ss107762

Last-modified: 2010-03-29 (月) 12:34:47

※このお話の主人公は「としあき」でも「オレオ」でもない第三者です

 主役になれない俺は誰とも結ばれないのか?
 主役以外の物語なんて在り得ないのか?
 否
 自ら作れば良いのだ
 それが許されるのだ
 それが、緋想天学園
 それが、妄想スレ

0.
まだ冬の気配が僅かに残る、そんな春先の景色。
春は出会いの季節、なんてよく言うけど、
今まで運命的な出会いなんてあったとは思えない。
これまで生きてきて手に入れたのは、どうしようもない悪友と
下世話な話の好きな友人、ちょっとからかっただけで顔を真っ赤にするクラスメート。
そして、二束三文の駄賃を少々。
一体何時になったら俺に、所謂「春」ってやつは来るのかな。
彼女居ない暦=年齢、なんて笑い事じゃない。
今年こそは、と言う決意を胸に。
俺は新学期を迎えるために、クリーニングから帰ってきたばかりの制服を着て
去年からお馴染みの、ぼろっちいスニーカーを履いて歩き出す。
だけど、結局はまたいつもと変わらないように
同じ面子と、同じような井戸端会議をするんだ。
そうしている間に俺の決意なんてどっかに行ってしまう。
きっと今年も、そんな調子なんだろう。
蕾がようやく開き始めた、桜並木を眺めながら。
その時は、そう思ってた。

1.
二年生になったからって、何か特別変わるわけじゃない。
教室が少し昇降口から近くなったのと、教室から学食が近くなった事。
そして教科が増えた事…と言っても選択の関係もあるからこれは一概には言えないか。
精々、一番変わった事と言えば、後輩が出来た事。
しかしそれも、俺に関わりがある事かと思えば、そうでもないだろう。
特に何か部活をやってるわけでもなし、委員会に所属してるわけでもなし。
どうやって後輩と接点持てってんだよ。
何だか考え始めると憂鬱になる。
「おいおい(   )、なーに新学期早々暗い顔してるんだ?」
声を掛けてきたのはちーすけだった。
学園内の大抵の人は知っている有名人。
尤も、あまり良い意味で有名ではないのだが。
あくまでも法に触れない範囲だが、極めてグレーな「レイパー」だ。
こいつの毒牙に掛かった犠牲者は数知れないだろう。
「…あぁ、いや、なんでもねーよ。」
あまり関わっても面倒臭いな、と俺は適当にあしらう。
「なんだよ、つれないな。どうだ、ちょっと一緒に来ないか?」
「来ないかって…どこに?」
鼻を鳴らして、ちーすけは得意満面言って来た。
「何って、一年生を味見にさ!」
「誰が行くか!」
頼むから俺まで犯罪者予備軍の仲間入りをさせないでくれ。
「行くなら一人で行って来い。」
「ちっ、どうしたんだー?今日は本当ノリ悪いぞ?」
「なんでもねぇよ…花粉が酷いとかそう解釈しといてくれ…。」
「お前が花粉症なんて聞いた覚えないんだけどな。」
「今思いついた。」
「そうか、それならしょーがねぇ。じゃあ俺は行ってくるぜ。」
「せいぜいいつもの先生に捕まらんようにな。」
そう返すとちーすけはサムズアップを見せ、教室を後にした。
俺も何か行動するべきなんだろうか。
しかしどうにもやる気が出ない。
花粉症と嘘は言った物の、春先が憂鬱なのは本当だった。
知ってる人が少なくなって、知らない人が増えていく。
昔からそうだった。だから、この季節は好きじゃない。

