4.
千歳市の街並みを一人の女生徒が歩いていた。
その制服は地元のそれと異なる。
スラッと伸びた長髪を靡かせ威風堂々とした佇まい。
俗に喩えられるスケバン然とした姿だった。
しかし彼女は何か困っていた。
「…どーしたもんかねぇ?どうやら迷っちゃったようだ。」
辺りを見回し溜息混じりに頭を掻いた。
緋想天学園の修学旅行、舞台は北海道。
彼女、めかぶはその街中で一人路頭に迷っていた。
細かい事を気にしない事もあり、下調べなどするはずもなく
地図を用意しているわけもなかった彼女は
一人でぶらぶらと歩いていて、気付いたら何処とも分からぬ商店街に居た。
「こんな事なら地図くらい持ってくるんだったかね。」
独り言を呟いても返ってくる当てもなかった。
地元の人に聞いても良いのだが…そんな事を考えていると
彼女に声を掛けてきた人が居た。
「どうしたのお嬢ちゃん?何か困りごと~?」
見た目からしてナンパな青年がめかぶに声を掛けた。
こういった類が面倒臭い事はめかぶは知っていた。
「いや、何でもないよ。気にしないでオニーサン。」
「んだよ釣れねぇな。その制服地元の子じゃないだろ?」
うわ、ウザ。と声には出さなかった。
「善意で案内してやろうってんだよ。年上は敬うもんだって習わなかったか?」
めかぶは早くこの青年と別れたかった。
しかし何時ものように肉体言語を用いてしまえば
それは自分だけの問題ではなく、修学旅行に来た3年全体
引いては学園全体の問題になりかねない。
決してめかぶは喧嘩っ早いわけではなかったので思慮を巡らせる。
「あれ?めかぶさんじゃないですかー。」
ふと、女の子の声がした。めかぶを呼んでいる。
めかぶは心当たりが無かった。
近付いてきた少女は緋学の生徒のようだった。
彼女はそそくさとめかぶに近付くとその手を取った。
「ほら、もうどこいってたんですか?行きますよ。また迷子なったら大変です。」
「え、あ、ちょっとあんた…。」
その様子をあっけに取られた様子で見ていた青年は
はっと我に返った。
「おいおい、待ちなよお嬢ちゃん。いきなり出てきてなんの挨拶も無しか?」
すると少女は振り返り、こう答えた。
「あ、どうも彼女の話し相手ありがとうございました。」
それだけである。
「はぁ…?おい、ちょっと待てよ!」
青年が叫ぶ。自分が馬鹿にされている気がして癪に障ったのだ。
仮にも自分より年下の少女に足元見られているとあってはやりきれない。
彼は少女の肩を勢い良く掴んだ。だが、その瞬間少女の目付きが変わった。
「うっさいなブ男、こっちはもうあんたにゃ用は無いってんだよ。
とっととどっかに行きやがれ、この三下!」
啖呵に驚き手を離し、青年は立ち竦む。
「さ、行きましょうめかぶさん。」
「あ、あぁ…。」
青年はその姿を呆然と眺めるしか出来なかった。
――
「いやぁ、さっきの気持ち良い啖呵だったよ!やるねぇお前さん。」
歩きながらめかぶは少女に賛辞を贈っていた。
「つい地が出ちゃいまして。あぁいう人嫌いなんで。」
少女二人は声を上げて笑った。
「まぁ助かったよ。ありがとうさん、えーと…。」
めかぶは少女の名前を知らなかった。
「あ、シイタケーですよ。やっぱり知らないですよね。」
「シイタケー、な。よろしく。」
細かい事は気にしない。今まで知らないならこれから知れば良い。
めかぶはそう言う性格だった。シイタケーもそれは同じだった。
細かい事を気にしてグチグチするような性格ではない。
「こちらこそ。で、なんでめかぶさん一人であんなとこ居たの?」
「いやぁー、それがな?かくかくしかじか…。」
「あー、それじゃあ私と一緒に行きません?私も一人だったんで。地図もあるし。」
「いいのかい?」「勿論!めかぶさんとも色々話してみたかったし。」
その後はシイタケーのナビもあり、二人は迷子になる事無く散策を大いに楽しんだ。
5.
