…うん、これで言いと思う。
恨み言なんて言うべきじゃない。
丼が真正面から、言ってくれたなら。
私もちゃんとそれに応えてあげなくちゃ駄目だと思うから。
「頑張りなさいよ。」
だから、笑っておこう。
「…おう。」
空は益々藍色を濃くしていき、其処には少しずつ、少しずつ
星達が輝き始めていた。
そして相変わらず二つの吐息が、時々空の模様を曇らせる。
ずっと変わらないと思っていた環境は少しずつ、少しずつ
夜空の水面に消えていく吐息のように、形を変えていく。
「って言うか、なんで私にそれ言うの?」
「いやだってなぁ、ほら。昔約束したじゃん。」
「…約束?」
「『大きくなったら丼は私のだんなさんになるんだから!』とか。」
「………っっっっ!ちょ、まだ覚えてたの!?一体何時の話よ!?」
「多分、幼稚園くらいじゃないか?いやぁ、あの時は二人とも若かった。」
「若かった、じゃないわよ!そんなのノーカンよ、ノーカン!」
「あはははは!まぁそういう事だ!ありがと、あるる。」
「笑うな、こら、待ちなさい丼!」
でも出来たら、もう少し。
せめてこの学生生活が終わるまでは変わらないでくれないかな。
変わってしまったらきっと
もうこうやって、丼と子供みたいな追いかけっこも出来なくなる。
だから、あと少しだけ、この背中を追う事を許して下さい。
- 了-