ぐだぐだ考えても仕方のない事だった。
気分を変える為に俺は学食へと足を向けた。
軽くドリンクでも買って来て、頭でも冷やそう。
どうせなら屋上でだらけるかな。
今ならまだ風も少し冷たい時期だ。
俺のもやもやした頭も冷やしてくれるだろう。
そう考えながら学食へ行ってみると、なにやら騒がしかった。
遠巻きに見ていると、…一年生か?女生徒同士が何か口論していた。
「アタシの邪魔しないでくれる?」
「邪魔してるのはそっちでしょ!?」
二人が口論をして、片方によく似た子が何とか仲裁しようとしているようだった。
まぁ、俺には関係ない、か…。
そんな喧騒を尻目に、自販機にコインを投入する。
今日は…カフェオレな気分だ。
ガコンッ、と間抜けな音と共に自販機は紙パックを吐き出す。
校舎自体は古くも無いくせに、こういう機械類は微妙に古めかしい。
経費削減の為にどっかからお古を安く貰って来てたりするんだろうか?
そうどうでも良い事を考えながら学食を後にする。
気付くと先ほどの騒動も治まっているようだった。
結局なんだったんだろうな…。俺が知る由も無いか。

手の中で冷たい紙パックを転がしながら俺は屋上へと向かった。
屋上のドアは地味に重い。防風の為かどうか知らないが無駄に重い。
少し力を入れてドアを開ける。
風が強かった。春の風は心地が良い。
春は嫌いだけど、春風は嫌いじゃあない。
「ふぅ…」と溜息を吐き、ベンチを探す。
流石に床に直接は冷たすぎる。
ふらふらと辺りを見回すと、人影があった。
先客かな?と思ったが、それ以前の問題だった。
まだ肌寒くすら感じるこの風の中で、そいつは熟睡していた。
……流石に声を掛けるべきか?
いやしかし寝てるのは本人の自由だし、それで凍えて風邪を引こうが俺の責任ではない。
しかし…見てしまったものはどうにも放置のままと言うのは気分が悪い。
仕方なく、寝ている生徒に声を掛けることにした。
ネクタイの色を見ると、これまた一年生のようだった。
さっきの騒動と言い、今年の新入生は問題児ばかりじゃないのか。
「おい、起きろー?」
「…ん…ふが…。」
一度声を掛けてみるも、全く効果が無いようだった。
いびきとも寝言とも取れない謎の発音を残し、寝息は続く。
少し強めに行ってみよう。
「おい、起きろ!起きろー!」
声と一緒に体を揺すってみる。
「…ん…あぁ…はい!?」
がばっ、と男子生徒は起き上がると、慌てふためいて辺りを見回した。
間抜けな反応をしてくれる。これは少し面白い。
「起きたか…?」
「え、あ…はぁ?え?」
「起きたかと聞いてるんだ。」
「え、はぁ…おはようございます?」
「良し。」
丁度近くにベンチがあったので、俺はそこに腰掛けた。
「まぁなんだ、寝るのは勝手だが、此処で寝てたら風邪を引くぞ。」
余計なお世話かと思いながらも、一応の忠告をしてやる。
ありがたく思え。
「あぁ…それはすいません。でも大丈夫ですよ、俺風邪引きませんから。」
自信満々に風邪を引かないとか言ってくれる。
そんな人間居るわけ無いだろう。
「…なんでだよ?」
「俺、馬鹿ですから。」
と笑って答える一年坊。
「知ってるか一年…。夏風邪は、馬鹿が引くんだ…。」
「え?」
しばし無言の間。
夏風邪は馬鹿が引き、冬風邪引かないのが馬鹿と言うものらしい。
「…マジっすか。」
「マジマジ、大マジ。」
「参ったなぁ…俺風邪引かない程度しか自慢がないのに…。」
本気で頭を抱えている。
良く見ればそこまで馬鹿っぽくは見えないのだが。
それなりに整った顔立ち、長い髪を清潔に纏めたポニーテール。
そして眼鏡。なんか見た目だけなら優等生ってキャラじゃないのか。
「じゃあ馬鹿卒業しちまいえば良いんだよ。」
「無理っすよ。俺、勉強って面倒くさくて授業とかも寝てますもん。
 これで秀才なれるわけもないじゃないですか。」
だからと言ってだな。
寝る場所くらいは選べ。
「はぁ…。だからってここで寝る事も無いだろ?」
「ここいいっすよ?人も来なくて静かだし、教師達もまず来ませんから。」
「成る程、絶好のサボリポイントか。」
「そう言う事です。」
「俺も今度利用させてもらおう。」
「いえ、もう定員オーバーなんで…。」
「何をぅ?…ハッ」
しまった、俺は何を同性の後輩とじゃれあっているんだ。
誰もウホッなルートなど求めていないだろうに。
むしろ俺が望んでいない。
丁度カフェオレも飲み切った所だった。
「…ま、今度から気をつけときな。」
そう捨て台詞を置いて、俺は屋上から校内へ戻ろうとした。
すると、その一年生に呼び止められた。
「あ、先輩!良かったら名前、教えてもらえます?」
名前?
「あー、(   )だ。2年○組。」
「ありがとうございます。俺は1年の昼寝スキーっす。」
「何だよ、いきなり自己紹介なんて。俺ガラじゃないぞ。」
「また屋上で会った時のためですよ。」
「よくわからねぇな…。」
自己紹介なんて、去年入学した時以来かな、やったの。
そう思うと急に気恥ずかしさを覚え、俺は踵を返すと
片手を上げて挨拶をするに留まりその場を後にした。