賑やかな街中を二人の少女が並んで歩いていた。
一人はnaviと言う少女。
もう一人はPNGと言う人間にとても良く似たアンドロイドであった。
傍目から見れば彼女が機械などとは誰も思わないだろう。
「んー…老師、本当に私と一緒で良かったの?」
不安そうな顔でnaviはPNGに問い掛けた。
「なんじゃ、ワシと一緒では不満か?」
「そ、そうじゃないけど…。」
「ワシはnaviと一緒に歩きたいから付いてきたんじゃ、良いじゃろ?」
ロボットなのに古風な喋り方なのはツッコんではいけない。
「少し休むか。お主は生身の人間、歩きっぱなしでは疲れるじゃろう。」
そう言ってPNGはnaviを促し喫茶店に入って行った。
派手さは無いが落ち着きある店内。
正直人ごみに疲れてきていたnaviは心の中でほっとしていた。
適当に飲み物を注文し、それが運ばれてくる。
緩やかな時間の中でPNGが先に口を開いた。
「なぁ、naviよ。さっきワシにこう問うたな。
『自分と一緒で良かったのか』と。」
「あ、うん…。」
「何を不満に思うておるのじゃ。」
「…老師は、色々知ってるし色々出来るから。
本当は老師なりに楽しみたいこととかあったんじゃないかなって。
それを私に付き合ってもらって潰してたらって思うと…。」
少しの間。
「なんじゃ、そんな事か。」
「そ、そんな事って…!」
「良いか、navi?」
PNGが姿勢を改める。
それに釣られてnaviも一瞬緊張する。
「ワシはな、ロボットじゃ。その気になればどんな物でも
検索を掛けてデータとして取り入れれば、なんでも体験した気になれる。」
「うん…。」
「じゃがな、そこにお主は居らんのじゃ。データを書き換えれば見せ掛ける事は出来る。
それでも、それはまやかしみたいなものじゃ。ワシはな、navi。
お主と一緒に歩いた記憶が欲しかったんじゃ。」
naviは何も答えられなかった。
「ワシの記憶は、この記録回路に焼き付けられたデータだと笑われても
今こうしている時間の記憶は、ワシにとって大切な思い出じゃ。
たとえボタン一つでフォーマットされるような物であったとしても、ワシは大事にしたい。」
そのロボットは、人間以上に人間が大切にしなくてはいけないものを知っていた。
「ワシは機械じゃからな。お主らと一緒に卒業する事は出来んし、一緒の進学も出来ん。
それでも、今と言うのはこの瞬間しか体験出来ないものなんじゃ。
今ワシの目の前にnaviが居て、一緒にお茶を飲むという記憶は、今しか手に入らん。
どうじゃ?素敵な事じゃろう。」
そう言って、PNGは満足そうな笑顔を作った。
「じゃからな、navi。」
「うん?」
「ありがとう、じゃ。」
そう言ってPNGは笑いかけた。
「うん…うん。それじゃあ、もっと思い出を増やさなきゃ。
どんな事をしても消えないくらい。例えくるるんだって消せないような
すごい沢山の思い出作ろうよ!」
PNGの笑顔に背中を押され、naviは曇った表情を捨てた。
PNGを自分の大事な友人として、それ以上として一緒に楽しみたい。
楽しませてあげたい、と。
「うむ、まだまだ時間はあるからのぅ。ゆっくり楽しんでいこう。」
今までの絆を再確認するように、より強い絆になるように。
二人は修学旅行中、ずっと一緒に行動した。
6.
おぜうはあまり団体行動を好まなかった。
それ故に修学旅行、この自由時間も
誰かに誘われる事も無く、また誘う事も無く
一人でベンチに腰掛けていた。
時期的にもう撤去されていてもおかしくないような
HOTしるこで一息入れながら。
「ふぅ…。」
ゆっくりと、見知らぬ街並みに目を移す。
知らない景色、知らない人々。
はしゃぐ訳でも無く、奇異の目を向ける事も無く
歳不相応な程に彼女は落ち着いていた。
「なんだ、おぜう一人か。」
そんな彼女が一番に意外に思った。
自分に声を掛けてくる人物が居たと言う事。
そしてその人物がまた意外だったと言う事。
「お前には関係ないだろう、丼。」
「まぁ、確かに関係無い事だな。っと。」
そう言いながら丼はおぜうの隣に腰掛けた。
「…お前こそ一人なのか?てっきりあるると一緒かと思っていたが。」
丼はあるるとは旧知の仲であり
おぜうの知る限りあるると最も親しい人物の一人である。
「んー?まぁ別にいつも一緒ってわけでもないしなぁ。
と言うかなんであるるの名前が出てくるんだよ。」
丼が意外そうな顔をする。
「他にお前が親しそうな奴が思い浮かばん。」
「はは、なんだそれ。」
軽く笑い、丼は鼻の頭を掻いた。
「まぁ、ちょっと意外だな。」
「何がだ?」
今の会話の中のどこに意外に思うところがあったのだろうか。
おぜうは丼の顔を見やった。
「いや、あんま他人に興味無さそうにしてるもんだからさ。
そーいうの全然知らないもんだと思ってた。」
「は、何だそれは。私とお前だって知らぬ仲では無いだろうに。
私だって人並みには他人の事に興味を持つ事だってある。」
おぜうと丼はそこまで親しいかと言えばそうではないのだが
何度か肩を並べ競い合った事もある。彼女の言うように「知らぬ仲ではない」程度である。
「で、どうすんだ?このまま時間一杯ここでぼーっとしてるのか。」
「ぼーっとしてるわけではない。まぁなんだその
人間観察とかそう言うのだ。旅の醍醐味が店巡りだけではあるまい。」
「年寄り臭いなぁ。もっとはしゃげよ?」
「五月蝿いな。そう思うならお前は何処へなりとはっちゃけに行けばいい。」
「あー、まあ俺も色々面倒臭くてなぁ。」
丼は空を仰いだ。
釣られて、おぜうも空を見る。
「これ終わったらさ、学年挙げてやるイベントなんて
そう多くも無いし、卒業まであっという間だ。なんか、寂しいよな。」
「そのあっという間の中で私達は自分の進路を決めて
その未来に行く為の準備をしなくてはならないのだ。
寂しさに憂いでる暇なんぞあるものか。」
ははは、と丼が笑う。
「相変わらず、クールなんだか年寄り臭いんだか。」
「笑うな馬鹿者。羽目を外しすぎて人生のスタートを棒に振るのは
それこそ馬鹿みたいな事だ。私はそうはなりたくないだけだ。」
「しっかりしてんのな。」
「他の奴等がちゃらんぽらん過ぎるだけだ。」
「俺も?」
「さぁな。」
会話が途切れる。
不思議と、その沈黙も居難い物ではなかった。
街の喧騒は次々と二人を横切っていった。
特に何かを話すことも無く、ベンチで二人はのんびりと過ごした。
後日、ベンチでのツーショット写真が何者かによってばら撒かれ
修学旅行から帰還後、一波乱を起こしたのはまた別のお話。
3セット目に続く