階段を降りながら、次はどうしよう、と考えていた。
どうせここ数日は授業も半日程度。
と言うのも学期頭のテストで大半が費やされるからだ。
今日もつまるところ、既に放課後だった。
教室に残ってる奴は暇を持て余している奴らか
何かしら部活なり委員会なりの仕事がある奴…。
俺が残る理由は特に無い、か。
教室に鞄を取りに行き、とっとと帰る事にした。

自分の荷物を手に取り、教室を出ようとした時、
丁度良くちーすけが帰って来ていた。
「おかえり、収穫はどうよ?」
そう言うと目を輝かせ、口元を口元を緩ませ
ちーすけは嬉々として報告した。
「今年の子は、良いぞ!」
何が良いかはあえて聞かない事にする。
「そうか…良かったな。俺は帰るから。また明日な。」
「何だ、もう帰んのか?お疲れさん。」
ちーすけと軽い挨拶を交わすと、俺は帰宅した。

2.
どうにも授業に身が入らない。
もしかしたら本当に俺は花粉症なんだろうか。
ちょっと気になって調べてみたんだが
どうにも花粉症と言うのは鼻が垂れたりするだけではなく
だるくなったり頭が重くなったりという症状もあるらしい。
年中そんな感じだと思うのは気のせいだと思う事にした。
四時限目終了のチャイムと同時に俺は気合を入れ直した。
学食へ急ぐ為である。
それはもはや戦争と呼んでも過言では無い。
弁当組は関係ない話なのだが、学食を利用する生徒にとっては
いかに教室を早く出て、早く学食に辿り着き
目的の商品を手に入れられるか。
ほんの僅かな寄り道でさえ命取りになるサバイバルレース。
生か死か。満腹か断食か。ドルチェかプリンか。
俺さえも学園生活での楽しみの一つにするくらい大事な事である。
スタートダッシュはそこそこ好調な出出しだった。
何とか列の一桁台に潜り込む事に成功した俺は
焼きそばパンとバナナボート、そしてデザートにプリンを購入。
組み合わせをいつも馬鹿にされるが俺はこれが好きなんだ。
その後、例の如く自販機でカフェオレを買い、空いている席を探す。
しっかり弁当箱でキープされている席がちらほら。
これは屋上か教室かな、と考えていると
先日の騒動で聞いた覚えのある声が耳に届いた。
「えーっ!?プリン売り切れちゃったの!?」
「ごめんなさいねぇ、さっきので最後だったのよ。」
プリン、か。ふ…残念だったな。
デザート類の中でもプリンは人気商品。
それこそ甘く見ているとあっと言う間に売切れてしまうものなのだ。
「姉さんほら、ティラミスとかもあるし…。」
「うるさい、私はプリンが食べたかったの!」
双子…なのかな?同じ顔が二人、何事か騒いでいる。
早く買う物買ってどかないと後続にも迷惑掛かると言うのに。
どうしてもそんなにプリンが食べたかったのか。
…俺の手には先程買ったプリンが一つ。
そしてプリンを求める女生徒が一人。
少し頭をかいて、舌打ちをする。
見なきゃ良かったな。
俺は列の先頭に割り込むと、その生徒にプリンを手渡した。
「ほれ。これやるからさっさとどきな。後ろに迷惑だから。」
出来るだけぶっきらぼうにプリンを渡す。
そして俺はそそくさとその場を後にする。
何か聞こえた気がするが気にしないでおく。
振り向いたら負けな気がするから。

このまま教室に戻るのも何だかな、と思い
昼食は屋上で摂る事にした。
屋上へ出るとそこには以前と同じように昼寝スキーが寝そべっていた。
昼飯時くらい起きてても良いものなのに、と思ったが
そこは俺にはそこまで関係の無い事。
空いているベンチに腰掛け、先程買ってきたパンの封を開ける。
まずは焼きそばパン。この安っぽいソースの匂い。
あくまでも風味として脇役のポジションに徹底する青海苔。
麺の味が染みたパン生地。パーフェクトだウォルター。
「…何一人で悦に浸ってるんですか?」
「うぉわっ!?」
いきなりツッコまれて変な声を上げてしまった。
気付くと昼寝スキーが起きてこちらを不思議そうに眺めていた。
「いきなり驚かすなよ。」
「先輩が気付かなかっただけじゃないっすか。」
「そうともいう。良いか?食事ってのは誰にも邪魔されず、
 それでいてこう…自由でなくちゃいけないんだ。」
たかが惣菜パン一個にここまで語る奴もそうは居ないだろう。
明らかに変な顔をされたがスルーしておく。
「で、お前は?昼飯。」
「あぁ…もうそんな時間だったんですね。なんか買ってきますか…。」
「今行ってもアンパンが残ってるかどうかってとこだぞ。」
「良いんですよ、なんでも。食えれば良いんで。」
「欲の無い奴だな。…ほれ。」
買ってきたもう一つのパン、バナナボートを投げつける。
「…いいんで?」
「気にするな。どうにも買い過ぎたようだからな。」
嘘だった。本当は楽しみに楽しみにしてたバナナボート。
だが何故だろう。先程のプリンの件もあってか
どうにもそのまま無視は出来なかった。
「そっすか。じゃあ頂きます。ご馳走様です。」
「おう、それで先輩のこと敬えよ。」
「ハハハ、なんすかそれ?」
…偶には誰かと食う昼飯ってのも良いもん、かな?
パンを食べ終えカフェオレをのんびり飲んでいると、
勢い良く屋上のドアが開いた。
何事かと俺と昼寝スキーは互いに音の発信源へと目をやった。
そこには先程学食で騒いでいた一年生が居た。
「あれ?あれはたしかー…。」
昼寝スキーはその人物に心当たりがあるようだった。
「知ってるのか雷電!?」
「はぁ、まぁ。一応おんなじクラスですから。
 確か新月ちゃんって名前ですよ。双子で妹がいるんです。」
「あー、やっぱり。そうだと思った。」
「先輩会った事あったんですか?」
「いや、直接的な関係じゃあないがな。」
そう他人事のように言うと、俺は再びカフェオレを飲み続けた。
なるほど、新月ちゃんって言うのか。
シンちゃんとかあだ名付けたら怒られるだろうか。
そんな事を考えながら眺めていると、不意に目が合った。
何が、かは分からないがやばいと思って咄嗟に目を逸らす。
「あー、見つけた!!」
思わずカフェオレを吹き出した。
「うわっ、先輩きたなっ!」
「ゲホッゲホッ…いやすまん…え、俺!?」
状況が理解しきれない俺にお構いなく
新月ちゃん(?)は俺の方へとずかずか近付いてきた。
「そう、あんた!」
上級生相手にあんた呼ばわりか…。
近くで見ると、見た目的には歳相応より少し幼く見える。
体つきも華奢で、線が細い感じがした。
しかし瞳は強く、しっかりした強い意志を持ってるような。
なかなか活発な女の子のように見受けられた。
「…俺に何か?」
「何か、じゃないわ。さっきのプリン、あんたでしょう?」
プリン、というと他に無いだろう。
少し前に学食で渡したプリンの事だろう。
「ん…まぁ…あれか。確かに俺だけど……。」
だから何だと言うんだろう。
お礼を言われる事はあったとしても、喧嘩腰で来られる謂れは無い。
「名前。」
「は?」
「名前教えなさいよ。」
わけがわからない。しかし新月ちゃんの剣幕が怖いので
俺は素直に答えることにした。
「…(   )。」
「(   )ね。覚えておくわ。」
しかし何故名前?
他に用事は無いのだけど。
「えーと…それでなんか俺に用?」
急に押し黙る。
…なんか変な事聞いた俺?
昼寝スキーと顔を見合わせるも、昼寝スキーは首を横に振る。
もう一度新月ちゃんを見ると、何故か顔を真っ赤にしていた。
「あの…大丈夫か?」
「な、何でもない!」
そう大声を上げると、新月ちゃんは一気にドアまで駆けて行った。
そして一度振り返ると、俺を指差しこう叫んだ。
「この借りは絶対返すから!!」
…あー、うん。
「モテモテっすね、先輩。」
「うるさいよ。」
結局焼きそばパン一個だけでは腹は膨れず、
午後の授業はフケて、飯屋に食事に行ったのだった。

3.
「おーい、(   )お前に可愛いお客だぞ。」
そう鮭王に呼ばれたのは三時限目が終わった休み時間だった。
何故か頭部から上がサーモンと言う人外が多いこの学園でも
際立って人外の同級生、それが鮭王だ。例に漏れずHENTAIである。
「お前、接客とかやめとけよ。相手ビビるだろ。」
「うっせーな!俺だって好きでこんなビジュアルしてんじゃねーよ!
 デザインのし直しを要求してぇよ!!」
「あー、はいはいわかったわかった。んで、俺に客だって?」
「そうそう、一年生だ。どこで引っ掛けたんだ?あーん?」
「一年生…?」
心当たりは無いわけでも無いが…。
「まぁ呼んだから後は任せた。」
そう言って俺の肩を叩くと鮭王は自分の席へ戻っていった。
「…ったく。はいはい、どちらさーん?」
廊下に出ると、そこには最近知り合った一年生…によく似た生徒が立っていた。
「あ、すいません急にお呼び立てして…。」
そう言うと軽く頭を下げてきた。
「私、双月といいます。先日は姉がお世話になりまして…。」
新月ちゃんの妹の子か。態度と声から少し緊張が伺える。
遠目だと瓜二つに見えたが、こうして近くで見ると
髪の質が違ったり、目元も個性がそれぞれあって、結構違うものだ。
「あぁ、いやあれは別に大したことじゃないよ。」
礼儀正しい子の相手をしてるせいか、こちらまで畏まる。
しかしわざわざお礼を言う為に上級生の教室まで来るものだろうか。
「それで、わざわざこっちまで来るって、何か用でも?」
「あ、はい。実はその、姉さんが(   )さんにお礼をしたいって…。」
…そう言えば借りは返す、とか言ってたっけ。
「あー…別にそんなの良いのに。」
「あはは…姉さんは一度言い出すと止まらなくて。」
何となくそれはわかる気がする。
猪突猛進を地で行くタイプなのだろう。
「まあ、痛いことじゃなきゃありがたく頂くけど。」
「そうですか?良かった~。」
双月ちゃんの顔がほにゃっと崩れた。
こっちは割りと表情豊かなんだなぁ。柔らかそうだ。
「それじゃあ申し訳ないんですけど、今日のお昼に屋上に来てもらって良いですか?
 あ、お昼とかは買って来なくて良いですよ。」
「あー、つまり?」
「そう言う事です♪」
「OKOK。んじゃあ素直に楽しみにさせてもらうよ。」
「こちらこそ、ありがとうございます。」
それでは、と言うと再び会釈をして双月ちゃんは帰っていった。
軽く手を振り会釈に答えた後、俺も教室へと戻った。
まさかプリン一個の礼で食事に誘われるとは思ってなかった。
それも年下と言え異性からのお誘いだ。
変な気を起こすつもりも無いが、自分にとって珍しいイベントなので
自然に気分は浮かれてしまう。いかんいかん平常心平常心。
何やら奥で鮭王とちーすけに、としあきまで混ざってニヤニヤとこちらを見ているが
そんなものは気にしないでおこう。むしろ触れたらヤバイ。絶対に突かれる。
出来る限りの平静を装って、四時限目をこなす。
授業中ちらちらと誰かに見られている気がした。
恐らくはあの三人だろう。段々とうざったくなってきた。
エターナルフォースブリザードで蹴散らしたくなる。
くっ、静まれ俺の邪気眼!

何とか無事に昼休みを迎える事に成功した。
いつもの癖で走り出しそうになるも、今日は何かを急いで買う必要も無いと気付き
足取りはのんびり、面舵は屋上へ向ける。
日に日に暖かくなる最近の天気。
春の陽気は人を馬鹿にする。ついそのまま寝たくなったり
面倒を投げ出したくなる謎のパワーが春の陽気にはあると思う。
そんな陽だまりに包まれた屋上は程好く暖かく、気持ち良かった。
昼寝スキーはいつもの定位置で熟睡している。
今日に限っては起こす事も無いだろう。
今回の目的は男じゃなく女の子なのだから。
屋上のドアを背に、俺は新月ちゃんと双月ちゃんを目で探した。
一番端に設置してあるベンチの前に、レジャーシートを敷き弁当を準備する二人が居た。
…レジャーシート、わざわざ持ってきたんだろうか。
「おーっす。」
とりあえず気付いてもらう為に挨拶をする。
その声に気付いて、双月ちゃんが反応してくれた。
「あ、(   )さん。いらっしゃいませ♪」
にこー、と笑う双月ちゃん。
そしてその傍ら、新月ちゃんは…無言のまま配膳を続けている。
「…ほら、姉さん?(   )さん来たよ?」
「よっす。」
ちら、と流し目で俺を確認するとすぐに視線を戻し、
今度は紙コップを用意しだした。
「もう、姉さんったらそんなはしゃいで~。」
「…え?これはしゃいでるの?」
「はい。ホラ、見て下さいよ。」
双月ちゃんが指差したのは新月ちゃんの頭の上…所謂アホ毛である。
それが忙しなく振れている。
…犬?
「…結構表情豊かなんだね。」
そう感想を出すのが俺には精一杯だった。

食事の準備も終え、紙コップには暖かいお茶が注がれた。
俺達三人はレジャーシートの上に腰を落ち着かせていた。
「それじゃあ、頂きます。」
「どうぞどうぞ、たくさん食べて下さいね。」
「…頂きます。」
…本当にこれ新月ちゃんの提案なんだよね?
彼女の反応を見てると少し不安になってくる。
弁当、と言うには少し大き過ぎる気もした。
まず重箱って普通使わない気がするんだ。
それこそ御節とかでも無い限り滅多にお目に掛かれない。
中身は純和風なおかずが所狭しと、綺麗に配置されていた。
見た目にも美味しい、と言うのはこういうのを言うのだろう。
「…お、この卵焼き美味しい。と言うか全部うめぇ。」
お世辞でもなんでもなく、本当に美味しい。
多分何か隠し味があるとは思うのだが、如何せん人の手作りの卵焼きなど
ここ数年まともに食べていない俺にはわからなかった。
「ふふー、良かったね、姉さん。美味しいって。」
終始にこにことした双月ちゃんが新月ちゃんに言う。
新月ちゃんはそっぽを向いている。
何となく、頬が赤いようだ。気のせいかもしれないけど。
「いやうん、マジで上手いよ。これ全部手作り?」
「ほら、姉さん聞かれてるよ?ちゃんと答えないとー。」
双月ちゃんの台詞で大方は予想出来たが
ここはやはり、本人の口から直接聞きたいものだ。
「…これもしかして全部新月ちゃんが…?」
じーっと新月ちゃんを見る。
しかしこっちは向いてくれない。
その代わり、無言のままではあったが
恥ずかしそうに1回だけ、頷いてくれた。
「へー…すっげぇな。これだけの量一人で作れるって。
 味も良いし、大したもんだよ。」
「本当は私も手伝うって言ったんですけど
 姉さん、一人でやるって聞かなくて…ねー?」
少し姉をからかうような仕草を見せる双月ちゃん。
ますます恥ずかしげに視線を逸らそうとする新月ちゃん。
成る程、良い姉妹だと思う。

いつもの昼食を100点中60点くらいとするならば
今日の昼食は何の躊躇も無く120点を付けられるだろう。
量も味も、申し分無かった。
「ごちそーさん。」
「お粗末様です♪」
「…ごちそうさま。」
何となくお粗末様を言う人物が違うんじゃないかと思った。
テキパキと姉妹二人で片づけを始める。
こういうコンビネーションは流石双子と言う所か。
「俺もなんか手伝おう、か?」
「あ、大丈夫ですから(   )さんはくつろいでて下さい。」
と言われてもなぁ…。
「なんか申し訳ないよ。」
「良いから。」
と新月ちゃんが呟いた。
今日初めて声を聞いた気がする。
「誘ったのはこっちだし。あんたはお客。
 レストランじゃお客は厨房には入らないもんでしょ?」
そう言われれば確かにそうである。
新月ちゃんは少し照れた表情のまま俺を嗜めた。
まぁそう言われては仕方のない事で。
俺は二人が片づけをしている間、寂しくお茶を啜っていた。
「さて、と…。」
時計を見るともうそろそろ昼休みが終わる頃だった。
「それじゃあそろそろ解散、かな?」
姉妹揃って時計を見て「あっ」と言う顔をする。
変な所、シンクロするものだから笑ってしまった。
それを見て新月ちゃんはムッとした。あら可愛い。
その様子を見て双月ちゃんがクスリとした。
俺だけじゃねーじゃん!俺ばっか睨むなよ!
「えーと、今日は急にすいませんでした。」
「いや、美味いもん腹いっぱい食えたし、なんてことないよ。
 こっちこそありがとうございました、ってとこだな。」
双月ちゃんと俺で会釈の応酬をしていた。
傍から見たらかなり滑稽な状況だろう。
しかし…何だかこれ一回だけってのは惜しい気がするな。
そう思うと、自分でも意外だと思う台詞を口走っていた。
「…いつも昼は屋上?」
「え?んー、毎日と言うわけじゃないですけどね。晴れてる日は大抵屋上です。」
「寒い日とか雨、雪の場合は学食。学食行かないとプリンないし。」
新月ちゃんはプリンが好き、と。
「んーじゃあさ、また時々、昼飯一緒して良いかな?」
一瞬驚いた顔をする二人。
だがすぐに双月ちゃんは笑顔に戻る。
「はい、私は喜んで♪」
「新月ちゃんは?」
視線を向けると、恥ずかしそうに目線をずらす。
そしてあの騒動の時の声とは比べ物にならないほど、小さな声で
「…好きにすれば。」と言ってくれた。
「あんがと、それじゃあ好きにするよ。プリンでも持ってな。」
プリンと言う言葉に新月ちゃんのアンテナが反応した気がした。
気がしただけで、本当に動いたかどうかは俺にはわからなかったが。
「じゃあ、時間もあれだし俺は行くよ。二人ともご馳走さん。
 そっちも遅刻しないよう戻れなー?」
気分は上々、今ならスキップだって出来そうだ。
挨拶をして、屋上を後にする。
明日からの昼飯が、今まで以上に楽しみになった。

「姉さーん?行くよー?」
「あ、うん。……どーしよ。」
「うん?」
「その、あれよね?また来るって事は一緒にお昼食べるって事だよね?」
「そだよ?」
「…またお弁当作った方良いの?」
「…ふーふーふー♪」
「な、何よ双月?気持ち悪い…。」
「べっつにー?」
「な、何よぅ?大体質問に答えてないじゃない!!」
妹を姉が追いかける形で、姉妹も屋上を後にする。
それから程なくして五時限目開始のチャイムが鳴った。

了(続くかも?)